泥沼通信

祭りの戦士 @ กลับมาจากกรุงเทพฯ

 

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ラオス語入門

 下のガキは最近、アメリカのアニメ『トム&ジェリー』がお気に入りで、近くのスーパーでVCDやDVDを買って観せてるのだが、ある日再生しているのを横目で見ていて「あれっ」と思った。タイ語じゃなくてラオス(イサーン)語の吹き替えになっている。つまり女房やその家族たちが日常しゃべっている言葉で動物たちがセリフを言っているのだ。なるほどVCDのジャケットには「イサーン語」吹き替えバージョンだと表記してある。タイ語学校などで普通に勉強しているだけでは耳にしない(私の場合普段耳にしている)言い回しがなかなか新鮮で、珍しくテレビのスピーカーから流れる音声に注意を向けてしまった。
 近頃、日本に帰る日が遠くないな、と思い始めたせいもあり、タイ語の勉強へのモチベーションは下がりまくりで、時間もないし実際殆どやっていない。にもかかわらずラオス語に対しては僅かながら勉強したいという気持ちがあり、一時帰国した際に『ラオス語入門』みたいな本を買ってしまった。厳密に言えばラオス語とイサーン語は微妙に違うと言うし、ラオスではタイ文字とちょっと違うラオス文字が用いられている。だが、女房たちが普段口にしているイサーン方言でのつまらない話(愚痴、陰口、噂話)をさらりと聴き取るためには(笑)、少し遠回りだがオフィシャルなラオス語を学ぶに限る。それにアジアの奇怪な形の文字は読み解いてみたいという探究心を妙に掻き立てる。ラオス文字しかりである(こんな字)。
 もっともラオス語をできたからって英語やフランス語のように幅広く使えるわけじゃなく、せいぜい女性にちょっかい出すくらいにしか役に立たない(そんなことしようもんなら怖い女房に何されるかわからない)のが現実なんだよね。

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ไข่มดแดง

ラオスでのビザ申請とソンクラーン(タイ正月)で田舎への帰省のため一週間ほどバンコクを離れました。
 ラオスでの今回のビザ申請は、今までと違って観光ビザではなく、配偶者ビザの申請です。女房の田舎の役所で婚姻証明などを取りそろえ、会社に用意してもらった金を女房の(いつも空っぽの)銀行口座にぶち込み、銀行で預金証明を作ってもらい(タイに40万バーツ=120万円以上の預金がないと結婚しててもビザを出してもらえないのです)、移転して広々したヴィエンチャンのタイ大使館領事部でビザを申請。、、、不備がないかと心配していたのですが、受付の人は書類にザッと眼を通して受理、翌日あっけなく配偶者ビザをGETしました。ただこのビザは滞在3ヶ月というしょぼいもので、それ以上の滞在のためには、またいろいろ書類を集めて入国管理局で延長手続きをしなければなりません。審査もかなり厳しいという噂です。どうなることやら。

 さて、領事部から出たあとは、バンコクで屋台をやってる女房の姉ちゃんの所で働いていたラオス人の自宅をバイクに乗って訪問しました。ヴィエンチャンの中心部から30キロぐらいあったでしょうか、、、森を切り開いて作っている、次回のASEANシーゲーム(東南アジアスポーツ大会)の競技場の建設地の横を抜け、どこまでも続くかのような真っ赤なラテライトの土がむき出しの道を突き当たりまで走ると、小さな村に到着。
 村の様子はタイと変わりませんが、部屋の中は殺風景でした、、、タイには日本と同様、モノがあふれているのだなあと感じます。キッチュとかガジェットとかいう言葉は、いまだラオスの田舎とは無縁でしょう。
 飯のときには私の好物が登場。
 ไข่มดแดง(カイモッデーン)、赤蟻の卵です。口の中でプチプチとつぶれ、これがなかなかの美味。よく見ると蟻の成虫が生きたまま皿のなかを動いています(きれいに撮れませんでしたが)。
 ガキ2号は、フランスパンがお気に入りのようでした。

 バンコクに帰ってみるとまたまた非常事態宣言発令だとか、、、。赤服(タクシン派)のデモがかなり過激化したようです。田舎の人たちは皆さん農村の貧困解消を政策のひとつの柱としていたタクシン元首相が大好きなのですが、ソンクラーン中は賭け事に夢中で政治どころではないのか、赤服の活躍のことなど耳にも入ってきませんでした。しかしまあ現在、バンコクの街はいつも通りという印象です。
 仕事があるので私は女房子供より一足先にバンコクに戻りました。今日はもうガキの学校の始業式なのですが、いまだにあいつら帰ってきていません。あれほど月曜日から学校だと言っておいたのに。クラス替えや新しい担任の先生の着任、教科書の配布があるから必ず戻れ、と。
 あれですよ、タイの貧しい農民にとって「学校」なんて、私たちにとってそうであるようには意味を持ってないんですね。女房自身もろくに学校行ってないし、ちっちゃいころから競争の始まり、学校へ行ってないと病気扱いされる日本とは別世界です。毎日子供に早起きさせて、ケツをたたいて学校へ行かせている私にむかって「雨の日ぐらい、学校休ませればいいじゃないの!」と、女房は怒ったことがあります。、、、いや、雨の日ぐらいって、そういうことじゃないと思うんだけど。
 
 おやおや、早速学校から私の携帯に連絡が入りましたよ。。。

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วันเกิดซินจิ(シンジの誕生日)


 こいつももう7歳です。最近はクレヨンしんちゃんの影響で、学校でケツを出したり、おバカなことをやっているようです。安心したのは、ひらがな、かたかなを覚えたり、足し算、引き算をできるようになってきたことでしょうか。毎週日曜日、こいつといっしょにスクムウィットへ行くのですが、日本人向けのクラブやカラオケバーなどの看板を自慢げに読んでくれるようになりました。いいか坊主、これらの店はなあ、夜になるときれいなお姉さんたちが手招きしてくれて、身も心もとろけてしまうようなすばらしい処に変貌するんだぞ、、、、って、いくらなんでもまだ無理か。
 何しろこいつの母親は、ほとんど文盲で、タイ文字すら私が読んであげている始末です。おまけに数字もろくに読めないらしく、スーパーで買い物するときなど、当てずっぽうで商品を買い物カゴに入れているので、レジでときどき大変なことになります。ちなみに計算能力も小学校一年のガキといい勝負で、二桁以上の足し算になるとずいぶん時間がかかる。この超ウルトラ無教養は私の想像を絶するものです。いったい女房はどんな世界に住んでいるのか、女房の目で世界を見てみたいものだとつくづく思います。
 少なくともガキのほうはそうはならなくて済みそうです。文字や計算を子供のころどうやって覚えて行ったのか、自分でも記憶がないのですが、出来るもんなんだね。とにかくホッとしました。



一方こちらは二匹目のほうです。11ヶ月ですがもう歩いています。横のは女房。二匹も子供を産んで、体の線は崩れまくり。


ここがどこかというと、ヴィエンチャンのパトゥーサイ(アヌサワリー)前の広場です。この時期、ヴィエンチャンは暑さも厳しくなくとても気持ちよかったですよ。


何を思ったのか、二匹目は近くで遊んでいたラオス娘(未来の)にいきなり突進し、抱きついていました。こちらの将来もなんだか不安です。
 しかし、ふと思ったのですが、子供の頃から私は地図を見るのが好きで、世界地図のなかにラオスという国があって、ヴィエンチャンという街が首都だということも知っていました。メコン川の畔にある地図上の町のマークを今も思い出しますが、まさか将来、その街をちょくちょく訪れることになるとは思いませんでした。ホントに。しかもこんな田舎町だったとは、、、

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あと何度ここを越えるのだろう?

 観光ビザ取得のため、またラオスへ行かなければならないのだが、女房の悪い病気のせいで資金不足になり、今回は一人で行くことになった。が、それだけでは終わらなかった。

 仕事を終えてこれからモチットのバスターミナルに出発、という段になって、(うすうす予想はしていたが)女房の奴、私のラオスへの旅行資金を賭け事につぎ込んで、半分ほどギャンブルの神に召されてしまっていたという事実が明るみに出たのだ。月初めだというのに既に生活費は底をついている(最悪の場合に備えて多少はヘソくってあるが)。しかし、今すぐ出国しなければ(不法労働のみならず)不法滞在になってしまう。

 いかにも賭場から来た感じのくしゃくしゃの札束を、女房や兄弟たちの前で私は地面に叩きつけた。「これっぽっちで行けるのかよ! ふざけんじゃねえ! やってられっかってんだコンチクショウ!」、、、とタイ語で啖呵を切ってみたいとこだが、私の語学力ではそれは無理。まあ、このアクションの70%は演技だが、残りは本当の怒りで、それだけは皆に十分伝わったはずだ(本当に伝わったのか?)。この先私たちがどうなって行くのかわからないが、これでは家庭生活が成り立たないということ(今思えば小学校の入学金が払えたのが奇跡のようだ)、この女房にはほとほと困り果てていることだけはしっかり兄弟たちにアピールしておかなければならない。兄弟たちによると「ホント困った奴だ、kenには同情しているんだよ」という話なのだが、まあまあ、腹減っただろう、まずはラープとソムタムを食べなさい、みたいな感じになって(こういうときのタイ人は妙に明るくて優しい)、どこからかかき集められてきた最低限の旅行資金を渡される頃には、極悪ギャンブラーは仲良し兄弟の一人に戻って楽しげに笑い合ってるのだ。こんなぬるま湯じゃあ何も変わりっこない。沼だ! ここは生ぬるい泥沼なんだ! まったくタイ人たちは頼りにならない。いやいや、そもそもこの事態は自分自身で招き寄せたものじゃないか。自分でけりをつけなくっちゃ。他人に期待するのが間違ってるんだよ、俺。

 、、、というプライベートでシビアな現実は横に置いといて、ここからは楽しげなタイ駐在ブログに変身です。

 さあさあ、ヴィエンチャンビザラン組が3ヶ月に一度、どうしても渡らなければならない大河、メコンです。チベットの源流から中国雲南省、ミャンマー、ラオス、タイ、カンボジア、そして河口のベトナムまで六カ国を通過する国際河川です。乾季には、寒さで縮み上がったチ〇ポみたいに情けない水量の川になりますが、雨季の現在、泥色の水が滔々と流れています。

  このバスに乗ってメコン川を渡り、ラオスに入ります。バスのボディには「ノーンカーイ県―ヴィエンチャン都」と書いてありますが、なぜかノーンカーイのほうが垢抜けた都会だったりします。

 入国審査です。タイ文字とよく似たラオス文字が見えていますね。いったい私はあと何度このボーダーを越えることになるのでしょう。ところで、ラオスのお役人様、お願いですから入国カードはもっともらいやすい場所に置いて下さい。

 ヴィエンチャンのバスターミナルに到着。これが首都の一番大きなバスターミナルです。年季もののバスがいっぱい停車しています。

 フランスパンのサンドイッチ、ベトナムの菅笠、、、タイにはない風景、やはりここまで来ると、どこかインドシナの匂いがしてきますね。

 うーん、残念なことに今回はろくな写真が撮れませんでしたが、次回は奇麗なラオス娘のスナップでも紹介できればと思います。それではまた!



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ボーダーレス

 ヴィエンチャンからバンコクへの帰り道。ノーンカーイからバンコク行きの長距離バスに乗ったのだが、そのときの乗客の民族構成がちょっとした見ものだった。まず当然ながらタイ人、そしてタイに働きに行くラオス人、白人や日本人のツーリスト、それに加えて労働目的のフィリピン女性のグループ、国籍はわからないがやはり労働目的と思われる黒人、、、バスの添乗員のタイ人もへたくそな英語で一生懸命対応していた。一体いつからノーンカーイはこんなインターナショナルな町になったんだ?
 15年ぐらい前のことだが、私はノーンカーイを訪れたことがあった。メコン川のほとりから対岸のラオスを拝めるということぐらいしか売りのない小さな田舎町だった。当時インドシナ諸国はツーリストに対してその門戸をがっちりと閉ざしていた。気軽に旅行できる土地になったのは本当につい最近のことだ。ラオスも時の移り変わりとともに旅行者を受け入れ始め、今では日本人ならビザなしで訪れることもできるようになった。
 旅行者以外でも、何らかの理由でタイに長期滞在する人はビザの申請や更新のため近隣の第三国へ出国する必要がある。長いことマレーシアのペナンがもっとも手軽なビザ取得の地として有名だった。しかしインドシナ諸国が国境を開き始めるとともに、バンコクからの距離の関係で陸路でもっとも気軽に行ける第三国の首都としてヴィエンチャンがクローズアップされてきたということだろう。こういう理由でヴィエンチャンノ対岸の町ノーンカーイのバスターミナルに多国籍の人々が集まるということになったわけだ。

 一応私には外国人の女房がいるので、普段からある意味ボーダーレス的な環境にいるわけなのだろうが、このバスのごちゃ混ぜ感が、ちょっと愉快に思えた。<帝国>にも書いてあった、合法、不法を問わない国境を越えた労働力(マルチチュード)の移動という現実を強烈に実感する。いいも悪いもない、これはもう引き止めることのできない時代の趨勢なのだ。、、、そして、私自身も、、、大きな声では言えないが、晴れて国境を越えた不法労働者となったわけだ。めでたしめでたし。

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プロフィール

荒井賢 (Ken Arai)

 住所 埼玉県越谷市
 生年月日 1964年2月15日
 職業 アニメーション背景制作
 連絡先 araiken#mac.com #を@に置き換えてください。



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