泥沼通信

祭りの戦士 @ กลับมาจากกรุงเทพฯ

 

Category: 音楽   Tags: 音楽  ラテンアメリカ  

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天使のリン Rin del Angelito. Violeta Parra

 ビオレッタ・パラの「天使のリン」を以前紹介したことがあったが、本で読んで知った習俗だったので具体的なイメージは想像してみるほかなかったのも事実。が、仕事中にyoutubeをいじっててこの映像に遭遇。まさか、、、。固唾を飲んで小さなアンへリートの登場を見守った。しばらく仕事の手が止まった。



 意外にも想像してたものと大きな違いはなかった。もう一度解説すると、これはチリの田舎の異教的な習俗を題材にした歌で、幼くして死んだ子供は、葬儀のとき、天使のように着飾り十字架の前にすえられ、その天使の前で残された家族たちは悲しみにむせびながら夜通し踊って過ごすというのだ。現在は政府によってこの習俗は禁じられている、と本には書いてあったように記憶している。若いころこの習俗の話を読んで、異様な民俗の迫力にドキドキしたものだが、生々しい赤子の死顔や、粗末な木箱の棺桶を小脇に抱える父親の映像に、子供を持つ身となった今では、痛ましくてドキドキと言うよりむしろ眼がウルウル。歌詞の訳を載せておく。

1 空に舞い上がる 小さな天使はいま
  祈りに行くのさ みんなの幸せ
  幼いままで死んだ この子はいま
  ヒナゲシの花のように 可愛いまま

2 静かに土さえ 小さな天使を待つ
  心を開いた安らぎのばしょで(場所で)
  幼いままで死んだ この子のため
  ヒナゲシの花のような この子を待つ

3  小さな揺りかごは(篭は)土の中で揺れ
   鐘がいまうたう(歌う) 子守唄哀し
   月の光は永久(とわ)の眠り見てる
   幼い天使の涙 洗いながら

4  楽しそうな 蝶は小さな天使を見ると
   揺りかごのそばで(傍で)踊りに誘う
   小さな天使は空に 昇って消えた
   月や星の仲間に なるんだろうな






Category: 音楽   Tags: ラテンアメリカ  音楽  

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ビオレッタ・パラ

 私はいわゆる洋楽に若い頃から興味がなくて、20代の前半によく聴いていたのは南米のフォルクローレ、とくにボリビアやチリのものだった。例えばパンク・ロックはシチュアシオニストに縁が深いっていうんだけど、もうまったくダメ。肌が合わないっていうか、、、いまだに聞く気にもなれないありさま。

 あの頃巷ではチェッカーズとかレベッカなんかが流行っていて、友達なんかよく聴いていたし、トッポいやつはロックとかだった。で、友達が私のアパートに遊びに来て、「けんちゃんどんな音楽聞くの?」なんて尋ねられると、こんな↓レコードをかけてやったものだ。



 結局、頭が痛いから止めてくれとか言われるんだけど。

 チリのフォルクローレ歌手ビオレッタ・パラについてはこちらを参照してもらうとして、本の情報からいろいろな曲の名前を知っていたのに、当時とにかくレコードが手に入らなかった。六本木のWAVEに足を運んでフォルクローレのコーナーを探すんだけど、音源に触れることはできなかった。しかし、インターネットってのはホントありがたいね。20年越しにビオレッタ・パラの歌を聴けるなんて。



 ↑は、「人生よありがとう」というラテンアメリカでは超メジャーな曲。

人生よありがとう たくさんのものをくれたわね
おまえがくれた ふたつの瞳をあければ 
白と黒がはっきり分かるわ
天高く空の彼方 星までも見える
人ごみのなか あの人も見つけられるわ

人生よありがとう おまえがくれた
耳はいつも働き続け
コオロギ、カナリヤ、ハンマー、タービン、犬や時雨
優しいあの人の声を刻み込む 

人生よありがとう おまえがくれた
音 文字 言葉
自分の考えたことが言える言葉
母や友や兄弟や
あなたの魂の道筋が分かる

人生よありがとう おまえがくれた
足は疲れ なおも歩き続ける
町並みを 水溜まりを
海辺や砂漠を 山や野原を
そしてあなたの家 あなたの庭を

人生よありがとう たくさんのものをくれたわね
笑いを そして涙をくれた
私の歌がそこで生まれる 
私の歌はあなた方の歌
あなた方の歌は私の歌

ありがとう いのち

 アルゼンチンのメルセデス・ソーサという歌手の歌でしか聞いていなかったが、ついに出会えました。だいぶ前、インドネシアを旅行中、アルゼンチン出身のカナダ人のおじさんと少し話をしたことがあったのだが、そのときビオレッタ・パラを知ってますか? と聞いたら「Gracias a la Vida~」と歌ってくれました。



 「ルンルンは北に去った」

ルンルンはもういない 北へ行ったよ
いつ帰るだろう 分からないよ
幾つもの 山や川を越えて
アンデスにかかる雲の彼方
  ■今は険しい道のりを
  ■歩き続けているだろうか 北を指して

ひとつの季節が 過ぎる頃に
さすらいの旅に 出て行ったよ
青い空を 見上げながら 故郷を思い出して
  ■いつか帰る日を夢見て
  ■さすらいの旅を続けている 北を指して

ルンルンはもういない 北へ行ったよ
いつか帰るだろう 帰って来るよ

この曲は、インティ・イリマニの演奏で聴いてはいたが、オリジナルを聴いたの初めて。なんだかアニメソングのタイトルみたいだけど、ややセンチメンタルで淋しげ。リンク先を読んでみると、ヨーロッパで活動するパラが故郷のチリを思う歌ってことのようだね。



最後、↑は「天使のリン」というタイトル。これもインティ・イリマニの演奏で親しんでいた。

1空に舞い上がる 小さな天使はいま
祈りに行くのさ みんなの幸せ
   ■幼いままで死んだ この子はいま
   ■ヒナゲシの花のように 可愛いまま

2静かに土さえ 小さな天使を待つ
心を開いた安らぎのばしょで(場所で)
   ■幼いままで死んだ この子のため
   ■ヒナゲシの花のような この子を待つ

3 小さな揺りかごは(篭は)土の中で揺れ
鐘がいまうたう(歌う) 子守唄哀し
   ■月の光は永久(とわ)の眠り見てる
   ■幼い天使の涙 洗いながら

4 楽しそうな 蝶は小さな天使を見ると
揺りかごのそばで(傍で)踊りに誘う
   ■小さな天使は空に 昇って消えた
   ■月や星の仲間に なるんだろうな

 チリの田舎の異教的な風俗を題材にした歌。幼くして死んだ子供は、葬儀のとき、天使のように着飾り十字架の前にすえられ、その天使の前で残された家族たちは悲しみにむせびながら歌い踊るのだという。20年前に本で読んで知ったことなので、どこまで正確なのか怪しいのだが、当時「遠野物語」なんかを熱心に読んでいた私には、こういう民俗にドキドキしたものだ。
 しかしビオレッタ・パラはこうした珠玉の傑作をものにしたあと、心を病んでピストル自殺してしまうんだよね。そんな運命を考えるとちょっと悲しげな曲調が胸に刺さってきて、けっこうウルウルしちゃったりするんだ。




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プロフィール

荒井賢 (Ken Arai)

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 生年月日 1964年2月15日
 職業 アニメーション背景制作
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