泥沼通信

祭りの戦士 @ กลับมาจากกรุงเทพฯ

 

Category: アート・建築・デザイン   Tags: 芸術  思想  

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祭りのあと2

第2節   芸術とは至高性の追求である


 祝祭の中には至高な人間のあり方が表現されている。(至高性と言う言葉についてはジョルジュ・バタイユの著書を参考にされたい。)そして祝祭と芸術は不可分であり、同じように至高性を分け合っていた。しかし祝祭のエネルギーが衰退すると芸術は形骸化してその形式だけが残るようになる。だがアーティストは時代の惰性に対して敏感であり、誰よりも至高な生を求める。つまり祝祭の高揚を、緊張を、そして危険を求める。なぜなら彼らが芸術の道を選んだのは、過去の芸術作品の背後に至高性のオーラを感じそれに惹かれたからであり、また彼ら自身新しい祝祭を創出したいと望むからである。だからこそ彼らは惰性を憎み形骸化した芸術に異議をとなえるのだ。

 生存のみを、生き延びることだけを考えるならば、人類にとって祝祭は無意味なものになうだろう。生き延びのためには労働し、蓄積すれば良い。それによって生存はより確実なものになる。しかしそのような無彩色の労働のみの生が人生だなんて誰が納得するだろうか?生きると言うことと、生き延びることとはイコールではないはずだ。
 生と世界に彩りと意味をもたらすもの、それが祝祭であり、至高な生である。労働し、蓄積してきた富を大胆に消費し、労働のために秩序づけられ、抑圧されていた欲望がここで解放される。日常性が失われるとともに歓喜と危険が人間を襲い、精神の高揚の中で生と死がきわめて接近する。実際今でも祭りに死者はつきものである。また、いわゆる祭りだけではなく、戦争や恋愛の中にも祝祭的なもの、至高なものを見いだすことができるだろう。(近代の戦争は至高とは程遠いものに成り下がってしまったが。)要するに単なる生存をこえて自分自身を危険な賭けに投入し、それによって世界におおいなる緊張と高揚、そしてドラマを創り出し、生を実感すること、それが祝祭の精神であり、至高性なのだ。
 芸術も本来祝祭と一体であった。形づくり、歌い、踊る……それらの行為は単なる生存や必要ををこえて生を彩り、世界に意味をもたらす至高な行為だったのである。

 しかし時代は下り近代社会が徐々に成立してゆくとともに、伝統的な祝祭は衰退していった。科学技術と資本主義の時代である近代は、祭りを無意味なもの、単なる浪費でしかない不合理なものとしかとらえることができない。資本主義の精神が肯定するのは、利潤を追求するための生産的労働とその利潤をさらに増やす目的で行われる投資のための蓄積である。言ってみれば、「生き延び」の原理のみが無制限に拡大した無彩色の社会が私たちの近代社会なのである。
 当然ながら祝祭と一体であるはずの芸術の居場所はそこにはないことになる。アーティストも社会権力に奉仕するだけの職人に成り下がり、古代や中世、あるいはルネッサンスの頃までの芸術作品には溢れていた神々しい神秘感が近代の芸術からは消えてゆき、何か世俗的なものがそれにとってかわった。芸術は祝祭からその正反対のもの、労働へと姿を変えてしまったのだ。食っていくため、生活のために芸術作品を作る、芸術作品は商品と化してしまったといいかえてもいいだろう。そう、アバンギャルドたちはそんな労働に成り下がってしまった芸術に対して異議を申し立てたのだ。芸術本来のあり方を復活させること、芸術に祝祭性、至高性を取り戻すこと、さらにつっこんで、芸術という制度を利用して近代社会に祭りを、至高な生を復活させること、これこそがアーティストの役割であるとアバンギャルドたちは考えたのではないだろうか?

 もちろんこれは私の読みに過ぎない。セザンヌやピカソが祝祭云々を考えていたとは思えない。しかしアバンギャルドの歴史全体を眺めれば、そのベクトルは近代社会に祝祭的な至高性を復活させるという課題を指し示しているように思われるのだ。
 アーティストが制作するとき、そしてそれをもって労働を乗り越えようとするとき、その作品には労働とは反対の原理、至高性が現れてくる。20世紀の前衛美術の歴史を俯瞰してみれば、様々な運動がかつてないほどの色彩と形態をまといながら次々とくり出されてきたのがわかるだろう。それはまるで祭りの賑わいのごとくではないだろうか?と同時に近代社会のシステムに順応した大衆には彼らの作品は理解しがたいものになっていった。なぜなら近代人にとって祭りは無意味で不合理なもの、理解不能なものになってしまったからである。こうしてアバンギャルドたちはアウトサイダーとなり、世間の無理解と孤独の影を背負って生きることになる。さらにアーティストが純粋に至高性を求めるなら、経済的には苦境に陥ることだろう。至高性の追求は労働や蓄積といった生き延びへの配慮を否定することにほかならないからである。現在、高値で取り引きされ、投機の対象にすらなっているセザンヌやゴッホの絵画は生前にはほとんど売れることはなかった。順風満帆の生など真のアバンギャルドには無縁のものだったのだ。
これらの事実はアバンギャルドが至高性を追求していたことを示している。そんな厳しい条件にありながらもアバンギャルドたちはあえて自分達の美のスタンダードを追求していった。彼らの残した作品はその闘いの記録である。実のところ私たちは彼らの作品を通して、社会的な孤立や経済的苦境に陥ることをいとわず、芸術本来のあり方を取り戻そうと格闘する姿を、近代の労働に成り下がった芸術を本来のあり方に、すなわち祝祭としての芸術を実現させるために、自分の存在をなげうって闘う姿を見て、胸をうたれるのだ。彼らは芸術という祝祭に自らを生贄として捧げたと言えるのではないだろうか?

 以上のことから私は「アバンギャルドとは、近代社会において衰退してしまった至高性を芸術という制度を利用して復活させようと試みた人たちである。」と結論したいのである。だが前節でアバンギャルドたちの新しい美の追求は、伝統的な美学や芸術の制度そのものを破壊していったことを述べた。アバンギャルド芸術運動とは、反芸術であり、結果としてそれは芸術の力点を作品からアクションへと移行させた、と。この議論と先ほどの結論を絡めて、もう一歩考察を進めたい。

   


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プロフィール

荒井賢 (Ken Arai)

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