泥沼通信

祭りの戦士 @ กลับมาจากกรุงเทพฯ

 

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Category: 思想など   Tags:  思想  

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ヘーゲル講義

 私が初めて読んだ哲学書はショーペンハウアーだった。ご存知の通り彼はヘーゲルを終生敵視していた。その影響か、私も読みもせずにヘーゲル嫌いになってしまった。「理性的なものは、現実的である」とか言って、現状肯定し、どっかりと大学教授の座に腰を落ち着けているなんて哲学者とはいえない。本物はいつもショーペンハウアーのように世間に理解されず孤独な生を送っているものだ、、、というイメージが私の中に出来上がって、重厚な知の体系であり難解そうなヘーゲルの哲学には一生興味など持たないだろうと思っていた。
 しかしマルクスなんか読むようになると、弁証法という言葉とともにヘーゲルが否応なしに視界に入ってくる。で、何年か前「精神現象学」を手にしたのだが、もう序文だけで降参、、、さっぱりわからなかった。入門書なんかも読んでみたが、いまいちヘーゲルの面白さが伝わってこない。その哲学の重要さは誰もが強調しているにもかかわらず。
 コジェーヴの「精神現象学講義」については、岡本太郎の自伝を読んだときから知っていた。だからある日、図書館でコジェーヴの本を見つけたときは、おお!と思った。早速借りてはじめの方を読んだのだが、読書に割く時間に恵まれず、瞬く間に2週間以上が過ぎて図書館に返却しなければならなかった。しかもリクエストが入っていたらしく、貸し出し期限を守ってくださいと、司書の人におこられてしまった。チクショウ! こんな本買う金ぐらいオレだって持ってるんだ! と無性に腹が立って大型書店に直行し、衝動的に分厚いコジェーヴの本を買ってしまった。。。。もっともそのままその分厚さに怯えてページを開く機会はなかったが(笑)。

 今回タイに来るとき日本からこの分厚いのを持ってきて、途切れ途切れではあったが何とか読みきることが出来た。読後の印象はといえば、同じぐらい分厚いネグり&ハートの「<帝国>」が華麗な絵巻物のような味わいだとすれば、こちらはきわめて骨太でシンプル、かつストレート、といったところか。
 でもそこがいい。華麗なパスワークで相手を翻弄するサッカーチームに対して、コジェーヴのイメージは、どちらかといえば体力任せに、愚直なほどシンプルに効果的な攻撃を繰り返してゴールを陥れるチームのようだ。こういうチームのサッカーは一見面白くないんだけど、得点という攻撃の目的からのブレはない。
 コジェーブの講義の特徴もこのブレのなさだ。このシンプルなブレのなさはいったいどこから来ているのだろう。ヘーゲルを徹底的に読み込んでいるという自信からだろうか? こう読む以外の解釈なんてありえないと言わんばかりの力技にも見える。もちろんヘーゲルを呼んだことのない私にこの「読み」が妥当なものなのか知る由もないが、コジェーヴによって描き出されたヘーゲルの思想はダイナミックで人を惹きつけるものがある。そうそう、私はこういうヘーゲルの魅力を余すところなく伝えてくれるヘーゲル入門が読みたかったんだ。
 面白いのは「ヘーゲルの講義」と称しているにもかかわらず、コジェーヴ自ら抉り出したヘーゲル思想の骨格にそぐわないヘーゲル自身の言葉を批判すらしているところだ。この講義からはコジェーヴの並々ならぬヘーゲルへのリスペクトが感じられるが、それにもかかわらず率直に、一切ブレることなく自らの「読み」に殉じているあたりが爽快だ。当たり前のことかもしれないが」読む」とはこういうことでなければならないと改めて思った。ようするにたんなるヘーゲル講義というより、ヘーゲルをおかずにしたコジェーヴ思想の開陳ということになるのだろう。いずれにせよ私はこの講義によって、ヘーゲルへの興味を掻き立てられ、嫌いだったヘーゲルを読む勇気をも与えられたことは間違いないようだ。

 繰り返すが私はヘーゲルを読んだことがないので、コジェーヴの「読み」について何かをいえる立場にはない。だから単純に感じだことだけをいくつか書き留めておくだけで終わりにする。
 まず、メシを食うことを、「食物を否定する」と表現するのにはちょっとビックリ。メシを食いながらオレは今、否定しているのか、、、と考えるとなぜかメシが不味くなる。
 私たちは自らの人間性というものを、私たちの抱いている欲望なり観念なりを現実{外界)を否定し作り変えて、現実の中に実現することなくしては証明できない。。。という意味の言葉が再三にわたって講義の中に出てきたと思うが、これを読むと、いてもたってもいられなくなるような感じで、ケツがムズムズしてくる。
 宗教のイデオロギー性についても再三語られている。宗教が幻想であることは、民衆のアヘンであるなんて言われなくてもわかりきったことだが、ヘーゲルの世界史的パースペクティヴのなかで捉えなおすとまた新鮮だ。イデオロギー論の源泉を見たような気がした。

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Category: 記憶の底から   Tags: 旅行  韓国  思い出  

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ソウルの安宿

 初めて私がバックパッカーという旅行の形態を知ったのはソウルのデーウォンという旅館でのことだった。プサンから韓国に上陸し、バスを乗り継ぎソウルにやってきて、この、世界中からバックパッカーが集まるとガイドブックに紹介されていた安宿に泊まった。中庭のある韓式の旅館で白人の旅行者が多かった。ギターを弾く者、洗濯をする者、みな思い思いに過ごしていた。まあはっきり言って、初めての海外旅行で韓国人のワイルドさに圧倒され続けていた私には宿の外での生々しい韓国体験のほうが印象深かった。しかしおかしなもので、この宿で見聞きした事柄は、数年後になって私の人生に影響を及ぼし始めるのだ。

 もちろん日本人も何人かこの宿に泊まっていて、2〜3人の旅の先輩から自慢とホラの混じった旅行体験を聞かされた。今までいくつくらいの国を旅行したんですか? という私の問いへの答えは驚きだった。韓国や台湾から始まって、東南アジアを経てアフガニスタンにまで及んでいて、両手で数えられる国の数をとっくに超えていた。しかも日本を出てから2年だか3年だか帰国もせずにアジアを放浪し続けたというのだ。私よりちょっと年上の見た目ごく普通の二十代後半の男だったが。。。そんなすごい旅にどんな大金がかかるのだろうと思ったが、アジアの物価は安いから大して金はかからないというのだ。
 円高という言葉は中学生のころから耳にしていた。それは海外旅行に大きな恩恵を与えるものらしいということも知ってはいた。しかし私の家は貧乏だったし、私自身の稼ぎも微々たるものだったので、長期間の海外旅行を私がしうるなどということは想像もできないことだった。しかし韓国に来てみて、日本から持ってきた10万円の価値に驚いていたところだ。食費、宿泊費、交通費、、、いくら使っても金が減ってゆかない。国と国の間の経済格差とはこういうものなのか、と私も実感しはじめていた。そのうえタイやインドへゆけば韓国以上に物価が安いというのだ。
 私にもアジア放浪が可能なのだ。。。いろいろな社会や文化をこの目で見たり、いろいろな国の人々と触れ合うこともできるのだ。一人で外国へ渡って自分の精神を鍛えることができる。また自分を普段軽く扱っている友人たちに対して、ひとり冒険に出かける自分を見せつけ、アッと言わせることだってできる。。。などなどさまざまな思惑が自分の中に渦巻き始めるのを感じた。ソウルの安宿で私の中に新しい欲望が生みつけられ、人生の新しいページが開かれてゆく予感にときめいた。

 夜、旅の先輩たちに飲み屋に行こうと誘われた。ソウルの裏路地にある飲み屋で、よりディープな旅行話を聞いた。印象に残っているのはタイで売春婦を自分のホテルに連れ込み、一緒に夜を過ごしたという話だった。その手の話は現在の私とってはどうってことないのだが(笑)、初心な当時の私には、海外で現地の女と戯れる様が妙にイカシたものに感じられた。連れ込んだ女が自分の腕枕でそのまま眠ってしまって、朝になったら腕がしびれていた、なんて話がなぜかうらやましかった。エイズという病気が広がり始めたころだったが、病気なんか気にしないよと、ナマでやってることを自慢げに語っていた。そのリスキーさがまたイカシてるように思えた。
 よし、このままイテウォンに女を買いに繰り出すか! という話になった。一瞬、身体の中に緊張が走った。結局その話は実現することなく終わり、私はホッとした。キーセン観光という言葉に日本人の不潔さのみを感じていた。まだまだ私は初心だったのだ。

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プロフィール

荒井賢 (Ken Arai)

 住所 埼玉県越谷市
 生年月日 1964年2月15日
 職業 アニメーション背景制作
 連絡先 araiken#mac.com #を@に置き換えてください。



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