泥沼通信

祭りの戦士 @ กลับมาจากกรุงเทพฯ

 

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卓越の文化と生きられる文化についてのメモ

「カー二ヴァルには演技者と観客の区別はない。カー二ヴァルには、たとえ未発達の形式においてですらフットライトなるものは存在しない。フットライトがあれば、カー二ヴァルはぶちこわしになろう(逆に、フットライトをなくせば、演劇的見世物はぶちこわしになろう)。カー二ヴァルは観るものではなく、そのなかで生きるものであって、すべてのひとが生きている。というのも、 カー二ヴァルはその理念からして、全民衆的なものだからである。カー二ヴァルがおこなわれているあいだは、誰にとってもカー二ヴァル以外の生活は存在しない。」



、、、というバフチンの言葉があるのだが、この演者と観客を二分する「フットライト」の比喩で問題にしているのは演劇論ではない。そうではなくて、一口に文化と言っても、このフットライトによる分離を前提とした文化(公式文化=芸術)と、すべてのひとによって生きられる文化(非公式文化=カーニヴァル)という2つの文化形態があることを、バフチンは図式的に示しているのである。
 
 この2つの文化形態という図式はすでに、ニーチェの『悲劇の誕生』における、「アポロン的文化とディオニュソス的文化」という、少々混乱した対立図式の中に現れていた。また時代は下るが、演者( acter )と観客( spectator )への分離を批判し、自分たちの活動が「生きる者( livers )」たらんとするものであることを主張するシチュアシオニストの「スペクタクルと状況の構築」という対立概念の中にも同様の図式を観ることができる。

つまり、

アポロン的文化=公式文化(芸術)=スペクタクル

という文化形態(これを私は「卓越(垂直性)の文化」と呼ぶ)と、

ディオニュソス的文化=非公式文化(カーニヴァル)=状況の構築

という文化形態(「生きられる(水平性の)文化」と呼ぼう)の二系列を図式的に区別しようというわけである。

まずは、この2つの文化形態がいかに異質なものであるかを説明しておきたい。

1,伝統的には、アポロン的文化=公式文化(芸術)=スペクタクルは、支配階級(王侯貴族、宗教的権力)に特有の文化を、ディオニュソス的文化=非公式文化(カーニヴァル)=状況の構築は、民衆(非支配階級)の文化を説明する図式として通用する。

2,アポロン的文化=公式文化(芸術)=スペクタクルは、「個人」を基本的な要素として成り立つ文化であり、逆にディオニュソス的文化=非公式文化(カーニヴァル)=状況の構築は、個の境界の消滅そのもののことである。

3,「個人」を基本的な要素として成り立つアポロン的文化=公式文化(芸術)=スペクタクルは、他者に対して「卓越、優越」すること(他人より上でありたい=オレってすげえ!)が価値となっている(垂直性)。「才能」が問題とされ、最も価値の高い卓越した個人は「天才」と呼ばれる。逆にディオニュソス的文化=非公式文化(カーニヴァル)=状況の構築にあるのは「笑い」や「遊び」や「陶酔」であり、卓越への努力や配慮、「天才」そのものが存在しない(水平性)。

4,「個人」を基本的な要素として成り立つアポロン的文化=公式文化(芸術)=スペクタクルはまた、演者と観客という二項への分離を前提とした文化である。ある個人が自分を演者(能動的な創造者)であると他者に認めさせることは、他者を(受動的な)観客と見做すことでもある(演者の観客に対する優越)。クリエイターとオーディエンスの非対称性と上下関係がこの文化の基礎である。逆にディオニュソス的文化=非公式文化(カーニヴァル)=状況の構築においては、そうしたフットライトによる、演者と観客の分離はなく、万人が根源的な意味で表現者であり創造者である。

5,「卓越、優越」することが価値となっているアポロン的文化=公式文化(芸術)=スペクタクルには、ある個人が卓越しているかどうかをジャッジする「他者=審級」の存在を前提とする。自分で自分の卓越を主張したとしても、それは独りよがりでしかない。その審級に認められなければ、その個人(作品)は非文化(無価値、野蛮)とみなされる。そうした「審級」は、一般に現行の支配的権力をバックボーンにした権威であり、その承認を受けるということは、権力(秩序)への隷属(疎外)を意味する。逆にディオニュソス的文化=非公式文化(カーニヴァル)=状況の構築とは、支配的権力の紡ぎ出す秩序の解体、無効化、転覆を生きることである。

6,要するに、アポロン的文化=公式文化(芸術)=スペクタクルとは、権力の、権力による、権力のための文化であり、ディオニュソス的文化=非公式文化(カーニヴァル)=状況の構築は、権力(疎外)からの自律のアナーキーな時空を意味するのである。

7,アポロン的文化=公式文化(芸術)=スペクタクルは、権力の威光と永続を示す目的のために、豪華絢爛さ、文化的洗練への配慮、(多くの芸術家や職人を動員できることで可能になる)作品の巨大さ、(石や金属などの堅牢な支持体による)作品の永続性、といった文化的特徴を持つ(作品=コンテンツ中心主義)。一方、ディオニュソス的文化=非公式文化(カーニヴァル)=状況の構築は、将来への配慮のない生の燃焼であり、作品のような文化的残存物を残すことに関心がない。

8,結果的に過去に遡るほど私たちの前に残され可視的になている文化はアポロン的文化=公式文化(芸術)=スペクタクルだけになり、ディオニュソス的文化=非公式文化(カーニヴァル)=状況の構築の広大で無形の遺産は目には見えない。

ところでニーチェはいみじくも「アポロンはディオニュソスなくしては生きえない」と言っている。つまり実は、文化の根源は目には見えない虚の厚みとでも言うべきディオニュソス的文化=非公式文化(カーニヴァル)=状況の構築にこそあるのであって、豪華絢爛にして洗練され、何千年という時間を生き延びてきたアポロン的文化=公式文化(芸術)=スペクタクルも、ディオニュソス的文化の支えなしには空虚なテクノロジーでしかない、ということである。ギリシャ悲劇のみならず、その後のヨーロッパ内外のアポロン的文化=公式文化(芸術)も、何らかの形でディオニュソス的なものが忍び込んでいるからこそ、生気あるものとなっているのだ。

というわけでディオニュソスこそ真の文化の神なのであるが、ニーチェの『悲劇の誕生』には、ディオニュソスを殺害するソクラテスという第3のプレーヤーが登場する。これは一体何者なのか。

ニーチェの描くソクラテスは啓蒙の象徴であり、その合理的、功利的、道具的な理性の手つきは非合理的な起源を持ったディオニュソス的な精神(=文化)をナンセンスなものとして解体してゆく。ギリシャ悲劇はその根源にあったディオニュソス精神がソクラテス的な理性主義によって殺害されることによって形式化され滅んでいった。

しかしこのソクラテス=啓蒙の精神が全面化しているのは何より私たちの近代である。啓蒙の精神は富の増殖と結びついて、いわゆる資本主義の精神となってブルジョワ社会を支配している。私たちの近代ブルジョワ社会とは、ソクラテス=啓蒙­­=資本主義の精神が、ディオニュソス的文化=非公式文化(カーニヴァル)を絶えず封じ込めようとしている社会である。実際にはディオニュソス的なものは放射性物質のごとくアンコントローラブルであり、常に隙間を見つけては漏出、噴出を繰り返しているのだが。

ソクラテス=啓蒙­­=資本主義の精神の拡大と浸透は、伝統的民衆文化(ディオニュソス的文化=非公式文化)を衰弱死させた。一方アポロン的文化=公式文化(芸術)は、ソクラテス=啓蒙­­=資本主義の精神と同化し乗っ取られることになった。アポロン的文化=公式文化(芸術)は、古代中世を通して権力に使える文化ではあったが、権力は文化そのものの敵ではなかった。ブルジョワ権力に至って史上初めて、アポロン的文化=公式文化(芸術)は文化の殺害者の手先になるというパラドキシカルな役割を背負ってしまったのだ。ディオニュソスは糧を失い衰弱死したが、アポロンは自殺を強要させられることになったのだ。実際にはアポロン的文化=公式文化(芸術)=スペクタクルは、私たちを疎外の中に眠らせておくためのテクノロジーへと純化しつつあるといっていいだろう。

 アヴァンギャルド(反芸術)の時代が19世紀後半から20世紀前半にかけてあったわけだが、あれこそまさに、文化の殺害者の手先とかしたアポロン的文化=公式文化(芸術)=スペクタクルの場に、知的階級の中の反体制的な精神(ディオニュソス的なもの)たちが侵入して乗っ取ったものである。つまりギリシャのポリス文化に野蛮なディオニュソス祭が侵入しギリシャ悲劇が誕生したように、この非常に痛快で実り多き100年をディオニュソス的なものが支えたのである。

 しかし今度は、モダニズム(モデルネ)系言説が現れて、本来ディオニュソス的文化=非公式文化(カーニヴァル)であったはずのアヴァンギャルド(反芸術)文化を、まるで文化の殺戮者の手先となったアポロン的文化=公式文化(芸術)の歴史の中から弁証法的に発展してきたかのような簒奪行為を働き、自分のお手柄にしてしまった、、、奪い返されてしまったといったほうが正確だろうか。

 シチュアシオニストはこの事態をよく見抜いていたので、アポロン的文化=公式文化(芸術)=スペクタクルの場から撤退して、生活全体を疎外からの自律の試みの地平にしようとした(状況の構築)。それは奇しくも(いや当然ながら)バフチン描くところのカーニヴァルのような広場の文化に回帰している。あまり気づいている人はいないようだが、20世紀後半以降の文化のメインストリームは、アポロン的文化=公式文化(芸術)=スペクタクルのいわゆるコンテンツ文化よりも、生活全体が文化である「生きられる文化」の形を取って動き出している。シチュアシオニストはその先駆けである。

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モダニズムは体制化された中産階級の秩序にとっては、危険で破壊的な要素をはらんでいた ←うそつけ

モダニズムが自由主義的な資本主義に次いで、だいたい資本主義の第二段階、帝国主義的段階(あるいは独占段階)に対応し、体制化された中産階級の秩序にとっては、危険で破壊的な要素をはらんでいたのに対して、ポストモダニズムの出現は、資本主義の第三段階、「消費資本主義」(consumer capitalism)あるいは「多国籍資本主義」(multinational capitalism)という新しい契機の出現と密接に結びついている。そして、ポストモダニズムの形式的特徴は、この独特の社会システムの「深層の論理」(ibid. p. 125/229頁)を反映し、強化さえしているとジェイムソンは見るのだ。この現行社会との親和的な関係は盛期モダニズムには想像すらできなかったものである。ポストモダンは社会のもっとも強力なシステムと親和的な関係にあるのだから、現代社会のあらゆる場面に浸透するのは当然である(ジェイムソンは現代の広告とポストモダニズムはほとんど同しものと見ている)。ポストモダニズムが、モダニズムの転覆的で批判的な側面を放棄していることはあきらかだが、ジェイムソンはポストモダニズムのなかに消費資本主義の論理に抵抗するような側面があるのかどうか自問し、今日にいたるまでその抵抗の論理を模索している。
『ポストモダンの到来(フレドリック・ジェイムソン)』 田辺秋守



 、、、抵抗の論理なんてポストモダニズムに中にあるわけねーだろ。ポストモダニズムが、モダニズムの抵抗的側面を失った反動である、という論調をよく聞くわけだが、実際にはモダニズムそのものが真っ黒クロスケであってそんな褒められたモノではないのである。ポストモダニズムとはそんな真っ黒なモダニズムのアップデートバージョンに過ぎない。
 文化面におけるモダンやポストモダンという概念は、「芸術」という資本主義社会の高級スペクタクルを司るアートワールドという権威によって形作られている主流言説(芸術と非芸術の境界を決定する言説)であり、スペクタクルとは支配階級(権力)が、その正統性と永続性を誇示し、自己を再生産するための文化装置のことである。市民革命以後、アンシャンレジームの「芸術(高級スペクタクル)」はその役割もそのままブルジョワジーによって引き継がれた。そもそもモダニズムがこうしたスペクタクルとしての性格を持っている以上、資本主義社会との親和性は当然のことであり、転覆的で批判的な側面など求めようもないのである。
 19世紀中盤から、それ以前の主流言説であったアカデミズム(古典主義)の形式化のもとで干からびてしまった「芸術」に危機感を抱いていたアートワールドは、それまで中産階級の秩序にとって危険で破壊的な要素をはらんでいたため、排除したり無視したりして「芸術」と認めていななかった「反芸術」運動(芸術外の文化)を芸術の内部から生まれてきたものであるかのように解釈し直し(横領し)、モダニズム言説を中心としたスペクタクルへと作り変えた。20世紀にはいる頃には、古典主義的なスタティックな美の規範は、「伝統の否定=新しさ」を重視するダイナミックな規範に取って変えられたのである。
 モダニズムに体制転覆的で批判的な側面があったと誤解される理由は、この芸術の外部に息づいていた「(被支配階級・非西洋の生活文化に特徴的だった)生きられる陶酔の文化」のアートワールドへの侵入という外的要因のためであり、「新しさ」というモダニズムの規範そのものは、むしろ生産技術や商品開発におけるイノベーションを常に求める資本主義のあり方と実に親和的である。
 ただモダニズムにはその規範の生成にかかわる独特な性格があり、それが資本主義の発展・変貌とともに行き詰まり、時代と合わないものになっていったことによってポストモダニズムの登場につながってゆくのである。
 高級スペクタクルである「芸術」は、自らが高級であるという優越性の演出のために、対立項として「低級」なものを必要とする。永いこと「芸術」は、民衆の生活文化とか未開文化などの「芸術」外部の「生きられる陶酔の文化」に対して優越することで成り立ってきた。しかしアートワールドは、干からびたアカデミズムをモダニズム言説によって刷新するため、対立項であったはずの「反芸術(生きられる陶酔の文化)」を、形を変えて「芸術」内部に取り込む必要が生じたこと、また近代化とともに民衆の生活文化自体が衰退したことなどのため、アートワールドは優越のための新たな対立を捏造することになった。
 つまりアートワールドは、「伝統の否定=新しさ」という規範に叶うものを「後衛(arrière-garde)」に対する「前衛(avant-garde)」として、この2つの間に境界線を引き、「前衛(avant-garde)」こそが真性の(高級な)文化であるいう物語をでっち上げたのだ。このとき変化のない伝統文化や複製による模倣文化(キッチュ、文化産業)は「後衛(arrière-garde)」の中に押し込められ低級なスペクタクルに貶められることになる。
 この前/後の境界によって生成するモダニズムの文化には、ストイックな性格がつきまとうことになった。まず「伝統の否定=新しさ」という規範は、自分の仕事が芸術の歴史、伝統に対して、どのように新しいものであるのかの検証を芸術家に求めるものであった。モダニズム芸術はグリーンバーグが言うようにメタ芸術、作品そのものが自己批判的な検証の場と化した。芸術家は求道者となって、自分の仕事の模倣や商業主義に対する独創性や潔癖さ、清貧さ、純粋性を常に証明しなければならず、また時代に先んじる「前衛」として大衆の理解から超絶した地点に生きる精神的なタフさをも必要とするのである。ゴッホの貧困と孤独を見よ、というわけである。
 ところでこうしたモダニズムの自己検証・還元作業は袋小路に突き当たる運命にあった。というのも芸術をその根源的な条件に還元してゆけば、表現行為×素材(媒体)というところに行き着かざるを得ない。人間のあらゆる行為は表現であるし、世界のすべてが表現の素材(媒体)でありうるとなれば、芸術の還元作業は、ピアノの前に座って何もしないジョン・ケージのように禅問答のごとき空虚なパフォーマンスに収斂してゆくしかないだろう。かつてアカデミズムが干からびたように1960年代にはモダニズムにも禁欲主義的退屈さとでもいう行き止まり感が広がり始め、資本主義のスペクタクルという役割が要請する「新しさ」がそこに感じられなくなってしまった。そうした状況に対抗するようにアメリカのネオ・ダダやポップアートのムーブメントなどに、ポストモダニズムの特徴を持った芸術が現れ始める。

 まず様式上の特徴としては、一見モダニズム以前の諸傾向に回帰しているという面が顕著である。絵画における具象性の復帰、文学における物語の伝統的な話法への回帰。音楽における調性の重視。また建築に見られるモダニズムの国際様式への反発、そこから生ずる地域性の重視、そしてなかんずく歴史的な諦様式の混淆。まさにポストモダン建築が典型的に示しているように、ポストモダニズムの最大の特徴とは、その「折衷主義」にある。原則的にすべての様式が共存可能であり、すべての様式、すべての時代、すべての地域が「差異への権利」(Ferry 1990 p.317/344頁)をもっているのである。そして最後に、ポストモダンのあらゆる分野で見られるのは、モダニズムが拠り所としていた高級文化と大衆文化との区別が完全に、解消されていることである。
『ポストモダンの到来(フレドリック・ジェイムソン)』 田辺秋守



 いわゆるポストモダニズムのこうした特徴とは、ようするに「前衛」がモダニズムの純粋性の高い規範を実現するために「後衛」というゴミ箱の中に捨てたモノからなっている。「新しさ」をストイックに追求するために排除した「不純なもの」を再発掘しているのである。ポップアートのように商業主義的と蔑まされた大衆文化のイメージをそのまま打ち出したり、低俗なオタク文化を伝統的日本画と折衷した村上隆、グロテスクというかインモラルなイメージを操るダミアン・ハーストなど。こうしたポストモダンアーティストのゴミ箱漁りが多少とも面白く感じられるのは、モダニズムが軽蔑したものを作品や生き方の中に、戦略的、露悪的に取り入れているからだろう。
 「新しさ」こそ価値だとしたダイナミックな規範であったモダニズムが、暗に排除していたモノが詰まったパンドラの箱を開けたポストモダニズムのお陰で、「芸術」の世界はとうとう「何でもあり」の世界になったと言えるのかもしれない。だがポストモダニズムの登場は、アートワールドの主流言説がアカデミズムからモダニズムへ移り変わったときのようなドラスティックな転回なのだろうか。ポストモダンの時代になっても「芸術」には何か「新しい」ものが求められていることに変わりはない。「前衛(avant-garde)」という言葉はすっかり時代にそぐわないものになってしまったが、ポストモダンアーティストも結局のところイノベーティブでなければ評価されないのではないだろうか。そこにモダニズムに対する決定的な何らかの規範の革新があったとも思えないのだ。その意味ではポストモダニズムはせいぜいモダニズムのマイナーチェンジ、すなわちモダニズム2.0でしかないのではないだろうか。
 であるとすれば、ポストモダニズムの中に抵抗の論理なんて探しても無駄であろう。最初に書いたように、モダニズムに体制転覆的で批判的な側面があったと勘違いしてしまう理由は、「芸術」の外部に息づいていた「生きられる陶酔の文化」のアートワールドへの侵入という外的要因のためである。

モンタージュやパスティシュのようなポストモダンに多用される手法は、実はすべてモダニズムのなかに存在していた。 しかしモダニズムにおいては二次的で周禄に位置したものが、ことごとく文化生産の中心となっているところに、ジェイムソンは時代の「新しさ」を見るのである。
『ポストモダンの到来(フレドリック・ジェイムソン)』 田辺秋守


 戦後のポストモダン芸術の手法は戦前までの「反芸術」運動の様々な手法の焼き直しである。ジェイムソンの間違いを正すなら、モンタージュなどパロディ的な手法はモダニズムではなくて「反芸術(生きられる陶酔の文化)」運動に特有の手法だというべきだろう。反芸術の王様は、ポストモダニズムアートの先駆であるネオ・ダダについて「私が〈レディ・メイド〉を発見したときに意図したのは、美的な大騒ぎに水をさすことだった。しかしネオ・ダダの場合は〈美的価値〉を発見するためにレディ・メイドを使っている! 私は瓶立てや便器を挑戦として連中の顔に投げつけたのに、いまやかれらはそういったものを美的に美しいものとして賞賛するのだ(マルセル・デュシャン)」と批判している。またペーター・ビュルガーは「ポスト・アヴァンギャルドの段階を特徴付けるのは、それが作品というカテゴリーを復活したという点、アヴァンギャルドによって反芸術の意図をもって創出された手続きが、芸術的目的に用いられるという点である」と述べている。
 つまりデュシャンが愚痴ってるのは、レディ・メイドというパロディの技法は、バフチン言うところのカーニヴァル(非公式文化)であったのだが、ネオ・ダダ(ポストモダンアート)において同じ技法が、「芸術(スペクタクル=公式文化)」として使われている、というところである。この簒奪的解釈を行ったのがモダニズム言説であり、そのアップデートバージョンであるポストモダニズムもそれをしっかり引き継ぎ、資本主義システムの正統性と永続性を誇示し、システムを再生産するために作動し続けているのである。
 というか、消費資本主義というのは、ようするにスペクタクルが全面化し、私たちの生がスペクタクルに包摂されつくした事態のことである。拡大するスペクタクルの背後で「生きられる陶酔の文化(非公式文化)」はその在り処や存在自体が不可視になってしまった。もはやアートワールドが無理してストイックなモダニズムの規範を布教したり演じたりしなくても、資本主義システムの正統性、永続性、そしてその再生産は鉄板だという段階まで来てしまったということなのかもしれない。そうしたシステムの余裕の表現が、開き直ったモダニズムであるポストモダニズムの正体なのではないだろうか。

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情けないことに「天才」という言葉のいかがわしさに気づいてからもう30年も経つというのに

、、、例えば他人に不当な扱いを受けたときなど、未だに「オレは天才なんだぞ、、、覚えとけよ!」と心でつぶやき自分を慰めたりすることがある。
 単純なことで、一人として同じ人間はいない以上、人の為すこと、為せることには当然違いがあり、差があるわけだが、「天才(才能)」という言葉は、その違いに優劣をつけているのである。つまり「天才」という言葉は、より価値のある人と価値のない人の序列を前提とした言葉なのだ。文化的な天才に限って言えば、、、芸術家(アーティスト)などの文化的生産者は天才に近づけば近づくほど、より卓越し、より価値のある文化的生産を為しうるし、才能がない人間は天才が創り出した文化的生産物を礼拝したり消費したりするだけの受動的な観客へと、文化的に疎外されるのである。こうした「天才」と「天才」によって生み出されたものにこそ価値があるとする文化のあり方を、私は「卓越の文化」と呼んでいる。
 「卓越の文化」は、その文化が「芸術」(高級文化)であろうと、「大衆文化」(文化産業)であろうと、あいつよりオレのほうが上手い、とか、あの人の作品のほうがこの人のより新しいとか洗練されている、深いなどなど。また、商業的な文化でも同様にどちらのほうが人気があり、売れているなどと常にその優劣の比較が問題にされ、より優れたものに文化的価値を置こうとするのである。
 今日私たちが思い浮かべる「文化」なるものは、ほとんどこの「卓越の文化」なのではないだろうか。若い人がクリエイター(文化的職業)なんてものになろうと考えたとき、まずぶつかるのが「オレには才能があるのだろうか」問題である。天才的な才能がなければ食えないだけでなく、その仕事に価値もないというのである。また友人やライバルと優劣を競い、嫉妬や優越感に翻弄され、すでに成功を収めたクリエイターと自分を見比べては絶望する。天賦の才に恵まれたものだけが栄光を掴み、才能ないオレはやはり天才の仕事を礼拝し消費する観客の側に回るしかないのか、、、さらに成功したクリエイターはといえば、自分の地位が新参者に奪われるのではないか、自分の仕事の価値が落ちてゆくのではないかと戦々恐々と闘い続けなければならない。遠い昔から続く文化シーンの本質とはこうした承認欲求の憂鬱な競争の場だったのだろうか。思うに文化と天才(才能)がセットで語られる背景には、文化とはすべからく「卓越の文化」であるという前提が自明なものになっているからに他ならない。
 ペーター・ビュルガーはアヴァンギャルドの中に、「天才」の概念と、文化的生産者(演者)と受容者(観客)の区別の否定を見出している。

 まず従来のブルジョワ芸術〔市民芸術〕の芸術作品の生産に対して、アヴァン ギャルドの「生産」は何か新しいのだろうか。自律的なブルジョワ芸術の生産は個人的なものである。生産の担い手である芸術家は個人として生産し、芸術家の「個性」は「ラディカルに特殊なもの」と把握される。つまり「天才」の概念である。 これに対してアヴァンギャルドは「個人の生産」というカテゴリー自体を否定する。 アヴァンギャルドの作品は天才をまったく期待せず、そもそも作品制作に才能を必要としないというメッセージを送っている。たとえば、デュシャンの有名な「泉」は、大量生産品である小使器に署名(偽名)をし、それを美術展に出品することによって、個人的生産ということを無効化する意図をもっていた。ビュルガーによれ ば、デュシャンの行為は作品の質ではなく署名の方が重きをなす芸術市場を挑発したことにとどまらない。個人を芸術作品の創造者であると考える原理が否定されているのである。
 また、アヴァンギャルドは作品の個人的な受容も否定する。ダダのイヴェントはイヴェントにおいて挑発され憤激した観衆がイヴェントの一部に巻き込まれることを 意図している。そもそもアヴァンギャルドは生産者と受容者の区別に異議を唱える。 これが明確に表れているのが、ダダ的な詩を書くためのツァラの教示や自動筆記によるテクストの構成法に関するアンドレ・ブルトンの手引きである。彼らの処方にしたがって人々が書き、実際に生産者になることをアヴァンギャルドは望んでいた。
モダニズムからアヴァンギャルドへ(ペーター・ビュルガー)』 田辺秋守


 これはつまり「卓越の文化」の否定であり、ビュルガーはそれとは別の文化形態である「生きられる文化」のあり方を指し示しているのだ。それはダダ、シュルレアリスムやロシア・アヴァンギャルドなどのプログラムから抽出された「芸術と生活実践が一体となり、実践が美的であり、芸術が実践的である」という彼の言葉通り、万人が「生きること」が即「文化」であるようなあり方である。
 「生きられる文化」がいかなるものなのかのイメージを掴むためには、バフチンのカーニヴァル論を参照するべきだろう。つまりデュシャンの小便器の面白さはカーニヴァルの面白さなのだ。カーニヴァルにおける民衆の興奮(生きる歓び)に「天才」は無縁である。誰が誰より上であるとか下であるとかいう序列(秩序)や序列を測る物差しが転倒し無効になっている状態がカーニヴァルの時空である。高貴なものが引きずり降ろされ、卑しいもの、淫らなものが持ち上げら、人々を縛っていた秩序は徹底的に「笑い」のめされる。こうした禁止(秩序)からの解放が反芸術(アヴァンギャルド)の本質である。反芸術活動はアートワールドをカーニヴァル化しようとしたのである。
 クリエイターに憧れ、クリエイターになろうと考えるとき、おそらく人はシステムが押し付けてきている文化的疎外から逃れようとしているのだ。観客ではなく演者の側に回る(天才へ上昇する)ことで自律した生を取り戻そうと思っているのだ。が、それはやはりシステムへの隷属なのであって、自律のためにほんとうに必要なことは秩序内部での上昇ではなく、「卓越の文化」と「卓越の文化」というスペクタクルによって自らを維持、再生産し続ける現行体制(秩序)とその疎外を否定すること、現行秩序のゲームの土俵から降りること、すなわち「生きられる文化(カーニヴァルの生)」への移行でなければならない。
 ダダやシュルレアリスムもそうした試みであったはずなのだが、敵もさるもので、小便器という既製品を美術展に展示することで個人を芸術作品の創造者であると考える原理を否定したはずのデュシャンを、今度はそうしたアクションのコンセプトを考え出した「天才」として祭り上げ、「生きられる文化」の実践であったものを「卓越の文化」のに引き戻してしまい、いつの間にか私たちの前には、天才デュシャンや天才ピカソという卓越した個人がいるだけである。ダダもシュルレアリスムもいまや「天才」たちの技にされてしまったのだ。つまり、ゲームを降りた人の実践をゲームのルールに従って行われたものとして解釈し直すこと、これが現行体制の文化的権威であるアートワールドの主流言説であるモダニズム系言説の行っている簒奪行為である。
 しかし「生きられる文化」は美術館とか劇場だけに限られるものではない。カーニヴァル化すべきは路上であり、生活全体であるべきだろう。自分たちの活動は「芸術=卓越の文化」ではないと主張していたシチュアシオニストの実践とは何であったのか。5月革命以来繰り返される路上占拠や小さな自律的空間の創造とは何なのか。それは反芸術活動と同じ「生きられる文化(カーニヴァルの生)」の実践なのではないだろうか。

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ニーチェの『悲劇の誕生』における、アポロン的なものと、ディオニュソス的なものという概念は、実はちょっと混乱した概念である。

、、、どちらもショーペンハウアーの表象と意志の区別から引き出された概念であることは間違いないが、2つの問題系がまぜこぜになっていてそれが噛み合っていないのである。
 ひとつは芸術論であって、ショーペンハウアーの、表象の模倣である「美術(視覚的な造形芸術)」と、意志の直接の模倣である「音楽」の区別を、それぞれアポロン的芸術、ディオニュソス的芸術と言い換えたものである。これは「夢と陶酔」とも表現され、ギリシャ悲劇やワーグナーの楽劇の解釈に使われ、ご存知のように音楽の精神(ディオニュソス的なもの)がそれらの根源を形作っているというのがニーチェの主張である。
 だがもうひとつ、文化人類学的というか構造論的とでもいうべき問題意識でもアポロンとディオニュソスの比喩が使われている。こちらは一言で言うと「秩序と反秩序(混沌)」という対立のメタファーになっている。ショーペンハウアーによると「個体化の原理」によって物自体(意志)が表象化することで、個としての人間存在を含めたこの世界が形作られ、死すべき運命にある有限な人間の苦悩や悲哀もまた生まれるとされる。しかし厭世的なショーペンハウアーと違って、ニーチェが強調するのは祝祭の陶酔においてそうした個我の限界が破られて、人間が永遠の世界意志と一体化する歓喜の瞬間である。踊り歌う民衆は、その生そのものが芸術作品だというのだ。つまりここでニーチェは、ショーペンハウアーの「表象と意志」の教説を「個を基盤とした秩序ある日常性」と「個を脱した陶酔的な非日常性」との対立に読み替えているのである。実際にニーチェの記述を読んでみると、アポロンとディオニュソスというメタファーが、「日常と非日常」「文化と野蛮」という構造的概念になっているのがよくわかると思う。ギリシャ悲劇のニーチェ流の分析も、「秩序ある」アテナイの(アポロン的な)演劇文化の中に、外部の民族の「野蛮な」祭りの習慣(ディオニュソス的陶酔の文化)が侵入し、アッティカ悲劇が受胎したという構図になっている。
 この「夢と陶酔(造形芸術と音楽)」という美学的な問題系と、「秩序と反秩序(混沌)」という構造論的問題系は、アポロンとディオニュソスという一対の概念でまとめることはできない。この点が『悲劇の誕生』という本に混乱をもたらしているのだ。視覚的表象的な芸術である「美術」が、スタティックで秩序ある文化で、一方の音楽は反秩序的でエモーショナルなものだということには必ずしもならない。造形芸術が反秩序的なこともありうるし、ニーチェ自身もスタティックなアポロン的音楽について本の中で語っている。ギリシャ悲劇もワーグナーの楽劇も、演劇や美術という視覚的要素と音楽の二面性で成り立った総合芸術であるために「夢と陶酔」という美学的対立概念が活用されているのだろうが、重要なのはむしろ「秩序と反秩序(混沌)」という構造的対立の概念のほうだろう。つまり一口に文化と言っても、秩序に関わる文化(アポロン的文化)と、秩序からの解放に関わる文化(ディオニュソス的文化)2つの形態があるということ、そして後者のディオニュソス的文化、秩序からの解放(反秩序)こそが文化の根源をなしている、ということこそ本来ニーチェが「アポロンとディオニュソス」という一対の概念で言うべきことだったと私は思うのである。
 秩序は、日常性、禁止、権力などと関わっており、アポロン的な文化は現行の秩序を肯定し賛美するスペクタクルとしての性格を持っている。一方のディオニュソス的文化の反秩序的なあり方は、カーニヴァル、革命など体制秩序の反転や転覆と関わり、日常性や禁止からの解放という側面を持っている。『悲劇の誕生』の影響を受けていたバフチンは後に、アポロンとディオニュソスの対立を、「公式文化」と「非公式文化」の対立に置き換えるだろう。ロシア革命の時代を生き、カーニヴァル論を展開したバフチンにおいては「夢と陶酔」の美学的問題系はすでに消滅している。
 が、『悲劇の誕生』でニーチェはいみじくも「ディオニュソスなしにはアポロンは何者でもない」と、文化はあくまでディオニュソス的な反秩序のエモーションを根源としているということ、また、アテナイの支配階級の文化であったギリシャ悲劇がまさにそうであったように、権力の文化である「芸術」が文化の名に値するものであるためには、ディオニュソス的なエモーションが何らかの形で「芸術」というアポロンの中に侵入していなければならないことを明かしている。
 さらに大事なことは、文化そのものを骨抜きにし死に追いやるものとしてニーチェは、ソクラテス(楽天的理性主義=啓蒙)というもう一人のプレーヤーの名を挙げていることだ。啓蒙と手を取り合った資本主義の精神が、芸術と祝祭(アポロンとディオニュソス)双方を滅ぼしてしまったのを、私たちは現在目のあたりにしている。『悲劇の誕生』は、ギリシャ悲劇にかこつけて、実はブルジョワ社会における文化の運命について語っているのであり、その意味では21世紀の現在においても古びていないテクストであると言っていいだろう。また、文化の再生をワーグナーの楽劇というスペクタクルに求めてしまったことについては、後に二ーチェ自身によって自己批判されることになる。

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今まで幾つかのアヴァンギャルド(モダニズム)芸術論を読みかじってきたが

、、、ペーター・ビュルガーの論が一番マトモだと思う。グリーンバーグやアドルノのように、未来派、ダダ、シュルレアリスム、ロシア・アヴァンギャルドなど(ビュルガーのいわゆる「歴史的アヴァンギャルド」)を冷ややかにスルーすることなく、むしろそれらこそが前衛芸術運動の肝だとしているあたりが、ビュルガーのアヴァンギャルド論の特徴だ。おそらくビュルガーはアドルノたちのモダニズム(モデルネ)論には不満をいだいていたことだろう。

まず従来のブルジョワ芸術〔市民芸術〕の芸術作品の生産に対して、アヴァン ギャルドの「生産」は何か新しいのだろうか。自律的なブルジョワ芸術の生産は個人的なものである。生産の担い手である芸術家は個人として生産し、芸術家の「個性」は「ラディカルに特殊なもの」と把握される。つまり「天才」の概念である。 これに対してアヴァンギャルドは「個人の生産」というカテゴリー自体を否定する。 アヴァンギャルドの作品は天才をまったく期待せず、そもそも作品制作に才能を必要としないというメッセージを送っている。たとえば、デュシャンの有名な「泉」は、大量生産品である小使器に署名(偽名)をし、それを美術展に出品することによって、個人的生産ということを無効化する意図をもっていた。ビュルガーによれ ば、デュシャンの行為は作品の質ではなく署名の方が重きをなす芸術市場を挑発したことにとどまらない。個人を芸術作品の創造者であると考える原理が否定されているのである。
 また、アヴァンギャルドは作品の個人的な受容も否定する。ダダのイヴェントはイヴェントにおいて挑発され憤激した観衆がイヴェントの一部に巻き込まれることを 意図している。そもそもアヴァンギャルドは生産者と受容者の区別に異議を唱える。 これが明確に表れているのが、ダダ的な詩を書くためのツァラの教示や自動筆記によるテクストの構成法に関するアンドレ・ブルトンの手引きである。彼らの処方にしたがって人々が書き、実際に生産者になることをアヴァンギャルドは望んでいた。
『モダニズムからアヴァンギャルドへ(ペーター・ビュルガー)』 田辺秋守



 ここでビュルガーが見抜いているのは、明らかにアヴァンギャルドの「生きられる文化」としての性格である。「卓越の文化」という性格を持つ「芸術」のベースになっているのは「個」であり、ある「個人」が「表現者(演者)」として、「観客」に対して卓越することで成り立っている。また「卓越(優越)」には、卓越を評価する物差し(ヒエラルキー)と視線(権威)がつきまとっている。「天才」とか「個性」「独創性」のような言葉はそうした物差しと視線(疎外)のもとでのみ意味のある言葉なのである。一方、「生きられる文化」とはそのような物差しと視線が無効になった瞬間の生(自律した生)のことである。したがって「生きられる文化」は「芸術」とは全く異なる、「芸術」外部の「生=文化」のあり方である。ビュルガーは、「芸術」の領域(アートワールド)に外から侵入した「生きられる文化」(生の演者と観客への分離(疎外)からの自律)を歴史的アヴァンギャルドの中に活動の中に嗅ぎつけたようにみえる。

ビュルガーによれば、〈芸術のための芸術〉(I'art pour l'art)をモットーとする唯美主義(デカダン派、象徴主義など)は、ブルジョワ芸術が[自己批判の段階]に到達した芸術である。その意味で、唯美主義の態度はアヴァンギャルドの必然的な前提になっている。唯美主義は芸術家の実生活と作品の内容とのあいたに距離を設け、作品に社会的な生活実践のかかわりを持ち込むことを退けた。ここにおいて芸術は文字通り自己目的化する。唯美主義が引き合いに出し否定する生活実践とは、日常的な市民生活のなかの目的合理的な連関である。多くの場合それは中産階級に特有な「卑俗な世界観、功利主義的な偏見、凡庸な順応主義、趣味の低劣さ」(カリネスク)といった諸特徴と結びついている。もちろんアヴァンギャルドの芸術家たちは、目的合理的な秩序を拒絶することを唯美主義者だちと共有する。しかし彼らを唯美主義者から分かつのは、芸術に基礎を置いた新たな生活実践を構築しようという試みである。つまり、市民社会の目的合理的な秩序の対極にあるものを生活の構成原理にするという試みである。こうしたアヴァンギャルドの志向は、アンドレ・ブルトンの有名なスローガンに要約されている。「〈世界を変えよ!〉とマルクスは言った。それに対して〈生活を変えよ!〉とランボーは言う。この2つの標語は、我々にとって同じことを意味しているのだ](1935年[文化防衛のための作家会議J)。それをビュルガーの言葉でいいかえれば、「生活実践のなかで芸術を止揚する」ということになる。(同上)


 ビュルガーのアヴァンギャルド論の特徴は、ブルジョワ芸術の自己批判である自律的芸術(モダニズム)の段階がまずあって、それに対するアンチテーゼとして歴史的アヴァンギャルドの生活実践の試みが生まれた、という二段構えのアヴァンギャルド論になっているところだ。ビュルガーによると、唯美主義­­=自律的芸術(モダニズム)もアヴァンギャルドも、中産階級に特有な「卑俗な世界観、功利主義的な偏見、凡庸な順応主義、趣味の低劣さ」を否定する実践だという。これは資本主義社会における生のあり方(すなわち疎外)こそが問題にしているのであり、アヴァンギャルドは「芸術」の領域を越えた「生(生活)」全体の課題を解決する実践である、とビュルガーが考えていることは明白である。つまりアヴァンギャルドの運動の原点にあるのは、モダニストがいう「美的伝統の否定」ではなく、「ブルジョワ(資本主義)社会の疎外の否定」だということである。(はたしてモダニズム段階とアヴァンギャルド段階なんてものを設定する必要があったのか疑問だが)この点のビュルガーには大賛成だ。最大の問題は、フェイクとしてであっても、自律的芸術なんていうおとぎ話を実在とみなしてしまったこと、そしてこうしたアヴァンギャルドの生活実践が、「芸術」の内部から歴史的展開とともに出現してきたと考えているところだろう。言い方を変えれば、ビュルガーには「芸術」外の文化が目に入っていないということである。
 ビュルガーのいう「非・個人的生産、受容」という生活実践の特徴を、支配階級の文化の流れをくむ「卓越の文化」である「芸術」の歴史から引き出してくるのは難しいだろう。むしろそれは(祝祭を中心とした)民衆の生活文化である「生きられる文化」の特徴なのである。さらに「生きられる文化」は非個人的であるとともに、非歴史的である。アヴァンギャルドたちが未開部族のプリミティヴな文化にインスピレーションを受けていたことは、当然ビュルガーもよく知っているだろうが、あくまでそれは外的な影響(きっかけ)としてであって、アヴァンギャルドそのものが「生きられる文化」であり、だからこそ彼らはプリミティヴな文化に同質の文化のあり方を見出して熱狂したのだ、とまでは思っていなかっただろう。

 アヴァンギャルドは、芸術を生活実践の場に移行させ、そこで芸術を解消するという意味において、「芸術の自律性の止揚」を目論んだ。この目論みは完全に挫折した。こうしたアヴァンギャルドの運動の挫折の意味を良く見積もれば、その結果は「作品」カテゴリーが回復され、アヴァンギャルドによって「反芸術」を意図して実践された手法(たとえばコラージュ、オブジェ、レディ・メイド、デペイズマン、オートマティズム、イヴェント等)が、あらたな作品制作に貢献する手法の一つとして制度〈芸術〉に回収されたということになろう。 50年代以後のネオ・アヴァンギャルドはこれらを「反芸術」としてではなく、再び「芸術」として実践した。「ネオアヴァンギャルドは芸術としてのアヴァンギャルドを制度化し、これによって真にアヴァンギャルド的な志向性を否定する。
 また、挫折の意味を悪く見積もれば、市民社会のなかで「自律的な芸術の偽りの止揚」(ibid. p.72f./77頁)という結果をもたらしたと考えられる。そうした偽りの止揚として、ビュルガーは娯楽文学と商品美学が隆盛となる傾向を指摘している。娯楽文学と商品美学は典型的に「他律的な芸術」である。他律的な芸術とは、社会からの相対的な自律性を得ることができなくなった芸術であり、作品が制度〈芸術〉以外の諸制度の何らかの目的のために役立つように生産され、受容されるような芸術である。娯楽文学と商品美学を受容するには、消費的態度をとらざるをえない。作品を消費することによって受容することは、モダニズムが作品の受容者に作品の批判的な受容を求めたのとまったく対極にある。だが、それはまたファシズムによって強制された「生活の美学化」とも異なった「強制」のもとにある。ここでは芸術の自律性の解消は、芸術をめぐる市場社会の他律性(Heteronomie)の強化に直結しているのである。モダニズムとアヴァンギャルドを含めた広い意味でのモダンの芸術の行程は、こうして「自律性」、「反自律性」、「他律性の強化」の軌道上を進行していた。(同上)


 その結果、ビュルガーは「個人的生産、受容」という卓越の文化の特徴が復活し、文化産業(娯楽文学と商品美学)と見分けがつかなくなってしまった第二次大戦後のネオ・アヴァンギャルドを目にして、「アヴァンギャルドの挫折」などと絶望感を露わにするのだが、たまたまある一時期「芸術」という制度の中に忍び込んだ「生きられる文化」が、またどこかに去っていっただけのことなのに、それを「芸術」の歴史の後退だと嘆いているのである。

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