泥沼通信

祭りの戦士 @ กลับมาจากกรุงเทพฯ

 

Category: アート・建築・デザイン   Tags: 思想  芸術  

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口実

 それにしてもこれほど僕が文章を練るのに夢中になるとは思わなかった。不思議なことに書きたいことは次ぎから次へとわき上がってくる。アクセスカウンターを見ればわかるのだが、僕のサイトを訪れてくれるのは毎日10人ぐらいしかいない。多分来てくれているのは友達や知り合いなどの常連の人ぐらいだと思う。とはいってもアクセス数をのばすことが目的なのではない。ネット上で人気者になるなんてのはくだらないことだ。まあ正直なところ一生懸命練り上げた文章なのだから少しでも多くの人に読んでもらいたいという気持はある。だが読まれなくってもいっこうにかまわない。いまや文章を練るという行為は僕にとって体にたまったものを排泄するような、生理現象ですらあるからだ。書かずにはいられないのである。
 ある意味僕はこれまで表現すべきものを体に溜め込んできたと言える。作品表現を断つ、という戦略をずっととってきたからだ。それはいまだに継続している僕の芸術上の課題である。だが、僕もバカじゃないのでここにある矛盾に気がついていないわけではない。つまり、「こうして書いているこの文章は、『作品』ではないのか?」ということ………。自分の主張を自分の行為が裏切っているんじゃないのか、ということである。
 もちろん、サイトに発表している文章は商品にはなっていない。が、仮にこれらの文章を本にすることができたとして、それを書店に並べることができれば立派な商品になる。あり得ないことだが、その本が売れて僕の家計を潤してくれるのなら、こんなうれしいことはない!……だがまあ、どう考えても僕の練り上げている文章は商品化の前提となる、「作品」表現の条件をしっかりと満たしていることは間違いない。
 というか、実をいうと僕は絵にしろ文章にしろ「作品」という表現形式が大好きなのじゃないだろうか? 本当は「作品」をつくりたくてウズウズしてるのじゃないだろうか、という疑問が頭の中を駆け巡っている。「作品」をめぐるこの問題は、僕の活動の中心を占める大きなアポリアである。

 そんな僕自身の持っている疑問を解決する手がかりになる言葉をここに載せておこうと思う。『東京ミキサー計画』赤瀬川原平 著………ハイレッド・センター直接行動の記録………。ハイレッド・センターというと何かの研究所みたいだけど、60年代の前衛芸術のグループ、一種のハプニング集団ということになるだろうか。高松次郎・赤瀬川原平・中西夏之の3人の頭の文字、高・赤・中を英訳したというふざけたネーミングだ。彼らの活動はとても面白いので一読をお勧めしたいが、ここでは内容には触れない。
 巻末に、『寂しげで冷ややかな浸透力ーフィクションとしてのハイレッド・センター』という題の3人による座談会が載せられている。重要だと思われる箇所を抜き出しておこう。

中西  ………高松がジャスパー・ジョーンズ論で、ジャスパー・ジョーンズがどういう思想で、どういう観念で仕事してるかどうでもいいけども、多分絵が描きたい一心に、『標的』なんていうものを発見するというようなことを言ったと思う。あれはいちばん塗りやすいわけだよ(笑)。やっぱりそれは方便でしょう。絵が描きたい、で方便のために方便をつくることによって、わざと塗ってる、わざと絵を描いてると。ハイレッド・センターの手法もそういうことに似てるんじゃないか、わざとやってる。結婚式に似せたようなことをやっても、なにも虚実の問題を扱ってるんじゃない、こっちが本当の結婚式でこっちが偽の結婚式で、虚と実のその境い目を見せるとかっていうんじゃなくて、なにか行動する、行動するためにはひとつの………。

高松  口実がいる。

中西  口実がたとえばルールであったり、あるいは言葉であったりというような、それを丹念にひとつずつ糞真面目にやってみることだよね。

赤瀬川 つまりディテールが欲しいんだよね。

高松  そう、ディテールがリアリティを持つわけだね。


 ちなみにジャスパー・ジョーンズの『標的』というのはこんな絵です↓。

 方便、口実………! これはドッキリするような見かたの反転であるが………そうなのかもしれない。いや、きっとそうだ。僕は今、文章が書きたいのだ。テクストという「作品」を編み上げたくてしかたがないのだ。そのための口実として「作品をつくらない」という思想をでっちあげたのに違いない。
 絵を描こうと思うとき、まずはじめにあるのは、ある画面を絵の具なり何なりで塗り込めたいという欲望である、と彼らハイレッド・センターの3人は。言いたいわけだ。そして、それを実現するためには口実が必要だ………と。アーティストが語る芸術論、思想といったものは絵を描き、作品をつくるための口実であり、方便なのだと。
 その感覚は中西夏之の絵を見てもわかるような気がするし、僕自身が毎日こうやってこねくり回しているところの文章………、語を組み合わせてできる有機的な言語空間を練り上げているときにも感じていることでもある。
 だけど、ただ、描きたいから描く、書きたいから書く、といった具合に、ただ「作品」をつくってるんじゃダメだ、ということだろうか。そこには口実が、納得のゆく形での、説得力のある口実がなくてはならないということか?
 たとえば『絵が描きたい一心に、『標的』なんていうものを発見する。』という言葉を僕に当てはめてみれば、『文章を書きたい一心で、「作品をつくらない=メディアとしての身体」という思想を発見した。』ということになる。とすれば(僕は自分の中に確かに感じていることなのだが)、もともと文章を書きたいという欲望があって、どうすればその欲望を実現できるかというその可能性に今まで心を砕き続けてきた………実は『文章(作品)はいかにして可能なのか?』ということが本当は問題なのであった、ということになるんじゃないだろうか。もっとも口実とはいってもペテンでも何でもいいというわけにはいかないだろうが。

 考えてみればシチュアシオニストだって、「作品をつくらない」という戦略をとっていながら、『アンテルナシオナル・シチュアシオニスト』という会報を定期的に発行していたし(日本でも翻訳されて分厚い本6冊分もある)、中心人物のギー・ドゥボールも『スペクタクルの社会』をはじめとして数冊の本を出版している。それらの書物を作品でないとは誰も言えないはずだ。本当に状況の構築だけが問題ならダイレクトな行動に集中してもよかったはずだろう。
 が、はたして「ダイレクトな行動」って一体なんだろう? 僕たちが何らかの行動をするという欲望を持ったとすれば、それは常に何らかの形式(たとえば、絵を描くとか文章を書くとか、車に乗る、ゲームをする、野球をする、などなど)を媒介したものならざるを得ないのではないだろうか。
 問題なのは、「作品を目的としてつくるというスタンスを拒否する」ということではないだろうか? つまり「作品はいかにして可能なのか?」と問われれば、「作品は明確に手段に貶められていなければならない」ということではないだろうか。あくまでも僕らにとってのメインは「生きること」にあるのであって、「作品」をつくるために「生きている」のではない、というスタンスをとるべきだ、ということではないだろうか。そのような「作品」との距離感が必要なのであり、その距離感をつくるためには「口実」が必要だと………。

 僕の場合、「作品をつくらない」という思想を主張するという「口実」があってはじめて文章を書くという一種の作品活動(文章を書きたいという僕の内なる欲望の実現)が可能になった、ということだと思う。
 そういう「作品」との距離感がとれているかどうかが大事だったりする。もう少しゆっくり考えてみたいと思うが、そういった作品との距離感があることが世界と戯れる「祭りの戦士」の特長ではないかと思うのだ。

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メディアとしての身体 2

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 前節でもちらりと書いたが、私はかつて油絵を描いていてまわりにも自分は画家だと吹聴していた。別のところでも説明したことだが、その後私は「作品をつくらない」ということを表現上の方法として選択した。まあ、単純に言ってしまえば「絵を描くのをやめた」ということである。いろんな人にそのことを説明せざるを得なかったが、たいがい『どうして(絵を)やめちゃったんだい? クリエイティブで自己表現できるいい仕事じゃないか………(絵で食って行けるようになるまで)続けるべきだよ………。』という反応が返ってくるのである。まるで夢をあきらめてしまったと私を責めているかのように………。巷でよく「夢をあきらめるな!」と言われているのを耳にする。しかし心に思い描いたある職業を目指すことのみが夢の実現なのだろうかと思ってしまうが………まあ、ここではそのことにはつっこまないとして………。
 気になるのは絵を描く(作品をつくる)ことが、あるいは絵を描く(作品をつくる)だけで、それは表現でありクリエイティブなことだ、と一般に考えられていることだ。アーティスト、デザイナー、ミュージシャン、作家、といった職業に就いている人々をクリエイターと呼び、特別視している。そしておそらくクリエイターを他の職業……営業職や事務職、肉体労働などより高級なものだ、と見なしている。………職業に貴賤はなかったはずなのではないのか?………いわゆるクリエイターの一体どこが他の職業と違うのかを少し考えてみたい。

 普通の労働は、やりたくもないことをやり、売りたくもないものを売ることだが、クリエイターは自分のやりたいことをやって食って行ける、好きなことをやって金がもらえる………とそう思っている人も多いだろう。………労働とは欲望を抑え込み、快楽を放棄することだ………雨の日の朝、まだゆっくりと寝ていたい気持にムチを打って寝床から起き上がり、服を着替えて、顔を洗い、歯を磨いて玄関から表へ出る。どんよりと低く垂れ込める空からじょぼじょぼと雨が落ちている。やれやれ、今日も仕事か………ため息をついてあなたは傘を広げてバス停に向かうのだ。………労働とは、うんざりした気持を奮い立たせなければなし得ない苦行である。私たちはみな生きてゆくためにこの苦行に甘んじなければならないのである。
 だが、クリエイターは違う。自己表現という人間の根源的な欲望を満たすことがそのまま彼らの職業だからだ。もっともそれは類いまれなる才能をもった一部の人たちだけが為し得る奇蹟でしかないのだが………ほとんどの人はクリエイターに関してこうした幻想を抱いているのだ。なるほど、欲望を満たし、快楽を得ることがそのまま食ってゆくことにつながるとすれば、こんなに素晴らしいことはない。しかし現実にクリエイターと呼ばれる人たちがそういった夢のような生活をしているかと言えば、100%ノーと答えなければならないだろう。
 前節で映画の製作について述べておいたが、いわゆるクリエイターたちは「商品」を創らざるを得ない。売れるもの、顧客の満足するものを常に意識して制作するのである。もうその段階でそれは純粋に自己表現とはいえなくなってしまうだろう。その他の職業に就いている人だって自らの労働力を「商品」として売るのであって、顧客(雇い主)の満足する「商品」(労働力)であることをを常に意識して働いている。それがうんざりするような自由のない時間であるのなら、クリエイターの制作行為もまた欲望を満足させる快楽ではない。その意味ではクリエイターとてやっていることは本質的には他の職業と同じ「労働」なのである。
 たとえばアニメーション制作に関わる人たちも最近ではクリエイターと呼ばれたりする。笑ってしまうがアニメーションの背景画を描いているこの私もクリエイターだということになるらしい。だが実際に仕事にたずさわってみればすぐわかることだ………この仕事がなんら欲望の満足を、したがって快楽をもたらさない「労働」であることは………。描くべき絵の構想は上(顧客)から与えられる。顧客の要求にあわない絵は描くわけにはいかない………そんなことすればダメ出しをくらってしまう。仮に青い空を真っ赤に塗り込めたい欲求を持ったとして、それを実現したとしたなら当然ながら報酬は発生しない。はたして自分の仕事が商品として通用するのかというプレッシャーと常に戦いながら仕事を進めている。OKが出れば、ほっとして小さな達成感が生まれる。それは自分が役に立った、使いものになった……モノ作りのための歯車としてきちんと機能することができたという喜び……道具的で隷属的な喜びだ。労働時間はむしろ他の職業よりも長いだろう。モノ作り(クリエーション)の美名のもとに超過労働は当然のこととされている。(それともモノ作りの喜びに時の経つのも忘れ夢中になって働いているとでも思うだろうか? いずれ『プロジェクトX』のような体制的な番組で、アニメーションの過酷な製作現場が「クリエイターたちの闘い」として美化され、放映されるなんて日が来るかもしれないが。)クリエイターたちは日曜日を心待ちにしている。数少ない休日だけが、クリエイターを「クリエーション」から解放してくれるからだ。
 おそらくこれがクリエイターの実情である。アニメーション制作やデザイナーだけではない………作曲に煮詰まりレコーディングにコンサートにと多忙を極め「南の島でのんびりしたい」ともらすミュージシャン。ホテルの一室にかんづめにされる小説家………みんなうんざりする労働を日々こなしているのである。唯一、一般の労働と違いがあるとすれば、クリエイターと呼ばれる人たちの仕事は特殊なスキルを必要とする熟練労働だということだ。その特殊性、希少性ゆえに資本に安く買いたたかれずに済む、という可能性を持っている。したがって同じ労働時間に対する報酬が高額になりうる、俗っぽくいえば「金持ち」になれるチャンスは多いかもしれないということが他の職業との違いと言えば違いかもしれない(もちろん実際には成功するのはごく一部の人だけだが………)。
 だがまあこのへんにしておこう。ようするに私が言いたいのは「クリエイター」と呼ばれる人たちの活動も「労働」なのであり、それは特別なことではないし、高級なことでもないということだ。彼らも結局は商品をつくっているのだが、「表現」という言葉によって彼らの仕事は神秘化されてしまっているのだ。それだけでクリエイターとしてある人間の活動の価値を高めてしまう………「表現」という言葉はまさに魔法の呪文のようである。

 しかし一体「表現」するということがなぜそんなに注目されるんだろう?
 ………私たちは産業(資本主義)社会の中で歯車となりシステムの中での役割を全うするだけの生活を強いられている。私もあなたも会社員であったり、公務員であったり、パン屋、床屋、八百屋であったりという社会の中での役割=記号に還元されてしまっていて、人間の全体性を見失ってしまっている。産業社会の中で私たちはひたすら生産の役に立つことを求められる。「役に立つ」「使える」という属性は人間のではなく道具のそれである。役割としての目的的、隷属的な道具連関を抜け出し、無目的、自律的な欲望の噴出があってこそ、私たちは生きる歓び、人間の全体性というものを感じられるのではないだろうか。だからこそ自己表現によって己の全体性を回復したいと願うのかもしれない。
 それは自然な、そして本源的な人間の欲望なのだ。そもそもアバンギャルド(前衛)芸術というのは、産業化する社会の中において人間の全体性を奪回する試みであった。詳しくアバンギャルドのアーティストの生活を知らない人でも心のどこかで彼らの生に、産業社会への道具的な隷属からの脱出の姿を感じているのかもしれない。だからこそ今現在クリエイターと呼ばれる自己表現を生業とする人たちの中に自由や自律的な生き方を投影し、憧憬し、また期待もするのであろう。
 ところが、どうもそうではないらしいということをこれまで述べてきたのである。クリエイターの「表現」もまた「労働」………モノ作りを通じてシステムに貢献し、役立つと言う道具的、隷属的な活動なのだということを。

 さらに、ここにもう一つの問題がある。「表現」ということをよくよく考えてみると、絵とか形、また音や言葉などを用いた作品をつくっていない人たち、つまりクリエイターといわれない人たちは何も「表現」していないのだろうか、という問題だ。朝起きてから寝るまで、私たちは様々な選択を迫られている。何を着ようか、何を食べようか、家に居ようか外に出ようか、大通りを通って駅まで行くべきか裏路地を通ってゆくべきか、偶然見かけた友人に声をかけようかそれともシカトしようか、などなど。この選択行為はそれが凡庸なものであれ突飛なものであれ、その人の表現行為に違いない。街で、会社で、学校であなたが人に出会っておしゃべりすれば当然ながらそれは言語表現なわけだし、たとえ誰とも口をきかず沈黙していたとしても、その沈黙はある人間存在のコンテクストにおいて積極的な意味作用を持つのであり、立派な表現行為となる。家の中に引きこもって誰にも会わず生きている人が最近多いというが、彼らはコミュニケーションをしていないのではない。「引きこもり」という社会的な表現をしているのである。つまり、私たちの人生の一瞬一瞬、これすべて「表現」なのではないかということである。
 自己表現をする人をクリエイターと呼ぶのなら、すべての人間は表現者でありクリエイターである。なのに私たちは絵を描いたり音楽をつくったりする人………すなわち「作品」をつくる人についてのみ「クリエイター」という言葉を使っているのだ。
 実は「表現」に関するこのような問題意識は第一次世界大戦直後にダダイズムによってすでに提出されていた。

 ダダイストたちは芸術表現の本質を「作品」から「アクション」へと還元した。彼らのスキャンダラスな活動は芸術の伝統を徹底的に踏みにじるたぐいのものだったが、それは印象派以降のアバンギャルド芸術の課題を先鋭化したものだといえる。それゆえダダイズムはアバンギャルド芸術の真打ちであったと言えるだろう。ダダ以前のアバンギャルド芸術は作品のコンテンツ(内容)に関して急速な解体/還元をおこなってきた。しかしダダイズムにおいて還元作業の対象になっているのは「作品」のまわりに張り巡らされている芸術に関する「制度」であった。
 たとえばもっとも優美で知的なダダ的アーティスト、マルセル・デュシャンは展覧会場にレディ・メイド(既製品)のオブジェを出品した。『泉』というオブジェは男子用の小便器にサインを入れたものであった。またダ・ヴィンチの『モナ・リザ』の複製にひげを描き込んだ絵『L.H.O.O.Q』など物議をかもす問題作を発表し続けた。
 このようなデュシャンの反芸術的な行為においては作品の内容は問題になっていないのは明白だ。内容的にはデュシャンは既製品にサインやひげを描き込むという最低限のアクションしかしていない。しかしこのパフォーマンスは伝統的な熟練による手仕事としての芸術作品をはるかに越える衝撃的な表現行為となっている。私たちはこのふざけたパロディ作品の前で「表現」とは一体なんだろう、と考え込んでしまうのだ。実際『泉』という名の小便器はニューヨーク・アンデパンダン展の委員によって出品を拒否されてしまうが、展示を拒否した展覧会側はデュシャンのレディ・メイド作品に表現されていた破壊的なメッセージをしっかりと読み取っていたということだ。
 ダダ以降も反芸術活動はモダンアートのメインストリームとなっていて、アクション・ペインティングやハプニング・アートなどの形で現在まで継続している。ハプニング・アートはダダ的な反芸術活動の極限的な形だろう。そこにあるのは「アクション」のみであり、「作品」はモノとしてはもはや存在しないのである。「作品」を展示するという芸術表現の伝統的な制度はまったく問題になっていない。でありながらそれは強烈な「表現」なのである。
 つまりダダイストの反芸術活動が私たちに教えていることは、芸術的な表現は「作品」制作のみによるものではなく、それ以外のアクションもまた同じ権利で「表現」行為なのだ、ということである。しかしこのようにダダイストの試みを理解できているのは一部の知識人だけであって、一般の人たちの持っている芸術のイメージは混乱の極みにある。おそらくは近代以前のの神々しい芸術のあり方と、理解に苦しむ(それゆえ自由で神秘的な印象も与える)アバンギャルドの試み、それにブルジョワ的な商品としての芸術のあり方(これは誰にでもわかる)が奇妙に混合して今日の一般的な芸術のイメージは形作られているんじゃないかと思う。すでに一世紀近くも前にダダイストたちがそのような過去の芸術から断絶した新しい地平を切り開いていたにもかかわらずに………。
 そんなわけで私たちがクリエイターの仕事に与えている特別視の原因は、ひとつには以上のような一般大衆が抱いている混乱した「芸術」のイメージ(幻想)にあると考えて間違いない。………「作品」をつくるクリエイターたちはそれだけで高貴な印象を抱かせる。
 だが、もうひとつのモメント、「商品としての芸術」のあり方のほうが「表現」と言う言葉の理解を混乱させている原因としてはより重要である。


 すべては「表現」なのだ………。私たちの生の一瞬一瞬がアクションであるのなら生そのものが「表現」なのである。………生きるということは「表現」することなのだ。私たちはダダイストから学んだこの命題から再出発することにしよう。
 だとすれば、である。先程述べたようにすべての人は自己表現しているわけで、みんなクリエイターを名乗る権利があるはずではないか。なのになぜ、「作品」をつくる人たちを特別にクリエイター扱いするのだろうか。
 答えを先に言ってしまおう。………「作品」という形をとることで「表現」は商品化できるようになるためだ………ということである。
 資本主義社会が価値とするものは利潤を生み出す生産(労働)である。「作品」という形をとらないたんなる「表現」行為が問題にされないのは、それが商品になっていないからなのだ。商品を制作し、それを売ることで利益(交換価値)をひねり出すことができる。したがって「作品」をつくることは利益を生み出すための生産労働であるが、それ以外の表現行為は商品化されていないため生産とは見なされていない、ということなのだ。
 作品化しない表現行為はエネルギーの非生産的な消費(浪費)と見なされる。資本主義社会はそのような浪費を積極的に評価しない。………そこに「作品」表現の特別扱いの原因があるのだ。

 だいぶ以前のことだが、仕事先で一緒に働いていたおじさんに声をかけられた。「お前、展覧会を開いたんだって? それで絵は売れたのか?」僕は「いや、別に売るつもりで絵を描いてるわけじゃないんですよ。」と答えた。するとおじさんは「何だ、じゃあ道楽みたいなもんか。」と笑った。
 道楽と言われてしまえば、すべての芸術は道楽かもしれない。私は苦笑いをするだけだった。しかしこのやり取りの中に一般の人が芸術表現をどうとらえているかが明確に表れている。売れないもの(商品でないもの)をつくる行為は「道楽」という低い価値評価をされる、ということだ。おそらく私が売れる絵を描いたとすれば、あのおじさんにとって私のやっていることは意味ある活動だと評価されたのだろう。これこそが日常的な資本主義的感性なのだ。

 商品化され交換価値として流通することができてはじめてモノや私たち人間は資本主義社会の中で積極的な価値をまとう。資本主義的価値観の中で私たちは何よりも職業(役割)であり、ある人間を何ができるか(何を生産するか)という視点からのみ理解する。したがって私たちの社会は、ある職業(役割)を全うできる成人が中心的なポジションを占め、そこからはずれる老人や子供は社会の周縁に押しやられるという構造を持つ。老人や子供は賃労働をしない………つまり労働力商品になっていないからである。
 またたとえば家庭の主婦(専業主婦)も明らかに育児や家事という労働をおこなっているにもかかわらず、それによって賃金が発生しないためやはり社会的には軽く見られがちである。主婦による家事労働は商品化していないからだ。
 とはいえ老人、子供、主婦といった存在は、かつての、また未来の労働力商品であり、家庭内での労働力再生産を担うものであって、無価値な存在ではない。しかしたとえば身体障害者、精神病者、浮浪者、といった人たちを資本主義社会はどう理解するのだろうか………と思うわけだが(ついこの間、登校拒否児童のことを「不良品」呼ばわりして問題になった政治家がいたようだが)、なんらかの形で生産にかかわれない存在にネガティブな評価を下すのが資本主義社会の哲学であるのは間違いないのだ。

 資本主義経済があまり深く浸透していない第三世界を訪れたことのある人はわかると思うのだが、働いていない人、暇な人が多い。そのような人を私たちの社会では失業者と呼ぶが、資本主義が浸透していない地域では、働いていない人をそのようなネガティブな視線で見ていない。私が旅をしたアジアについて言えば、タイなどインドシナ半島の仏教国には膨大な数の僧侶がいる。彼らは早朝托鉢に町や村を回る以外、労働らしい労働はしていない。またインドにはこれまた膨大な数の乞食がいて、物乞いで生活している。さらにサドゥというヒンドゥ教の行者も労働せず喜捨やお布施に頼って生活している。それだけではない、これらの国々では休日でもないのに、いい大人たちが真昼間から寝っころがって、近所の人とだべったり賭け事に夢中になっている。私たちの感覚では、働かなくていいのだろうか………と思ってしまう。日本でこんなことをしていたら家族に「遊んでいないで働け!」と怒られてしまうだろうし、自分自身でも居場所がないような不安にとらわれるだろう。これらの国々を貧しいと私たちは見なすかもしれない。しかしそう見えるのは私たちにしみ込んだ資本主義的な価値判断に原因があるのではないだろうか。きっと彼らは彼らの伝統的な社会システムに従ってあたりまえにポジティブに生きているだけだ………働かず何もやっていないという状況は、先進資本主義国に生きる私たちだからこそネガティブなものに見えるのではないか。
 私たちの精神にはこれほどまでに資本主義に特有の勤勉の倫理がしみ込んでいるわけだが、その資本主義的な権力(価値評価)が日常の「表現」の領域にまで入り込み、生産労働の意味を持つ「作品」の制作とそれ以外のたんなるエネルギーの浪費としての表現行為の間に価値評価上の大きなギャップがを生じさせているのである。

 しかし芸術という表現活動とはそもそも一体なんであろう? エジプトのピラミッド、ギリシャの彫刻、ルネッサンスの絵画などの建築や美術………それらは何であり、何のためにつくられたのか? 歌や踊り、文学や詩などは何であり、何のために表現されたのだろうか? それは利益の獲得を狙った生産労働だったのだろうか………いや、芸術は富やエネルギーの非生産的な消費、すなわち「祭り」だったのであり、獲得を目指す労働とは正反対の行為なのではないか。近代社会におけるアバンギャルド芸術の試みも同様に「祭り」の新しい形態だったのではなかったか。
 とすれば、私たちのいわゆるクリエイターたち………「作品」という商品をせっせとつくりだす労働者の「表現」活動はやはり芸術とは正反対の活動ということになるのではなかろうか。一見私たちは過去の輝かしい芸術と同じものをつくり出しているかのように見える。だが、まったく問題はズレてしまっているのではないだろうか。私たちがつくり出さなければならないものはまったく別の何かではないのだろうか? ………それは何だろう。………「祭り」?……… そう、新しい「祭り」をつくり出すこと………私たちが本当の意味でクリエイト(創造)する者であるのなら、商品をではなく新しい「祭り」を創り出すべきではないのか。
 芸術家とかクリエイターという言葉にはどうしても「作品」の制作という観念がまとわりついている。だからいっそのこと私は過去の芸術の精神を受け継ぐ者として、「祭りの戦士」という概念を提案したい。「祭りの戦士」の追究するべき課題をしっかり押さえておけば、前節の終わりに述べた「表現」ということに関する観念の転倒………つまり今まで述べてきた「作品」表現の特別視………という事態も理解しやすくなるし、「メディアとしての身体」という言葉の意味もはっきりしてくるだろう。

   


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「すいませんでした。」

 人間誰でもヘマするものだ。僕らだって一度や二度は決定的なヘマをやらかしているはずだ。それでも僕らが生き延びているのはひとえに幸運のおかげである。僕らの生は実に危うい均衡の上に成り立っている。未然にすべての危険を回避するなんてことはできっこない。香田さんの場合不幸にもその均衡は崩れてしまったのだ。軽卒だった、ナイーブ過ぎた、と言われればその通りだろう。しかし誰も彼がヘマしてしまったことを責めたり笑ったりできないはずだ。彼の運命は明日の僕たちの運命であるかもしれないのだ。

 しかしそれにしても気になるのは香田さんの両親のコメントでもまず「ご迷惑をおかけいたしました。」という言葉からはじまっていたことだ。本当に僕ら日本人は他人に「迷惑」をかけることを恐れるのだ。なぜかといえば日本社会はハプニングやイレギュラーな事態を忌避し、平穏、安定、安全な生活を基本的に志向しているからだ。
 前にも5人が人質になったとき書いたことなので詳しいことは省略するけど、自衛隊の派遣はそもそもが日本人の国際貢献という意志から発していることだったはずだ。(まあ自衛隊の派遣が果たして正しい選択なのかはともかくとして)それは日本人が閉ざされた島国での小さな安逸を捨てて、国際社会の混乱の荒波の中へ乗り出してゆくこと言う決意のあらわれれのはずだった。その決断は当然、国際社会の混乱にともなうリスクを日本社会の内部にも持ち込むことを覚悟してのことでなければならないのだ。

 であるにもかかわらず、相変わらず「迷惑をかけた」と被害者の家族が言わなければならない雰囲気というのは何なのだろう。やはり誹謗中傷のメッセージが香田さんの自宅に多数送られたという。政府の対応もどこか冷淡だったと感じたのは僕だけではなかっただろう。正直、香田さんの行動に「やれやれ困ったもんだ」とみんな思ってたんじゃないだろうか。
 もちろんテロリストの残酷な犯罪ということがまずあり、香田さんのあまりに軽率な行動があった。しかし自衛隊の派遣はイラクで民間人を何万人も殺害しているもう一つのテロ国家アメリカの側に日本はついている、とテロリストに理解させる選択なのだ。この選択が人質事件を引き起こさせる遠い原因である。つまり自衛隊を派遣する以上、僕ら日本人はみな、この選択によって被る(日本国内でのテロも含めて)あらゆる危険な可能性をも受け入れ、覚悟していなければならないということだ。

 したがって僕らはなにかヘマをやらかした人によって巻き込まれた今回のような事態を受け入れ、万全の対処しなければならない。それこそ人と税金を総動員して………。そういう選択を日本人はしたのだから………。「迷惑なことをしてくれた」などと考えるのはスジ違いなのだ。
 なのにこの人質事件を「迷惑」と感じたとすれば、日本人はやはり波風立たない安逸の中で暮らしてゆきたい………国際貢献なんて言ってるけど本当のところは今まで通り島国の中で平和にやってゆきたいと思ってるからではないだろうか。………それだったらやっぱり自衛隊なんか派遣しないほうがいいのじゃないか。そうすればテロの標的にもならないだろう。国際貢献なんてやめちまえ! それともそうしてしまったらアメリカのご機嫌を損ねてしまうってことだろうか?
 
 まあそれはおいとくとして、香田さんの「死」である。無意味に殺されるという結末を迎えた彼の行動を「間抜け」「平和ボケ」「世間知らず」呼ばわりし、その「間抜け」さゆえにみんな大迷惑を被ったんだ、と言う人にひとこと言っておきたいのは、彼の「甘さ」「平和ボケの脳天気さ」というのはまさに日本社会によって育まれているということだ。お互い「迷惑」をかけないで波風たてない平穏を至上の価値とする「なまぬるい」日本社会によって育まれたがゆえに、危険かつ生き馬の目を抜くような環境の中で、状況を冷静に判断する動物的な勘みたいなものが鈍ってしまったんだ。戦場を前にして香田さんのとった無謀な感性と判断は、お互い「迷惑」をかけることをいやがる「なまぬるい」僕らの社会が生んだに違いないのだ。
 つまり香田さんの「間抜け」な姿に、僕ら日本人は鏡に映された自分自身の姿を見ているのだと思う。だからこそ香田さんの無様な姿を腹立たしく思うのではないだろうか。あれはあなたの、そして私自身の姿なのではないだろうか。

 「すいませんでした。」と香田さんは述べた。彼は一体誰に、何を詫びたんだろう。普通に考えれば映像を見るであろう日本人すべてに対して、自分が迂闊であったこと、そして彼のしでかしたことで日本中が大騒ぎをするだろうことに対して詫びたのだろう。自身の生命の危機を前にしながら、以前殺害された韓国人のように大声で助命を願うでもなく、みんなに「迷惑」をかけたことをそっと詫びて、日本へ帰りたいと控えめに希望を述べるにとどまった………。(たぶん英語ではsorryとは言ってないんじゃないかな?)
 だとしたらまったく香田さんは日本人じゃないか………日本的ないいやつなんじゃないか? そう思えてきた。

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奇蹟は起こらなかった

 僕たちは自分を危険や死にさらす権利を持っている。唯一許される殺人は自殺だけだ。僕は自分を危険にさらすチャレンジを肯定的に考える。たとえそのチャレンジが失敗という結果に終わってもだ。未知の運命に尻込みしてやりたいこともできないでひっこんでいるよりも、そのほうがどれだけましだろう。失敗からこそ僕らは何かを学ぶのであって、あえて一歩を踏み出さないことには何も始まらないのである。だから香田証生さんの無謀な試みを僕は基本的には支持している。それが本人の下した決断であるなら僕らがとやかく言うことではないだろう。
 とはいいながらも香田さんは一体何のためにバグダットへ向かったのだろう? 危険地帯に足を踏み入れることで自分の勇気を証明したかったのだろうか。危険だ、危険だ、と言われている所でも実際に行ってみるとそうでもないなんてことはよくある話で、口コミやメディアの情報は大げさだったりするものだ。彼はそのことを証明したかったのだろうか。無事にイラクから帰ってくれば、香田さんの無謀な冒険は武勇伝になる。「ほら、何とかなるって言ったでしょ。」と得意になることもできただろう。だがそれだけのために彼はバグダット行きのバスに乗ってしまったのだろうか?今となっては実際のところはわからない。
 だが、命がけでどうしてもイラクへ行かなければならない特別な理由が他にあったのだろうか。「すみませんでした。日本に帰りたいです。」という泣き言ともとれる彼の言葉から感じるのは後悔の念であって、イラク行きは死の危険を覚悟した上での決断ではなかった、ということを示している。
 大胆な選択は失敗すれば強烈なシッペ返しをもたらすものだ。あまりに軽率な香田さんの判断のつけは、結局自らの生命で支払わざるを得ないことになってしまった、ということだろうか。それにしてもずいぶんと高い代償を支払うことになってしまった。
 殺害されるまでの数日間彼が体験したであろう食事ものどを通らないような絶望感を思うと恐怖とともに悔しさがこみ上げてくる。何だってそんな所に行ってしまったんだ、その素晴らしい行動力はなにか他のことに使えなかったのか、命を賭けるべきチャレンジはもっと別のことあるべきではなかったのか、と………。が、あとの祭りである。死んでしまっては香田さん自身が経験から学ぶという機会は永遠に失われてしまう。若い命はほとんど無用に、何のためだかわからぬまま、噴き出す血とともに消されてしまった。不条理な、カフカの『審判』のラストシーンのような幕切れだった。

 ただ、香田さんが軽率であった、と他人事ではすまされないのは、やはり自衛隊の派遣という日本国民の選択が人質事件の原因になっているということだ。テロリストは自衛隊を復興支援だとは見ていない。僕ら自身がどう思っていようと、日本はアメリカの仲間なのである。したがって自衛隊の派遣という選択は日本人全体にテロの対象になる危険性を招いているのだ。
 香田さんは自分でイラクへ入って命を落としてしまった。しかし今度はテロリストのほうから日本に出向いて事件を起こす、という可能性だってゼロではない。そのような危険な選択を僕らはしている、ということは絶対に忘れてはならない。やはり軽率な自衛隊の派遣によって、僕ら日本人のすべての首の上に長い刀が振り上げられているのかもしれない?

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プロフィール

荒井賢 (Ken Arai)

 住所 埼玉県越谷市
 生年月日 1964年2月15日
 職業 アニメーション背景制作
 連絡先 araiken#mac.com #を@に置き換えてください。



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