泥沼通信

祭りの戦士 @ กลับมาจากกรุงเทพฯ

 

Category: アート・建築・デザイン   Tags: 芸術  思想  

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祭りのあと1

第1節 アバンギャルドとは『反芸術』である


 祭りは終わった。
 アバンギャルド芸術運動という名の祭りは、芸術の概念を破壊し尽くして終わった。 私たちは今、祭りのあとの虚しさの中にいるのだ。
 だが、古い祭りの亡霊はふりはらってしまわなければならない。私たちに与えられた課題は新しい祭りの創出にある。おそらく新しい祭りは、古い祭りとは似ても似つかぬ形態をとっているだろう。私たちはもう「芸術」という言葉すら捨てなければならないのかもしれない。だがアバンギャルド芸術のあとを継ぐ新しい祭りの中には、戦闘的なアバンギャルドの血が脈々と流れているはずである。
 新しい祭りについて考える前に、私は終わってしまった古い祭り……アバンギャルド芸術とは一体なんだったのかについて自分の視点から語っておきたいと思う。一刻も早く、祭りのあとの虚しさを追い払うために。そして、「芸術」の亡霊に取り憑かれたままの人々の覚醒を促すために。


 アバンギャルド芸術について語るわけだが、とりあえずここではヨーロッパにおける印象派以降、ダダ・シュルレアリスムまでの現代美術についてのみ見ていこうと思う。アバンギャルド芸術運動は、文学や演劇、音楽など多岐にわたるジャンルに共通の運動であったが、美術以外のジャンルにおいても運動の本質は同じであると思うし、何より美術以外のジャンルについて私が詳しくないからである。
 また、印象派や後期印象派のアーティストたちをふつうアバンギャルドとは呼ばないだろうが、ここではアバンギャルド(前衛)を文字どうり時代の最先端で闘うアーティストという意味で理解したい。とすれば印象派は19世紀末のアバンギャルドだったとみなすこともできるだろう。以下で分析するが、例えばセザンヌの中にはアバンギャルドのエッセンスがすでに現れているのだ。
 印象派以降の現代美術シーンには、様々なムーブメント(フォビズム、キュビズム、未来派、等々)がおこり、また消滅していった。それら様々なムーブメントは複雑に絡まりあっていて整理して語ることなど不可能だし、一人のアーティストが複数の運動にかかわり合っていたりすることも珍しくはない。またアーティスト個人の生に注目すれば、現代美術シーンはまた全く別の様相を見せるだろう。そこには個々のアーティストたちの悲劇や栄光、そして友情や対立の人間臭いドラマがあふれている。だが私はそのような細かな歴史的事実やアーティスト個人のバイオグラフィーを一切捨象して、アバンギャルドをある単一の運動として大胆に解釈したいと思う。とりあえずの結論をいってしまえば、「アバンギャルド芸術を反芸術という名の『祭り』として理解する。」ということである。

 「反芸術」とは、伝統的な美意識や芸術の概念や制度を徹底的に否定し、解体、破壊する行為である。ふつう「反芸術」という言葉はダダイズムの本質をあらわすときに使われる概念である。私はダダイズムこそが印象派以降のアバンギャルド芸術運動のかくされた正体であり、モダンアートを読み解く上で鍵となる運動であると考えている。すでに印象派やキュビズムなどのダダ以前の運動の中にもダダ的な「反芸術」の契機が含まれているのではないか。例えばスキャンダラスなアクションを行ったり、既製品(レディメイド)を美術館に持ち込み展示するようなダダ的行為と、セザンヌの絵画は同じ意味を持っていると解釈しようと私は思っているのだ。

 セザンヌは自分の芸術をレアリザシオン(実現)と呼んでいた。ある風景なりモチーフなりの本質をカンバスの上に定着させることをレアリザシオンといっていたのだが、彼の作品は写実とは程遠い(強引なタッチ、画面の構成にモチーフの写実性を従属させてしまうデフォルマシオン、カンバス上に一見無造作な塗り残しがあるなど)ものとなっている。だが彼の絵からは新しい美のスタンダードを追求する固い意志のようなものが滲み出していて、それが見るものの胸を打つ。彼の制作の方法論は、のちにキュビストたちに大きな影響を与えているし、晩年のサントビクトワール山の連作にいたっては、モチーフの風景はほとんど原形をとどめてはおらず、アブストラクトの領域に極めて接近している。


ポール・セザンヌ 『サント・ビクトワール山』

 それは全く新しい美の生産であった、と同時にアカデミックな絵画のセオリーを一切無視した破壊行為でもあった。(ミロはどこかで「セザンヌがすべてを破壊した。」といっている。)
 とりわけ私はあの塗り残しが気になっている。カンバスのザラザラした地をそのまま見せるということは、写実という意味では御法度であろう。実はセザンヌにとって問題だったのは、風景やモチーフの画面上への再現などではなく、カンバスの存在そのものだったのではないだろうか。外観の再現だけが問題なのであれば、カンバスそのものの存在は鑑賞者には気付かないようにさせたいものだろう。同じ印象派のモネの絵にも無造作なタッチや厚塗り、塗り残しなどを探すことはできる。しかし彼の絵はあくまでも網膜的な平面を彷佛とさせるだけで、カンバスそのものの存在に思い至らせる要素は希薄だ。ひょっとしてセザンヌはカンバスを物(オブジェ)としてとらえた最初の人ではないだろうか。セザンヌは絵画をオブジェとしてとらえ直すことで、逆に写実的な、遠近法的な意味での空間性をこえた新しい空間性を出現させる。セザンヌ以降のモダンアートの作品全てにこの問題意識が現れているだろう。まことにセザンヌは二十世紀美術の父なのである。
 ところで作品を物(オブジェ)としてとらえ直すということは、レディメイドの例にもあるようにダダ、シュルレアリスムのテーマのひとつであった。その意味でも、また伝統美学の破壊者という意味でも、セザンヌの芸術は「反芸術」と呼ぶにふさわしい。おそらく印象派以降、ダダ以前の全てのアバンギャルドのアーティストにそのような反芸術的契機が見つかるはずである。

 とはいえダダ以前と以降(ダダ、およびシュルレアリスム)の間には制作の姿勢に大きな断絶がある。
 ダダイズム以前のアバンギャルドにとって芸術作品を制作することは目的となっていた。とにかくそれぞれのアーティストは自らの美のスタンダードを追求するという生産的なスタンスをとっていた。つまり彼らには芸術という制度に対する信頼があったのだ。彼らも「反芸術」を実践していたというのが私の解釈なのだが、彼らは芸術のシステムを肯定することを通じてそれを否定する、いわば生産的なスタンスをとった破壊行為とでもいったパラドキシカルな活動を行っていたわけだ。
 しかしダダイストおよびシュルレアリストは自分達の活動の目的が破壊にあることをはっきり理解していた。彼らの行ったことは芸術のシステムを利用してそれを否定することである。芸術に対する信頼はすでに失われそれを愚ろうするために芸術の制度を利用しているかのごとくである。アバンギャルドのダダ以前とダダ以降、その一番大きな違いはここにある。つまりダダ以前のバンギャルドたちが無意識であったところの、アバンギャルドの「反芸術」性を意識化し、自らの看板に掲げたのだ。そういう意味でダダはアバンギャルド芸術運動の論理的帰結であり、エッセンスであったのだ。アバンギャルドとはダダ、シュルレアリスムそのもののことだと言いかえることもできるだろう。
 
 ダダイストはそのスキャンダラスともいえる活動によって、伝統的な芸術の概念を解体し、美術、文学、演劇といった芸術の制度の骨格をむき出しにさせた。例えば「同時詩」というパフォーマンスでは複数の詩を騒音の中で朗読し、アルプという画家は床に投げ付けた紙片の偶然の形態をそのまま作品とした。またデュシャンやピカビアは既製品(レディメイド)をそのまま展覧会場で展示した。


マルセル・デュシャン 『泉』

 さらにシュルレアリストはダダの問題意識を独特の方向に深化させる。偶然性を取り込む様々な技法をあやつり、生そのものを変革するという課題を打ち出す。
 これらダダ以降のアバンギャルドたちの活動によって見えてくるのは、アートの本質を「作品」から「アクション」ヘと移行させようとする意志ではないだろうか。ダダ、シュルレアリスム的活動にとって、作品の完成への配慮は薄れてしまっているかのようだ。作品の出来を偶然にゆだねたり、またレディメイドにおいてはもはや作品を作っているとはいいがたい。しかし彼らの活動からはとにかく造形活動、詩を書くこと、歌い、踊り、演ずることはひとつの「アクション」なのであり、生きることそのもののなのだという思想が強烈にに浮かび上がってくるのだ。

 だが、ダダイストやシュルレアリストが芸術をアクションとしてとらえ直したとして、それが何だというのか? という問題が残る。アバンギャルドとは何だったのか? というのがはじめの問いであった。それは「反芸術」であった。と、とりあえず答えらしきものは導くことができた。しかし彼らは何のために反芸術活動をしなければならなかったのだろうか?アバンギャルドの反芸術活動にはどんな意味があったのだろうか?……今度はこの新しい問いに答えなければならない。



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プロフィール

荒井賢 (Ken Arai)

 住所 埼玉県越谷市
 生年月日 1964年2月15日
 職業 アニメーション背景制作
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