泥沼通信

祭りの戦士 @ กลับมาจากกรุงเทพฯ

 

Category: 旅行・タイなど   Tags: タイ  ラオス  家族  

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ไข่มดแดง

ラオスでのビザ申請とソンクラーン(タイ正月)で田舎への帰省のため一週間ほどバンコクを離れました。
 ラオスでの今回のビザ申請は、今までと違って観光ビザではなく、配偶者ビザの申請です。女房の田舎の役所で婚姻証明などを取りそろえ、会社に用意してもらった金を女房の(いつも空っぽの)銀行口座にぶち込み、銀行で預金証明を作ってもらい(タイに40万バーツ=120万円以上の預金がないと結婚しててもビザを出してもらえないのです)、移転して広々したヴィエンチャンのタイ大使館領事部でビザを申請。、、、不備がないかと心配していたのですが、受付の人は書類にザッと眼を通して受理、翌日あっけなく配偶者ビザをGETしました。ただこのビザは滞在3ヶ月というしょぼいもので、それ以上の滞在のためには、またいろいろ書類を集めて入国管理局で延長手続きをしなければなりません。審査もかなり厳しいという噂です。どうなることやら。

 さて、領事部から出たあとは、バンコクで屋台をやってる女房の姉ちゃんの所で働いていたラオス人の自宅をバイクに乗って訪問しました。ヴィエンチャンの中心部から30キロぐらいあったでしょうか、、、森を切り開いて作っている、次回のASEANシーゲーム(東南アジアスポーツ大会)の競技場の建設地の横を抜け、どこまでも続くかのような真っ赤なラテライトの土がむき出しの道を突き当たりまで走ると、小さな村に到着。
 村の様子はタイと変わりませんが、部屋の中は殺風景でした、、、タイには日本と同様、モノがあふれているのだなあと感じます。キッチュとかガジェットとかいう言葉は、いまだラオスの田舎とは無縁でしょう。
 飯のときには私の好物が登場。
 ไข่มดแดง(カイモッデーン)、赤蟻の卵です。口の中でプチプチとつぶれ、これがなかなかの美味。よく見ると蟻の成虫が生きたまま皿のなかを動いています(きれいに撮れませんでしたが)。
 ガキ2号は、フランスパンがお気に入りのようでした。

 バンコクに帰ってみるとまたまた非常事態宣言発令だとか、、、。赤服(タクシン派)のデモがかなり過激化したようです。田舎の人たちは皆さん農村の貧困解消を政策のひとつの柱としていたタクシン元首相が大好きなのですが、ソンクラーン中は賭け事に夢中で政治どころではないのか、赤服の活躍のことなど耳にも入ってきませんでした。しかしまあ現在、バンコクの街はいつも通りという印象です。
 仕事があるので私は女房子供より一足先にバンコクに戻りました。今日はもうガキの学校の始業式なのですが、いまだにあいつら帰ってきていません。あれほど月曜日から学校だと言っておいたのに。クラス替えや新しい担任の先生の着任、教科書の配布があるから必ず戻れ、と。
 あれですよ、タイの貧しい農民にとって「学校」なんて、私たちにとってそうであるようには意味を持ってないんですね。女房自身もろくに学校行ってないし、ちっちゃいころから競争の始まり、学校へ行ってないと病気扱いされる日本とは別世界です。毎日子供に早起きさせて、ケツをたたいて学校へ行かせている私にむかって「雨の日ぐらい、学校休ませればいいじゃないの!」と、女房は怒ったことがあります。、、、いや、雨の日ぐらいって、そういうことじゃないと思うんだけど。
 
 おやおや、早速学校から私の携帯に連絡が入りましたよ。。。

Category: 旅行・タイなど   Tags: 思想  タイ  

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รถไฟฟ้ากรุงเทพฯ

 バンコクでは現在、高架鉄道(BTS)地下鉄(MRT) 、二つの鉄道が運営されている。自動車渋滞の街バンコクの交通の救世主として登場したこれらの鉄道の設備は非常に立派なもので、各駅に車椅子用のスロープやエレベーターなどが設置されたユニヴァーサル・デザイン設計の最新式の都市交通システムである。私もこれらの鉄道を通勤に利用してはや2年になる。運賃はやや高めだが渋滞に煩わされることなく快適に通勤している。
 しかし考えてみると、この車椅子用の立派な設備を使っている障害者をこの2年の間一度も見たことがない。日本でならわりとカジュアルに見ることのできる光景だと思うのだが、バンコクではまったくと言っていいほど見ることがないのである。

 それもそのはずなのだ。駅を出てスロープを降りると、もうそこは凸凹の歩道、、、敷石はめくれ上がり、とこどころ地盤が沈下して穴が開き、車道から20センチの段差があって、車椅子どころか自転車の走行すら困難なのである。犬の糞が無数に転がり、時間によっては屋台すら出現するバンコクの歩道を使って、いったいどのようにして車椅子は駅までたどり着き、この立派な設備を利用するというのか? 私も大通りを自転車で走るときは、歩道ではなく車道を走る。車道の路肩付近は自動車やバイクだけでなく、屋台を引く人やときには象なんかも歩いていたりするので通行自体には問題はないのだろうが、車椅子の人にここを走れとは言えないだろう。
 つまり、この超モダンなバリアフリーの駅の施設は、事実上無用の長物、トマソン 物件になってしまっているのだ。体の不自由な人がこの施設を利用するためには、車椅子ごと自動車で駅の入口まで送ってもらうしかないだろうが、それができるのであればわざわざ公共の交通機関など使わずに車で目的地まで行ってしまったほうがよほど早いし楽だろう。結局このエレベーターを利用しているのは、階段やエスカレーターを利用するのすら億劫な健常者の通勤客のみである。

 そもそもタイでは車椅子そのものを見る機会があまりない。病院の中にはもちろんある。私の勤める会社の近くに富士通のオフィスがあって、そこで車椅子の女性が働いているのを何回か見た。、、、タイでの車椅子の記憶は、思い出してみてもそれぐらいじゃないだろうか? 体の不自由な人はタイにも日本と同じ位の割合で存在するのだろうが、たぶん車椅子は普及しているとは言えないほど、はるかにその絶対数は日本より少ないのだと思う。
 たぶんタイでは体の不自由な人の大部分にとって、車椅子はいまだ贅沢品であると思われる。とくに貧しい庶民階層に属する障害者は車椅子など使わないで、家にじっとしているか、移動の必要があるときは家族の誰かが力を貸し杖となって歩くはずだ。それをするだけのヒマネス(これもいわゆるひとつの「溜め」なんだろう)だけはあふれるほど持っているだろうから。一方、豊かな世帯は移動に自家用車を利用できるだろうから、公共の交通機関はさほど必要としていないだろう。

 まあ、以上は私の想像なのだが、駅の車椅子用の施設がトマソン化している理由はだいたいこんなところだろう。 ようするにバンコク市民の生活の実態からこれらの立派なバリアフリーの設備は完全に浮いたものであり、さながら先進国の福祉思想のトップモードが前近代的な生活感情をいまだ引きずっているバンコク市民の上に降臨した、とでもいった事態になってしまっているということなのだ。土壌が醸成されていないところに立派な施設を接ぎ木しても機能しないのは当然だ。もちろん、ないよりましであるには違いないだろうが。
 それともこのエレベーターは10年後、20年後を見越して造られたもので、バンコクの歩道の整備が進んだ頃にその実力を発揮することになる、とでも言うのだろうか? 私がはじめてバンコクを訪れてからそろそろ20年が経つが、街の様子は中心部のごく一部分をのぞいて変化した様子はないのだが。。。

 しかし、これを見てタイ人らしい間抜けぶりだと笑ってはいけない。なんでも地下鉄(MRT)の建設には、日本政府の円借款 (有償資金援助)が全面的に使われているそうだ。となると、このエレベーターも援助される側のニーズを考えていない悪しきプロジェクトのひとつだ、という面も見えてくる。福祉施設建設のために使われる資金援助であっても、高価なエレベーターシステムを鉄道各駅に設置するよりは、まず歩道の整備を、否、その前に車椅子の普及を、ひょっとするともっと全く別のニーズが、外国人で健常者の私には全く想像もつかないニーズがあって、そちらを満たすのが先決だった、はずなのである。
 だがマーシャルプランまでさかのぼるまでもなくこうした援助は、何らかの善意で為されるのではなくて、援助する側、される側それぞれの体制維持・強化という動機があるわけだろうから、プロジェクトが住民のニーズなどに無神経であるのは不思議でも何でもないと考えるべきだろう。タイの施政者にとっては、なにより見てくれのいい業績が必要であり、日本政府にとってはタイからのキックバックこそ何より重要なのだ。
 だからこのトマソン物件(エレベーター)の滑稽さは、タイ人の間抜けさを表現しているというよりも、政治権力が民衆のニーズを掬い上げず、乖離してしまっているということを表現しているということだ。だとすればこのようなトマソンは世界中で見つけ出せるに違いない。

 、、、と、つまらないことを大げさに書いてしまったかも知れないが、これは私がバンコクの町を自転車で走って見てはじめて気がついたことだ。凸凹の歩道と自転車で格闘する経験がなければ何も見えてこなかったわけで、自分を揺さぶる(おしなべて辛くて苦い)経験がいかに大切かを改めて感じている。

Category: 思想など   Tags: 思想    

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反貧困

 『反貧困』湯浅誠著 を読みました。評判に違わぬいいだと思います。
 それにしても私はガキを二人も扶養しているにもかかわらず、ギャンブル(パチンコ)女房のせいで貯金がほとんどないので、このに出てくる貧困が他人事とは思えなくて、手に汗握る思いです。そう、今、稼ぎ自体は悪くないのですが、「溜め」がないということで、私に万が一何かあればたちまち私の家族は貧困――女房は日でやっていけませんからタイでの貧困へと突入することになります。しかし、タイには女房の大家族というセイフティネットが存在しており(この「溜め」が第三世界では未だ強い力を発揮しています)、きっと私のガキどもは沼のようなタイのセイフティネットの上で(タイ人として)何とか生きてゆくのだろうと思います。腹立たしいタイの家族たちが最後の拠り所になっているとは。。。
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プロフィール

荒井賢 (Ken Arai)

 住所 埼玉県越谷市
 生年月日 1964年2月15日
 職業 アニメーション背景制作
 連絡先 araiken#mac.com #を@に置き換えてください。



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