泥沼通信

祭りの戦士 @ กลับมาจากกรุงเทพฯ

 

Category: 日記・その他   Tags: Thai  

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ウキウキしない雨期

 一番暑い季節が去って、雨期がやってきた。ギラギラから今度はムシムシの毎日。ぬるま湯のような空気の中をチャリンコで走って会社に通っているせいで、股間が蒸れて、タマタマの横が痒くなってしまった。インキンタムシでもケジラミにたかられたわけでもないようですが、ひどく不快。

 私の給料は日本の銀行口座に振り込まれている。それをこちらで使うのに国際キャッシュカードを利用しているのだが、タイの銀行が通信料だかATMの使用料だか知らないが、一回の引き出しで150バーツ(450円ぐらい)の手数料を取るようになってしまった。日本でも一回200円引かれてるので、計650円取られることになる。今までだって200円をけちってまとまった金以外おろさないようにしていたのに、もう気軽に小遣いに500バーツをおろすこともできなくなってしまった。ちょっと対策が必要。

 幼なじみの女性が、窃盗で警察に逮捕されてしまった。実家の向かいの家に住んでいて、親同士が仲良くしていたので、よく一緒に遊んだ。まあ、それも小学校の頃までの話で、今では滅多に会わないし、会っても会釈する程度になってしまったが、親たちのほうは今でも年寄り同士つきあいがあり、助け合いながら暮らしている。だからこそ私も母親を一人日本に放置してここで働いていられるのだ。そういう意味でけっこう世話になってる彼女の両親のことがちょっと心配。詳しくは書かないけど、この窃盗事件は少々お茶の間を騒がせてしまったようで、有名なワイドショーの司会も、「とんでもない女だ」とコメントしたらしい。確かにやってしまったことはとんでもないことには違いないが、親にとっては娘なんだから。あちこち体にガタのきた年寄りが精神的にショックを受けてなければいいと願う。善人面でありきたりな道徳的説教をかましてるだけの、この浅黒くてねちっこい芸風の司会者がますます嫌いになった。

Category: 思想など   Tags: 思想  芸術  

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予示的政治についてのメモ

 これらすべての変容において時間は決定的である。同質的時間は旧い布置、抽象的労働という旧い布置のおそらく最も重要な接着剤であろう。そしてそれは右翼によってと同様、左翼によっても疑問の余地のないものとして受け入れられている。この観点からすれば、革命は(たとえそれが想像されえたとしても)未来においてのみ起こりうるのである。そのようなことはもはやありえない。それまで分離不可能とみなされていた二語の対──「未来の革命」──は、いまや全くのナンセンスとみなされている。未来の革命にはあまりにも遅すぎるのだ。とくにかく、私たちは未来の革命のために計画を練っているその毎日の営みのなかで、自分たちが憎悪する資本主義を作り直し続けているのである。その結果、未来の革命という概念そのものによって革命は自滅してしまう。革命は今ここにあるか、さもなくば、まったくないかである。このことは、1968年の運動が、党がいまこそ正しい時であると判断するまで待ち続けることを拒否したことにも暗示されていた。そしてこのことは1994年1月のサパティスタの蜂起「もうたくさんだ ¡Ya basta!」においてはっきりとした。もうたくさんだ。いまこの場で。「私たちは次回のコンドラチェフの循環の波がやってくるまでもう待たない」。そして「私たちは党が国家権力を奪取するまで待たない」。そうではなく、今。革命は今ここにある
 このことは何を意味するだろうか? それが意味するのはただ、固有なものthe particularから始まる闘争が複数であるということである。そして私たちが作りたいと欲する社会のなかでいますぐにでも生きたいと思う、そのような場spaces、そのような瞬間momentsの創出である。このことが意味するのは、資本主義的なコマンドのシステムのなかの亀裂の創出であり、「もうたくさん。私たちは資本が求めることをもうしない。私たちは自分たちが必要で望ましいと考えることをする」と言えるような、そのような瞬間、そのような場の創出である。

(「1968年と抽象的労働の危機ジョン・ホロウェイ 1968 and the Crisis of Abstract Labour John Holloway」 渋谷 望 訳)




 しかし「もう一つの世界」の「もう一つの私」は不定形でありながら、つねにすでに「この世界」、「この私」のなかに存在し、「この世界」、「この私」に対抗し、それを越え出ようと闘っているのではないだろうか。私たちは誰でも「別な世界」を作りたい、そして「別な生きかた」をしたい、そう欲しているのではないか。
 そうであるなら、別様の生への欲望を肯定することのできる空間、場、契機を取り戻すことができるかどうかが闘争の賭け金となる。別様であることの可能性を予示的にでもかいま見ることができれば、社会変革への潜勢力は解放されるだろう。ホロウェイの主張はこうである。そして彼はこの潜勢力を「為すことの力」──英語ではシンプルにdoing──と呼ぶのである。私たちが資本の世界に対して、そして資本の世界をせっせと作り続ける「この私」に対して、「もうたくさんだ」と否定を突きつけるとき、この潜勢力は解き放たれ爆発する。
 グローバル・ジャスティス・ムーヴメントはしばしば予示的政治pre-figurative politicsと呼ばれている。それはこうした運動は、運動が権力奪取という目的のための手段であることを否定するからである。このとき運動は階層的な権力関係をもつ国家の似姿であることをやめ、水平構造や全員の平等な参加が強調される。運動それ自体が、別様な生きかた、別様の社会関係を内に含み、別様な生きかたや別様な社会関係を予示するのである。ホロウェイの議論はデヴィッド・グレーバーとともに予示的政治の源泉の一つとみなされている。

(渋谷 望 「予示的政治のために─解説にかえて」より)



 柄にもなく、それゆえあえて「革命」なんて言葉を使ったりすることもあるわけですが、べつにそれでロシア革命みたいな、将来起こるはずである社会の転覆を考えたり、そのために行動すべきだと考えているわけではなくて、問題なのは「今」この瞬間の生である、、、と思い続けてきましたが、なるほど「予示的政治」なんて言葉があったのか。。。私にとっては前衛芸術なんかもそういうものでした。すべての前衛芸術はなにがしかの予示的政治を含んでおり、ことにシュルレアリスムにおいては、予示的政治を意図的に追求する姿勢を見せています。さらにシチュアシオニストは明らかに予示的政治の実践者です。前衛であること、誰もいない前線を一人進むことはすなわち予示的であるということです。つまり、たとえひとりぼっちであろうと、それが社会制度のような十全な空間を形作れず、テンポラルなものであろうとも、とにかく今この瞬間に別様な生き方や別様な社会関係を予示することが、私にとっての「前衛」なのです。ま、長いこと「前衛」という言葉とセット販売されてきた「芸術」には、冷ややかな視線を送るようになって久しいのですが、、、
 そういえば予示的政治を生き抜いた偉大なる先達、岡本太郎は「今ないものは明日もない!」とどこかで言ってたなあ。

 てなわけで、ジョン・ホロウェイの関心をかき立てるタイトルの本、『権力を取らずに世界を変える』をアマゾンでポチッとしておいたのですが、本を手にするのは日本に帰ってからのことで、だいぶ先になるでしょう。



Category: 思想など   Tags: 思想  

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流転するハイデガー

 最初に言っておく。俺はか~な~りハイデガーを知らない。いや、ほとんど読んだことがない。だから、これはレビューの類ではない。謝る。

 私にとって、最も哲学者らしい哲学者は誰か? と問われると、ハイデガーかな、と思う。二十歳前後の頃、『存在と時間』を初めの数ページ読んだだけでダウンした。本も難しいが、なにより顔がさまざまな哲学者たちのなかで一番難しい顔をしているような気がした。難しいことが良き哲学の条件というわけじゃないが、髭を生やし眼光鋭くこちらを睨みつけている写真が印象的で、まるで猛禽類のように鋭く、どんな真理を見抜いてやるぞという気配を感じたものだ。その猛禽類のような鋭い爪で、うら若きアーレントの乳房を鷲掴みにしていたのかと想像すると、嫉妬に燃える私の股間もなぜか熱くなっ
 、、、ところで、当時(80年代初め)の私の哲学の資料は、高校の倫理社会の教科書だった。ヘーゲルやマルクスにはさっぱり興味がなく、生の哲学や実存主義に憧れを感じていて、キルケゴールやニーチェから始まって、実存主義へと連なる思想の流れについての紹介を何度も読んだ。取りを務めていたのはサルトルで、ハイデガーも実存主義哲学の一人として紹介されていた。ただ、政治性の強いサルトルより、存在の神秘へと錘を降ろしてゆくような雰囲気のハイデガーの方が私の趣味に合っていた。しかし、ハイデガーへの挑戦は、私の未熟さゆえにあえなく挫折してしまったわけだ。

 数年後、別冊宝島の『現代思想入門』が出て、ハイデガーは私の前に「現象学」という括りで新たに姿を現した。ハイデガーのイメージは実存の哲学から現象学という厳密な学へと変化を遂げたのだ。まあ、括りが変わったからといって、理解が進んだというわけではないのだが。
 ただ、実存主義の王様は言うまでもなくサルトルであり、その意味でハイデガーはサルトルの前座にすぎなかったのに、この『現代思想入門』でのサルトルは、フッサール、ハイデガー、メルロ=ポンティと並ぶ現象学者の一人として扱われていた。むしろ、その後の現代思想との関係で言えは、デリダやフーコーに影響を与えたハイデガーや構造主義との親和性を持つメルロ=ポンティの哲学のほう」が重要で現代的だというニュアンスがこの本にはあったように思う。そのため私のハイデガーへのリスペクトはその後も続いた。

 今村仁司によるハイデガーの読みは、私にとって決定的だった。ハイデガーの哲学(とりわけ中・後期のそれ)は、制作的理性、近代社会を貫く生産中心主義を根源的に批判する営みだというのである。もうこれも20年前の話なので、恥ずかしながら何冊か読んだ今村さんの本のディテールもすっとんでしまったのだが、ハイデガーの仕事がマルクス主義の資本主義社会への批判と響き合うようなアクチャルなものだということを教えられ、いたく感心したことを覚えている。
 だが、何がマズかったって、今村さんのおかげで、読みもしていないハイデガーをすっかり読んだ気になって、結果的にリスペクトしたままハイデガーから遠ざかってしまったことだ。

 『暴力のオントロギー』という今村さんの本の最後にバタイユ論があって、ハイデガーと同じ問題意識のもとに読み解かれていた。バタイユというと、『エロチシズム』といくつかのポルノ小説しか読んでいなかったのだが(笑)、この小論から視野が広がり、『呪われた部分』や『宗教の理論』など堅い内容のものを読むようになった。しかしご存じのようにバタイユはハイデガーを批判している。正確な表現は調べないとわからないが、「体験の鋭さを持たない」、「ハイデガーの本は酒というより酒の製造法みたいなものだ」という言い方で批判していた。自分のことを哲学者と呼ばれるのを嫌い、聖人または狂人であると称したバタイユらしい言葉であるが、私もバタイユの立場への共感が膨らむにつれ、書斎や研究室がお似合いな「学者」のハイデガーに、狭さを感じるようになっていった。なんということか、、、いまだに読んでいないというのに、リスペクトしてきた哲学にミソがついてしまったのだ。

 去年、レヴィナスの『全体性と無限』を松田優作のごとく「なんじゃこりゃあ~!」と(心の中で)叫びながら読んだ。訳は平明だと思うが、とにかくとっつきにくかった。今では共感できる部分も増え、半分ぐらいは理解できたんじゃないかと思っているのだが、本の中に「近年のハイデガーの哲学は、恥辱に満ちた権力の哲学と化している」という厳しい批判の言葉が書き込まれてあった。ありゃりゃりゃりゃ、、、とうとうかつて私が崇拝した哲学は、読むのも恥ずかしいものとなってしまったということなのか。。。こうなってくると、ナチへの加担だとか、不倫だとか、スキャンダラスな面ばかりが浮かび上がり、あの鋭い目つきと難しい顔は、いやらしいオヤジの顔にすら見えてきてしまったぞ。

 もうたくさんだ、いい加減、他人の読みとかに惑わされずに、ちゃんと生ハイデガーを読めってことなんだろ? ハイハイ、わかりました。そうします! だって、崇拝していた哲学者の本で覚えているのが、『存在と時間』の最初に出てくる、ウーシアがなんだとかいうとこと、矢印(方向指示器)がくるくる動く(らしい)当時の自動車の記述のところだけってのは、さすがにマズイだろう。
 

 追記; バタイユのハイデガー批判の言葉は以下の通り。「私の見る限り公刊されたハイデッガーの作品は、一杯の酒であるよりはむしろ一つの製造法である(製造教程でしかないと言ってもいい)。それはアカデミックな仕事であり、その従属的方法はその成果とぴったり貼りついている。逆に私から見て重要なのは、剥離の瞬間である。私が説くのは(もしそれが真実であるとすれば・・・・・・)、陶酔であって哲学ではない。私は哲学者ではなく聖者、おそらくは狂人なのだ。」
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プロフィール

荒井賢 (Ken Arai)

 住所 埼玉県越谷市
 生年月日 1964年2月15日
 職業 アニメーション背景制作
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