泥沼通信

祭りの戦士 @ กลับมาจากกรุงเทพฯ

 

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亡霊退治5 「文化」とは肯定された生の姿である

 前回のエントリーで僕は、「芸術における表現の自由」と「芸術表現からの自由」という二つの問題のうち、前衛(戦士)にとって課題とすべきは後者であり、もはや前者は冷ややかに突き放さなければならない問題にすぎない……と主張しましたが、美術館(当然、そこは権力に貫かれた空間である)などでタテマエとなっているはずの芸術表現の自由とはすなわち、権力はあらゆる多様な芸術表現を認める、ということです。しかしこの自由とか多様とかいう言葉がくせ者で、あくまでもそれは「芸術」の枠の中での自由であり多様なのです。
 あるアクションが本当に自由であり多様であるのならば、それは現行システムの枠をはみ出すポテンシャルを持っていておかしくない。しかしそれが芸術表現(作品)として生の持続から切り離されたとたん、それは商品化が可能になり、資本の論理の中に取り込むことができるようになります。つまり「芸術」は資本主義の権力にとって反体制的エネルギーを飼いならすための文化装置(媒介・懐柔装置)として機能しているのです。権力はそれが「芸術」である限りどんなアクションも危険視することはないでしょう。
 しかし一見、物わかりのいい顔をしている権力も、その面前に「芸術」の枠を越える何らかのアクションが出現したとなれば、氷のように冷たくて憎しみに満ちた視線をそこに注ぐに違いありません。権力にとって「芸術」をはみ出すアクションは無秩序な反乱・逸脱状態であり、何らかのかたちでそれは排除されなければならない……。
 つまり「文化」の多様性という言葉を使うのであれば、本来この「芸術」のカテゴリーをはみ出す部分を含めて多様だというべきなのですが、権力が「あらゆる多様な芸術表現を認める」というとき問題になっているのは、「芸術」の枠内での差異の戯れ=表層的なニセの多様性なのです。ここに今日の「芸術」………ひいては「文化」という言葉の胡散臭さの原因があります。
 今日の権力による巧妙な人間の管理………自己決定の自由や多様な人間のあり方を称揚するが、実のところその自由や多様性は市場での競争というゲームのルールを受け入れる限りで認められるのであり、ここで行われているのはソフトな管理、すなわち「自由という名の隷属」「多様という名の一様」とでもいうものである………の問題と芸術表現の自由の問題は全く同形の問題です。この二つの問題がシンクロしているのは、前衛(アヴァンギャルド)芸術が行ってきたことが、表現の多様性の追求であったことを考えれば当然のことでしょうが……。

 ふと思い出したのですが、かつて僕は格差社会と管理についておもいを巡らしたことがありました。そもそも僕がそんなことを考え始めたのは、内田樹氏の薄汚いおじさん言説を批判しようとしてのことだったのですが、「芸術表現の自由や多様性」という言葉が今日意味するところは、以下の内田氏の文章に出てくる「かけがえのなさ」「代替不能性」と同様の空々しさを持っています。

 「自由競争したら格差ができてしまうのは当然であって、みんな違った生き方をすればいいじゃないか」というのがネオコンの主張であるようだが、私はそんなことはありえないと思う。
自由競争から生まれるのは、「生き方の違い」ではなく、「同じ生き方の格差の違い」だけである。
格差だけがあって、価値観が同一の社会(例えば、全員が「金が欲しい」と思っていて、「金持ち」と「貧乏」のあいだに差別的な格差のある社会)は、生き方の多様性が確保されている社会ではない。それはおおもとの生き方は全員において均質化し、それぞれの量的格差だけが前景化する社会である。
そのような均質的社会は私たちの生存にとって危険な社会である。私はそう申し上げているのである。
それは単に希少財に多数の人間が殺到して、そこに競争的暴力が生じるというだけでない。成員たち全員がお互いを代替可能であると考える社会(「オレだって、いつかはトップに・・・」「あたしだってチャンスがあれば、アイドルに・・・」というようなことを全員が幻視する社会)では、個人の「かけがえのなさ」の市場価値がゼロになるからである。
勘違いしている人が多いが、人間の価値は、そのひとにどれほどの能力があるかで査定されているのではない。
その人の「替え」がどれほど得難いかを基準に査定されているのである。
現に、「リストラ」というのは「替えの効く社員」を切り捨て、「替えの効かない」社員を残すというかたちで進行する。どれほど有能な社員であっても、その人の担当している仕事が「もっと給料の安い人間によって代替可能」であれば、逡巡なく棄てられる。
人間の市場価値は、この世に同じことのできる人間がn人いれば、n分の1になる。
そういうものなのである。
だから、人間的な敬意というのは、「この人以外の誰もこの人が担っている社会的機能を代わって担うことができない」という代替不能性の相互承認の上にしか成り立たない。
だが、競争社会というのは、全員の代替可能性を原理にしている社会である(だから「競争社会」は必ず「マニュアル社会」になる)。
そのような社会で、個の多様性やひとりひとりの「かけがえのなさ」への敬意がどうやって根づくだろうか。


 (垂直的には)格差のみが存在する価値観が同一の社会(=競争社会)は生き方の多様性が確保されている社会ではないと、現行を批判するように見せかけて、今度は同じ現行社会を別の面(水平面)から見直しただけの、代替不能な社会的機能(職業)の多様性こそが生き方の多様性であるかのようにすり替えを行う噴飯もののこの議論には、現行社会の枠組みをはみ出るもの(外部)が全く視野に入っておらず、まさに「芸術」のカテゴリーの内部でのみ咲き誇っている差異の戯れのごとき表層的な多様性しか問題にされていません。「かけがえがない」だとか「代替不能性」だとかいう言葉は、最近よく巷で耳にする「命の大切さ、家族の大切さ」とか「美しい日本」みたいな美辞麗句同様、とうに実体を失ったものの虚しさを埋め合わせするために使われる無内容な……すでに新しいものが視野に入ってきているにもかかわらず、そこから目を逸らさせ、過去の遺制につなぎ止めようとする、不気味でイヤらしい言葉です。

 そして、内容のない虚しさを埋め合わせてるとしか思えないという意味では、「芸術(亡霊)」をめぐる言説も内田氏のような保守派の言葉に負けず劣らず、僕にはひどく苛立たしいものです。たとえばネット上から適当に拾ってきた美術評論の文章の一部なのですが………

 母胎からの分離、生を受けるという絶対的な暴力。ベーコンが惹きつけられていた“叫び”とは、私たちが母胎から引きなされたときにあげる「産声」という叫びにも通じているのではないだろうか。私たちは誕生することによって輝かしい未来に包まれるのと同時に、多くの背負いきれない現実を贈与される。そして、思春期をむかえ、生物としての必要不可欠な機能が成熟するとき、私たちは動物的な自分自身を自覚せざるおえない局面を迎える。リピドーに翻弄され、欲情するとき、私たちは動物としての現実に直面する。そして、その存在規定は、私たちを激しく動揺させる。(ちなみに出典はここ


………美術評論のこうした華麗なジャーゴンが、「芸術(亡霊)」のまわりを人魂のように飛び交っています。このような評論家たち、美術ジャーナリズムの働きによって、どうでもいい表層の差異(亡霊の活動)は、何か「かけがえのない」深遠な意味を持つ営みのごとく錯覚させられます。腐臭漂うゾンビが、人魂の青白い光を受けて、まるで生あるもののごとくに動き出すというわけなのです。
 気をつけなければいけないのは、他ならぬ僕らまでがうっかり「芸術(亡霊)」の罠に引きずり込まれてしまうことです。モダンで立派な美術館に威圧され、まず僕らは催眠術にかけられてしまいます。それだけでもう神妙な気分になり、時代の先端の文化に触れたような気になってきます。気がついてみれば亡霊たちのダンスに巻き込まれ、評論家たちとともに、絶叫するひしゃげた人物画の中に「存在論的欲望」やら「芸術と社会をめぐるパラドックスめいた関係」なんてものを垣間見ちゃったり、無造作におかれたオブジェに「芸術の普遍性への批判的視線」とやらを見い出しちゃったりする始末です。
 いいか、みんな! 僕らを死んだはずの「芸術」に引き戻そうとする亡霊たちのおしゃべりには絶対に騙されるんじゃないぞ! そんなところに「文化」はないんだ!

 ようするに権力のお先棒を担いでいる内田樹氏の言葉(これもジャーゴンです)も、「芸術(亡霊)」をめぐる文化機関や言説も、どちらも生を囲い込もうとする働きをしているのです。しかし、生とは規定され尽くしたり、囲い込まれ尽くしたりすることのない、はみ出すものであるはずです(まあ、これもひとつの規定ですが……)。囲い込み、取り込もうとする権力にとってそのような生は、いつだって無秩序で破廉恥な様相を呈します。逆に、僕らが生を肯定し、生そのものであろうとするなら、それら囲い込みを意図した権力の繰り出すさまざまな魔術は、突破しなければならないものとして僕らの前に姿を現すでしょう。熱い血潮が体内を駆け巡っている生ある者には、この魔術や亡霊の正体がはっきりと見えて来るのです。
 前衛(戦士)であるということは、生を肯定する(はみ出し、多様であること)ことに他なりません。資本主義社会において「文化」を創るのは「前衛」だ……と僕は語ってきました。……ということは、「文化」とは生の肯定そのものであるところの、その姿かたちのことであると言えるでしょう。そうであるなら「文化」は必ずしも芸術表現という形をとる必要もない……問題なのは、いまこの瞬間に生を肯定することなのです。
 だから、僕らは巷にあふれるいわゆる「文化」を警戒しなければなりません。権力の行っていることは、過去の文化(の抜け殻)や亡霊たちを活用・組織し、「芸術」という遺制に僕らを引き戻し、「文化」のなんたるかを混乱させることで、現在の生を潰し、一元的な資本主義の商業の論理に解消させてしまうことに他ならないのです。それに対し僕らはブレることなく、「文化」とは肯定された生の姿である、と言い続けなければなりません。そして、生を肯定する僕たちは必然的に、権力に利用されてしまっている過去の「文化」を救い出し、現在を満たしている「亡霊」たちを退治する(反抗する)戦士でもなければならないのです。

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亡霊退治4 『アシッド・キャピタリズム』を読む(後編)

 前回までのエントリーでは僕の目を覚ましてくれた師匠である小倉利丸氏にちょっとからんでしまったわけだが、その後、雑誌『現代思想』(1997年5月号 特集 ストリート・カルチャー)に掲載されている小倉のエッセイ……『都市空間に介入する文化のアクティビスト』を読んでみて、注目すべき新たな思考の展開が見られ、ちょっと引き込まれてしまった。パブリック・アートの可能性について論じているこの文章の中に、ラジカルな前衛としての小倉の顔を見ることができる。
 いままで僕は小倉の文化論の中に、暗に「芸術」のカテゴリーを肯定しているリベラルな一面と、「芸術」を乗り越えるべきだとするラジカルな一面が同居していると指摘してきた。別の言い方をするなら、一方は「表現」の自由を、もう一方は「表現」からの自由を求めるものだと言えるだろう。……この同居が僕には甚だ面白くないのである。
 しかし、このエッセイにおいては、リベラルな一面は影を潜め、結論としてしたためられた『カテゴリーとしてのアートの有効性はあるのか』という一節において、小倉のラジカルな問題意識がクローズアップされている。少し長くなるが、エッセイの最後の部分を書き出してみることにする。小倉はコーア・ブロックという評論家の、パブリック・アートが権力の道具と化してしまう危険性……都市空間における権力の正当性を視覚的な表象において補完する手段に堕してしまう危険性の指摘に同意しながらこう続けている。

 ………コンテンポラリーなアートのもつノマド的性格とパブリックな空間との間のある種のジレンマにブロックは気がついている。そして更に彼は、次のように疑問を一歩先へ進める。もしアートが公共的な空間において、何等「意味」ある存在となりえないのであれば、結局アートは、ごく限られた閉鎖的なサークル、つまり「ミュージアム」と呼ばれる空間の中でしか生きられないのか。言い換えれば、この少数のアートに理解あるサークルを越えたアートとして存在することにどのような意味があるというのか。ブロックは、公共的な空間の中で権力に組み込まれない意味性を獲得できないのであれば、せいぜいミュージアムの中で余命を保てばよいではないか、といいたいのではない。ミュージアム自体も公共空間のある種の変種として、権力のポリティクスの場を構成することから逃れることはできないからだ。むしろそれならば、滅びるという道もあるのではないかとブロックは言いたいのだ。「なぜアートが恐竜のように絶滅することに対して不安を感じるのか。過去からの切断に不安を感じるが故に、アートと呼ばれるものにしがみついているのではないか」というブロックの問いかけは、アートの社会的機能の真理の一面をうまく言い当てている。
 多分、このブロックの批判は、アクティビストとしてのアーティストの生き方や作品の提示の仕方の中にその答えの一端を見出せるだろう。つまり、文化的なアクティビストたちの行為(パフォーマンス)は、もはやパフォーマンスとはいえないかもしれないし、この作品は現実の都市空間の中で日常生活や政治的社会的な主張として具体的な機能を果たしているものであって、それをあえてアートというカテゴリーに括ることには意味がないという場合もあるからだ。いやむしろ、政治的な主張や現実に解決しなければならない問題に対する意思表示も、それが「パフォーマンス」という範疇に組み込まれた瞬間から、それはあらゆるリアリティを剥奪されて、解決の必要のないアーティスティックな表象へと回収されてしまうかもしれないのだ。
 ニューヨークのセント・ジョーンズ教会の前をデモするホームレスの一人が、「これはパフォーマンスではない」と書いたプラカードを掲げていたことにエイドリアン・ハイパーが大きな衝撃を覚えたのは、まさに文化的アクティビズムの限界をこのプラカードが示しているからに他ならない。パフォーマンスによって、文化的な表現を押しだそうとするのがアクティビストだとすれば、逆にパフォーマンスであることを拒否するのがホームレスなのだ。ここにはアーティストであることと生活者であることとの間に解決されねばならない切断が示されている。これは、決して一つの例外ではない。問題は、アートや文化的な表象を成り立たせるために引かれたカテゴリーの線分を新たに引き直すこと、あるいは大胆にそうしたカテゴリーを拒絶する方法を編み出すことにあるということなのである。しかし真の問題は、このように問題を語ることではなく、実践することにあるということもまた明らかである以上、言葉の終わるところからしか新たな出発もない。
 アートは世界をさまざまに表現してきた。しかし問題は世界を表現することではなく、それを変えることにある。19世紀に形而上学者に対して発せられた警句をこのように改訂して掲げたとしても、決して的外れではない。文化のアクティビズムとはまさにこうした課題を担うことなのである。


 そうです! これです。小倉先生……僕はこの言葉を待っていたのです。とうとう先生は目を覚まし、戦士の剣を引き抜いてくれたのですね。この文章を読んでようやく僕は溜飲を下げることができました……。でもどうでしょうか? きっとこのように戦士として前衛の立場に立ったからには、もうリベラルな美術館での自由なんてことにはさして興味がなくなったのではないでしょうか………?
 『アシッド・キャピタリズム』の出版は1992年のようだから、この新しい論考を書くまで5年以上が経過していることになる。その間に小倉の考えに進展があったということなのか、その後の彼の文化論を読んでいないので何とも言えない。(機会があったら調べてみたい。)いずれにせよこの論の進展は僕には喜ばしいことだ(……というかホッとしたと言ったほうが正しいかもしれない)。
 ………だがちょっと待ってくれ。確かに小倉のこの言葉にケチをつける気はない……しかし「芸術」の絶滅という事態、そして「芸術」というカテゴリーを拒絶し「文化」を成り立たせるために引かれたカテゴリーの線分の引き直す……といった認識や実践の方向性は、半世紀も昔にシチュアシオニストによって提出されていたことじゃなかったのか……。もちろん小倉はシチュアシオニストを読んでいるし、紹介する立場にすらあったはずだ。「芸術」のカテゴリーの乗り越えこそはシチュアシオニストの活動のコンセプトのかなめであり、出発点でもあるはずなのに、何だってこの肝心なところを小倉は長いこと読み落としていたんだろうか?

 シチュアシオニストの運動のルーツは、アヴァンギャルド芸術運動と左翼思想(マルクス主義)の二つであるわけだが、シチュアシオニストを問題にしてきたのは基本的に左翼思想家たちだったといっていい。そのせいでアヴァンギャルド芸術の流れでシチュアシオニストの活動を理解する面が欠落しがちなんじゃないかという気がする。この一面をないがしろにすると、おそらくシチュアシオニストは風変わりな(ふざけた)社会運動という評価に落ち着くだろう。
 シチュアシオニストがアヴァンギャルド芸術から受け継いでいるものは、その前衛精神……つまり、常に最前線に立つ戦士でありたいという欲望に他ならない。その欲望と決断が、ピンと張りつめた爽快な緊張感としてシチュアシオニストの無形の活動を貫いている。シチュアシオニストの内面を貫くこの緊張を見落として彼らの活動を語るわけにはいかないのだ。
 僕の見るところ、どうも小倉をはじめ左翼の思想家はこのアヴァンギャルド芸術以降も脈々と流れ続ける前衛精神に疎いんじゃないかという気がしてならない。でないと、シチュアシオニストがまさに拒否し、乗り越えようとしていた「アート」を無邪気に評価することができる理由がわからないのだ。

 小倉利丸がヨゼフ・ボイスの限界を指摘していた『社会に介入するアート』というエッセイの後半部は、シチュアシオニストについての考察となっている。ボイスの限界を突破したのが、まさしくシチュアシオニストであった……という具合に来るのかと思ったら、意外にも小倉によるシチュアシオニストの評価は、基本的に肯定的ではあるが、微妙に渋いものだった。
 小倉はボイスと同様にシチュアシオニストの活動の限界を指摘してみせる。小倉はこう書いている……

 しかし、IS(アンテルナシオナル・シチュアシオニスト)はやはり、政治と文化の溝を運動の内部の課題としても解決できなかった。それは、62年という比較的早い時期に分裂を引き起こしていることによく現れている。多分、62年以降のISは、マルクス主義の影響をより大きく受けるなかで、マルクス主義の重大な限界でもある文化的なアヴァンギャルドに対する政治の優位という発想を克服できなかった。初期のISがもっていたサイコジオグラフィ(心理地理学)、ずらし(転用)、漂泊(漂流)、統一的アーバニズム(統一的都市計画)といった理念は、結局、労働評議会の思想やルカーチの物象化論とは十分に融合されなかった。


 ……このあたりの検証は追々やってゆくつもりだが、小倉のこの見方には疑問がある。シチュアシオニストはシュルレアリスムの批判的な継承者であり、政治の問題と文化の問題は分割されることのない一つのものであるというブルトンの重要な主張は、そのままシチュアシオニストの主張でもある。したがって出発点においてシチュアシオニストには埋めなければならない「芸術運動と政治・社会運動との間の溝」という分断はそもそもないはずである。彼らにとっては文化・芸術運動はそのまま政治・社会運動であり、その逆もまた真である。つまり小倉が文化運動だと理解している、漂泊や統一的都市計画などの技法やビジョンはシチュアシオニストにとってはそのまま政治的なアクションでもある。また、68年の擾乱の季節が近づくにつれ、体制に対する異議申し立ての直接行動(パンフレット、反抗的スローガンの配布など)へ転換してゆくシチュアシオニストの活動は、優れて文化的なアクションであって、「芸術」のカテゴリーの乗り越えを意図して創出された、漂流や統一的都市計画などのコンセプトを貫く理念からのブレは全く存在しないと考えるべきだ。
 シチュアシオニストが考えていたのは常に、日常的現実に介入し祝祭的な状況を構築することだったはずだ。おそらくは68年5月が近づくにつれ、大きな祝祭のおとずれの予感が彼らにはあって、擾乱を共鳴的に拡大する分子的な直接行動に向かって行ったのではないだろうか………。少なくともこれを文化的活動の政治活動への従属とはとらえてはならないと思う。
 まず、「文化・芸術」と「政治」を対立する別のものと考え、その融合をはかろうという発想そのものが、カテゴライズされた「芸術」概念を前提にしているわけで、これではどうあがいても「芸術」の乗り越えを活動の出発点としているシチュアシオニストの活動の意味に迫れるはずがない。「文化的なアバンギャルド(特にシュルレアリスム)」がマルクス主義に突きつけていたのもこの問題だったというのに、肝心の小倉がこのありさまでは、「マルクス主義の重大な限界」なんて突破できるはずがない。逆に、小倉がこのような見解に陥ってしまうところに、シチュアシオニストがもつ前衛精神………常に最前線に立つ戦士でありたい………という欲望や情熱を左翼思想家である小倉が受け止めきれていないということを見ることができる。いや、このへんの事情を理解していないのは小倉だけではなく、左翼思想家の中にけっこういるんじゃないかと思うのだ。シチュアシオニストを理解できるかどうかは、前衛(戦士)であるかどうかをはかるひとつの試金石だといっていいと思う。
 もっとも小倉のこの考察は15年も前になされたものであり、当時シチュアシオニストの情報なんてほとんどなかったし、もし上で述べたように小倉がラジカルな前衛の立場に立つようになったというのであれば、シチュアシオニストの新しい読み方も可能になるはずだ。上で引用した『都市空間に介入する文化のアクティビスト』の中で、まさに小倉利丸は語っているではないか………『文化的なアクティビストたちの行為(パフォーマンス)は、もはやパフォーマンスとはいえないかもしれないし、この作品は現実の都市空間の中で日常生活や政治的社会的な主張として具体的な機能を果たしているものであって、それをあえてアートというカテゴリーに括ることには意味がないという場合もあるからだ。』と……。ここで言われている「文化的なアクティビスト」の活動のあり方は、どう考えても「シチュアシオニスト」のそれと全く同一のものである。どちらも文化=政治という分割不能なひとつの反抗的アクションに自らを賭ける前衛………すなわち「祭りの戦士」なのである。



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亡霊退治4 『アシッド・キャピタリズム』を読む(中編)

 小倉利丸の『アシッド・キャピタリズム』にはアート(美術)と社会(権力)の関わりについてめぐらされた論考が、『社会に介入するアート』の他にも二つ、『支配的文化と逸脱する表現行為』、『不快という快楽』というタイトルで収録されている。前者は80年代アメリカの、後者では日本の美術館での逸脱的表現行為とそれに対する権力側からの検閲や弾圧について詳しく分析されている。僕は小倉が紹介しているアーティストたちについて名前すら知らないので、図版と彼の記述に頼って最近(でもないが)のアートシーンを眺めることになった。
 とにかくこれらの文章を読んでまず感じたことは、小倉が話題にしているのは基本的に「芸術(亡霊)」に終始しているということだ。何だってこんな退屈な亡霊たちの作品の象徴や意味するところを詳細に分析・解釈してるんだろう? そんなことしたら亡霊たちの罠にはまるだけじゃないか……というのが第一印象だった。

 逸脱的な芸術表現に対する検閲の問題は、もちろん昨日今日に始まったことではない。古くは19世紀末(たとえば印象派のマネの『草上の昼食』のサロン落選)の頃から出現している。前衛芸術の歴史がコード破り……すなわち逸脱の連続であったとすれば、”芸術イコール前衛(アヴァンギャルド)芸術”というかたちが成立し始めた時代に検閲問題が登場してきたのは当然なのかもしれない。
 つまり当時から美術館は芸術の価値を評価し、その価値から外れるものを検閲する文化装置として機能する権力に貫かれた空間だったわけで、だからこそその空間は(アメリカなり日本なりの)現行社会がその上に成り立っている支配的価値や排除の構造を表現する場でありうる。
 したがって小倉がここで検閲の例にあげている、アメリカにおける反キリスト教的な表現や性的マイノリティの逸脱的表現、また日本における天皇をめぐる「不快な」反権威的表現が美術館などで検閲の対象として浮上してくるのは驚くべきことではない。
 またアメリカにはNEAという無名の新人アーティストを資金援助する公的な制度があるらしく、援助するアーティストを選択する時点における検閲強化の動きを小倉は問題にしている。しかし、このような制度や基金が文化の振興を意図して企画されていると考えるのはあまりにもナイーブだろう(僕は資本主義社会における文化を「反抗すること」だと考えているので、体制が文化のために資金を拠出することを想像することができない)。仮に建前上はそうだとしても実際には資金を提供する団体なり組織なりの文化観に大きく影響を受けるだろうし、現行を再生産すること以外の目的で気前よく資金を提供するとは思えない。つまりこのような資金援助の制度も美術館などとセットで文化装置として機能しているのだ。だから、このような資金援助をめぐって検閲が生じるのもまた当然のことだといえる。
 とはいえ、芸術表現が自由であるべきものであり、自由であるゆえに価値をもつのだとすれば、美術館が芸術のためのものである限りこのような検閲は美術館そのものの自殺行為だといえる。逸脱こそが芸術の歴史を作ってきたのであればなおさらである。したがって美術館は自由な空間であるべきだという、小倉が行っているようなある意味リベラルな「解釈の権力」の批判を理解はできる。が、前衛(戦士)はこのような批判や抵抗にはさして興味がない………前衛が求めるのは、美術館が自由な空間であることなどではないのだ。それを求めることは「芸術」というカテゴリーをまず認め、肯定することをも意味する。そうではなく、前衛はヨゼフ・ボイスもいっていたように「芸術」のカテゴリーを拒否し、乗り越えることを求めるのだ。
 というのも、かつて(第二次大戦以前のアヴァンギャルド芸術の時代まで)「芸術」は前衛たちの活動の場として機能しえていたが、ダダ・シュルレアリストたちは資本による囲い込みから逃れるため「芸術」というカテゴリー自体を廃棄せざるをえなかった。おそらくその時点でアバンギャルド芸術は終わったのであって、僕らが生きているのは「芸術」の死滅以降のエポックである。現在、「芸術」はむしろドゥボールが言っていたように、システムの規範から逸脱する体制転覆的な分子を、個人としてアーティストという枠に囲い込み、いわゆる文化(スペクタクル)として消費させるための装置となってしまっている。「芸術」をめぐる様々な文化的機関……美術館や若手アーティストの援助基金など……も、基本的にそういった資本のイデオロギーを補完するものとして機能していると考えるべきだ。

 繰り返すが、僕が言いたいのは、小倉が「ボイスは解釈の権力から逃れることができなかった」と彼の限界を指摘するとき、あきらかに「芸術」のカテゴリーは拒否され乗り越えられるべきものとしているはずなのに、その一方で上のように「芸術」のカテゴリーを追認するリベラルな発言をしていることが理解できないということなのだ。このようなことはあってはならないのではないかと思う。「芸術」のカテゴリーを乗り越えようとするものは、「芸術」のオーディエンスにはなれないはずだ。評論家も「芸術」の鑑賞者ではなく、前衛(戦士)として発言しなければならない。
 前衛の立場に立つ僕にとって「芸術」は退屈なものでしかない。だからそれらは「亡霊」として断罪すべきだと思っている。たとえそれが高度な技術と労力をこらし、どんな表現上の変革をともなっていようとも……、またそれがマイノリティへの差別を告発し、警察による弾圧を受けるほどに反権力的な抵抗を内包する表現であったとしてもだ………。

 アーティストや芸術作品を僕は「亡霊」と呼び、批判をしているわけだが、実際にはその亡霊たちに共感を抱いてさえいる。とりわけ『支配的文化と逸脱する表現行為』という文章のなかで小倉が紹介しているような、権力による弾圧への抵抗やマイノリティ差別の告発をするアーティストたちなどは応援したくなってもくる。キリスト像に尿をひっかけた作品、自分の肛門に鞭の柄を突っ込んだセルフ・ポートレイトを展示するゲイのアーティスト、ビルボードの商業広告のゲリラ的な改竄、ステージ上で裸になり排泄行為やマスターベーションを行う女性パフォーマンス・アーティスト………などなど、こういった激しい背徳的な表現行為を企画する情熱や勇気には恐れ入ってしまう。しかしその情熱は、「芸術」として「表現」されるしかなかったのだろうか……。「表現行為」だなんていうキザで重苦しい言葉が逆に生々しいコミュニケーションのかたちをスポイルしてしまっているのじゃないか?
 小倉の紹介しているアーティストの中にもアートの商品化への抵抗をモチーフとして活動している人がいる。とくにモノとしての作品の制作を目的としないパフォーマンス・アーティストにその傾向が強いようだ。たしかに彼らが提示するのは無形のアクションであり、ときには美術館やギャラリーなどの閉鎖的な空間を飛び出し、ストリートや広場などのパブリックな空間でそのアクションを繰り広げる。しかしそれが「表現」としてアーティストの生の全体から切り離され、アーティストが「表現者」としてオーディエンスと切り離されたとたんにそのアクションは作品化し、事実上、商品として資本の獰猛な胃袋の前に捧げられてしまっている。
 すべては商品化しうるものだ……資本への回収を逃れることのできるものなどなにもない……とは言える。またそのように分離された「表現」が見るものに激しい情動を巻き起こす可能性も否定はしない。しかしもっと自然でストレートなコミュニケーションのかたちがあるはずだ………パフォーマンス・アーティストが美術館の閉鎖された空間を脱したとしても、「芸術」や「表現」といった宇宙服を着てストリートに降り立つのならば、その「表現」は美術館に陳列された額縁つきの絵画とどうちがうというのだろう。アーティストの「表現」が挑発的で過激であればあるほど、「芸術」の枠が目に見えぬバリアとなって痛々しく浮かび上がってくる。(小倉が行っているような)その「表現」がどんな意味を持ち、どんな批判精神を示すものであるか……といったような謎解き的な解釈以前に、前衛の目の前に許し難いものとして現れるのはこの「芸術」という名のバリアなのである。文化なるものがあるとすれば、いまや僕らはこのバリアを越えたところにそれを見いだすべきであって、「亡霊」の分析や解釈はすべて資本に奉仕する目くらましだと言い切ってしまうべきなのだ。「芸術」とそれを取り巻く評論家や文化機関は、御用文化(スペクタクル)装置である、と言わなければならない。

 小倉利丸は、ドイツの女性パフォーマンス・アーティスト、ジークリンデ・カルンバッハという人を紹介している。小倉は彼女のパフォーマンスに触れて、その激しさ、社会的な問題意識、記号的と言ってよいわかりやすさを評価する。

 ………彼女のパフォーマンスは、その意味で、非常にわかりやすい。誰にでもわかるものだともいえる。逆にわからないことや意味への依存を嫌う芸術のコンテクストの中では、評価は低くなる。しかし、アートを政治や社会の文脈から切断して評価したり、解釈すべきであるという前提を彼女のパフォーマンスは最初から否定しているから、批評する側は最初から彼女の突きつける問いに回答することをせまられる。美的な様式に還元できない彼女の方法………そして最近の多くのパフォーマンス・アーティストにもいえることだが………は、むしろ見るもの、批評するものにアートの既成概念の突破を要求している。もし、日本におけるアートシーンの保守化があるとすれば、それは、アーティスト本人に責任を負わせられるものではなく、同時に見るものにもその責任があるといえる。


 ……奇妙な文章である。カルンバッハについての評価は置いとくとしても、「見るもの、批評するものにアートの既成概念の突破を要求」するのであれば、結局のところ美的な「表現」に還元されてしまうアートの既成概念を突破した地点で活動すべきだと思うし、まずもってその活動は観客的な「見るもの」「批評するもの」を前提とするべきではない。したがって責任を云々するというのであれば、アーティストと見るものの分離を前提として活動するカルンバッハと、「日本におけるアートシーン(文化)の保守化があるとすれば、それは、アーティスト本人に責任を負わせられるものではなく、同時に見るものにもその責任があるといえる」などと、前衛から一歩退いた地点から「芸術」について語る小倉にまず責任を感じてもらいたいものだと、僕は思う。

   


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アート・建築・デザイン 29
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旅行・タイなど 60
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プロフィール

荒井賢 (Ken Arai)

 住所 埼玉県越谷市
 生年月日 1964年2月15日
 職業 アニメーション背景制作
 連絡先 araiken#mac.com #を@に置き換えてください。



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