泥沼通信

祭りの戦士 @ กลับมาจากกรุงเทพฯ

 

Category: 日記・その他   Tags: Thai  

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津波

 えらいことになってるみたいだ。特にプーケットは何度も行ったことがあるのでニュースに釘付けだよ。タイの中でもプーケットやパンガー周辺は南国的でいい。軽い明るさがあって気持も開放的になる。知り合ったばかりの女房ともパトンやカロンで過ごしたりした。
 観光客にもずいぶん死者が出てるみたいだけど、あれってちゃんと把握可能なツアー客だけだよね。安宿を泊まり歩いてる貧乏旅行者やわけのわからない長期滞在者(僕みたいな)が被害にあってもわからないよなあ。いっぱいいるんだよ、そういう人って。

Category: アート・建築・デザイン   Tags: 思想  芸術  

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Q&A その1

 万年筆さんという方から掲示板に質問をいただきました。随分熱心に私の文章を読んでいただけたようで、とてもうれしく思います。万年筆さんの心意気に私も応えなければならないと思います。いくつか質問があるので、率直にひとつずつゆっくり答えてゆきましょう。まず………

 1、「作品」が商品として認識されてしまうと、その中身に込められた創作者の「心の祭り」の興奮は二度と受け手へ伝わらないのですか? 作品の形式が、資本主義に犯された人々の意識内で「商品」になり下がったとしても、作品が持つ力は、その形式を打ち破り、「祭りの心」を伝えられるのではないかと思います。そうでなければ、荒井さんがご自分の生を通して実行されても、「変わり者(という一種の商品的カテゴリー)」と認識されて終わってしまうのではないですか?作品の力を信じないのは、すでに絶望しているからだと感じざるを得ないのですが?

 万年筆さんは私の『祭りのあと』などのエッセイを読んでくれたようで、その中で主張している「作品の制作を拒否する」という私の考えに対して、「作品の力」をもっと肯定的に評価するべきだ、とおっしゃっているように思います。
 まず誤解を解いておかなければならないのは、私は決して「作品の力」を信じていないわけではないということです。誰でもそうでしょうが、私も若い頃からいろんな文学作品を読み、レコードやCDで音楽作品を聴き、美術館や画集(複製)なんかで美術作品に接することを通じて自己形成をしてきました。もちろんそれらの作品は商品だったわけですが、当然、私は作品の中身に込められたもの………創作者の思いなり興奮なりをそれらの商品を通して感じ取っていたわけです。
 したがって私は「作品の力」を過小評価するつもりはみじんもありません。この間、ブログに載せた記事を読んでいただいてもわかると思いますが、むしろ私自身は「作品」を作りたくてしょうがないんじゃないかとすら思っているほどです。後ほど説明しようと思ってますが、実はこの問題は非常にデリケートな難問だと思っています。

 したがって、「作品」が商品として認識されてしまうと、その中身に込められた創作者の「心の祭り」の興奮は二度と受け手へ伝わらない、なんてことはありません。私が言いたいのは、創作者の意識の問題です。創作者が芸術作品を商品としてつくろうと意識した瞬間に、その創作活動は「心の祭り」から労働へと変質する、ということです。創作者にとっては、作品をつくっている瞬間の高揚(万年筆さんのおっしゃっているところの「祭りの心」=エネルギーの放出/浪費)こそが問題であって、つくられた作品がその後、商品となろうが何になろうがお構いのないことでしょう。
 もっとも創作者も食わなければならない、という問題もあります。そのためにはつくった作品が商品になってもらわないと困ります。しかしながらその創作者が「本物」であるなら、創作活動はたんなる商品の生産を越えたものになっているはずです。万年筆さんはピカソに感動したと書かれてますが、ピカソが『アビニョンの娘たち』や『ゲルニカ』を商品の生産(労働)として描いた、なんて思わないですよね。それはまさに祭り=爆発的なエネルギーの放出だったのであり、創作の瞬間、ピカソの中には労働しているなんて意識はみじんもなかったのだと思います。
 つまり、資本主義に犯された人々の意識内で「商品」になり下がったとしても、作品が持つ力は、その形式を打ち破り、「祭りの心」を伝えられるのではないか、という問いには、「当然そうです。」と答えますが、芸術家自身が「商品」制作者に成り下がったとしたらもはやそれは芸術(祭り)ではない、結果つくられた作品も「心の祭り」の緊張や興奮を内に秘めたものとはなっていないのではないか、と私は思うわけです。

 次に、「作品の力」を認めないなら、私自身が自分の生を通して「祭りの生」を実行しても、「変わり者」と認識されて終わってしまうのではないか、という問いかけ。………これは私のように自意識過剰な人間にとってはつらい事態ではあります(笑)。が、考えていただきたいのです。一人の創作者がそもそも何のために作品をつくり、何を求めて自分を主張するのか、ということを。金儲けや成功のためではないし、スターになりたいからでもない。やはりそれは他者とのコミュニケーションを求めてのことではないでしょうか。
 もちろん作品という媒体(メディア)はコミュニケーションのための手段として用いられるはずです。作品媒体を用いることで創作者の意志は、身体的な時間や空間の限界を越えることができる………その結果、地球の裏側にある、百年…いや、千年以上昔の芸術が今も私たちの心を揺さぶることができるというわけです。(万年筆さんのおっしゃる「作品の力」というのは媒体が持っているこの可能性のことだと思います。) しかしながら芸術表現というものはあくまでも手段である、というところを押さえておきたいと思います。作品メディアを利用しない表現はいくらでもある得るわけで、むしろ日常的なダイレクトな表現のほうが、コミュニケーションの方法としては自然なものにも思えます。とにかく問題なのはあれこれの手段なのではなく、コミュニケーションへの欲求なのだということです。
 そもそも「祭り」というものはコミュニケーションではないですか。生産の秩序の中で私たちは役割であり、道具であり、といった具合に個我に分裂していますが、祭りの興奮の中でそのような個我の限界は打ち破られる。むしろ新しい芸術家(これを私は半ば冗談ではありますが『祭りの戦士』と呼びたいと思う)の課題というのは、そのような祭り(コミュニケーション)の場を組織することにあるのではないかと思うのです。
 そのための手段として作品表現を用いる、ということであればそれは理にかなっていると言っていいでしょう。

 またこんな考え方をしてみたらどうでしょうか。………ひとつの生というものは時空とそれを満たす物質の中を流星のように駆け抜ける精神の旅路である、と。ひとつの精神は生まれたときから死ぬまで周囲の物質に働きかけ、破壊し、形を変え、移動する、といったことを繰り返していると言えます。(たとえば芸術作品をつくることもそのような働きかけのひとつです。)ある精神がこの世界をくぐり抜けあとには物質の上に何らかの軌跡や痕跡といったものが残るはずです。その精神が「祭りの心」をもち、「祭り」の場を組織するという課題をもちつつ生きた場合、その精神が物質の中に残した痕跡には、なんらかの「祭りの心」が残響のようにして残っているかもしれない。結果的にその痕跡を「作品」として理解する、ということは他の人たちの自由です。
 いってみれば「作品」というものは足跡のように「祭りの戦士」が駆け抜けたあとにできた痕跡だと私は考えたい。それを「商品」として売ろうが、美術館に収蔵しようが知ったこっちゃないというわけです。

 問題なのは、ある人が「祭りの精神」の持ち主であるかどうかということであって、「作品」というものは「祭り」の手段であり、また結果でしかないということです。私は「作品の力」を否定するつもりは毛頭ありませんが、「作品」を目的としないということ………すなわち「祭り」を組織するということ、に軸足を移すべきだ、と考えているわけです。
 私は「祭り」が「作品」となることは、商品化の前提だと思っています。そして商品化することで「作品」は流通し、資本主義のシステムに回収されてゆく……。いっそ、この流れを断ち切ってしまったらどうだろう。虚の部分に賭けてみるべきではないだろうか。作品形式をとらない自己表現に特化してみたらどうだろう。………あと付けではありますが、20代前半の頃そんなことを漠然と考えはじめていました。当時の私は、銀座の小さな画廊を借りて作品展を開いたのをきっかけに「芸術を日常生活の中に解消する」という宣言をしました。(まあ誰も相手にしてはくれませんでしたが。)
 実をいうとこのような「作品の制作を拒否する」と言う問題意識は、私だけのものではなく、シチュアシオニストというヨーロッパの左翼的なグループが50年代からすでに主張していました。彼らは「これからの美は作品の美ではなく、状況の美となるであろう」という意味のことを主張して活動を「状況の構築」へと特化させてゆきました。これは間違いなく私が考えていた「祭りの場」を組織する、ということと重なります。もっともシチュアシオニストの存在を知ったのは私が作品展を開いてから10年近くも後のことでしたが………。(私のこのサイトのミッションのひとつはシチュアシオニストの研究にあてられています。が、まだほとんど手を付けていません。)
 とにかく、万年筆さんがおっしゃったように、「作品の制作を断つ」という戦略は、自分自身を「変わり者」と認識されて終わってしまう、という事態に陥れる危険を間違いなくもっているものです。………ですが、はっきり言ってしまうと「変わり者」でも何でも構わないじゃないか、と思っています。上でも書きましたが、「成功」なんてことに何の意味があるだろう、問題なのは「祭り」を自分の日常の中にどれだけぶち込めるか、ということじゃないですか。シチュアシオニストはこう言ってます。「われわれは日常生活をワクワクするものにしたいのだ」と。偉そうなこと書いて、あなたのこれまでの人生がそんな素晴らしいものだったのか? と突っ込まれてしまいそうですが、まあ、口ほどにもなく地味なものでしたが、退屈したことはない、と答えておきましょう(笑)。

 この続きは次の質問に答えるという形で後日アップする予定です。それでは。

Category: 思想など   Tags: 思想  芸術  

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メディアとしての身体 3

-3-


 銀河超特急999号は星野鉄郎少年と謎の美女メーテルを乗せて終着駅へ向かう。しかし終着駅「機械化母星メーテル」で予想もつかない罠が鉄郎を待ち受け ていた。機械の体に憧れ、メーテルに導かれるまま旅を続けてきた鉄郎だったが、旅の途中での経験が鉄郎に人間性の目覚めをもたらし、「機械の体をタダでく れる星」を破壊してしまいたいという新たな野望を心の中に育むにいたっていた。ところが鉄郎は「機械の体をタダでくれる星… …惑星メーテル」に到着するやいなや捕らえられ手術台に乗せられてしまうのだった。………惑星 の中心を支えるネジに鉄郎を改造するというのだ!
 「機械の体をタダでくれる星」とは、ようするに機械化母星を支える生きた部品になるということを意味していた…… …これが『銀河鉄道999』という荒唐無稽な物語のオチである。長く苦しい宇宙の旅を耐えぬき、終着駅に到達することのできるほど意志が強 固な人間を部品にする。機械の帝国は、そのような人柱にされた人間の意志の力を堅固な支配の紐帯とすることで永遠の繁栄を謳歌していたのだ。謎の美女メー テルの仕事は彼女の母親である機械の帝国の女王プロメシュームのために生贄となる人間をスカウトしてくることだった!

 ………映画なんか問題にしていてはダメだなんて言っておきながら、またずいぶん古いアニメ映画を持ち出して きてしまった。今の私の職業から想像できるとは思うが、ご多分に漏れず私も中高生の頃はマンガやアニメに夢中になっていた。当時の未熟な私が気づくはずも なかったが、このSFファンタジーは意外にも意味深な内容を持っていたりする。物語に戻ろう………

 ………ところが、事態は急展開する。実はメーテルは小さなカプセルの中に残存している父親の精神とともに母 プロメシュームの機械帝国の転覆をもくろんでいた。間一髪救い出された鉄郎がカプセル(メーテルの父親)を惑星の中心に投げ込むと、惑星を支え続けてきた 生きた部品たちの強固な紐帯は一挙に緩み、機械化母星は内部から崩壊してしまうのであった。

 制作サイドの意図するところは知らないが、「心を持った生きたネジ(部品)」によって構成/組織された惑星メーテルというのは、明らかに私たち自身がそ の中で日々生きている「産業社会」のアレゴリーである。私たちを飽くことなき生産へと駆り立て、ネジや歯車のような部品として人間をその内部に配備する産 業社会…………そこに生きる私たちはまさしく「心を持った生きたネジ」そのものではないか。な んのことはない、銀河超特急なんてものに乗車するまでもなく、私たちは立派な機械の体を手に入れているのである。
 「機械の体をタダでくれる星」を破壊してしまいたいと語った鉄郎は、宇宙海賊キャプテン・ハーロックやエメラルダスといったアウトサイダーたちと同様、 反システム分子である。彼らは人間性を圧迫する機械帝国を打ち倒し、自律的で人間らしい生き方を奪回しようと闘う「祭りの戦士」である… ……。
 唐突におかしなことを言い出したと思うかもしれないが、あながち冗談ではなかったりするのだ。………芸術表 現を私は「祭り」として理解している。しかし産業社会(近代資本主義社会)において「祭り」は、反システム的な闘争としてしかあり得ないと思うのだ。した がって機械帝国(産業社会)に反抗を企てる星野鉄郎は、前節の終わりで提案しておいた言葉、「祭りの戦士」…… …過去の芸術の精神を受け継ぐ「祭りの戦士」なのである。まずそこのところ、もう少し詳しく見て行こう。


 芸術とは「祭り」である………。
 人間が人間であるのは労働することによってであり、それによって私たちは動物を越える存在になったのである。しかし労働するということは生産のための道 具と化すことであり、自らの欲望の直接的な充足を放棄する苦行でもある。近代化以前の社会には、労働することによって蓄積したエネルギーを解放/享受する 時間がシステム的に組み込まれていた。その代表的な例が祝祭(祭り)である。祭りの時間においては、蓄積されたエネルギーは非生産的な形で消費(浪費)さ れるのであった。労働に捧げられた禁止の体系である日常の、退屈で俗なる時間に対して、祭りの時間は労働のための規制からの解放であり、生命の維持への配 慮をも凌駕する危険と歓喜に満ちた「聖なる」時間である。
 祭りにおける歌や踊り、そこに人間の根源的な表現への欲望を見ることができる。時空に繰り広げられる音、動き、形、そして彩り… ……芸術の起源は祭りの非生産的な消費なのである。
 建築や美術はやや事情が違うようにも思える。なるほどたしかに砂漠にそびえるピラミッドの建設には民衆(奴隷)の労働が必要であっただろうし、ビーナス の彫刻の制作は芸術家や職人の熟練労働を抜きに考えられないだろう。しかし古代社会全体に視点を動かしてみれば、ピラミッドや神殿、寺院と言った建築や美 術は莫大な富やエネルギーを放出せずにはつくられ得ない浪費行為であったに違いない。もちろんそのようなモニュメンタルな建築や美術作品の造営には宗教的 な動機や意味付けがあったはずだ。しかし、いずれにしてもそれらはマンハッタンにそびえる巨大ビル群のような、テナント収入を当て込んだ投資として建造さ れた現代の建築とは根本的に意味が違うものである。
 したがって、原則的に芸術表現とはすべて非生産的な消費(浪費)だといえる。

 ところが、市民革命や産業革命という大きな事件を通して準備された近代資本主義社会の成立が事態を変えてしまった。資本制経済は際限なき利潤の追求をそ の本質とする。従来の身分社会が崩壊し、ブルジョワジーが権力を握るとともに社会システムが産業化へ向けて組織しなおされ、ブルジョワにとって無駄の象徴 であった王権や貴族は急速な没落を余儀なくされた。それとともに民衆の間にもブルジョワ的な勤勉………生産中 心的な価値観が徐々に浸透し内面化しはじめた。
 これは非常にドラスティックな感性の変化であった。近代以前の社会は宗教的な「聖なる」価値を中心にすべてが回っていたのであり、俗なる労働の時間はあ くまで「聖なる」祭りの時間を前提にしてのみ考えられていた。人が労働するのは祭りの「聖なる」瞬間のためだったのだ。
 ところが近代社会だけが歴史上はじめて「聖なる」価値を断罪し、生産に………利潤を生み出すための生 産行為………すなわち労働に対して全面的な価値を付与した。…… …結果、私たちは「祭り」の聖なる価値を喪失してしまった

 私たちはこのような感性のコペルニクス的な転回のあとの時代を生きている。それゆえ芸術表現についての私たち自身の視線も高度にブルジョワ的なものに なってしまっている。勤勉な労働倫理が私たちの内面に浸透するに従って、「祭り」は無駄なものとして、無意味なものとしてしか了解されなくなる。(世界各 地に伝統的な祭りがいまだ残っているが、近代化の進行とともに廃れてゆく運命にあるのは明らかである。)つまり非生産的な消費(浪費)は決定的にネガティ ブな価値評価を下されたということだ。したがって「芸術」に対する視線も私たちの近代社会においては、混乱し、疑惑に満ちたものとならざるを得ない ………なにしろ「芸術」はそもそも「祭り」なのだから。
 私たち近代人の日常的な感性は「芸術」(祭り)を理解できないのである。(ピラミッドを作った情熱を、アジアの、アフリカの、またアメリ カ大陸の各地に点在する古代や中世の神殿や寺院、彫刻、絵画などを創り出した情熱と意味を理解できないのだ。何のためにそんなものをつくり出したのだろう か?………というのが私たち近代人の正直な気持だ。エジプトやマヤ、インカなどの古代建築は宇宙人がつくっ た、なんてバカなことを大真面目に言ってる人たちすらいるほどだ。)私たちは芸術や祭りを虚飾、ないしは装飾としてのみ理解する。今や労働に明け暮れる毎 日の生活を癒す清涼剤、気晴らし、興奮とカタルシスをもたらすエンターテイメント………これが近代社会におけ る芸術(祭り)の役割となってしまったということだ。

 だからこそ当然、近代に入ってからの芸術家の活動の意味合いも変化した。もちろん古代や中世の芸術家たちがどんな精神状況で制作していたのか、私は知ら ない。だから少し想像を働かせるしかないのだが………先程も述べたように古代においても制作活動は労働では あっただろう。だがその制作行為は神へ捧げられた「聖なる」アクションである。彼らがつくり出すのは民族の神をたたえる神殿であり神像であるのであって、 それは獲得を目的とした投資のような「俗なる」生産活動では決してなかった。それゆえ建築家や芸術家の仕事は「聖なるもの」のオーラをまとうのである。 (たとえば時代は下るがヨーロッパのルネッサンス期の芸術家たちは、「神のごとき」ダンテだとか「神聖なる」ミケランジェロなどと呼ばれていたという。) 彼らの仕事は非生産的な消費の祝祭的な価値に直結した「聖なる」技であったのだ。
 だが、新興市民階級(ブジョワジー)が力を増すとともに、芸術家たちの仕事は宗教や王侯貴族などの「聖なる」価値への奉仕から、「俗なる」ブルジョワ的 な価値………利潤の追求への奉仕へと徐々に移り変わって行った。たとえば画家はブルジョワジーの家の中の居間 を飾る心地よい絵を描く職人に堕してしまうのだった。つまり、彼らの「聖なる」技から神聖さが剥奪されて、残されたのは熟練した技を駆使した「労働」のみ となったのだ。芸術家の没落はしたがって王侯貴族や僧侶、そして民衆の伝統的な「祝祭」の衰退と軌を一にしている。それはブルジョワが支配する近代社会に おいての「祭り」の喪失を意味するのだ。


 しかしながら「祭り」を志向する人間の情熱は近代に入ったあとも消滅することはなかった。確かに従来の形態での「祭り」は衰退の運命にある。だがまった く新しい形でそれは近代社会の中に再登場した。私はおおまかに言って2つの「祭り」の形態を近代社会の中に見いだす。一つは共産主義社会を目指す社 会革命の運動であり、いま一つは少数のアウトサイダー的な知識人………哲学者、思想家、そしてアバンギャルド (前衛)の芸術家たちによる孤独で流星のようにはかない生命の燃焼であった
 共産主義革命の目的は資本制社会の廃棄である。絶えざる富の獲得を追求する資本制社会は、労働によって獲得/蓄積した富をすべて生産力の更なる向上を目 的とした投資へとまわしてしまう。この社会においては獲得した富を享受(浪費)する機会は永遠に遅延せざるを得ない。この無限のサイクルを決定的な形でく つがえし、獲得/蓄積された富をすべての人が平等な形で享受するための社会システムを構築することが共産主義革命の目的であった(と私は解釈する)。
 したがってこの社会革命が実現した暁には、私たちが失った「祭り」が復活されるはずであった。だが、ロシアや中国で遂行された社会革命によってつくり出 されたのは、結果的に徹底的に管理された「労働」の社会であった。革命と新社会建設の努力とは、いつの日にか実現するはずの夢のための労働なのであって、 やはり労働の果実を享受(浪費)する機会は無限に遅延してしまうのである。(このへんのことに関しては『タコ部屋の青春』第3節で 詳しく述べている。)
 
 そのような事態の中、失われた「祭り」の聖なる価値を奪回する試みは、意外にも孤独で非力に見える少数のアウトサイダーたちによって担われ続けていた。 たとえばニーチェの孤独、ゴッホの苦悩、ランボーの冒険、そしてアバンギャルド芸術家たちのさまざまな試み…… …。彼らの誤解に満ちた特異な生と、孤独や苦悩によって開かれた傷口から絞り出された言葉や色や形は、近代社会の暗灰色の空に異様な明るさ で輝く「聖なる」星々だった。
 彼らはみな芸術のあり方を追求したのだ。しかしその旅路の結末は一般の理解を寄せ付けないマイノリティとしての、アウトサイダーとしての孤独な人生だっ た。つまり芸術(祭り)の精神を徹底して突き詰めてゆけば、非生産的消費を断罪する資本制社会の規範と対立せざるを得ない。その結果、彼らはいわば秩序を 犯した犯罪者のごとく共同体の秩序の外部に追いやられてしまうのだ。はじめにも述べたことだが、生産と労働にのみ価値を見いだす産業社会、経済成長 やらGDPなどという偽りの指標によって豊かさを測っている非人間的な社会の中で、芸術(祭り)を奪回しようとする存在は、『銀河鉄道999』の星野鉄郎 少年のように反システム的な分子にならざるを得ないのだ。これが、近代社会と近代以前の社会における「聖なるもの」、「祭り」のあり方のドラス ティックな、と言っていいほどの大きな違いである。
 しかし「祭り」の太陽の輝きなくして生とは何であろうか………。私たちの産業社会の空は暗灰色だ。光もなけ れば影もない。アウトサイダーの孤独な運命を進んで受け入れた彼ら反システム分子たちこそが近代社会に太陽の輝きをもたらすのだ。自らの生を実験台とし て、資本制社会の規範に真っ向から対立するという賭けに出ることで、世界に光と影を、そして彩りとドラマを導き入れるのだ。
 しかしこの賭けははっきり言ってほとんど勝ち目のない賭けなのである。「生き延び」をその原理とする資本主義社会における成功とは「いかにより多くの富 を獲得できるか」、そしてそれによって「いかに快適に長く生きられるか」、ということになるだろう。しかし、非生産的消費(浪費)の価値を復権しようと志 すアウトサイダーたちの試みは、資本主義の原理からすると没落への道である。
 実際、彼らの人生は成功には程遠いものだった。ニーチェは二十代半ばですでに将来を嘱望された大学教授であったが、古典文献学という学問の枠に自分を閉 じ込めることができなかった彼は、恩師リッチェルを裏切る形で教授職を辞してしまう。健康上の問題を抱えながら大学からの年金で細々とスイスやイタリアを 漂泊しながら思索を続けた。頭痛や吐き気に苦しみ、分厚いメガネの底に目だけをギラギラさせながら町から町へと放浪を続けたニーチェ… ……。絶望的な孤独の中、彼はイタリアのトリノの路上で発狂し、それから十年後の死に至るまで正気が戻ることはなかった ………。
 華々しく大学教授の座に留まることもできたはずだなのだ。だがニーチェはアウトサイダーへの道を選択した。きっと彼自身の思想が大学教授の座にどっしり と腰を落ち着けていることを許さなかったのだ。「聖なるもの」を求める彼の本能が世俗的な成功を拒否し、(最近流行の言葉でいえば)「負け組」への孤独で 危険な道を選択させたのだ。しかしニーチェの言葉はまさにそのような世俗的な社会の秩序の外部からしか発せられ得ないものだったのだ。私たちが今日、彼の 『ツァラトゥストラ』を手にすることができるのは、ニーチェの没落への自己犠牲的な歩みのおかげである。
 ニーチェだけでなくゴッホをはじめアバンギャルドの芸術家たちはみな、この孤独で危うい没落への道を歩まざるを得なかった。したがって彼らの生は好むと 好まざるとにかかわらず闘いの生となる。その闘いの成果を私たちは今、彼らの作品という形で享受している。私たちが『アビニョンの跳ね橋』や『向日葵』な どの絵を鑑賞する歓びは、彼ら孤独なアウトサイダーたちの傷だらけの闘いによってあがなわれているのである。

 だから彼らは近代社会に新しい「聖性」をもたらす「祭りの戦士」なのである。キャプテン・ハーロックが言ってたように「負けるとわかっていても戦わなけ ればならない」ことを知っていたヒーローたちなのである。だがそれにしても、勝ち負けとは……成功/失敗とは一体なんだろ う? 金持ちになることや権力を得ることのような世俗的な「成功」は「祭りの戦士」にとってどんな意味があるだろう。「祭りの戦士」にとっての成功とは、 世界に「祭り」の太陽を輝かせることなのだ。彼ら少数のアウトサイダーたちが近代の灰色の空に妖しく輝いているとすれば、彼らの「負け組」としての悲劇的 な生はむしろ成功者の証なのではないだろうか。

 
 長くなってしまったが何が言いたいのかというと、アバンギャルドたちの試みとは近代(資本主義)社会に新しい神聖(祭り)を導き入れるものだった、 ということであり、芸術表現はそのための方法だったということである。
 だった、と過去形で述べなければならなかったのは、資本は魔物のように貪欲にすべてを商品化し価値増殖運動のサイクルの中にすべてを飲み込んでゆく ………アウトサイダーたちの孤独な闘いの成果をも飲み込み、砕き、消化してゆくからである。アバンギャルド芸 術作品は高額な商品となり、投機の対象となってしまった。さらに資本は先回りをして芸術家を囲い込みはじめる。芸術大学なんてものができて、芸術家の育成 を援助しようとするプログラムが現れる。クリエイターとなる人材の育成………。そこにあるのはアートは金にな る、という資本の目ざとい洞察だ。芸術家(クリエイター)を反システム分子から商品制作者へと改造するというのが資本の新しい戦略なのだ。
 このような状況において「祭りの戦士」もフォーメーションを変更して、資本の裏をとる新しい戦術を編み出さなければならない。「メディアとしての 身体」という私が提案したキーワードはまさにポスト・アバンギャルドの、「神聖」(祭り)を近代社会に導き入れるための新しい戦略なのである

 星野鉄郎が機械化母星を破壊して『銀河鉄道999』という物語は終わった。だが、私たちの「祭りの戦士」の闘いは、終わりなき物語である。「祭り」の太 陽は闘いにおいて流される血をエネルギー源として輝くからである。常に、そして新たに、新しい戦略でもって私たちは闘いの地へ赴くのである。

   


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プロフィール

荒井賢 (Ken Arai)

 住所 埼玉県越谷市
 生年月日 1964年2月15日
 職業 アニメーション背景制作
 連絡先 araiken#mac.com #を@に置き換えてください。



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