泥沼通信

祭りの戦士 @ กลับมาจากกรุงเทพฯ

 

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新・異人論序説 1

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 二十代前半の頃だった。本屋で偶然、別冊宝島の『精神病を知る本』という本を手にした。面白そうだったので買って帰って読んでみると、題名から想像されるのとは違って、精神病の解説書などではなく、精神医学という制度の批判の書であった。私たちが今現在生きている近代社会および近代理性というものはは、いわゆる「狂気」を病気と見なして社会から排除することによって成立している、という驚くべき論考が展開されていた。イントロダクションとして以下のように簡潔にこの論考の骨子が説明されている………

 『…………もちろん、近代精神医学が考案される以前から、「狂気」という人間現象は存在したし、それはさまざまに解釈され、説明されてきた。ある社会では今でも、「狂気」はそれ自体として異常だとはみなされていないし、不治の病だとも思われていない。事実、それは一過性の、ある人間的な状態であったりしている。近代以前の「狂気」は、聖なる状態とみなされることもあったし、霊によって侵犯されることによって生ずると解釈されたりもしてきた。いずれにしても、非近代的な社会では「狂気」はより多彩で、生き生きとしたかたちで存在していたから、その在り方は精神医学が固定しているほど類型的でも貧弱でもなく、いわば野生の状態として生きられてきた。
 「狂気」が聖なる事態として受けとめられている文化にあっては、「狂気」それ自体はある独自の通路(チャンネル)で了解されている。そこには、正常/異常の二分法から生まれる交通の遮断はなかった。「狂気」はそれがどんなかたちであれ了解可能なものであるなら、激しい不安を生み出すことはないだろう。
 いわゆる「精神病者」による犯罪の発生率は、「正常者」のそれに比べれば、はるかに低い。にもかかわらず、”通り魔殺人”と聞いてすぐ「精神錯乱」を思い浮かべるのは、近代という時代が「理性」という近代に独自の発明品を創り出すにあたって、それからはみ出していく人間の存在の在り方を「狂気」として分割し、そのことによって両者の間に壁を築いてしまったからにほかならない。近代の人である私たちは「理性=正常」という場に立つことによって、もはや「狂気」を了解するチャンネルを喪失してしまっている。「理性」の明晰さを証明するのは、それが「狂気」ではないからであって、「理性」それ自体として「理性」であることを証明できないが故に、非理性としての「狂気」を分割=排除する必要があったのだ。
 この分割の結果、「狂気」は私たちに激しい不安、気味の悪さをもたらすようになり、その不安を打ち消すための解釈装置として、「精神病」という病いの概念が生み出されたのである。「精神病」なるものが、あらかじめあって精神医学が誕生したのではない。その逆なのである。』


 精神医学というものをその誕生において根本的に批判する視点に私は驚嘆し、目からウロコが落ちるような思いであった。また明らかにここにはそのような精神医学を生み出さざるを得なかった近代というものへのクリティカルな視線が含まれていて、私はこの本に展開されている論考に深い共感を覚えた。この本の要になる書き手の名前は、赤坂憲雄という人だった。
 東京にある大型書店に行って赤坂憲雄の本を探してみると、『排除の現象学』という本が出版されていた。さっそく買って読んでみると、これがまた驚くべき本であった。
 異人論の観点から私たちの近代社会の日常を読み解くというのが彼のテクストのテーマである。ある共同体の秩序の成立には、暴力的な排除………共同体の一部を異人として周辺、外部との境界に排除するという暴力が存在するという、ルネ・ジラールや今村仁司などが問題にしているいわゆる第三項排除論によって様々な社会問題………いじめ、浮浪者、新興宗教などをめぐる事件を分析している。
 精神分析や文化人類学、そして民俗学や中世史などの研究から析出された分析装置を用いながら、鮮やかにそして繊細にかつするどく事件を斬ってゆく手並みには感心するばかりであった。そしてこの『排除の現象学』において展開される日常生活の見事な分析の背後にも、近代社会への批判精神が青白く冷たい炎のように存在しているのが感じられた。

 私は当時、抽象絵画を描いていた。モンドリアンやカンディンスキーの絵なんかが好きであったが、彼らの作品の中にあるモダンな美学、あるいは身の回りにあふれるモダンなデザイン、建築などの計算された明快で直線的な美学、インダストリアルな要請に基づいた美観には反発を感じていた。自らの作品の中に込めていたのはむしろ、曲線的で偶然的、汚れやシミのような痕跡的で錯綜した美観だった。好みから言っても、古代や未開の美術や民俗の中に見られる暗くて根源的な表象にひかれていた。今でも明るくてスッキリとした、カッコいいものは嫌いなのであるが(笑)、これは私なりの「反近代的」な美学だったのだと思う。
 また、当時の私には登校拒否を経験した友人がいて、彼らが主催する『登校拒否を考える会』に参加していた。いわゆる登校拒否を「病気」として理解しようとする風潮に対して、彼らは学校教育のあり方にこそ登校拒否などの教育問題の原因があるのだというシステム批判の立場を取っていた。本来教育は子供の成長を手助けするものであるはずなのに、現実には学校は子供たちを社会の部品となるように成形する場でしかない。登校拒否とはそのような非人間的な教育システムに対する子供たちのギリギリな形での拒否行為であり人間的かつ健康的な反応である、として登校拒否を肯定的に理解しようというのが彼らの立場であった。
 私は芸術家(笑われるのを覚悟であえてこう書く)として、人間が社会の部品として道具化しているという事態に反発を深めていたこともあって、彼らの反システム的な思考と問題意識を自分のこととして捉えることができた。
 このように当時の私の中には近代というものへの違和感が醸成されつつあったために、先の赤坂憲雄のテクストを理解する地盤ができていたのだと思う。そして赤坂のテクストとの出会いは、私自身にその近代社会というものへの違和感を新しいレベルで説明してくれたような気がしたのだ。

 赤坂憲雄がどのように近代社会を捉えていたか、少し見てみよう。
 ある共同体の秩序は、その共同体内部のある部分を排除するという根源的な暴力によって形成される。それは近代のみならず、古代や中世の、また未開の社会にも共通するメカニズムである。文化人類学をかじったことのある人なら、内部/外部、秩序/混沌、中心/周縁、日常/非日常、浄/不浄、光/闇、意識/無意識、といった二項対立のキーワードを聞いたことがあると思う。異人(ストレンジャー)とは、この二分された秩序と混沌の境界にあって、ある共同体の周縁に排除された要素のことなのである。そして異人は、共同体の秩序の形成のため不断に再生産されているのだ。そのため異人は反秩序的な、忌避されるべき、闇のオーラをまとった不安や恐れを抱かせる存在になった。しかしそれら異人たちは時には(例えば祝祭という時空においては)神聖な存在でもあり、硬直した共同体の日常性を活性化する役割をも担うものでもあった。たとえば中世の社会において、そのような異人的存在として、旅芸人、巡礼者、シャーマンなどがあった。不具者や、おそらく狂気も、かつては忌避され恐れられるとともに神聖な存在として共同体の中で独特な位置を占めていたのだ。
 しかし近代社会は、このような両義的な存在であった異人との関係性を失ってしまった。というか、例えば狂気のような「異質なるもの」との関係性を断ち切ることによって、わたしたちの近代空間は成り立っているのだ。狂気は単なる病気として、精神病院の壁の中に閉じ込められ、私たちは非日常の闇と出会うチャンネルを失いつつある。そのことが私たちの日常生活を狭隘で、懐がせまく人間的に貧しいものにしてしまっている………無味無臭の均質的空間を志向する私たちの近代社会の硬直した日常の病理、赤坂憲雄はそれを『精神病を知る本』や『排除の現象学』で描き出そうとしていたのだ。

 赤坂の書いたものを読んでゆくと、彼が共同体から排除された存在に対して深い同情の念を抱いていることがよくわかる。
 差異のない均質空間としての学校の中で、教室という場の秩序の安定のために生贄に祭り上げられるいじめられっ子への、また都市空間の片隅に異物として排除され、少年たちの暴力の的になっている浮浪者に、そして近代的なニュータウンから異物として閉め出しを食らおうとしている自閉症患者たちなどに対して、限りない同情を、その絶望的なほどの孤独に対する同情の念を感じとることができる。
 さらに、私たち自身の日常がそのような暴力的な排除によって成り立っていることを語る赤坂の言葉からは、私たち自身がそのような暴力の共犯者であることへの罪悪感のようなものすら感じるであろう。
 と同時に、近代以前の社会における共同体における「異人」や「異質なるもの」との自然な関係性に対して赤坂が深い憧憬と郷愁を持っていることもよくわかるのだ。
 そのような赤坂の感受性の底には、明らかに近代社会への違和感、強烈な近代社会への怒りが潜んでいたのに違いない。その秘かな憤りが赤坂憲雄に名著(だと私は思っている)『排除の現象学』を書かせた動機であったはずである。

 だが、この本の出版の後の赤坂は、自身の言う「考古学」、すなわち民俗学や中世史の研究の方向へと急速に旋回していったようだ。『遠野物語』や『山の人生』などで有名な民俗学者、柳田國男の研究のため遠野に通いつめフィールドワークを行い、また自ら民俗学者としての宣言を行ったという。現在では山形にある大学の先生になって「東北学」なるものを構想しているという話だ。
 他人の進む道にとやかく言うのはおこがましいことには違いない。が、赤坂が『排除の現象学』を書いていた頃にはあった近代性へのクリティカルな視線が、今現在の彼の仕事の中からすっかり鳴りを潜めてしまっているのは確かだ。初期の彼の書物に独特の緊張感をもたらしていた批判精神は消えてしまったというのだろうか。
 赤坂は彼の処女作『異人論序説』を出版したとき「これは読書人の仕事だ。」と批判されたとどこかで書いているが、書斎や研究室の中で本や資料だけを相手に格闘し続けることに物足りなさを感じていたのかもしれない。自分の学問を地に足のついた現実との交わりを持ったものにしたいという気持ちもあったのかもしれない。民俗学という明らかに時代錯誤的な看板を自分に貼付けること、またフィールドワークによって、近代化以前の民俗の生き生きとした世界観を拾い上げるだけでもそれは反近代的な行為であると言えるだろう。しかしそれだけでは決定的な何かが欠けている………それだけでは失われゆくものへのノスタルジーでしかないではないか、という疑念が私からは去らないのだ。
 確かに赤坂憲雄の近代社会の分析は鋭く、そしてとてつもなく繊細だった。しかし彼の言葉の線の細さが気になってもいた。考えてみれば、分析に終始していた彼のディスクールの中には、赤坂自身の生き方を語った言葉はなかったように思う。結局のところ彼は観察者でしかなかったのだろうか。しかしながら世界を眺める視線はそれだけですでにその人の生き方に直結しているはずだ。もしその近代へのクリティカルな視線が本物であるのなら、当然その視線はその人の生き方でもって裏打ちされてなければならない。したがって結論を先取りして言っておくおくなら、これだけ深く近代社会を分析し批判する眼を持っていた彼は、「私自身が異人(ストレンジャー)となり、近代社会の硬直化した日常を活性化させなければならない。」という言葉を発していてしかるべきだったということではなかったか………。その言葉がついに発せられなかったということは、赤坂憲雄が研究者であり、学者であるということではあっても、異議申し立てを行う批判精神ではなかったのだ、と考えざるを得ない。

 いや、もちろん私にははっきりわかっているのだ。それは私自身のマニュフェストなのだということを………。赤坂憲雄という人の書き上げた書物の中に、私は私自身の未来を読み込んでいた,ということなのだ。つまり「私自身が、異人(ストレンジャー)となり、近代社会の硬直化した日常を活性化させなければならない。」という言葉は赤坂のというより私のマニュフェストだということなのである。



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ニューフェイズ

 登校拒否を考える会『ニューフェイズ』の会誌に掲載した私の文章を紹介しておきたいと思います。なにしろもう二十年前に書いたもの故、今読むとずいぶん青臭い文章に思えますが、とりあえずそのまま載せておきます。

ニューフェイズ宣言


 僕たちは、登校拒否など様々な現代の教育問題の原因を、創造性・人間性を忘れた教育のシステムにあると理解しました。しかし、この問題は単に教育だけに限られるものではありません。僕たちが生きて行く上でぶつかる全社会的な問題です。
 現代社会のシステムは、人間ひとりひとりの創造性や個性をおさえつけます。しかし、人間には何かを創造せずにはいられぬ生きる情熱があります。創造性とは、何もないところから何かを創り出すこと、機械的に流れる状況から、自分の意志で新たな状況を創り上げることです。そこには多くの苦しみがあるでしょう。しかしまたそこには充実した人生の喜びもあるのです。僕たちは、登校拒否などの現象を教育というひとつの社会のシステムに対して現れた創造を本質とする人間の人間的な反応だと見ています。
 なぜ、現代の社会は、人間の創造性をおびやかすようなあり方をしているのでしょうか? もっと人間的な社会は実現しないのでしょうか? 僕たちは、多くの人々がそんなことは不可能だとあきらめてしまっているように見えます。大きな危険をおかさずに人並みに生きてゆくことだけを、社会のシステムにうまく乗って、安全に生きてゆくことだけを考えているように見えます。だから社会は変わらないのではないでしょうか。それが人間の本当の生き方でしょうか。みんな心の中にある本当の自分をごまかしているのではないでしょうか。
 僕たちは、社会の中に生きる人間ひとりひとりが本当の自分を、創造し充実した人生を送るという本当の自分を取り戻してこそ人間的な社会が実現すると考えています。そのために、僕たちはまず身近にある現実としての教育を考え、またそういう生き方を実践してゆきます。


機械と生命


 いまの社会のおかしさとは、創造性を認めないところにあると思う。僕は創造性こそが人間の人間らしいところだと考えている。だからいまの社会は人間性とはなれたあり方をしていると言っていい。社会に住む人みんなが人間性を忘れている。多くの人がいい学校を出て、安定した企業に就職して、結婚して、老いて死んでゆくというプログラムに自分を合わせようとしている。そうしていれば、大きな危険もなくやっていける社会なのだ。プログラムを追うようなことなら機械にだってできる。機械の本性とは、繰り返すこと、つまり同じ原因があれば同じ結果が出る。けれども人間には個性があり、同じことにも人さまざまに反応する。なのになぜそういう個性を無視して、ありふれたプログラムを追おうとするのだろう?人間は(生命は)、機械ではないのだ。確かに身体は複雑な機械だけれど、人間は同時に意志というものを持っていて、その意志の選択で自分というものを創造してゆくものなのだ。そして、その選択はさまざまであり、それが個性となる。なのに、その創造性はいまどこかへいって、多くの人が半分ロボットになっている。子供のときからそのような機械的な人生の構図を見せられて、友達やまわりの大人が、そういうものだとあきらめていたら? 登校拒否や校内暴力のような問題がおこってきても当然ではないか? それは人間の生命的なもの(つまり創造性)が抑圧された結果なのだろう。社会全体のこの雰囲気を直さないかぎり、そのような問題はたえないだろう。機械的な人生観から、僕たちは生命の輝きを、すなわち創造性を、自分を取り戻さなければならない。
 この会の活動を通じて、登校拒否のことを考えてゆくと同時に、僕たち自身が、人間の本来の生き方、創造的な生き方を身をもって示し、自由を実現してゆけばいいと思う。

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 首筋に何かがくっついていた。取ってみるとケムシだった。指の力のせいでちょっとつぶれて体液が出ていた。隣の家のなんかの植物に同じ種類の毛虫が何匹かたかっていた。何かの拍子に僕の体にくっついたらしい。植物は無惨にも食い荒らされ、わずかに茎だけが残されている。鮮やかなオレンジ色の毛虫が這い回っている姿はギョッとさせるものがある。
 それにしても、僕らの身の回りから虫は姿を消してしまった。都会に暮らす人なんか特にそうかもしれないが、家の中に虫が侵入するとビックリして大騒ぎするんじゃないだろうか? ラジオなんか聴いてると女性だけではなく男でも虫が嫌いでさわれない、なんて奴がいるみたいだ。誰だって虫の湧いた部屋で生活したいなんて思っちゃいないし、確かにゴキブリのシャカシャカした素早い動きとかはあまり気持ちのいいものじゃないが………。
 
 たぶん徹底した清潔への志向、近代的な衛生の観念が、僕らの生活の場から虫や微生物、病原菌などをおぞましく不潔な「異物」として排除し続けたのだろう。その結果、清潔な部屋に突然虫が現れると、僕らはビックリしてしまうのだ。排除したものの唐突な出現………その光景に僕らはまるでシュルレアリスムの芸術作品を見たかのように「痙攣的」に驚愕してしまうのだ。

 タイの田舎で結婚式を挙げた。東京に住む僕のいとこの一家が、観光がてら結婚式に参加してくれた。
 若い東京育ちの女の子たちは、食べ物を目指して飛んでくるハエを振り払うのに忙しくて食事もままならなかった。夕方になると開け放った窓から部屋の明かり目指して、ありとあらゆるムシたちが飛び込んできた。蚊、蛾、コオロギ、オケラ、カナブンなどなど。よく見ると虫たちを狙ってヤモリなんかも天井にくっついてたりする。
 ムシが来るたび悲鳴を上げる日本人が面白くて、タイの子供たちが捕まえたムシを女の子たちの顔に近づけてからかいはじめる有り様だった。

 普段身近に虫がいっぱいいるタイ人にとって、虫は「異物」ではない。したがって虫たちは嫌悪や恐怖の対象になっていないのだ。虫たちを前にしたヒステリックな反応を、僕はどうかと思っている。過度な衛生への志向は、かえって人間を弱くさせ、せせこましいものにさせ、環境との自然で気安い関係を失わせているのじゃないかと思うのだ。
 僕はおバカな女房にさんざん手を焼いている。でも数少ない良いところは、部屋にゴキブリが出現しても平然としてたたき殺せることだ。夏の終わりにジジジといいながら地面に落ちたセミを拾っておいしそうだ、なんて言ってニヤニヤしているのは笑える。

 さあ、またセミのうるさい季節の到来だ。

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バタイユを読んでいる。

 あちこちで何度もマルクスを読まなくちゃって書いてるにも関わらず、僕は今バタイユを読んでいる。シュルレアリスムについて書いていたとき読んだバタイユの文章は、まさに僕が言おうとしてたことを言ってくれたと思った。シュルレアリスムについて、また実存主義について、マルクスについてバタイユが語るのを読むと、僕の考えはバタイユの思想の焼き直しだよな、と改めて思ってしまうよ。
 『祭り』という言葉を僕はよく口にするんだけど、それはバタイユの言うところの『聖なるもの』『至高性』という概念とほとんど重なるんだよね。ただ、アバンギャルド芸術との関係で、『祭り』という言い方が面白いと思って僕は使ってるんだけどね。
 それにしてもシチュアシオニストとバタイユの立場はよく似ている。だけどお互いにお互いのことについて言及していないのが不思議だ。
 たぶんしばらくはバタイユやシュルレアリスムの周辺をめぐって読書をするのだと思う。我が家の近くにある文教大学の図書館に面白そうな本がいっぱい置いてあるために読書計画が大いに狂ってしまったってわけさ。

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影に怯えるアメリカと「祭り」の精神

 『唐突に二十年近くも昔に読んだ赤坂憲雄の本に思い至ったのにはわけがあるのです。』とテレンス・アライ氏はインターネット上のサイトで出合った文章を読み上げた。

『それでは 報復にならない』

この圧倒的な非対称に驚愕する。

哀れな生贄の首を アラーの神に捧げる行為は
捕虜の性器をあざ笑う行為と 対称ではない。

米軍兵のあっけらかんとした無邪気さを見よ。
上官命令でしたと平気でのたまう想像力の欠如した非人間性を見よ。

米軍兵にとって 捕虜の性器は人間のそれではなく 
自らの貧困な欲望を投影させる悪ふざけの道具にすぎないのだから
イラク人など 今日は100人 明日は200人と まとめて処理つもりの 蟻なのだから
そのうちの10人を 裸にして積み上げたところで 何が悪かろうか、 というわけか。

米軍では首を落とすなんて面倒な真似はしない。
イラク人の首など落とす価値もないからだ。
イラク人を処理したかったら 毒ガスでも射殺でも 簡単な方法はいくらでもある。

この場合 対象は 人間ではなく ものだ。
殺されるのではなく 処理される命。
憎しみからではなく 傲慢さによって 処理される命。
吐き気をもようさせるような アウシュビッツの冷酷さが ここにある。


一方で 血吹雪をあげて切り落とされる 生贄の首は 重く
人間を殺すことの快感と 政治的宗教的意味を担うことが許されている。 

だからこそ あの映像は 
爆撃で死んだ50人のイラク人の映像よりも
恐怖と憎悪を生み出すことができるのだ。

だから アメリカ人の首をいくつ切り落としても 報復にはならない。
はじめから 圧倒的な非対称があるのだから。
相手の命に対する感覚が まるで違うのだから。

だが 全く違うこの二つの行為がもたらすのは 同じ 憎悪の連鎖だ。
まるで 何かに操られているかのように 憎悪の連鎖が 広がっていくのが見える。
私たちを操り 来るべき未来に向け 押し流しているのは 一体何なのか。


たぶん日本人の私は 両方の行為にそれぞれより少しだけ 近い位置にいる。
それぞれの行為の意味を 考えることができる。

だから 唾棄すべきものとして 目をつぶってやり過ごすのではなく
恐怖や嫌悪を排除して これらの出来事を 直視したいと思う。


 『この文章を読んで、『排除の現象学』に赤坂氏が書いていたことを思い出しました。アブグレイブ収容所での事件とそれに対する報復としてのアメリカ人の斬首………。アメリカとイラク(イスラム教徒)との間のやりきれない応報。だが、どうもその応報は非対称なんじゃないかというこの人の指摘がちょっとひっかかったのです。
 かたや追いつめられ、おそらくは自らの生命をかけ傷つけられたプライドを立て直そうとしての犯行。かたや世界最強の軍事力、経済力を背景に、まるで浮浪者狩りを行う子供のようにあっけらかんと、人を人と思わずに行われた犯行。いや、どちらも残酷な暴力であるのは間違いない……どちらの犯行が人間的でどちらが非人間的だなんて言っても意味はないのかもしれません。
 が、やはりアメリカ人はイラク人をアメリカ大陸の先住民であるインディアンと同じような目で見てるんじゃないかと思わざるを得ない………。つまり異文化を野蛮なものとして見下している………どうも私にはアメリカ人の異文化とのコミュニケーションの拒絶といったものが感じられてならなかったのです。

 赤坂憲雄は、ある共同体(社会)が異質なるものに出合ったときにとる反応から、共同体を<異物吸収型>と<異物嘔吐型>の二つに分けて考えています。異質なものというのは、理解しがたく不安や恐怖をもよおすもの、汚いもの、魑魅魍魎、例えば狂気などもそうですが、ここでは異文化ということにしぼって考えてみましょう。
 異文化は当該の共同体にとっては理解しがたく、不安や恐怖すら抱かせる存在です。生活習慣の違い、考え方、感じ方の違い。それがある共同体の日常を支える自明の前提を揺るがすからです。その異文化とふれあうとき<異物吸収型>の社会は、その異文化と何らかのコミュニケーションをとり、(それがたとえ暴力的なコミュニケーションであったとしても)異文化の存在を認め、相互に影響を与えあう関係になるでしょう。それに対して<異物嘔吐型>の社会は、異質な存在とのコミュニケーションを拒絶してしまいます。おそらく暴力的な関係に陥った場合、<異物嘔吐型>の社会は、異質な存在(異文化)を排除、殲滅してしまうことを考えるでしょう。

 決して詳しいわけではないので適切な例になるか自信がないのですが、例えばアメリカ大陸へヨーロッパ人が侵略していったときのことを考えてみます。
 スペイン人、ポルトガル人などラテン系の民族はメキシコ以南へ侵攻し、アステカ、インカなどのインディオの世界を徹底的に破壊し、収奪し、殺戮した。……恐るべき犯罪行為が行われたのは間違いありません。
 だが、今現在のラテンアメリカを見ると、国によって事情が違うものの、白人とインディオ、そして奴隷として連れてこられた黒人たちの混血が進み、メスティソ、ムラートなどといった混血中心の新しいアイデンティティを持った世界が出来上がっているように見えます。
 それに対して、アングロサクソンの侵攻した北アメリカでは、インディアンを殺戮したのは同じですが、彼らと交わることはほとんどなく徹底的に排除し、現在では小さな居留地に押し込めてしまっています。さらに、やはり労働力として連れてこられた黒人との関係も神経質な状態が続いている。アメリカ合衆国は多民族国家ではあるが、内部に分離を抱えていて混血の社会とはいえないということです。
 またアメリカの話ではありませんが、南アフリカの人種隔離政策を思い出してください。あそこでも黒人との対等な関係を拒んでいるのはアングロサクソン系の白人です。
 つまり、ラテン系の民族はどちらかといえば<異物吸収型>の社会であり、アングロサクソンのアメリカは<異物嘔吐型>の社会だとする理解が可能でしょう。これをコミュニケーションという点から眺めてみれば、<異物嘔吐型>の社会は、<異物吸収型>の社会に較べると、異文化(異質なもの)とのコミュニケーションの拒絶の傾向が強く感じられることがわかってもらえると思います。

 冷戦時代からアメリカが外国に対して軍事介入するとき、きまって口にされる大義は、「自由と民主主義」という言葉でした。なるほど、これらは近代市民社会の基本をなす概念であって、私たちが平等に生きる権利………また加えて民主主義こそは、全ての人間が対等にコミュニケーションをするための基礎でもあるのです。
 ところが人間同士のコミュニケーションのための基礎となる原理を世界中に押し広めているはずのアメリカが、その内部にコミュニケーションの拒絶を抱えている………。この矛盾こそが、アメリカという社会が抱える諸問題の源泉なのではないだろうか?
 洗練されたアメリカンライフ……、文明化された豊かな消費生活へのプライドの影に、アメリカ的な生活スタイル以外の文化のあり方への拒絶を、また自由と民主主義のために、アメリカが世界中で行っている警察官的な役回りの影に、異文化を(アメリカ大陸におけるインディアンのように)野蛮で、教化しなくてはならない下等な存在、とみなす排除の視線が隠されている………。イラクのアブグレイブ収容所で行われた凶行とは、そんなアメリカ社会の秘めたる本音が、人権や平等といった表層的な大義をつき破って吹き出したことによって起こった事件だといえるのではないでしょうか。
 
 赤坂憲雄は、先の共同体の<異物吸収型>と<異物嘔吐型>とへの分類のすぐ後に、西欧近代社会についてこんなことを述べています。

 『概して西欧近代は<嘔吐型>に属する。ところが、近代市民社会はその理念の上で、自由・平等・博愛といった<吸収型>社会への志向を導入したために、複雑に屈折した表情をそなえるにいたった。すなわち、<吸収型>であろうとする社会倫理が、現実生活を支配する効率至上主義によって絶えず裏切られ減殺される、特殊な<嘔吐型>社会、それがわたしたちの近代ないしは現代であろうか。』

 ここで語られている西洋近代の効率至上主義というのは、産業社会(資本主義社会)の特徴です。西側の資本主義・自由主義陣営のトップランナーであったアメリカは、もちろん典型的な資本主義社会です。移民により建国された、地域的な伝統と断絶した人工的な国家、プロテスタント・ピューリタンの勤勉な労働倫理(「時は金なり……」ベンジャミン・フランクリン)、合理的、プラグマティックな発想。これらの条件は、アメリカ社会の資本主義との深い親和性を証明していると言っていいでしょう。……というかアメリカは資本主義そのものではないかとすら思ってしまうのですが。(それに対してラテンアメリカを征服したスペイン系民族には勤勉な労働倫理は希薄でした。現在においても、ラテンアメリカ諸国は経済的に危機的な状況が続いていますが、これは彼らの社会が資本主義的な価値観とは縁遠い<異物吸収型>であることの証明になるかもしれません。)
 したがって先の文章はこう読み替えることができます。

 『アメリカ社会は<嘔吐型>に属する。ところが、アメリカ社会はその理念の上で、自由・平等・博愛といった<吸収型>社会への志向を導入したために、複雑に屈折した表情をそなえるにいたった。すなわち、<吸収型>であろうとする社会倫理が、現実生活を支配する西洋近代の資本主義的な価値観によって絶えず裏切られ減殺される、特殊な<嘔吐型>社会、それがアメリカ社会の特徴である。』と。


 ところで、西洋近代の効率至上主義すなわち資本主義的な価値観と<異物嘔吐型>の社会のあり方とはどのように関係しているのでしょうか。
 資本主義の本質は「生き延び」の原理です。私たちは一瞬でも長く生きながらえようとするために富の蓄積を行う。災害、病いなど予測もつかない事態に対処するため労働によって得た富を蓄積するのです。つまり未来の運命に対する不安、死の恐怖からできる限り遠ざかろうとする「生き延び」への配慮から蓄積への志向は生ずるのだと言っていい……。絶えざる利潤の追求として定義される資本主義は、無制限に拡大した蓄積への志向、すなわち無制限に拡大した「生き延び」への意志なのです。
 したがって資本主義的な心性はその原理からして不安や恐怖をもたらす「生き延び」を否定する表象に対してそもそものはじめから背を向けています。つまり、死、狂気、汚れたもの、魑魅魍魎、など異質なものを排除しようとする傾向を宿命的に保持しているのです。西洋近代の資本主義的な価値観が<異物嘔吐型>である所以はここにある……。
 19世紀、西洋近代は、資本主義経済の拡大と手をたずさえて圧倒的な力で世界を植民地化してゆき、西洋以外の異文化と対面することになったわけですが、資本主義を基礎づけている西洋の近代理性は前近代的なこのように異文化を了解し交流しようというチャンネルを持たず、それを野蛮かつ未開の文化と断罪しました。西洋の資本主義近代は、自らを文明的であると考えるとともに、西洋以外の異文化を野蛮/未開として下に見るという視点を携えながら、植民地より富を搾取していったのです。
 このように西洋近代の資本主義的な価値観はそもそも、異文化とのコミュニケーションを拒絶したまま、その異文化を野蛮なものと断罪する暴力的な原理であった、と言えると思います。そして第2次世界大戦以降、相対的に力の低下したヨーロッパ諸国にかわって、純粋に資本主義的な国家アメリカがその経済的な成功を背景に、『西洋近代文明』の代表選手として、西洋近代の価値観の本性を今まさに世界にさらけだしているのです。

 アメリカ社会が示す異文化とのコミュニケーションの拒絶は、このように西洋近代の中に原理的に組み込まれていたのです。西洋近代が勝ち取った自由、平等、民主主義の観念は、その西洋近代が同時に保持している資本主義の価値観によって絶えず裏切られ、複雑に屈折した表情を持つにいたらざるを得ない……。まさにアブグレイブ収容所における凶行が象徴的に語っているのは、アメリカの中に尖鋭的かつ露骨に現れている西洋近代の原理の持つ「屈折」なのです。


 以下は私の想像であり、アメリカ社会の深層で展開される無意識のストーリーであることを断っておきますが、………文明/野蛮の二項対立が西洋近代のよって立つ視点であるなら、西洋近代が自らを「文明」であると自負するためには、異文化を「野蛮」として絶えず下方へ排除する必要があるということでもある。つまりアメリカ社会が、自由で豊かな文明社会であることを自ら納得するために、常に外部に「野蛮」な存在を仕立て上げることが必要であったのです。彼らは、まずアメリカ大陸に移住するにあたって先住民であるインディアンを、また太平洋を越えて日本人やベトナム人を、またキューバ人やコミュニストたちを、そしていまイスラムを、自由と民主主義を否定する「野蛮」な存在へと仕立て上げ、その強大な軍事力でもって屈服させようとしています。
 しかし西洋近代は原理的に資本主義とセットになっているため、自由と民主主義を守るという美しい大義は、アメリカの国益への配慮と不可分である。アメリカの外部に生きる私たちにとっては、立派なことを言っているようだけど、本当はアメリカは甘い汁を吸いたいだけなんじゃないのか? という不審感を持たざるを得ません。と同時に、自由と民主主義のためと称するアメリカの異文化への侵攻は、その異文化を下方へ排除するとともになされているため、当の異文化のプライドを傷つける面が常にあるのです。
 したがってアメリカ人のやることは(アメリカ人自身はそうは思ってないかもしれませんが)、外部の存在にとっては常にうさんくさい傲慢なものに感じられるのです。このような事態がリアクションとしての民族主義の発生を呼び、常にアメリカと異文化を対立へ導いているのですが、アメリカはそれを軍事力で押さえ込むという「力による浄化」を繰り返してきました。しかしフロイト流に分析するなら、力で無理矢理押さえ込んだ「野蛮」すなわち「異質なるもの」は、アメリカ社会の表層からは姿を消しても、影のように社会の深層、無意識の中でその存在を増大させているのかもしれません。
 アメリカは自らが排除してきた「異質なるもの」の巨大な影に常に怯えているのではないだろうか………。9・11の同時テロは、何千人が死亡したという惨事である以上に、アメリカ社会が排除してきた「異質なもの」の影が突如恐るべき光景となって襲いかかってきたように彼らの目には映ったのかもしれません。私たちが想像する以上に、あの世界貿易センタービルの崩落の光景はアメリカ人の意識を動揺させるものだったのではないだろうか……。おそらくアメリカ社会はその心理的なパニックを終息させるために、まつろわぬ影であるテロリストの息の根を止めるための戦争を起こさざるを得なかった、ということではないだろうか………。アメリカ社会の秩序を取り戻すための生け贄としてのイスラム原理主義、という構図がここに誕生したわけです。
 しかし、圧政者タリバーンを、独裁者フセインを、またテロ集団アル・カイーダを打ち倒したところで、アメリカ社会がもつ排除の構造ゆえに、次から次へと「野蛮」な敵は彼らの前に現れ、またそうでなくともアメリカ自身が仕立て上げなければならないでしょう(次はキム・ジョンイルの番だろうか?)。そうしなければ、アメリカ文明が自由で豊かな人間的な社会であることを証明できないからです。

 しかし一体、そうまでしなければ維持できないアメリカ文明の人間性とはなんなのでしょうか。ひょっとするとアメリカ社会は経済的な繁栄とは裏腹に、人間的には非常に貧しいものなんじゃないでしょうか? おそらく本当の意味での人間的な豊かさとは、消費社会における経済的なそれとは違うのです。なぜならその豊かな人間性へのカギは、まさにアメリカが拒絶している「コミュニケーション」にこそあるからです。

 電子テクノロジーや通信技術の発展の影響もあって、コミュニケーションという言葉は単なる情報のやり取りということに還元されがちですが、本来コミュニケーションというものは人間臭く、血なまぐさいものですらあります。こう言ってよければ、コミュニケーションとは<異質なるもの>との対話(ダイアローグ)のことです。例えば、ある共同体(文化)内部での、日常的なやりとりや会話などはむしろ独り言(モノローグ)として理解すべきだと思うのです。
 普段私たちは日常の秩序のうちに安住していますが、それは人間存在全体の半分しか表現していない……。慣れ親しんだ日常であるがゆえくつろげもするが、正直私たちは自らの日常性には飽き飽きしている。モノローグと硬直したルーチンワーク………そんな日常の閉塞感を打ち破るのは非日常的な<異質なるもの>との対話なのです。
 <異質なるもの>との対話は、日常の秩序を揺さぶりにかけるために、私たちを不安にさせ、また時には恐怖すら感じさせます(私たち人間にとって最も異質なるものとは『死』であろう)。しかしながらそれは私たちを硬直した日常性から解放し、人間存在全体の残された一面をかいま見せてもくれるものです。そのような時空の例としてとして「祭り」というものを私たちは知っています。つまり、<異質なるもの>との対話は、不安や危険であるとともに、私たちの生活の中に思いもよらぬ豊穣さをもたらしてくれるものでもあるのです。
 日常性を司る秩序とはそもそも「労働」の秩序です。それゆえ人間の気まぐれな欲望や熱狂、暴力といったものは日常においては抑圧され禁止されている。だからこそ日常は私たちにとって退屈なわけなのだが、近代以前の社会においては「祭り」という非日常的な時間が社会の内部に周期的に組み込まれていて、そこでは退屈な日常の秩序は反転され、禁止されていた欲望………飲酒、性、熱狂や暴力が全面的に解放されて、労働によって蓄積された富は無目的に浪費されたのです。
 しかし西洋で生まれた近代社会だけが、そのような「祭り」への、非日常的な<異質なるもの>へのチャンネルを欠いているのです。というのも、上で述べた通り西洋近代が資本主義を原理としているからなのです。
 
 このように考えてくると、アメリカの抱える問題の解決に必要なのは、<異質なるもの>とのコミュニケーション、すなわち資本主義の精神の根本にある「生き延び」の原理に対抗する「祭り」の原理の復権ということになるでしょう。それによってアメリカ人が自らのもつ西洋近代の資本主義の精神に揺さぶりをかけないことには、アメリカ社会の外部に常に自らの自由と民主主義を脅かす巨大な「影」を分泌し続けなければならないでしょう。このような社会はいくら物質的な繁栄を誇ってはいても、貧しく不幸であると言わざるを得ません……。アメリカ社会の日常は「影」に怯え続けています。炭疽菌事件はいまだ記憶に新しいし、入国審査、航空機の搭乗手続きにおけるほとんど強迫的とも言えるセキュリティ強化を見るにつけ、アメリカ社会は自らの行ってきた<異質なるもの>の排除とその力による浄化行為のツケをこのようにして支払っているのだと思わざるを得ないのです。
 戦争を引き起こした原因がどこにあるのか、テロリストがいけない、いや、ブッシュ大統領こそがテロリストなのだ、などと言っても何の問題解決にはつながらないでしょう。戦争終結への処方箋は、根本的には「祭り」の精神による資本主義社会のシステムの揺さぶり、つまり<異質なるもの>との対話という「コミュニケーション」の原理を、資本主義の「生き延び」の原理に対抗させることで、資本主義社会に組み込まれた排除の視線を無力化する以外にはないと思います。(「祭り」の精神による資本主義社会のシステムの揺さぶりについての詳細は、いま私が書き進めているエッセイ『タコ部屋の青春』を参照していただきたい。)それなくしてどのような平和運動も、戦場での危険なボランティア活動も徒労に終わりかねないと思うのです。


 私はここまでアメリカについて語ってきましたが、アメリカを攻撃することが私の目的ではありません。アメリカ社会の中に尖鋭的に現れている西洋近代(資本主義)のはらむ矛盾こそが問題であり、それが今日のやりきれない紛争の遠い、しかしながら根本的な原因となっているということが言いたいのです。さらには、世界中が資本主義と西洋近代によって覆われた今では、ここで私が描き出したアメリカ社会の深層で展開されるストーリーは世界中の国々にとって他人事ではないのです。もちろん日本も例外ではない。どころか、アメリカをしのぐほどの高度資本主義国家に成長した日本であれば、また、長年の鎖国、島国根性という日本社会のもつ閉鎖性を考えても、コミュニケーションの拒絶という病理はアメリカ以上に深刻なものであると言えるかもしれません。おそらくはアメリカには存在するグローバルな権力が日本にはないため、日本社会のもつ排除の構造は、内向きの引きこもり的な閉鎖性としてのみ現れていて、外部に大々的に露呈する機会がないだけなのだと思われます。むしろ、アメリカが僕ら日本人のもつ排除の構造を肩代わりして、世界各地で噴出させている、なんていううがった見かたもできるかもしれません。………日本社会の持つ独特の閉鎖性についてはまた書くこともあると思いますが……。

 以上、イラクにおける戦争にかいま見られた「非対称」、私はこれを資本主義社会アメリカがもつ排除の構造、コミュニケーションの拒絶という点から解釈してみました。例えば、世界中にあるアメリカ軍基地。基地をめぐらす柵の中に暮らす兵士たちのために、あの中にはアメリカ本土におけるのと同じような生活が再現されています。そして柵の外部には異文化がある………。もちろん軍事基地なのだから解放するわけにはいかないのは当然だとしても、何か象徴的な光景です。あの柵が取り払われ、外部と交流し、溶け合うことはこれから先あり得るのだろうか?
 資本主義は地球上を席巻し、その西洋近代の原理で私たちを圧し潰そうとしています。国粋主義、民族主義、原理主義と言われるもの、それらは襲いかかろうとする西洋近代に対する危機感の表現です。資本主義によって極大化された物質的な力が、その排除的で貧困な人間性とともに私たちに襲いかかろうとしているのです。
 それに対して同じような物質的な力で立ち向かったり、テロ行為に訴えてもダメなのです。西洋近代の原理、資本主義は私たち一人一人の精神に内面化しています。まず自らの内面に「祭り」の精神を復活させ、私たち一人一人がコミュニケーションの荒海に乗り出してゆかない限り、悲惨な事態に終わりは来ないのです。』

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공포의 외인구단

 アニメ会社は韓国と縁が深い。下請けの会社が韓国にいっぱいあるからだ。僕が働いていたとある制作会社の社長が、韓国への出張から帰ってきて、「これ、荒井ちゃんにお土産………」と言って、一冊のマンガをくれた。

 『恐怖の外人球団』というマンガだった。

 せっかくなので、辞書を会社に持ち込みポツリポツリ翻訳し始めた。10数ページ訳してストップしていたら、社員の一人が、「もう翻訳しないんですか?」と言ってきた。僕は読者がいると知ってもう一度訳し始めた。でもそうこうしているうちに会社が倒産してそれっきりになってしまった。あのマンガ本も捨ててしまったのだろうか……探しても見当たらないのだ。
 記憶に間違いがなければ、こんな出だしでストーリーは始まる。


 『韓国のとある地方にヘソンという名の少年がいた。彼は酒好きの乱暴者の父親に育てられていたせいで、ろくに着替えもしないのか、臭くて国民学校のクラスメートたちも彼を嫌っていた。新学期で席替えがあるのにヘソンは憂鬱だった。なぜなら隣に座ることになるクラスメートが彼をいやがって先生に違う席にしてくれと訴えたりと、毎年必ず問題がおきるからだ。もっとも、学校が終わったあとそんなことを言い出したクラスメートをコテンパにしてやることも忘れなかったが……。
 ところが今回、隣に座った少女オムジはヘソンのことをいやがりもせずニッコリ笑って「隣同士になれてうれしいわ。仲良くしましょうね。」と言うのであった。面食らったのはヘソンであった。実はオムジはヘソンが母親のいないかわいそうな少年であることを知っていた。ある日、市場で彼が乱暴な父親に殴られているのを見たことがあったのだ。ヘソンはそんな心優しい美少女オムジに心を開いてゆくのであった。
 ヘソンはオムジの望むことなら何でも実現させるのだった。友達とケンカをするなと言われれば、やめる。勉強しなくちゃいけないと言われれば、勉強して、オムジと一緒にテストで100点を取ってしまうまでになった。
 ある日、オムジはヘソンに「あれに興味があるの」と、クラスメートたちが野球をしているところを指差した。ヘソンはフフンと鼻で笑って「あんなの簡単さ」と、クラスメートからボールを奪い取り、ピッチャーマウンドに立った。ところがヘソンの投げた球はいとも簡単にクラスメートにホームランされてしまう……。うつむいて立ち尽くすヘソン……しかし彼は絶対に野球がうまくなってやる、と心に誓うのであった。

 オムジは家族の都合でソウルへ引っ越すことになった。悲しむヘソン………旅立ちの日、ヘソンはオムジに「是非見せたいものがある」と言うのだが、もうソウルへ向かう汽車の出発時間がせまっていた。母親にせき立てられてオムジは去っていった。
 汽車の席で悲しみに沈むオムジ……しかし汽車が長年過ごした国民学校の横を過ぎようとしたときだった。ヘソンとクラスメートたちが野球をしているのがオムジの目にとまったのだ。ヘソンがオムジに見せたかったもの、それは秘かに練習して上達した野球の腕前だったのだ。
 ヘソンの球にクラスメートは見事に空振りをした。オムジは去り行く汽車の窓からそのヘソンの姿を見送りながら目に涙を浮かべていた。

 オムジはソウルについてからヘソンに手紙を書いた。「私は見た。あなたがあの子たちから三振を奪う姿を。ヘソン……あなたはなんてすごい人なの………。」ヘソンはといえば、オムジにこんな手紙を書くのだった。「俺はお前の言うことは何でも実現してみせる。お前の言葉は俺にとって神の声であり、お前の手紙は聖書なのだ。」と。』

Category: 記憶の底から   Tags: 思想  思い出  仕事  

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仄暗い記憶の底から 13 会社を辞めるとき

 僕は仕事(職業)を中心に自分の人生を考えたことはない。僕の人生は若い頃に芸術の神に捧げてしまったからである。それ以降、僕にとって仕事は金のための、または職場の人間関係を楽しむためのものとなってしまった。だから仕事をホンチャンのものと考えたり、仕事を通じて自己を実現する、なんていう不気味な考え方からはオサラバしている。
 肉体労働や単純な労働ならともかく、僕らのような職人的な専門職の場合、このように仕事に対して特別な思い入れをしている人が多い。自らの成し遂げた仕事が評価され何らかの達成感があるとしたら、それはつらい労働であるよりも快楽ですらある。歌手、芸人、スポーツ選手なんかみんなそうじゃないだろうか。気持ちはよくわかる。しかし、だからこそそれは危険な罠なのだ。

 今の仕事(アニメーションの背景描き)をはじめたのは15年前だったが、当時就職していた会社の社長がまさにそのような考えの持ち主だった。なかなか上達しない僕の絵の腕前に社長は、やる気が感じられないと苛立ちを隠さなかった。もちろん給料をもらってる以上、努力して働いてはいた。しかしこの仕事にそれ以上の思い入れを込めろ、といわれてもそれはできない相談だった。やる気を出せといわれたところで、ない袖は振れないのだ。
 社長室に呼ばれよく説教を受けた。若い新人の社員がどんどん力をつけてきているのに、君はずいぶんのんびりしているな。………ハッパをかけようというわけだが、僕には今でもそうだが自分の絵の腕前に対するプライドがない。自分の仕事で自分を支えようなんて発想がないからだ。正直なところ、絵がうまくっても何が偉いのか、と思っている。だからそんな説教は聞き流していた。
 仕事は自己救済なんだ、とよく諭された。やはりこの社長は自分の職業によって、自らのアイディンティティを支えているのだ。だが一人の人間存在の価値が、職業に還元されてしまっていいものだろうか? 一つの仕事をやり抜くなんてのが美談だったりするし、職業を転々とするフリーターのような人は信用されない。結局のところ、ある人間の価値や信用を、職業という社会システム内の位置によってしか判断しようとしない。つまり安定的に作動する社会の部品であることが人間の価値であるという発想がそこにはあるのだ。
 僕だったら、職業で人間の価値を推し量るようなことはしない。その人がどんな生き方をしているか、自由な魂を持っているか、まずそういうことが気になるだろう。
 専門職………プロフェッショナルであること、そして誰もが賞賛する完璧なプロであることは、完璧なる社会の部品であることを意味するのではないだろうか。だからこそシステムは完璧なプロ(例えば、いい仕事をするスポーツ選手やデザイナーといった人たち)に対して高い報酬を授けるのではないだろうか。
 
 社長はいつまでたっても力をつけない僕を疎ましく思い始めていたようだ。ある日、会社で休憩時間に僕が哲学書を読んでいるのを見て社長は呆れ、怒り出した。休憩時間は何のためにあると思ってるんだ。頭を休めて、仕事に集中するためにあるんだ。そんなものを読んでどうするんだ。本を読むのならマンガでも読んでればいいんだ。どうせ君がそんなものを読んだって君の頭では理解できやしないんだ………。
 僕は血の気が引くのを感じた。失礼な言い方はともかく、休憩時間、余暇までもが、仕事のために、労働のためにあるという考えは、僕には到底受け入れられないものだった。週70時間も働いている、そのわずかな余暇すらも、働くために利用しろというのか。その頃ポツリポツリと読み始めていたマルクスのいうところの、労働力の再生産過程、という言葉を思い出した。つまり余暇のことなのだが、余暇を資本主義経済においては、労働力、つまり働く力をまた充電するための過程であると理解する、というわけだ。全ては労働のために、である。僕たちは働くために生きているのだ。
 俺は反体制だと豪語していたあの社長の思考は、まさに資本主義のシステムを体現していた。結局、僕は社長と口喧嘩して会社を辞めた。そのあと建設現場でアルバイトして椎間板ヘルニアを患いながら金を貯め、インドへ旅立った。

 僕らは働かなければ生きられない。システムとどこかで折り合いをつけずには生きていけないのだ。だから働くことを楽しむ努力をするべきだ。しかし、それは働くために生きてるということを意味しないだろう。プロフェッショナルである人は、その特権的な立場故に、ここのところを混同しがちだと思う。労働が生き甲斐だ、という発想、これはやはり倒錯ではないのか? 奴隷が主人によく働くとほめられて喜んでいるようなものではないか? そのとき僕らは完璧なる資本主義社会の部品になっているのじゃないかと思うのだ。

 はじめに僕は自分の人生を芸術の神に捧げた、と述べた。自分にとって、芸術は資本主義社会における唯一の「祭り」………労働と反対の原理である「祭り」であると思ったからだ。もっとも芸術という「祭り」の形は僕の中でたちまち終わってしまった。今現在の僕の考えを言えば、「祭り」は資本主義社会においては、システムへの反抗という形でしかあり得ない、ということになる。だからといって僕は社会を転覆しようなんて大それたことは考えていない。だが、反システム的な生き方は可能だと思うのだ。そういう生き方へ舵を取ることが僕のこの社会に対する責任であり、労働を越えて為すべき仕事なのだ。そして自分という存在に価値とプライドを感じるとすれば、それは「祭り」へ向かう生き方において………なのである。

Category: 日記・その他   Tags: タイ  

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실은 태국어도 말할수있는데……

 僕は日本語をさっぱり話せないおバカな女房とのコミュニケーションにタイ語を使っている。したがってタイ語の読み書きがいくらかできる。でもここに入力しようとしたら文字化けしちゃったよ。

 タイ語はシナ・チベット語族に属する。したがって文法は日本語と全然違う。しかし文法自体決して難しくはない。時制も、活用形もない。意味は語順のみで決まる。
 だから僕らがタイ語の学習で苦労するのは発音と、タイ文字ということになるだろう。全然勉強をしたことがない人がタイ語会話集かなんかを見ながらタイ人に話しかけてもまず通じないので頭を抱えることになる。日本語にない音韻がかなりあるのと、5つの声調の存在がその原因である。僕は3ヶ月だけ東京にあるタイ語学校に通って、発音と簡単な会話を習った。自慢をしておくと、僕の発音はネイティヴの先生にほめられた。
 後は独学でも勉強できると踏んで、1万円もする辞書を買って、自分オリジナルの学習法をとった。タイでドラえもんのマンガを買って翻訳し、それを丸暗記したのだ。この方法はオススメだ。日常的に話されている生々しい表現を学べるから。
 タイ文字も丸暗記するしかないのだが、文字表記と声調の関係はちょっと複雑だ。未だに僕も文字から発音を割り出すのは、ちょっと考えずにはできない。しかも地名と人名に関しては、解読するのはほぼ不可能ではないかと思う。母音が省略されていたり、同じ文字を二回読まなければならない規則なんかもあって、それは法則的なものではないからだ。

 僕は語学が好きだ。ただ英語はあまり勉強する気になれない。かっこいいし、便利というかこれからの時代なくてはならない言葉だってのはわかるんだけど……勉強しててもときめかないんだよね。言葉は人間臭くなくっちゃね。
 最近は仕事が急がしくてタイ語の勉強すらしていない。それが残念だ。

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プロフィール

荒井賢 (Ken Arai)

 住所 埼玉県越谷市
 生年月日 1964年2月15日
 職業 アニメーション背景制作
 連絡先 araiken#mac.com #を@に置き換えてください。



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