泥沼通信

祭りの戦士 @ กลับมาจากกรุงเทพฯ

 
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情けないことに「天才」という言葉のいかがわしさに気づいてからもう30年も経つというのに

、、、例えば他人に不当な扱いを受けたときなど、未だに「オレは天才なんだぞ、、、覚えとけよ!」と心でつぶやき自分を慰めたりすることがある。
 単純なことで、一人として同じ人間はいない以上、人の為すこと、為せることには当然違いがあり、差があるわけだが、「天才(才能)」という言葉は、その違いに優劣をつけているのである。つまり「天才」という言葉は、より価値のある人と価値のない人の序列を前提とした言葉なのだ。文化的な天才に限って言えば、、、芸術家(アーティスト)などの文化的生産者は天才に近づけば近づくほど、より卓越し、より価値のある文化的生産を為しうるし、才能がない人間は天才が創り出した文化的生産物を礼拝したり消費したりするだけの受動的な観客へと、文化的に疎外されるのである。こうした「天才」と「天才」によって生み出されたものにこそ価値があるとする文化のあり方を、私は「卓越の文化」と呼んでいる。
 「卓越の文化」は、その文化が「芸術」(高級文化)であろうと、「大衆文化」(文化産業)であろうと、あいつよりオレのほうが上手い、とか、あの人の作品のほうがこの人のより新しいとか洗練されている、深いなどなど。また、商業的な文化でも同様にどちらのほうが人気があり、売れているなどと常にその優劣の比較が問題にされ、より優れたものに文化的価値を置こうとするのである。
 今日私たちが思い浮かべる「文化」なるものは、ほとんどこの「卓越の文化」なのではないだろうか。若い人がクリエイター(文化的職業)なんてものになろうと考えたとき、まずぶつかるのが「オレには才能があるのだろうか」問題である。天才的な才能がなければ食えないだけでなく、その仕事に価値もないというのである。また友人やライバルと優劣を競い、嫉妬や優越感に翻弄され、すでに成功を収めたクリエイターと自分を見比べては絶望する。天賦の才に恵まれたものだけが栄光を掴み、才能ないオレはやはり天才の仕事を礼拝し消費する観客の側に回るしかないのか、、、さらに成功したクリエイターはといえば、自分の地位が新参者に奪われるのではないか、自分の仕事の価値が落ちてゆくのではないかと戦々恐々と闘い続けなければならない。遠い昔から続く文化シーンの本質とはこうした承認欲求の憂鬱な競争の場だったのだろうか。思うに文化と天才(才能)がセットで語られる背景には、文化とはすべからく「卓越の文化」であるという前提が自明なものになっているからに他ならない。
 ペーター・ビュルガーはアヴァンギャルドの中に、「天才」の概念と、文化的生産者(演者)と受容者(観客)の区別の否定を見出している。

 まず従来のブルジョワ芸術〔市民芸術〕の芸術作品の生産に対して、アヴァン ギャルドの「生産」は何か新しいのだろうか。自律的なブルジョワ芸術の生産は個人的なものである。生産の担い手である芸術家は個人として生産し、芸術家の「個性」は「ラディカルに特殊なもの」と把握される。つまり「天才」の概念である。 これに対してアヴァンギャルドは「個人の生産」というカテゴリー自体を否定する。 アヴァンギャルドの作品は天才をまったく期待せず、そもそも作品制作に才能を必要としないというメッセージを送っている。たとえば、デュシャンの有名な「泉」は、大量生産品である小使器に署名(偽名)をし、それを美術展に出品することによって、個人的生産ということを無効化する意図をもっていた。ビュルガーによれ ば、デュシャンの行為は作品の質ではなく署名の方が重きをなす芸術市場を挑発したことにとどまらない。個人を芸術作品の創造者であると考える原理が否定されているのである。
 また、アヴァンギャルドは作品の個人的な受容も否定する。ダダのイヴェントはイヴェントにおいて挑発され憤激した観衆がイヴェントの一部に巻き込まれることを 意図している。そもそもアヴァンギャルドは生産者と受容者の区別に異議を唱える。 これが明確に表れているのが、ダダ的な詩を書くためのツァラの教示や自動筆記によるテクストの構成法に関するアンドレ・ブルトンの手引きである。彼らの処方にしたがって人々が書き、実際に生産者になることをアヴァンギャルドは望んでいた。
モダニズムからアヴァンギャルドへ(ペーター・ビュルガー)』 田辺秋守


 これはつまり「卓越の文化」の否定であり、ビュルガーはそれとは別の文化形態である「生きられる文化」のあり方を指し示しているのだ。それはダダ、シュルレアリスムやロシア・アヴァンギャルドなどのプログラムから抽出された「芸術と生活実践が一体となり、実践が美的であり、芸術が実践的である」という彼の言葉通り、万人が「生きること」が即「文化」であるようなあり方である。
 「生きられる文化」がいかなるものなのかのイメージを掴むためには、バフチンのカーニヴァル論を参照するべきだろう。つまりデュシャンの小便器の面白さはカーニヴァルの面白さなのだ。カーニヴァルにおける民衆の興奮(生きる歓び)に「天才」は無縁である。誰が誰より上であるとか下であるとかいう序列(秩序)や序列を測る物差しが転倒し無効になっている状態がカーニヴァルの時空である。高貴なものが引きずり降ろされ、卑しいもの、淫らなものが持ち上げら、人々を縛っていた秩序は徹底的に「笑い」のめされる。こうした禁止(秩序)からの解放が反芸術(アヴァンギャルド)の本質である。反芸術活動はアートワールドをカーニヴァル化しようとしたのである。
 クリエイターに憧れ、クリエイターになろうと考えるとき、おそらく人はシステムが押し付けてきている文化的疎外から逃れようとしているのだ。観客ではなく演者の側に回る(天才へ上昇する)ことで自律した生を取り戻そうと思っているのだ。が、それはやはりシステムへの隷属なのであって、自律のためにほんとうに必要なことは秩序内部での上昇ではなく、「卓越の文化」と「卓越の文化」というスペクタクルによって自らを維持、再生産し続ける現行体制(秩序)とその疎外を否定すること、現行秩序のゲームの土俵から降りること、すなわち「生きられる文化(カーニヴァルの生)」への移行でなければならない。
 ダダやシュルレアリスムもそうした試みであったはずなのだが、敵もさるもので、小便器という既製品を美術展に展示することで個人を芸術作品の創造者であると考える原理を否定したはずのデュシャンを、今度はそうしたアクションのコンセプトを考え出した「天才」として祭り上げ、「生きられる文化」の実践であったものを「卓越の文化」のに引き戻してしまい、いつの間にか私たちの前には、天才デュシャンや天才ピカソという卓越した個人がいるだけである。ダダもシュルレアリスムもいまや「天才」たちの技にされてしまったのだ。つまり、ゲームを降りた人の実践をゲームのルールに従って行われたものとして解釈し直すこと、これが現行体制の文化的権威であるアートワールドの主流言説であるモダニズム系言説の行っている簒奪行為である。
 しかし「生きられる文化」は美術館とか劇場だけに限られるものではない。カーニヴァル化すべきは路上であり、生活全体であるべきだろう。自分たちの活動は「芸術=卓越の文化」ではないと主張していたシチュアシオニストの実践とは何であったのか。5月革命以来繰り返される路上占拠や小さな自律的空間の創造とは何なのか。それは反芸術活動と同じ「生きられる文化(カーニヴァルの生)」の実践なのではないだろうか。

ニーチェの『悲劇の誕生』における、アポロン的なものと、ディオニュソス的なものという概念は、実はちょっと混乱した概念である。

、、、どちらもショーペンハウアーの表象と意志の区別から引き出された概念であることは間違いないが、2つの問題系がまぜこぜになっていてそれが噛み合っていないのである。
 ひとつは芸術論であって、ショーペンハウアーの、表象の模倣である「美術(視覚的な造形芸術)」と、意志の直接の模倣である「音楽」の区別を、それぞれアポロン的芸術、ディオニュソス的芸術と言い換えたものである。これは「夢と陶酔」とも表現され、ギリシャ悲劇やワーグナーの楽劇の解釈に使われ、ご存知のように音楽の精神(ディオニュソス的なもの)がそれらの根源を形作っているというのがニーチェの主張である。
 だがもうひとつ、文化人類学的というか構造論的とでもいうべき問題意識でもアポロンとディオニュソスの比喩が使われている。こちらは一言で言うと「秩序と反秩序(混沌)」という対立のメタファーになっている。ショーペンハウアーによると「個体化の原理」によって物自体(意志)が表象化することで、個としての人間存在を含めたこの世界が形作られ、死すべき運命にある有限な人間の苦悩や悲哀もまた生まれるとされる。しかし厭世的なショーペンハウアーと違って、ニーチェが強調するのは祝祭の陶酔においてそうした個我の限界が破られて、人間が永遠の世界意志と一体化する歓喜の瞬間である。踊り歌う民衆は、その生そのものが芸術作品だというのだ。つまりここでニーチェは、ショーペンハウアーの「表象と意志」の教説を「個を基盤とした秩序ある日常性」と「個を脱した陶酔的な非日常性」との対立に読み替えているのである。実際にニーチェの記述を読んでみると、アポロンとディオニュソスというメタファーが、「日常と非日常」「文化と野蛮」という構造的概念になっているのがよくわかると思う。ギリシャ悲劇のニーチェ流の分析も、「秩序ある」アテナイの(アポロン的な)演劇文化の中に、外部の民族の「野蛮な」祭りの習慣(ディオニュソス的陶酔の文化)が侵入し、アッティカ悲劇が受胎したという構図になっている。
 この「夢と陶酔(造形芸術と音楽)」という美学的な問題系と、「秩序と反秩序(混沌)」という構造論的問題系は、アポロンとディオニュソスという一対の概念でまとめることはできない。この点が『悲劇の誕生』という本に混乱をもたらしているのだ。視覚的表象的な芸術である「美術」が、スタティックで秩序ある文化で、一方の音楽は反秩序的でエモーショナルなものだということには必ずしもならない。造形芸術が反秩序的なこともありうるし、ニーチェ自身もスタティックなアポロン的音楽について本の中で語っている。ギリシャ悲劇もワーグナーの楽劇も、演劇や美術という視覚的要素と音楽の二面性で成り立った総合芸術であるために「夢と陶酔」という美学的対立概念が活用されているのだろうが、重要なのはむしろ「秩序と反秩序(混沌)」という構造的対立の概念のほうだろう。つまり一口に文化と言っても、秩序に関わる文化(アポロン的文化)と、秩序からの解放に関わる文化(ディオニュソス的文化)2つの形態があるということ、そして後者のディオニュソス的文化、秩序からの解放(反秩序)こそが文化の根源をなしている、ということこそ本来ニーチェが「アポロンとディオニュソス」という一対の概念で言うべきことだったと私は思うのである。
 秩序は、日常性、禁止、権力などと関わっており、アポロン的な文化は現行の秩序を肯定し賛美するスペクタクルとしての性格を持っている。一方のディオニュソス的文化の反秩序的なあり方は、カーニヴァル、革命など体制秩序の反転や転覆と関わり、日常性や禁止からの解放という側面を持っている。『悲劇の誕生』の影響を受けていたバフチンは後に、アポロンとディオニュソスの対立を、「公式文化」と「非公式文化」の対立に置き換えるだろう。ロシア革命の時代を生き、カーニヴァル論を展開したバフチンにおいては「夢と陶酔」の美学的問題系はすでに消滅している。
 が、『悲劇の誕生』でニーチェはいみじくも「ディオニュソスなしにはアポロンは何者でもない」と、文化はあくまでディオニュソス的な反秩序のエモーションを根源としているということ、また、アテナイの支配階級の文化であったギリシャ悲劇がまさにそうであったように、権力の文化である「芸術」が文化の名に値するものであるためには、ディオニュソス的なエモーションが何らかの形で「芸術」というアポロンの中に侵入していなければならないことを明かしている。
 さらに大事なことは、文化そのものを骨抜きにし死に追いやるものとしてニーチェは、ソクラテス(楽天的理性主義=啓蒙)というもう一人のプレーヤーの名を挙げていることだ。啓蒙と手を取り合った資本主義の精神が、芸術と祝祭(アポロンとディオニュソス)双方を滅ぼしてしまったのを、私たちは現在目のあたりにしている。『悲劇の誕生』は、ギリシャ悲劇にかこつけて、実はブルジョワ社会における文化の運命について語っているのであり、その意味では21世紀の現在においても古びていないテクストであると言っていいだろう。また、文化の再生をワーグナーの楽劇というスペクタクルに求めてしまったことについては、後に二ーチェ自身によって自己批判されることになる。

今まで幾つかのアヴァンギャルド(モダニズム)芸術論を読みかじってきたが

、、、ペーター・ビュルガーの論が一番マトモだと思う。グリーンバーグやアドルノのように、未来派、ダダ、シュルレアリスム、ロシア・アヴァンギャルドなど(ビュルガーのいわゆる「歴史的アヴァンギャルド」)を冷ややかにスルーすることなく、むしろそれらこそが前衛芸術運動の肝だとしているあたりが、ビュルガーのアヴァンギャルド論の特徴だ。おそらくビュルガーはアドルノたちのモダニズム(モデルネ)論には不満をいだいていたことだろう。

まず従来のブルジョワ芸術〔市民芸術〕の芸術作品の生産に対して、アヴァン ギャルドの「生産」は何か新しいのだろうか。自律的なブルジョワ芸術の生産は個人的なものである。生産の担い手である芸術家は個人として生産し、芸術家の「個性」は「ラディカルに特殊なもの」と把握される。つまり「天才」の概念である。 これに対してアヴァンギャルドは「個人の生産」というカテゴリー自体を否定する。 アヴァンギャルドの作品は天才をまったく期待せず、そもそも作品制作に才能を必要としないというメッセージを送っている。たとえば、デュシャンの有名な「泉」は、大量生産品である小使器に署名(偽名)をし、それを美術展に出品することによって、個人的生産ということを無効化する意図をもっていた。ビュルガーによれ ば、デュシャンの行為は作品の質ではなく署名の方が重きをなす芸術市場を挑発したことにとどまらない。個人を芸術作品の創造者であると考える原理が否定されているのである。
 また、アヴァンギャルドは作品の個人的な受容も否定する。ダダのイヴェントはイヴェントにおいて挑発され憤激した観衆がイヴェントの一部に巻き込まれることを 意図している。そもそもアヴァンギャルドは生産者と受容者の区別に異議を唱える。 これが明確に表れているのが、ダダ的な詩を書くためのツァラの教示や自動筆記によるテクストの構成法に関するアンドレ・ブルトンの手引きである。彼らの処方にしたがって人々が書き、実際に生産者になることをアヴァンギャルドは望んでいた。
『モダニズムからアヴァンギャルドへ(ペーター・ビュルガー)』 田辺秋守



 ここでビュルガーが見抜いているのは、明らかにアヴァンギャルドの「生きられる文化」としての性格である。「卓越の文化」という性格を持つ「芸術」のベースになっているのは「個」であり、ある「個人」が「表現者(演者)」として、「観客」に対して卓越することで成り立っている。また「卓越(優越)」には、卓越を評価する物差し(ヒエラルキー)と視線(権威)がつきまとっている。「天才」とか「個性」「独創性」のような言葉はそうした物差しと視線(疎外)のもとでのみ意味のある言葉なのである。一方、「生きられる文化」とはそのような物差しと視線が無効になった瞬間の生(自律した生)のことである。したがって「生きられる文化」は「芸術」とは全く異なる、「芸術」外部の「生=文化」のあり方である。ビュルガーは、「芸術」の領域(アートワールド)に外から侵入した「生きられる文化」(生の演者と観客への分離(疎外)からの自律)を歴史的アヴァンギャルドの中に活動の中に嗅ぎつけたようにみえる。

ビュルガーによれば、〈芸術のための芸術〉(I'art pour l'art)をモットーとする唯美主義(デカダン派、象徴主義など)は、ブルジョワ芸術が[自己批判の段階]に到達した芸術である。その意味で、唯美主義の態度はアヴァンギャルドの必然的な前提になっている。唯美主義は芸術家の実生活と作品の内容とのあいたに距離を設け、作品に社会的な生活実践のかかわりを持ち込むことを退けた。ここにおいて芸術は文字通り自己目的化する。唯美主義が引き合いに出し否定する生活実践とは、日常的な市民生活のなかの目的合理的な連関である。多くの場合それは中産階級に特有な「卑俗な世界観、功利主義的な偏見、凡庸な順応主義、趣味の低劣さ」(カリネスク)といった諸特徴と結びついている。もちろんアヴァンギャルドの芸術家たちは、目的合理的な秩序を拒絶することを唯美主義者だちと共有する。しかし彼らを唯美主義者から分かつのは、芸術に基礎を置いた新たな生活実践を構築しようという試みである。つまり、市民社会の目的合理的な秩序の対極にあるものを生活の構成原理にするという試みである。こうしたアヴァンギャルドの志向は、アンドレ・ブルトンの有名なスローガンに要約されている。「〈世界を変えよ!〉とマルクスは言った。それに対して〈生活を変えよ!〉とランボーは言う。この2つの標語は、我々にとって同じことを意味しているのだ](1935年[文化防衛のための作家会議J)。それをビュルガーの言葉でいいかえれば、「生活実践のなかで芸術を止揚する」ということになる。(同上)


 ビュルガーのアヴァンギャルド論の特徴は、ブルジョワ芸術の自己批判である自律的芸術(モダニズム)の段階がまずあって、それに対するアンチテーゼとして歴史的アヴァンギャルドの生活実践の試みが生まれた、という二段構えのアヴァンギャルド論になっているところだ。ビュルガーによると、唯美主義­­=自律的芸術(モダニズム)もアヴァンギャルドも、中産階級に特有な「卑俗な世界観、功利主義的な偏見、凡庸な順応主義、趣味の低劣さ」を否定する実践だという。これは資本主義社会における生のあり方(すなわち疎外)こそが問題にしているのであり、アヴァンギャルドは「芸術」の領域を越えた「生(生活)」全体の課題を解決する実践である、とビュルガーが考えていることは明白である。つまりアヴァンギャルドの運動の原点にあるのは、モダニストがいう「美的伝統の否定」ではなく、「ブルジョワ(資本主義)社会の疎外の否定」だということである。(はたしてモダニズム段階とアヴァンギャルド段階なんてものを設定する必要があったのか疑問だが)この点のビュルガーには大賛成だ。最大の問題は、フェイクとしてであっても、自律的芸術なんていうおとぎ話を実在とみなしてしまったこと、そしてこうしたアヴァンギャルドの生活実践が、「芸術」の内部から歴史的展開とともに出現してきたと考えているところだろう。言い方を変えれば、ビュルガーには「芸術」外の文化が目に入っていないということである。
 ビュルガーのいう「非・個人的生産、受容」という生活実践の特徴を、支配階級の文化の流れをくむ「卓越の文化」である「芸術」の歴史から引き出してくるのは難しいだろう。むしろそれは(祝祭を中心とした)民衆の生活文化である「生きられる文化」の特徴なのである。さらに「生きられる文化」は非個人的であるとともに、非歴史的である。アヴァンギャルドたちが未開部族のプリミティヴな文化にインスピレーションを受けていたことは、当然ビュルガーもよく知っているだろうが、あくまでそれは外的な影響(きっかけ)としてであって、アヴァンギャルドそのものが「生きられる文化」であり、だからこそ彼らはプリミティヴな文化に同質の文化のあり方を見出して熱狂したのだ、とまでは思っていなかっただろう。

 アヴァンギャルドは、芸術を生活実践の場に移行させ、そこで芸術を解消するという意味において、「芸術の自律性の止揚」を目論んだ。この目論みは完全に挫折した。こうしたアヴァンギャルドの運動の挫折の意味を良く見積もれば、その結果は「作品」カテゴリーが回復され、アヴァンギャルドによって「反芸術」を意図して実践された手法(たとえばコラージュ、オブジェ、レディ・メイド、デペイズマン、オートマティズム、イヴェント等)が、あらたな作品制作に貢献する手法の一つとして制度〈芸術〉に回収されたということになろう。 50年代以後のネオ・アヴァンギャルドはこれらを「反芸術」としてではなく、再び「芸術」として実践した。「ネオアヴァンギャルドは芸術としてのアヴァンギャルドを制度化し、これによって真にアヴァンギャルド的な志向性を否定する。
 また、挫折の意味を悪く見積もれば、市民社会のなかで「自律的な芸術の偽りの止揚」(ibid. p.72f./77頁)という結果をもたらしたと考えられる。そうした偽りの止揚として、ビュルガーは娯楽文学と商品美学が隆盛となる傾向を指摘している。娯楽文学と商品美学は典型的に「他律的な芸術」である。他律的な芸術とは、社会からの相対的な自律性を得ることができなくなった芸術であり、作品が制度〈芸術〉以外の諸制度の何らかの目的のために役立つように生産され、受容されるような芸術である。娯楽文学と商品美学を受容するには、消費的態度をとらざるをえない。作品を消費することによって受容することは、モダニズムが作品の受容者に作品の批判的な受容を求めたのとまったく対極にある。だが、それはまたファシズムによって強制された「生活の美学化」とも異なった「強制」のもとにある。ここでは芸術の自律性の解消は、芸術をめぐる市場社会の他律性(Heteronomie)の強化に直結しているのである。モダニズムとアヴァンギャルドを含めた広い意味でのモダンの芸術の行程は、こうして「自律性」、「反自律性」、「他律性の強化」の軌道上を進行していた。(同上)


 その結果、ビュルガーは「個人的生産、受容」という卓越の文化の特徴が復活し、文化産業(娯楽文学と商品美学)と見分けがつかなくなってしまった第二次大戦後のネオ・アヴァンギャルドを目にして、「アヴァンギャルドの挫折」などと絶望感を露わにするのだが、たまたまある一時期「芸術」という制度の中に忍び込んだ「生きられる文化」が、またどこかに去っていっただけのことなのに、それを「芸術」の歴史の後退だと嘆いているのである。

モダニズムの退潮

 コンパニョンはボードレールがギース論で論究している「現代性」の作品の特徴を五つ抽出している(Compagnon 1990 p.34f/53頁以下)。それらは、そのままボードレール以降の芸術の現代性そのものを表す指標として理解してもさしつかいないだろう。それはすなわち(1)未完成(non-fini)(2)断片性(le fragmentaire)(3)無意味(insignifiance)ないし意味の喪失、あるいは有機的な統一や全体性の拒否(4)自律性(autonomie)、批評意識である。ここにあげられた項目は、かなり広い射程で歴史的なモダニズム芸術の特徴を言い当ててもいる。われわれが典型的なモダニズムの作品の特質として想起するのは、例えば絵画におけるリアリズムからの離脱(印象主義)、抽象化と表層化(キュビズム、抽象絵画、表現主義)、文学にみられる作品の本質的な未完結性(カフカの三大長編はいずれも未完である)、通常の物語の語りの解体(ジョイス)あるいは通常の時間意識の解体(フォークナーの『響きと怒り』)、本質的な不在性(『ゴドーを待ちながら』のゴドーの不在)、創作過程への言及や作品の円環的な構造(プルースト)、作品が同時に自己批評であること(T・Sエリオットの『荒地』に付された詳細な注)、また音楽においては調性からの離脱(シェーンベルク)などであるが、それらは上記のボードレールに見られる四項目とかなり重なり合う。さらにもう一つ大きな特徴としては、モダニストたちが共通にもっていた(5)大衆文化とキッチュへの敵意をあげることができる。ボードレールに始まりアヴァンギャルドの運動を経て1960年代には完全に退潮に入ったモダニズムを、単に歴史化するのではなく、今日にとっても意味あるものとして理論化するには何を述べればよいだろうか。
「モダニズム」の後の「ポストモダン」 田辺秋守



 上で言われているモダニズム芸術の特徴とやらは、(5)の「大衆文化とキッチュへの敵意」を除いて、アートワールドによってでっち上げられたものである。(1)未完成(2)断片性(3)無意味ないし意味の喪失、あるいは有機的な統一や全体性の拒否のような作品の特徴は、「芸術」の外から芸術の世界に侵入してきたアヴァンギャルドの「生きられる文化」としてのあり方が、結果的に残すことになった特徴に過ぎないのに、あたかもある時期からそうした特徴を、(4)「自律性、批評意識」を持って目指すようになったかのように、「芸術」の歴史的展開の物語に書き変えるという簒奪行為をやらかしているのである。
 例えば、キュビズムのモダニズム流解説に「多視点性」という言葉が登場する。ピカソなんかの正面向きの顔の中に横から見た鼻がくっついているパースペクティブを無視した絵について、「多視点性=遠近法に則った1つの視点から見た光景だけでなく、多数の視点から見た光景を1つの画面に共存させる技法」がキュビストたちによって編み出されることで可能になった、みたいなことが言われるわけだ。が、それはキュビストが多視点を統合した絵を指向したというより、1視点から描かれる遠近法による空間の再現にキュビストが興味を失ったことで、結果的に現れてきた特徴だと考えたほうが腑に落ちないだろうか。絵を描く上で遠近法に従うことはルネサンス以降の西洋美術にだけに特徴的な性質であって、特別な訓練を経なければとそうした見方はできない。むしろ多視点的な見方のほうが人間にとって自然で、そうした絵に回帰しただけの話ではないのだろうか。また、「デフォルマシオン」についても全く事情は同じで、モダニズムでそれは、描く対象の特徴を誇張し変形させるテクニックだとされているが、実際には西洋美術特有の写実主義の追求への関心の消滅が、結果的にもたらしたものなのである。グリーンバーグの有名な「平面への還元」物語も同じやり口ででっち上げられている。
 上で田辺秋守氏が述べているモダニズム芸術の特徴のうちで正鵠を射ているのは、(5)の「大衆文化とキッチュへの敵意」だけである。高級文化である「芸術」は、何らかの「低級な」文化に対立し、卓越・優越するすることで成り立つという身振りを持っているからである。

ボードレールに始まりアヴァンギャルドの運動を経て1960年代には完全に退潮に入ったモダニズムを、単に歴史化するのではなく、今日にとっても意味あるものとして理論化するには何を述べればよいだろうか。



 退潮に入った??? いわゆるポスト・モダニズムの登場によるモダニズムの規範の衰退のことを言っているのだろうが、「生きられる文化」を隠蔽するモダニズム(スペクタクル)のペテンは、ブレることなく作動しているのではないか?(つづく)

「ロックを芸術に高めた」

2016年のノーベル文学賞にディラン氏が選ばれたと発表されたのは、2016年10月13日20時過ぎ(日本時間)のこと。いまネットで物議を醸している日経新聞の記事は、発表からわずか十数分後に日経電子版で配信された。
「ロックを芸術に高めた ボブ・ディラン氏ノーベル賞」。こんな見出しを掲げた記事の内容は、ミュージシャンとして初めての偉業を成し遂げたディラン氏を称えるもの。その足跡を「詩人」という視点から辿りつつ、「ロックに言葉を与え、ロックを芸術のひとつに高めた。その功績を含めての文学賞といっていいだろう」とまとめている。この記事は翌14日の朝刊2面にも「ロックを芸術に昇華」という見出しで掲載された。
だが、ディラン氏の受賞決定を祝福したこの記事に対し、一部の音楽ファンの間で「意外な反発」が生まれた。見出しにある「ロックを芸術に高めた(昇華)」という表現をめぐり、ツイッターやネット掲示板に、

「意味が分からん。ロックは別に芸術の下にあるもんとちゃう」
「『高めた』という表現の時点で間違っているし、ロックを舐めている」
「アカデミズムの優位性を前提とした物言いがいらつく」
「潜在意識レベルで『文学はロックより高等な芸術』みたいに思ってる」

といった批判的な投稿が数多く寄せられたのだ。
なかでも、ポピュラー音楽研究を専門とする大阪市立大文学部の増田聡准教授は13日のツイッターで、「ディランにしろジョンレノンにしろ『ロックは芸術の域に達した。すばらしい』とか言いたがる連中とこそ闘ってきたわけです。それくらい常識で知っとけよ...」と、別の評価をしている。
「ロックを舐めている」 ボブ・ディラン日経記事が大物議



 私は、ボブ・ディランのことは何も知らないのだが、興味を惹かれたのはむしろ日経の記者さんの言葉に見え隠れする「アートワールド」特有の身振りである。この記者さんがどれほどの文化通なのか知らないが、褒め言葉として書いた記事だったのに、ディランのコアなファンにその鼻持ちならない「上から目線」を指摘される結果になってしまった、ということらしい。実は、これと同じことが、1984年に、ニューヨーク近代美術館(MOMA)においてウィリアム・ルービン企画の「20世紀美術におけるプリミティヴィズム―『部族的』なるものと『モダン』なるものとの親縁性」展で起こっている。
 この企画展でルービンは、ピカソなどの前衛絵画とアフリカ、オセアニアの美術を並べて展示し、最もモダンな西洋美術が意外にも未開部族の表現と似てるじゃないか、ということを示し、かつて野蛮な文化と看做されていた『部族的』な表現も立派な「芸術」なのだと主張したのだが、ジェームズ・クリフォードという文化人類学者によって、西洋の芸術とは文脈の違う未開部族の文物を「芸術作品」として解釈してしまっている西洋中心主義的な美術館の権力性(上から目線)を批判されることになった。まあ、ごもっともな批判といえるだろう。
 「芸術」においては常に「卓越(優越)」が問題になっていて、高級文化としての「芸術」は、なんらかの低級な文化という対立項を前提として、それに優越することで成立している。つまり「ロックを芸術に高めた(昇華)」という言い方に見え隠れする「上から目線」は「芸術」に本質的な身振りである。「芸術」はもともとヨーロッパの支配階級(宮廷、教会)の文化であり、民衆の生活文化(祝祭、行事、風俗)に対する優越という起源をもっているが、宮廷権力が力を失ったブルジョワ社会においてもそうした身振りは生き続けているわけである。
 ブルジョワ社会における文化的権威(アートワールド)は、植民地主義の拡大とともにヨーロッパの視野に入ってきたオリエントや未開の文化も、基本的には低級な文化(野蛮)として扱っていた。だが、逆に20世紀のアヴァンギャルド(=「芸術」とは異質な「生きられる文化」が「芸術」の世界に侵入したもの)は、自らと同質な「生きられる文化」である未開社会の文化に共感を示していた。20世紀初期のアートワールドは枯渇した西洋アカデミズム美術を刷新するためアヴァンギャルドを「モダニズム運動」へと作り変えて「芸術」に吸収するとともに、未開美術もフォーマリスティックに解釈し直され、「野蛮」から「芸術」へと昇華させられることになった。
 こうしてアートワールドは「美」の定義を変えながら、西洋のローカルな文化的権威から、モダンでグローバルな文化的権威へと脱却していった。かつて野蛮視されていた未開文化が「芸術」の対立項でなくなってゆくにつれて、アートワールドは新しい対立項を創り出した。「芸術(卓越の文化)」である以上、それはやはり「低級」な文化に対立させることで自らを成り立たせるという身振りは変わらないからである。モダニズム理論が芸術思潮の中心を占めるようになった20世紀中盤から目立つようになったのは、大衆文化(ポピュラーカルチャー)に対して「芸術」の純粋性を卓越・優位の指標にする身振りである。商業主義的な大衆文化も一種の卓越の文化であるが、消費されることだけを目的に制作されるため「キッチュ(まがい物)」とか「文化産業」という言葉で軽蔑される。「芸術」であるためには「売れる/売れない」という問題よりも、自律的、自己批判的なモダニズムの歴史に新しい1ページを書き加えるモメントを持たなければならない。そうした「芸術」特有の課題を引き受けていなければ、それは芸術のまがい物でしかないといわけである。
 曲がりなりにもアートワールドの一角を占めているであろう日経の記者さんにとって、ロックはそうしたまがい物だったということだろう。私自身の考えを付け加えるなら、「芸術」も「大衆文化」も卓越の文化である以上、同じようなものじゃないかと思う。むしろ卓越の文化の突出によって見えなくなっている「生きられる文化」をこそ求めなけれなならない。 それはアヴァンギャルドがそうだったように、「芸術」の中に、また大衆文化の中にこっそり侵入しているかもしれないが、むしろ路上とか散文的な日常生活のなかにこそ見出されなければならない、と思っている。


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プロフィール

荒井賢 (Ken Arai)

 住所 埼玉県越谷市
 生年月日 1964年2月15日
 職業 アニメーション背景制作
 連絡先 araiken#mac.com #を@に置き換えてください。


 

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