泥沼通信

祭りの戦士 @ กลับมาจากกรุงเทพฯ

 

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現象学的還元についてのメモ その2

 インターネットというものはありがたいもので、読みたい本が手に入らない環境でも探せば面白いものを引っ張り出してこれるものだ。前回、現象学的還元について、『(先入見を露呈させる)還元行為は、<自分がありうるであろうもの=外部>のパースペクティヴを持つことと同時的に行われるのではないかと私は思う。そのような外部のパースペクティヴ(価値)がなければ、<負わされた条件づけ>への没入から距離を取れるとは思えない。』と書いた。つまりこれは「還元の動機」の問題として、レヴィナスが、フッサールら現象学の先輩方においてほとんど考究されていないと指摘し、批判するところである。
 そこらへんの事情を、ネットで釣れた以下のありがたいテクストに学ばせてもらった。とくに読んで唸った部分をメモっておく。

3、c 自由の出処

 自然的態度が一つの完全に自足した態度であったことに鑑みるなら、還元とはこうした自足の根底的な問い直しとして理解されうる。より厳密に言えば、還元とは、懐疑を試みることができるという自由がいかなる目的や制限にも縛られることなく徹底的に遂行されることで、その過程に充足し切ってしまうことなく自由の出処へと目を向け変えさせられてしまう(あるいはむしろ、目を向け変えさせられて初めて自足していた状態(自然的態度)が問題化される)という事態を意味している。フッサール自身による無前提性の要求の徹底化を通じて開かれた、この自由の出処という問題次元こそ、一切の動機をもたないように見える還元の「出処」として問題化されるべきものであったはずだ。ただしフッサールにおいては、還元の成果である超越論的次元と還元の出処とが同一視されていたため、還元の無動機性が矛盾となって残り続けた。これに対してレヴィナスは、フッサールの無前提性の要求を更に推し進め、懐疑を試み続ける理論の自由それ自体が問い直される地点として還元の出処を問題化することで、還元の無動機性の構造を解明しようとする。
 「〈同〉の問い直しが〈同〉の自我中心的自発性においてなされることはありえない。それは〈他〉によってなされる。〈他者〉の現前によって私の自発性がこのように問い直されること、われわれはこれを倫理と呼ぶ」。自由・自足は、〈他者〉との直接的な出会いによってのみ問い直されうる。ここで「直接的」というのは、いかなる地平や了解も媒介とせずに、直面しているという事態を意味している。 先行了解や認識地平を通じた主題化に供することなく出会ってしまうがゆえに、われわれの自由・自足を根底的に問い直すもの、それがレヴィナスの言う〈他者〉なのである。理論の自由に対する〈他者〉のこの絶対的先行性ゆえに、還元においては、思考はすでに〈他者〉へと根本的に方向づけられている。それゆえ、思考する自我は自由によってではなく、〈他者〉によって思考させられていることになる。このような必然性をレヴィナスは、「実存は自由を余儀なくされているのではなく、自由として任命される」、「注意(~へと向かうことattention)は〔…〕本質的に〈他者〉の呼びかけ(appel)に応答するものである」といった言い方で表現しようとする。還元においては、思考は他者からの呼びかけに「応答する」という形でしかなされえず、この〈他者〉への唯一的な応答(réponse)に私が私たる所以、「ほかならぬ私」が思考せねばならないという「責任」(résponsabilité)が見出される。誰も私の代わりに思考することはできないし、誰もこの責任から私を赦免しえない。この「回避することができない」責任が、「ほかならぬ私」という思考の担い手の「特異性」(singularité)をなす。こうした責任や「ほかならぬ私」という特異性を必然的に伴う〈他者〉との関係は、その都度達成・解消される享受の連関とは根底的に異なる。というのも、ここで出会われる〈他者〉は、思考の担い手たる〈私〉の自由に対して絶対的に先行しており、それゆえ享受の対象として内在化されることが決してないからだ。
 こうして還元の出処が、思考の自由に絶対的に先行する〈他者〉という形で問題化される。「思考ならびに自由は、〔…〕〈他者〉に対する顧慮からわれわれに到来する」。「還元」は〈他者〉への唯一的な「応答可能性」(応答しないことができないという責任)を担った〈私〉において思考が始まってしまうこと、「始まらねばならない」こととして解釈される。フッサールの還元が還元をなす自由それ自体を問題化しなかったのに対して、レヴィナスはまさにそれを問題化し、〈他者〉による私の自由の根底的な「問い直し」とそれによる「ほかならぬ私」の召喚(appel)に還元の真の意味を見出したのである。

4、還元と隔時性

 還元の出処を問うということは、現象学的還元それ自体に孕まれたより徹底した還元の可能性であった。レヴィナスは、フッサールにおいてさえも無批判的に前提とされているもの(理論の自由、哲学の自律性)の条件をさらに問うことで、フッサールの還元をより徹底的に還元したのだと言えよう。こうした徹底化を通じて、具体的には、あらゆる有意味性の基盤に「何かが何かとして現出していること」(「意味」)を置き、理性による直観(「直接的に見ること」)において対象が「原的にありありと与えられていること」に、その明証性を見出すフッサールの合理主義の更なる掘り下げが試みられる。それは、「ありありと与えられる」(leibhaft gegeben)というフッサールの表現の内に、何かが何か同定可能なものとして(志向的統一として)与えられているというフッサール的な「意味」に先行する「強迫」 (obsession)を見出すことでなされる。
 フッサール的な理論の自由は、何かを何かとして「引き受ける」(assumer)。「引き受ける」という様態においては、あらゆる経験が前もって「~として」という現出構造のうちで何らか予見され承諾されている。逆に言えば、「引き受ける」ことにおいては、「与えられなくてもよい」可能性が常に確保されている。「与えられる」(それを対象とする)かどうかは、思考の自由に任されているというわけだ。しかし、leibhaft gegebenの受動性を文字通り受け取るのなら、このような「与えられなくてもよい」という可能性は二次的な可能性にとどまる。レヴィナスは「与えられる」(gegeben)の受動性を「引き受ける」ことに先行する、「与えられざるをえない」という極度の受動性、「被る」(subir)こととして捉える。引き受けるに先立って、一方的に被ること、これが現出としての意味に先行する、意味の「意味性」(signifiance)であり、有無を言わさず思考を目覚めさせる「強迫」なのである。「強迫」は、現出としての「意味」に先立つという点で「志向性よりもいっそう切迫した関係の直線性」(rectitude)として位置づけられる。
 なにものかが「何かあるもの」として引き受けられるよりも前に、つまり所与が所与として与えられるよりも前に、思考はなにものかを被ってしまっていたと考えなくてはならない。思考はそれが自由に思考しているときには、つねになにものかを被ってしまっており、このなにものかに絶対的に遅れている。それゆえ、思考は、思考している「今」と連続した時間を遡ってこのなにものかを一つの起源として探究するという可能性を原理的に欠いている。それゆえこのなにものかは起源に先立つ起源ならざるもの、「無起源」(anarchie)としてしか思考しえないわけだが、しかしこうした「起源に先立つもの」、「無起源」としてしか思考しえない「何か」という表現もまた「言葉の乱用」(abus du langage)と言わざるをえない。なぜなら「何か」(quelque chose)とは、すでに何か存在するもの、何か現出するもの、つまり「引き受けうる」(assumable)ものを意味しているのだから。これに対して、「被る」とは逆説的にも「引き受けることのできない受動性」(passivité inassumable)を、一度も「意味」として現出したことのない「現象ならざるもの」との何らかの接触を意味している。このようにしてレヴィナスは、フッサールにおける「意味」よりも、より近く先行している事態をフッサール自身のleibhaft gegeben という表現に見出すことで、フッサール的な「意味」に先行する「無起源」の「意味性」(signifiance)という問題次元を提起する。そしてこの「意味性」こそが、フッサール的な「意味」を可能にし、それを方向づける(方向/意味sens を与える)のだと言う。
 重要なのは、このような「無起源」なるものが、その定義上、思考との連続性・同時間性を欠いているということである。思考が自らを起動させたものに本質的に遅れており、〈他者〉と〈私〉との間には乗り越え不可能なずれが、つまり思考している今ないし同時間性に回収できない隔たりが孕まれているというこのような事態をレヴィナスは「隔時性」(diachronie)と呼ぶ。これは、自然的態度における超越論的還元の生起についてのよりよい表現となりうる。自然的態度に没入している者にとって、自然的態度はその本質上、自然的態度として現れることはない。自然的態度を自然的態度として意識し思考するのは、何らか超越論的態度に移行した後にのみ可能だからである。自らの態度を自然的態度として意識するのは、それゆえつねに還元の後であり、この事後性は本質的に埋めがたいものだ。この事後性は還元の出処が思考との連続性を根本的に欠いていることに由来する。人が能動的に還元を行おうとするとき、根底的に受動的な次元ですでに還元はなされてしまっているのであり、そのような還元の動機は自然的態度においても、超越論的問題構成のうちにも現れることはない。というのも自然的世界のうちには、それを超克するようなものが現れることはありえないし、超越論的態度は、まさに還元によってのみ可能となるからだ。こうして、還元の真の動機は一度も現出したことのない「無起源」、被ることしかできない〈他者〉の「強迫」という形でしか問題化しえないことが明らかとなる。

小手川 正二郎 『レヴィナスにおける還元の問い 』 より


 そうそう、これこれ、、、『全体性と無限』の文庫本を本屋で立ち読みしていて、外部、他者、多様性、みたいな言葉が並んでいたのでレヴィナスに興味をひかれたのだが、実際読んでみるとひどくとっつき難くて、いまだに苦労しているのだが、たぶんこの人の思想の肝の部分は↑このへんなのだろう。その言葉を待っていた、じゃないけど、久々にテクストを読んでときめいたぞ。
 時間(未知)の体験とは、まさに他者性を強迫的に「被る」ものだ。他者性を恋人のように受け入れること、可能な限り未知の時間に自らを開くこと、これはようするに戦士の倫理である。
 繰り返すが、私が「外部」なんて言い出したのは、内田樹氏を批判しようとしてのことだった。ウチダージュには「外部」への視線がない、と。すくなくとも彼の書いたものにそのような「外部」への裂け目すら見つけることができない。師匠のほうは、「外部」によって<同>すなわち「内部」が問い直されることを倫理だと言っているってのに、この不肖の弟子は、<同>へと自然的態度のように没入しまくりだ。以後、迷惑だから弟子を名乗るのはいい加減やめるように!

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現象学的還元についてのメモ

 以前、内田樹氏の批判をしたとき、「外部」への視線を欠いている、というポイントから攻めたところ、何人かの人に「外部なんて存在しない」とクレームをつけられたことがある。そのことに対しては何度も真意を説明 してきた。私の書き方も悪かったのだろうが、文字通りの誤解だ。で、今年の春、バンコクの紀伊国屋書店でレヴィナスの『全体性と無限』を手に入れて以来、現象学がマイブーム(いまだ現象学が何なのか説明できない)なのだが、こないだフッサールの現象学的還元のメルロ=ポンティ流の解釈に出会って「おお!」と思った。

 彼(フッサール)は本当に徹底した反省によって、つまり、環境や外的諸条件によってわれわれのうちに作り上げられた先入見を露呈してくれるような反省によって、この<負わされた条件づけ>を<意識された条件づけ>に変えようと努めるのですが、しかし彼は、そうした条件づけが存在するということ、そしてそれが抜きがたいものだということを、一度も否定したことがありません。彼が、哲学でさえわれわれの経験の流れのなかに属し、そこに<流れこむ>に違いないということに着目したそのやり方は、まことに際立ったものです。時間の流れを無視し、それを支配しようとする思考でさえも、ひとたびそれが組み立てられるや、時間の流れのなかに位置を占め、そこへ落ち込むというのです。ですが、哲学者は哲学者としてあるかぎりでは、外的人間のあり方で、つまり物が箱の中にあるように時間のなか・空間の中・社会の中にあるといった心理・物理的主体としてのあり方で、ものを考えてはなりません。哲学者というものは単に存在しようと望むだけではなく、おのれのなすことを理解しながら存在しようと望むわけですが、ただそれだけのためにも、哲学者は、その生活の事実的与件のうちにひとりでに含まれているすべての断定を一旦停止しなくてはなりません。しかし、さまざまな断定を停止するということはそうした断定の存することを否定することではありませんし、ましてやわれわれを物理的・社会的・文化的世界に結びつけている鎖を否認することではなく、逆にそうした結びつきを見ること、意識することです。これが「現象学的勧還元」というものであり、そしてこの現象学的還元だけが、そうした絶えざる暗黙の断定、各瞬間のわれわれの思考の裏にかくれている「世界の定立」を露呈してくれるのです。
 確かに、哲学者の特性は、個性をもった・時間的な・条件づけられた自分自身の生活を、他の多くの生活のうちのありうる一つとして考察するところにあります。そのかぎり彼は、<自分が現にあるところのもの>を通して<自分がありうるであろうもの>を捉えるべく、<現にあるところのもの>から身を引き、また、自分の経験的人格をも、開拓されるべきもっとはるかに広い世界の諸可能性の一つとして見ているわけです。しかし、こうした努力は、われわれが物理的・人間的世界とのあいだに持っている結びつきをそれっきり解き去ってしまうわけではありません。言いかえれば、われわれはこの<おのずからなる〔世界の〕定立>を、「それに加わることなく」、つまりその同じ瞬間に自分としてはその定立を行わずに、眺めるわけですが、これは真であろうと望むどんな思想にも必要な条件なのです。その生涯の終わりにあたってフッサールも、反省なるものの第一の成果は、われわれが反省に先立って生きているがままの世界(生活世界)の現前をふたたび取りもどしてくれることだ、ということを認めていました。確かに、〔現実世界とのあいだに交わされた〕契約の現象学的還元は、われわれの思考とわれわれの個性的な物理的・社会的状況とのあいだの、生によって設定された裂け目ではありますが、だからと言ってわれわれは、いわば時間に割れ目を作ったり時間を超えたり、純粋論理や純粋思考の領域に移ったりさせてもらえるわけではないのです。われわれは決して時間を超えるわけにはいきません。フッサールが認めているのは、ただ、時間を生きるにもいろいろな生き方があるということです。時間を生きる受動的な仕方があり、そのときわれわれは時間の内部に属し、時間を押しつけられます。これが<内時間性>と呼ばれるものです。また、反対に、われわれは時間を捉えなおし、自分で時間を展開させることもできるわけです。が、いずれにしても、われわれは時間的に存在するのであって、時間のかなたに移れるわけではありません。伝統が教えるとおりに、なるほど哲学は永遠の真理の学問だと言ってよいかも知れませんが、むしろ正確には、フッサールがその生涯の最後の時期に言ったように、哲学は時間の秩序をまったく脱してしまうような真理の学というより、「遍時間的」なものについてのがく、つまり、つねに〔=すべての時間に〕妥当するものについての学だと言うべきでしょう。時間性を深めることはあっても、時間性の超出ということはありえないのです。

メルロ=ポンティ 『人間の科学と現象学』より


 そうそう、これこれ、、、こう書けば誤解もされなかったのだろう。<負わされた条件づけ>すなわち現行(支配的価値)への没入状態から身を引き剥がし、それを<意識された条件づけ>に変えるため、自明と化したさまざまな確信を保留すること(エポケー)。こういう還元の手続きについて私は語っていたわけなのだ。上でメルロ=ポンティの使っている「時間」という言葉を「内部」へ、「時間を超える」とか、「時間のかなた」という表現を「外部」という表現へと入れ替えれば、もうそのまま自分の言葉として使えそうだ。
 ただ、メルロ=ポンティは触れていないが、そうした(先入見を露呈させる)還元行為は、(実在ではないが)価値というかたちで<自分がありうるであろうもの=外部>のパースペクティヴを持つことと同時的に行われるのではないかと私は思う。そのような外部のパースペクティヴ(価値)がなければ、<負わされた条件づけ>への没入から距離を取れるとは思えない。つまりそうした外部の価値(傍流の価値、すなわち他者性 )との対面こそが、還元そのもなんだと私は理解している。したがって現象学的還元は、未知なる未来=他者との出会いであるところの時間性によって可能になっているということか。でも、これフッサールの言う意味の現象学的還元とはずいぶん違うことになっちゃってるんだろうな、きっと。

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相変わらずの「臭い」パフォーマンスだぜ!

 常野さんのパフォーマンス が、売名行為やアクセス稼ぎだけのためになされたとか、軽率でおとなげない無意味な煽りにすぎない みたいな言われ方をけっこうしている。こういうお騒がせでスキャンダラスなパフォーマンスは、ダダやシュルレアリスムの時代から白い目で眺められてきたものだ。確かに人間が承認を求めるものであるならば、名前も売りたいだろうし、戦略的にアクセス増大を狙っていたということもあったわけだろう。が、もちろんそれだけが目的ではないのは、どう見ても明らかでしょ、これ。講義に潜入しようとしたことも、報告を読む限りかなりへっぴり腰感があふれていて、想像するにかなり無理してると思いますよ、常野さんは。

 日本思想界のビックネーム、イースト先生 の講義に、誘いに乗ってマジに乗り込もうという魅力的なアイディアを思いついたものの、けっこう逡巡したんじゃないだろうか。こんなことわざわざおっぱじめる必要があるんだろうか、迷惑だとか自意識過剰だとかと批判もされるだろうし、バカ呼ばわりする人もいるだろう。学生たちを、なによりイースト先生を困惑させることになるかもしれない。まあ、講義に来て質問しろといったのは先生本人なのだが、冗談のつもりだったのかもしれないし。結果、大きなゴタゴタに発展する可能性だってある。余計なことはしないに限る。触らぬ神に祟りなしだ。、、、いやいやでもイースト先生は、デリディアンなわけだし、「歓待」してくれるはずだろう。うーん、しかし、、、といった具合に不安は尽きなかっただろうし、実際かなりビビリながら大学へ乗り込んで行ったんじゃないかと思うのだ。少なくとも常野さんのパフォーマンスがお気楽、身勝手、自意識過剰なものでないことは、井口先生とやらと一緒に写った写真の引きつった表情が物語ってくれていると思う。ハッピーエンドで終わって読んでる私もホッとしちゃったよ。

 でも常野さんには最初からひとつの結論しかなかったのだ。常野さんがサヨクであるのなら、、、。サヨクにはたとえ批判されるとわかっていても、行かなければならないときがある。バカ呼ばわりされるとわかっていても行動しなくてはならないときが。常野さんはそうしたサヨクの使命に敢えて殉じたわけである。
 サヨクの願いは、全人類の幸福、しかもいつともつかない未来のことだけを考えているのではなく、この現在の瞬間をわくわくするような面白さで満たし、本当の意味で生きがいのあるものにすることだ。基本的には常野さんが行っているのは、そのために現実の社会に介入し、対話を求めることであり、ごくごく正当なことだろう。ただサヨクはその行動を誰彼に頼ることなく基本的にひとりぼっちで背負わなければならない(同志が協力してくれることはあるだろうが)。そういう涙ぐましくも誇らしい気負いが、常野さんの報告からビンビン感じられるのだが、どうしてこれを無意味な暇つぶしみたいなものとしか判断できないのかな。
 まあ確かに、イースト先生に質問し、議論するという目的からすると、今回のパフォーマンスは失敗だといえなくもないが、この失敗はなかなか生産性の高いものだったと思う。
 まず、常野さんの報告は、授業料を払っている学生でなければ滅多にお目にかかれないビックネームのリアルな人間的一面を垣間見させてくれて、イースト先生の読者にとっても、あるいはそうでなかった人にとっても、この報告の存在は彼のテクストの読み方に微妙な影響を与えるかもしれない。
 それに、この常野さんのへっぴり腰な一撃がイースト先生本人の中に何らかの応答を促すことができるかもしれない(残念ながら先生はそうするに値しない とお考えのようで、常野さんをどうも病的なほど自意識過剰な人という、イースト先生にとって面と向かってかかわる必要のない存在にカテゴライズして納得してしまったようなのですが)。
 また、この一件を目撃した人、学生、そしてネットで読んでいる人に何かを考えさせるものだった。ま、私自身もこうして考えちゃってるわけです。

 つまり、常野さんは何かエゴイスティックな欲望だけに衝き動かされてるのではなく、全ての人との対話を考えて行動し、立派に情報や知を生産しているじゃないか、ということだ。大学の研究室など、知の生産現場のような顔をしているけど、どちらがより有意義な生産をしているのかはわかったものではない。ことに体制批判的な知の場合、その生産現場はどぎつい異臭を放っているもので、お行儀のよい学校の教室だけからそういうものが生まれてくるとは思えない。むしろ常野さんが巻き起こした一部始終のほうがよほど生産的であったのではないですか。なるほどその生産は商品として価格が付いて売れるわけではないが、常野さんによる世界に対するひとつの贈与だったと考えることができる。
 それを、この人 が書いているように、この一件を「名を上げる」とか「芸の肥やし」とか「いらん苦労」としか見れないのは哀れむべきことだよ。ライターや講師としての成功みたいなことはどうでもいい、、、ってのは言い過ぎだけど、そんなものの「一流」がなんだっていうのだろう。この人がどれだけ一流なアカデミシャンなのか私は知らないが、常野さんはそんなものにはたいして興味がないんじゃないかな。この人がアカデミズムの中での格付けに並々ならぬ関心を抱いているのは別に構わないが、そういう自分の物差しだけで他人を判断してしまうのはいかがなものでしょう。名前が売れて、それなりの権威や力があれば世間の注目だけは集められるかもしれないが、そういうことは二の次の問題。大切なのは、私たちは何の力がなくとも、アカデミックなシステムに則らなくても、こうして知や情報を生産し、現在を彩り、未来へ向けてこの経験を送り届けることができるということだ。常野さんはそのことも示してくれている。

 以前、不登校の経験がリベラルに脱臭され、回収されてしまうことへの怒りを常野さんは文章 にしていましたが、いまだにこうして不登校のとき同様、ビックネームや大人ぶったアカデミシャンの顔をしかめさせるような「臭い」生産を続けているんですから恐れ入ります。やっぱサヨクってのは臭くなくっちゃね。

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วันเกิดซินจิ(シンジの誕生日)


 こいつももう7歳です。最近はクレヨンしんちゃんの影響で、学校でケツを出したり、おバカなことをやっているようです。安心したのは、ひらがな、かたかなを覚えたり、足し算、引き算をできるようになってきたことでしょうか。毎週日曜日、こいつといっしょにスクムウィットへ行くのですが、日本人向けのクラブやカラオケバーなどの看板を自慢げに読んでくれるようになりました。いいか坊主、これらの店はなあ、夜になるときれいなお姉さんたちが手招きしてくれて、身も心もとろけてしまうようなすばらしい処に変貌するんだぞ、、、、って、いくらなんでもまだ無理か。
 何しろこいつの母親は、ほとんど文盲で、タイ文字すら私が読んであげている始末です。おまけに数字もろくに読めないらしく、スーパーで買い物するときなど、当てずっぽうで商品を買い物カゴに入れているので、レジでときどき大変なことになります。ちなみに計算能力も小学校一年のガキといい勝負で、二桁以上の足し算になるとずいぶん時間がかかる。この超ウルトラ無教養は私の想像を絶するものです。いったい女房はどんな世界に住んでいるのか、女房の目で世界を見てみたいものだとつくづく思います。
 少なくともガキのほうはそうはならなくて済みそうです。文字や計算を子供のころどうやって覚えて行ったのか、自分でも記憶がないのですが、出来るもんなんだね。とにかくホッとしました。



一方こちらは二匹目のほうです。11ヶ月ですがもう歩いています。横のは女房。二匹も子供を産んで、体の線は崩れまくり。


ここがどこかというと、ヴィエンチャンのパトゥーサイ(アヌサワリー)前の広場です。この時期、ヴィエンチャンは暑さも厳しくなくとても気持ちよかったですよ。


何を思ったのか、二匹目は近くで遊んでいたラオス娘(未来の)にいきなり突進し、抱きついていました。こちらの将来もなんだか不安です。
 しかし、ふと思ったのですが、子供の頃から私は地図を見るのが好きで、世界地図のなかにラオスという国があって、ヴィエンチャンという街が首都だということも知っていました。メコン川の畔にある地図上の町のマークを今も思い出しますが、まさか将来、その街をちょくちょく訪れることになるとは思いませんでした。ホントに。しかもこんな田舎町だったとは、、、

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タイのハーバーマスと貧困の文化

 ずいぶん以前のことだが、今村仁司の『タイで考える』という本を読んだことがある。ぶっちゃけタイに関しては私のほうがよっぽど通なのではと思ったし、今村さんの本はもっと硬いもののほうが面白いなという感じで、内容についてはあんまり印象に残ってないのだが、いまだにひとつのエピソードだけが記憶を離れずにいる。
 今村さんがタイの大学で現代思想の講義をしたとき、通訳をしてくれた学生が、あとで今村さんに「なぜ今日はハーバーマスについてお話にならなかったのですか?」と質問したというのである。
 おお!そうなんだ……タイにもインテリの学生がいるんだ……、と私はちょっと驚いた。その学生がハーバーマスにどんな問題意識を持っていたのかはどうでもいい。とにかく英語での哲学の講義をタイ語に通訳し、私も読んだことのない思想家について語れるインテリ学生がタイにもいるということらしいのだ。。。
 考えてみると、私がいままでタイで知りあった人たちは、女房(やその家族)も含めて、ほとんど学のない人たちだった。学のない、、、というのはつまり、一般的に言って「貧しい」人たちのことだ。生活レベルが平準化している日本において「学歴のあるなし」は、かなりの部分、どれだけ進学(勉強)する気があるかという「やる気」すなわち「努力する気になるかどうか」の問題であって、教育費用のほうは無理すれば何とか都合がつく場合が多い。経済的理由で進学を断念得ざるを得ないという事態は、全くないわけではないだろうが、特殊な例であるように思う(最近では経済的「格差」の広がりが問題になってきていて、必ずしも特殊な例とは言えなくなってきたという面はあるだろうが)。
 しかしタイでは上のハーバーマス君たち(インテリを生み出せる富裕層)と、低収入の庶民(おもに地方の農民)の間には「やる気」や「努力」以前の問題が横たわっており、その距離感は私たち日本人の想像を絶するものがある。とりあえずそれは経済的な格差だと言って間違いないのだが、そのような数字の問題に絡まる形で、二つの階層間には、少なからぬ精神文化的な差もまた横たわっていて、それがまた階層間の経済格差を再生産する働きをしている。これをある人は貧困の文化 と呼んだらしい(オスカー・ルイスの本 はまだ読んでいないが)。

 バンコクで今勤めている会社でタイ人と働いてみて意外に感じたのは、みんななかなか勤勉であることだった。タイ人は働かない、とよく言われるし、私もそう思ってきた。もちろん南国特有のタイ人気質は一般的に勤勉であるとは言いがたい。が、一口にタイ人といっても、いわゆる階層によってずいぶんメンタリティが違うということらしい。「バンコクはタイではない」という言葉があるが、それは都市部の住民と、農村部あるいは農村から都市に流入した貧困層との間のメンタリティの差を表現している。
 今の職場のタイ人スタッフはコンピューターを使いこなさねばならないが、それがすんなりできるためには、ある程度の高等教育や専門教育を受けていなければならない。実際一緒に働いているスタッフは専門学校や大学を出ている子たちで、エリートとは言わないまでも、タイでそれができるのは実家がちょっとした小金持ちでなければならないはずだ。いわゆる中産階級、地主、成功している農家などの世帯の子弟ではないかと想像する。少なくともタクシン元首相の支持基盤であったタイ北部、東北部の貧しい農民には、経済的に専門教育を受けるという道が開けているとは思えない。そして、そのような階層間の経済的な距離を、さらに拡大再生産するかのごとく振舞っているのが、精神文化、、、すなわち貧困の文化だということになる。

 貧しくても努力次第で貧困から脱出できるはずだ、と、私たちはそう考えがちである。努力は自分の条件を変えることが出来る。貧しいことは恥ではない、努力しないことこそ恥辱なのだ、と。、、、そう言われると、思わず頷いてしまいそうだが、このような言葉は、かなり先進国的な、資本主義的秩序における勝ち組的な価値観を体現していることを私たちは自覚しなければならない。
 現実にタイの低所得層(農民)と付き合ってみて気がつくのは、彼らがあまり努力しているようには見えないことだ。金がない、と言ってるわりには、こっちがうらやましくなるほど暇な人たちが多い。貧乏、というと、働いても働いても生活が楽にならない状況を想像するが、どうもここでは事情(貧困の意味)が違うらしいのである。いつ働いてるんだろう? いや、それだけ時間があるならちょっとでも何か仕事をしたほうがいいのでは? いい仕事がないとも聞くが、そうであるならたとえば職業訓練をしておくとか、本を読んで教養を高めるとか、何かないの? 、、、などと言いたくなってしまう。人の集まるところ、あちらからこちらへぶらぶら移動してだべったり、酒盛りや賭け事に参加したりと彼らはヒマネス(ビジネスの反対語?)に余念がないのである。
 こんな話も聞く。かつて日本各地にリトルバンコクというタイ女性の水商売の街が生まれたことがあったが、そこに(売春婦として)働きに来ていた若いタイの女は、だいたいチェンラーイ県などタイ北部の貧しい農家の娘だというのが通説だ。彼女らが日本で得た収入は、タイの家族に送金されるのだが、聞くところによるとタイの家族達はそのお金を不人情なことに随分と無駄使いしてしまうらしいのだ。せっかく娘が慣れない異国で身と心をすり減らして稼いだ金なのだから、(土地を手に入れたり、家畜や農業用機器を買ったり、他の子供達の教育費に当てたり)実家の経済的向上のため役立てればいいと思うのだが、親父が酒と賭博につぎ込んでしまったり、必要もない贅沢品を購入して浪費してしまったりで、先のことを考えない刹那的な使い方をしてしまうことが多いという。確かに田舎の呆けた顔をした農家の親父を見てると、また自分の女房の悪辣な金の使い方を見ると、さもありなんと思わずにはいられない(トホホ)。
 ようするに、タイの貧農には、先進国の農家が持っているような、近代的な農業経営者的な感性がかなり希薄なのであって、(事業や家族の)将来のことを勘定に入れて現在の行動がなされていないことが多い。だから貴重な空き時間は有効利用されることなく、せっかくの臨時収入も事業を安定、拡大させるチャンスと考えられることなく、非生産的に浪費されてしまう。
 厳しい冬がなく食うには困ることがなかった南国の楽天性、地方の学校教育の未整備なども、そのような行動が生まれる理由のひとつだろうが、一番大きな理由は、タイの農民のメンタリティがいまだ伝統的な共同体の秩序の中にかなり埋没したままになっているからだろうと想像する。彼らの日常は、親族、村落などの漠然とした共同体との経済的な相互依存(相互扶助)の中で動いており、共同体全体が食えていればOKであって、先進国の住人のように、個人や一つの家計を営む家族が独立した(競争関係にある)経済主体になっていないのである。
 先進資本主義諸国の個人は、労働力商品として子供のころから絶えず競争状態に置かれてきており、人生のあらゆる瞬間が、市場における自らの商品価値を高めるための、すなわち他人を蹴落とし勝ち上がるための「努力」の時間なのである。一方、タイの農民たちの間にそのような緊張を見出すのは難しい。彼らが羨ましいほどのんびりしているように感じる理由はここにある。彼らの間に伝統的な共同体の秩序が力を持っている限り、「努力」や「競争」への動機付けが行われることがないのだろう。まあ、「やる気」にならないとか「努力」する気にならないというよりも、「やる気」そのものが存在しない、あるいは(私たちが使う意味での)「努力」という言葉の意味もわからない、といったところだろうか。
 もっとも資本主義的メンタリティは別方向から確実にタイの農村にも浸透しつつあり、伝統的共同体は急速に崩壊してゆくだろうことは間違いがない。ことにマスメディアの創り出すスペクタキュリーな仕掛けによって、消費の面から伝統社会に侵入してゆくのは、資本主義のいつものやり方であり、農村内部にさまざまな悲喜劇(見栄の張り合い=競争)を生み出しつつあるが、それは日本を含めた先進諸国も近代化の課程で経験してきたところである。

 一方、都市部に住むタイの中間層(華人が多かったりするのだが)は、明らかに先進国型のメンタリティを持っている。それゆえ彼らの行動は日本人の私にも理解しやすい。以前私は会社の若い子に、女房の賭博癖に困り果てていることを愚痴ったことがある。すると彼は、「賭博は全てを壊します(失わせます)。、、、そう母に言われています。」とつぶやいていた。なるほど都市中間層には、このような浪費を忌避する倫理が根付いているらしく、私の女房や兄弟たちの家族全員で賭博に入れあげている姿とは対照的だ。

 だが、祭りの戦士を名乗っていることからも想像できることだろうが、私はタイ中間層に見られるような、現行の支配的な価値(先進国型の「努力」と「競争」のメンタリティ)を持ち上げたいわけではないし、階層間の経済格差を再生産する働きをしているこうしたマイナーな貧困の文化を攻撃したいのでもない。私が、あえてタイの貧乏人と所帯を持とうなどと思った背景には、タイ農村の人たちの間に未だ流れ続けている前近代的な時間(ヒマネス)に羨望を抱いていた、ということも一つあったに違いない。私たちにとっては闘いとらねばならないものが、ここには南国の日差しに晒されたまま当たり前のようにして、ある。意図的にではないにしろ(その内部にさまざまな非論理、不条理、不潔さを抱えながらも)、貧困の文化は、現行のメジャーな文化に対して、独特のリズムをもって対抗している。そのままでは使えないが、何か学ばねばならないものがあり、その姿に私は救いすら感じていたりするのである。
 しかし、(そのようなタイ農民と利害関係に入るなりして)その甘ったるい夢から目を醒ましてみれば、目の前にあるのは単なるタイ農村の貧困であり、苛立たしい貧困の文化なのである。現実問題として、タイ農民の「努力」メンタリティのなさ、というのは、市場経済が農村部へ急速に浸透しつつある現在、明らかに貧困を加速させる要因にしかならないだろう。現行体制が今すぐ大きく変わる見込みがない以上、この事態を変えるための現実的方法と考えられ、実際タイ政府によって進められているはずなのは「教育」である。つまりそれは、(大げさに言えば)ヒマネスなタイ農民を教育によって市場で生き抜けるビジネス戦士へ改造するということである。
 だが、教育の効果というものはすぐに現れてくるわけではない。おそらく何らかの結果が出てくるまで少なくとも数世代を要するのではないだろうか。文化(あるいは人々の価値観と言ってもいいが)というものは、おいそれとは変わらない粘着性を持ってシステムを下支えしているのである。同じ国に暮していながら、タイのハーバーマス君と貧困層の間にはそれくらい分厚い距離があるわけである。

 最近実感しているのは、こうした異なる文化(価値)間の距離と、その粘着性である。今まで何気なく使っていた「他者」という言葉が、いま私の中で妙にずっしり重いのである。

Category: 日記・その他   Tags: マンガ  

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いきなりボロが、、、

 いや、ほんとにバーゼルってチームがあったんだ。しかもスイスだし。地理的な知識のなさを反省です。
 しかし、レッズファンにはつらい1年でした(ここじゃ試合見れないけどさ)。来年がんばってね。
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プロフィール

荒井賢 (Ken Arai)

 住所 埼玉県越谷市
 生年月日 1964年2月15日
 職業 アニメーション背景制作
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