泥沼通信

祭りの戦士 @ กลับมาจากกรุงเทพฯ

 
1
2
3
4
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
03


最近ちょっと

、、、タイ語の勉強に気合が入ってきた。つっても、たいした気合じゃないんだけど。

 実はタイの若い子の絵を指導をしてくれといわれて、正直面倒だなと思いながらもやらないわけにいかず、タイ語を使って教え始めたのだけど、日常生活で使うことのない抽象的な言葉抜きには絵の指導など出来ないのだなと気づかされた。「空間」とか「奥行き」なんて言葉は女房との会話には絶対出てこないのだ。
 で、辞書を引き引きよく使う言葉をリストアップして、受験生のころを思い出して単語帳を作り丸暗記している。しかしこの懐かしい習慣が妙に楽しくてちょっと熱中気味。しばらく続ければけっこう私のタイ語もグッと上達するのではないだろうか。タイ語検定なんてのもあるみたいだから、アタックしてみようかしら。もし今の仕事で食えなくなったら、磨き上げたタイ語を駆使して通訳にでもなり、日系企業に現地採用してもらって生き延びるのも悪くないかもしれない。女とのコミュニケーションに片言のタイ語を操るやつは腐るほどいるが、ほんとに使えるタイ語が出来る人はまだまだ少数のはずだと思う。
 これはまあ、絵に描いた餅というやつだ。だが、相変わらずタイ人と話すのはかったるいのだけれど、語学上達の手段としてあえて会話してみようという気にはなってきた。

 ただ、ビザの状況は厳しくなるばかりで、いったいいつまで私はここに居れるのかが悩みの種だ。 ようやく自分にエンジンがかかってきたと思ったら、日本に帰国、、、だったりするのかも。まったく、スロースターターな私はいつもこんなですよ。

のび太の恐竜 2006


 地元の市民ホールで『ドラえもん』の映画を上映するというのでガキを連れて見に行った。僕にガキがいなければ『ドラえもん』なんてきっと観る機会もなかったと思う。上映していたのは『ドラえもん のび太の恐竜2006』というリメイクものだった。感想はというと……これが意外にも結構よく出来てるのだ。
 職業柄気になるのはまず背景なのだが、うまくてリアルによく描けているうえにCGなんかも使ってあか抜けた密度の濃い画面を作っていた。声優さんはおなじみのメンバーじゃなくなっていたが、むしろ映画全体の小気味よいテンポには新しい声優さんたちの方が合ってるんじゃないかと思った。そう…観てて気持ちよかったのは、昔から慣れ親しんだ『ドラえもん』特有の野暮ったい冗長さがなく、キビキビと感情表現や話が展開してゆくところだ。キャラクターの動きも今までの『ドラえもん』はわりと平面的で優等生的……というか動きそのものに魅力はなかったと思うが、今回のはのびのびとキャラが動き回っている。タケコプターで太古の世界を旅するシーンは圧巻で、劇場で観てよかったと思わせるほどだ。まさかタケコプターのような使い古された道具があれほどいきいきと活用される場面があり得るとは思わなかった。
 実にさわやかで上質の映画に仕上がっている。子供たちなら大喜びで観るだろう。

 ………と手放しで賞賛してしまえないのが僕の悲しい性である。よくできた映画ほど僕の中で警戒感が広がってしまう。それでも一応制作側に近い立場にいる僕がこの映画を観てて思ったのは「ああ、こんな仕事がしてみたいな」ってことだった。きっとこの『ドラえもん』を作ったスタッフたちは、新しい『ドラえもん』を作ってやろうという意気込みにあふれていたんじゃないだろうか。そんな雰囲気の中でなら仕事もやりがいのあるものになるんだろうと思う。さらに作ったものが子供たちを笑わせたり泣かせたりして受け入れられることは誇らしいことだ。正直、羨ましい……。僕だってかつては何作か美術監督を務め上げたことがあるんだ。非力ではあったが監督や演出と顔を突き合わせてモノ作りをしたじゃないか……。そういう情熱はすっかり消えてしまっていたが、やる気になれば今だってできるはずだ。よ〜し、もう一花咲かせてやろうか……。

 よくできたスペクタクルは、かように承認や労働への意欲をかき立てるのだ。

仄暗い記憶の底から 13 会社を辞めるとき

 僕は仕事(職業)を中心に自分の人生を考えたことはない。僕の人生は若い頃に芸術の神に捧げてしまったからである。それ以降、僕にとって仕事は金のための、または職場の人間関係を楽しむためのものとなってしまった。だから仕事をホンチャンのものと考えたり、仕事を通じて自己を実現する、なんていう不気味な考え方からはオサラバしている。
 肉体労働や単純な労働ならともかく、僕らのような職人的な専門職の場合、このように仕事に対して特別な思い入れをしている人が多い。自らの成し遂げた仕事が評価され何らかの達成感があるとしたら、それはつらい労働であるよりも快楽ですらある。歌手、芸人、スポーツ選手なんかみんなそうじゃないだろうか。気持ちはよくわかる。しかし、だからこそそれは危険な罠なのだ。

 今の仕事(アニメーションの背景描き)をはじめたのは15年前だったが、当時就職していた会社の社長がまさにそのような考えの持ち主だった。なかなか上達しない僕の絵の腕前に社長は、やる気が感じられないと苛立ちを隠さなかった。もちろん給料をもらってる以上、努力して働いてはいた。しかしこの仕事にそれ以上の思い入れを込めろ、といわれてもそれはできない相談だった。やる気を出せといわれたところで、ない袖は振れないのだ。
 社長室に呼ばれよく説教を受けた。若い新人の社員がどんどん力をつけてきているのに、君はずいぶんのんびりしているな。………ハッパをかけようというわけだが、僕には今でもそうだが自分の絵の腕前に対するプライドがない。自分の仕事で自分を支えようなんて発想がないからだ。正直なところ、絵がうまくっても何が偉いのか、と思っている。だからそんな説教は聞き流していた。
 仕事は自己救済なんだ、とよく諭された。やはりこの社長は自分の職業によって、自らのアイディンティティを支えているのだ。だが一人の人間存在の価値が、職業に還元されてしまっていいものだろうか? 一つの仕事をやり抜くなんてのが美談だったりするし、職業を転々とするフリーターのような人は信用されない。結局のところ、ある人間の価値や信用を、職業という社会システム内の位置によってしか判断しようとしない。つまり安定的に作動する社会の部品であることが人間の価値であるという発想がそこにはあるのだ。
 僕だったら、職業で人間の価値を推し量るようなことはしない。その人がどんな生き方をしているか、自由な魂を持っているか、まずそういうことが気になるだろう。
 専門職………プロフェッショナルであること、そして誰もが賞賛する完璧なプロであることは、完璧なる社会の部品であることを意味するのではないだろうか。だからこそシステムは完璧なプロ(例えば、いい仕事をするスポーツ選手やデザイナーといった人たち)に対して高い報酬を授けるのではないだろうか。
 
 社長はいつまでたっても力をつけない僕を疎ましく思い始めていたようだ。ある日、会社で休憩時間に僕が哲学書を読んでいるのを見て社長は呆れ、怒り出した。休憩時間は何のためにあると思ってるんだ。頭を休めて、仕事に集中するためにあるんだ。そんなものを読んでどうするんだ。本を読むのならマンガでも読んでればいいんだ。どうせ君がそんなものを読んだって君の頭では理解できやしないんだ………。
 僕は血の気が引くのを感じた。失礼な言い方はともかく、休憩時間、余暇までもが、仕事のために、労働のためにあるという考えは、僕には到底受け入れられないものだった。週70時間も働いている、そのわずかな余暇すらも、働くために利用しろというのか。その頃ポツリポツリと読み始めていたマルクスのいうところの、労働力の再生産過程、という言葉を思い出した。つまり余暇のことなのだが、余暇を資本主義経済においては、労働力、つまり働く力をまた充電するための過程であると理解する、というわけだ。全ては労働のために、である。僕たちは働くために生きているのだ。
 俺は反体制だと豪語していたあの社長の思考は、まさに資本主義のシステムを体現していた。結局、僕は社長と口喧嘩して会社を辞めた。そのあと建設現場でアルバイトして椎間板ヘルニアを患いながら金を貯め、インドへ旅立った。

 僕らは働かなければ生きられない。システムとどこかで折り合いをつけずには生きていけないのだ。だから働くことを楽しむ努力をするべきだ。しかし、それは働くために生きてるということを意味しないだろう。プロフェッショナルである人は、その特権的な立場故に、ここのところを混同しがちだと思う。労働が生き甲斐だ、という発想、これはやはり倒錯ではないのか? 奴隷が主人によく働くとほめられて喜んでいるようなものではないか? そのとき僕らは完璧なる資本主義社会の部品になっているのじゃないかと思うのだ。

 はじめに僕は自分の人生を芸術の神に捧げた、と述べた。自分にとって、芸術は資本主義社会における唯一の「祭り」………労働と反対の原理である「祭り」であると思ったからだ。もっとも芸術という「祭り」の形は僕の中でたちまち終わってしまった。今現在の僕の考えを言えば、「祭り」は資本主義社会においては、システムへの反抗という形でしかあり得ない、ということになる。だからといって僕は社会を転覆しようなんて大それたことは考えていない。だが、反システム的な生き方は可能だと思うのだ。そういう生き方へ舵を取ることが僕のこの社会に対する責任であり、労働を越えて為すべき仕事なのだ。そして自分という存在に価値とプライドを感じるとすれば、それは「祭り」へ向かう生き方において………なのである。


目次

 前衛芸術研究室
 

 セザンヌ講義1@電子書籍

 セザンヌ講義@ニコニコ静画
 おすすめコラム集
 ギャラリー
 シチュアシオニスト文庫
 garage sale
 オンライン読書会
 After the last sky


カテゴリー 累計
全記事一覧
前衛芸術研究室 28
亡霊退治 63
アート・建築・デザイン 29
思想など 144
旅行・タイなど 60
ニュース・時事など 31
フンデルトワッサー 12
中西夏之 3
日記・その他 115
記憶の底から 15
音楽 6
Category: None 22
反芸術研究室 1
最新のコメント
Twitter
タグcloud
 
アクセスカウンター
   




 
 
プロフィール

荒井賢 (Ken Arai)

 住所 埼玉県越谷市
 生年月日 1964年2月15日
 職業 アニメーション背景制作
 連絡先 araiken#mac.com #を@に置き換えてください。


 

link rel=