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泥沼通信

祭りの戦士 @ กลับมาจากกรุงเทพฯ

 

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バフチンのカーニヴァル論と聞くと何をいまさらと思うかもしれないが

、、、これは面白い本だぞ、、、まださわりしか読んでないんだけど(笑)。かつて山口昌男らによって日本に紹介されたというから、祝祭論とか中心と周縁とかの人類学、社会学的な文脈で当時は読まれたんだろうが、今日、スペクタクル社会からの自律への道標として読まれるべきだと思う。バフチンによる「公式文化/非公式文化(カーニヴァル)」という腑分けは、そのまま「スペクタクル(文化の疎外、疎外の文化)/自律した生」の対立へと読み替えることができる。シチュアシオニストがスペクタクルの観客であることを乗り越えるものとして出してきた「生きる者」による「状況を構築」のイメージをつかむには、バフチンの「カーニヴァル」の描写を読めばよい。「転用」の戦略のなんたるかを知るためには「カーニヴァル」において多彩に用いられた「パロディ」を思い浮かべるべきだ。
 またシチュアシオニストの活動をして「アヴァンギャルド芸術と政治の統合」だと軽々しく言う人がいるが、これは間違いだとは言えないが、誤解を招く言い方である。アヴァンギャルド芸術とは、芸術という公式文化の領域をカーニヴァル化する実践であったが、シチュアシオニストの「状況を構築」はより広範に生活全体をカーニヴァル化する試みだったわけで、本質的には全く同じ「カーニヴァル」なのである。よく誤解されているようにシチュアシオニストは、前衛芸術の手法を使って政治に介入したから「芸術と政治」の統合だったのではなく、「カーニヴァル」空間そのものが、体制や秩序を反転させて成り立っているものだからこそ、それは高度に政治性を持っているのである。似たような例で言えば、ブランショは68年5月について「路上に降りたポエム」だ、という評価をしたというが、これも「政治×芸術」という意味に解釈しないで、5月革命は「カーニヴァル」だった、と一言でいったほうがよろしい。
 ドゥボールがシチュアシオニスト内部のいわゆる「芸術派」を厳しくパージしたことも、運動の偏狭さだとしてよく批判される。これもシチュアシオニストの活動がカーニヴァル(非公式文化)であり、芸術(公式文化)ではないことの論理的帰結だったと考えるほうがスッキリする。
 アヴァンギャルドにしろシチュアシオニストにしろ、目新しいものでも珍奇な変わり者によるものではなく、民衆は人類の歴史の古からから状況を構築して面白がってきたし、カーニヴァルは近代化とともに消えてしまったのではなく、運動の中に現在も生きているということを、バフチンの本は教えてくれる。
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オリエンタリズム

 30年も昔のことをふと思い出した。一緒に働いていたことのある女の子から年賀状をもらって、めったにないことなので嬉しかったのだが、文面には「あけましておめでとう 相変わらずマイペースですか」と書いてあった。当人の口からは聞いたこともなかったマイペースという言葉に、え? そんなふうに僕のことを見なしていたのか、と思った。僕は当時一度たりとも自分がマイペースに生きているつもりはなかったのだ。いつも無理をして、いろいろと傷つき、顔で笑って心で泣いて、必死に生きてるつもりだったので、マイペースという評価には、そんなふうに見えてるのかと、ちょっとだけ引っかかるものがあった。もちろん悪気なく褒め言葉としてマイペースという言葉を使ったのだろう。周囲に流されることなく、自分を持って生きてることを羨んでいる、という意味で。だから今の今まで忘れていたのだが、今考えると、僕のキャラを尊重しているようでいて、こっちはマイペースにはなれないより繊細で大人な感覚を持って、あなたを観察していますよ、という上から目線を彼女の言葉に感じたってことなんだろうと思う。大げさに言うと彼女にとって僕はオリエントみたいなものだったのだろう。

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久々の現象学ブーム

、、、が、僕の中に到来している。セザンヌ漫画のためにもっとメルロ=ポンティをしっかり読もう、、、いやその前にまずフッサールだろ。
というわけで仕事が終わって疲れて横になって、30分はメルロータイムだ! と『知覚の現象学』なんかを読み始めると、10分ぐらいで眠りに落ちている。まったく読み進めることができない。これがフッサールの『危機書』あたりだと5分で夢の中。

神よ! われに自由時間を!

Category: Category: None   Tags: タイ  

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噂には聞いていたが




、、、まあたまにはこういうのをタイ語で聞くのもいいね。紙飛行機は「เครื่องบินกระดาษ」。そのままだな。
でも個人的にはインドネシア語で聞くほうが新鮮。


気合が入ってるし、女の子も可愛い。

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日本に来て3年にわたって

、、、下のガキ(小学4年、発達障害児)がずっとこんな絵を描き続けている。

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少々陰惨なイメージなのだが、一体何なんだろう?
学校の先生の話では、全く授業に集中できないが、絵を描いてるときだけは異様な集中力を発揮しているらしい。



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プロフィール

荒井賢 (Ken Arai)

 住所 埼玉県越谷市
 生年月日 1964年2月15日
 職業 アニメーション背景制作
 連絡先 araiken#mac.com #を@に置き換えてください。



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