泥沼通信

祭りの戦士 @ กลับมาจากกรุงเทพฯ

 

Category: 亡霊退治   Tags: 思想  芸術  亡霊退治  

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芸術(アート)への斥力

 イルコモンズ氏のサイトから引っ張ってきた白川昌生氏という人の文章を読んでみる。非常に近い立場にあるせいか、何の抵抗もなくスッと自分の中に入ってきて「そうそう,その通り!」と肯きたくなる。、、、にもかかわらず、同時に自分の中の本能が、「何かが違う!」「ここには何かが足りない!」とザワザワと騒ぎ始めるのだ。結論から言ってしまうと、芸術(アート)という手続きに対する距離感、というか斥力がここにはあまり感じられない。つまり、資本主義(スペクタクル社会)に抗するということの中には、(抵抗を懐柔する装置である)アートを脱構築する実践の契機が含まれていなければならないと思うのだが、それがどうもここには感じられないのである。


 「イルコモンズ氏のインタヴュー記事(「〈帝国〉のアートと新しい反資本主義の表現者たち」)に刺激を受け、私は疑問を持ったり考えたりしながらここまで書いてきた。イルコモンズ氏自身は、現在は「美術家を廃業したアーティスト」として活動しているラディカルなアクティヴィストである。彼にとって、「美術家」という言葉は、これまでの「職業としてのアーティスト」を意味している。そして「職業としてのアーティスト」とは、社会的政治的問題からは隔絶した美術市場の中に住み込み、美術以外のあらゆる問題に無関心に制作活動を行うアーティストの謂いだと考えたからこそ廃業したのであろう。しかし、ある自覚をもって活動してゆく「美術家」を「技能的実践家としてのアーティスト」と読みかえることは不可能だろうか。私は可能であると考えたい。」

 「近代社会の中で成立してきた「職業としてのアーティスト」という概念ではなく、文化の専門家としての、「技能的実践家としてのアーティスト」という概念の方が、現在の社会においてはより有効だと思える。「英雄としてのアーティスト」のイメージが、並外れた偉業、妙技、勇気、忍耐、卓越、才能などといった概念とともに、個人に集中していくのに対して、日々の生活スタイルを支持、維持してゆくありふれた活動や、非個人的な共感覚の共有、遊びといったものの「技能家としてのアーティスト」のイメージの方は、社会形成のダイナミズムをより深い所から活性化させ、多様化させる方向へとよりかかわってゆくことになる。そこでは、日常生活の祝祭的な側面が強調され、感性的、身体的手段によって人々との共働的社会的絆を再生させる仕事の一部をアーティストが積極的に引き受けることになるのだ。

 「参加、経験、共働することによって発生してくるパフォーマティヴな場がアーティストの活動の場であるとするならば、そこで英雄的な行為ではなく、贈与の行為のような日常的な領域 だれもが行なえることを率先してさまざまにやってみせるその意味での文化活動の専門家がアーティストということになるだろう。ここまでアーティストというものを拡大して考えてくると、近代芸術の中で作られてきた「英雄としてのアーティスト(芸術家あるいは美術家)」という概念は、既存の芸術の制度とヒエラルキーのなかに安住するものにしかみえなくなってしまう。そうしたなかで、前衛とか反資本主義と言ったところで、わずかな時間のうちに市場、制度にくみこまれ、正統化され、歴史化され、消費されて終わることになるそうした歴史を何度、見てきたことだろうか。それゆえにあえて、再度、絵画や彫刻的なものの可能性を問う必要も意味もあるのではないか、と私は思っている。それに対して、「技能的実践家としてのアーティスト」の場合は、既存の制度、概念、ヒエラルヒーから逸脱しており、神話化されることもなく、日々の事象の中をくぐりぬけてゆくそのパフォーマティヴな行為、作品、姿勢が、贈与として周囲の人々へ手渡されてゆくことになる。」

 「アクティヴィズムという活動をどう定義すべきか、さまざまな議論のあるところだが、かりに、「反資本主義の立場に立つ表現者たち」と大きく定義するとすれば、先ほどのトライバル系の表現者たちから、ホームレス支援活動のビラを作る人、〈ユーチューブ〉でパレスチナ支援を画像で訴える人、無人化した商店街でアート・カフェを営む人、過疎化した山村に住んで大型資本による開発に反対する人、有機農法を実践しながら地元のアーテイストを支援する人、北方少数民族資料館の人たちなどまで、それこそいたるところで、さまざまな目立たない形ではあるが活動している無数の、無名の人々をも、広義のアクティヴィストとよべないだろうか。まさに「多様な 現の技術・芸術(アート)」のフィールドがあるのではないだろうか。
現実に生活、地域、労働、自然、環境が活性化し、ともに希望を共有して生きていくことができるということが一番求められていることなのだ。イルコモンズ氏の言う、現状への「いたたまれない気持ち」を共有できる人々、領域が当然ながら芸術をこえてひろがっていく可能性と必然性を、今の社会は持っている。この「いたたまれない気持ち」を持たざるをえないような事象が、農業、林業、漁業、介護、医療、教育、サービス、建設、土木、政治、法律、芸術等々、今日の社会のいたるところに存在していることを無視することはできない。」

白川昌生『美術館・動物園・精神科施設』




 白川氏はこの文章でアーティストの概念をずらし、定義しなおそうとしている。つまり美術市場においての「美」という商品の個人主義的な生産者から、アクティヴィスト=反資本主義の立場に立つ表現者の一形式、あるいは一部門としてアーティストという言葉を定義しなおしているというわけだ。したがって白川氏にとっても、自らの芸術活動は広汎な反資本主義的なアクションの一部門として位置づけられているだろうと想像する。しかも自身の作品は、基本的に商品として「売る」ことを目的に創られてはいないだろう。
 ヨゼフ・ボイスは「私はもはやアートの世界に属さない」と語っていたが、白川氏のこのアーティストという言葉の意味の「ずらし」もボイスの言葉同様に芸術(アート)の脱構築を意図するものだと考えられる。しかしその白川氏の作品を見ても、正直なところ退屈で、「普通にアートじゃん」という感想を持ってしまう。これでは「前衛とか反資本主義と言ったところで、わずかな時間のうちにシステムに回収されてしまう」と白川氏が批判する「英雄としてのアーティスト」の手になる作品と結果的にどこが違うんだろうか。もちろん白川氏の活動はこうした作品制作にとどまらない広がりを持っているわけだろうが、、、。
 実はこうした退屈さを、ヨゼフ・ボイスの作品を見ても感じてしまうのだ。主張には共感するし、八面六臂の活躍には頭が下がる(それに比べて泥沼に沈んでいるオレはどうよ?)のだが、「何かが違う!」「ここには何かが足りない!」と生理的な拒否感がはたらいてしまう。

 つまり問題はアートを政治的なアクションの一手段に解消することだけではなく、近代芸術の手続き(制度)そのものを脱構築し、芸術「表現」そのものから距離をとることではないか。というのは、芸術(アート)という手続きの構造そのものが、システムへの抵抗を懐柔する回収装置として、資本主義(スペクタクル社会)と根深く結びついていているからなのだ。すなわち芸術(アート)という装置は、まず生(コミュニケーション)の一部分を作品として切り取ることで商品化し、市場に流通させるためのアタッチメントとしてはたらき、さらにそうした芸術商品を生産する専門的表現者としてのアーティストと、その芸術を消費するオーディエンスとに分割することで、資本主義(スペクタクル)社会における生の疎外の維持、強化に一役買っているのである。シチュアシオニストは、芸術作品を創らず、集団的に都市空間に介入するという戦術で、戦後いち早くこの芸術表現という回収装置への批判意識(距離)を明らかにしていた。しかしスペクタクル技術が飛躍的に進化する中、こうしたシチュアシオニストの活動の意義は、以降現在の左派系アクティヴィストにどこまで共有されているかは微妙なところである。
 もちろん、芸術(アート)が抵抗の回収装置であるからといって、芸術的表現手段を用いることが必ず現行システムへの追従を意味する、ということにはならない。*1  だが、資本主義に抵抗しようとするものが、そうした装置から距離をとるというのは、ごくごく自然なことだろう。というのも実践的に解体(脱構築)しようとしている対象が、その実践の手段として用いられるということは論理的にありえないからである。いや、むしろそれは解体作業そのものを解体させてしまう。そうした事実があるからこそシチュアシオニストは、とりわけ60年代に入ってから内部のいわゆる「芸術派」のメンバー(初期には受け入れられていたコンスタント、ガッリツィオなど)のパージを行い、自分たちの活動と、芸術(アート)との距離をより明確にしていったのだ。*2 

 白川氏にしろボイスにしろ、何か足りないと感じるのは、このアートに対する斥力、距離感なのである。確かにそこには商品化したアートへの批判があり、資本主義への糾弾がある。彼らのアクションが、アートとアクティヴィズムの間(文化=政治)という今日的なトピックにおいて評価(再評価)されている理由はよくわかる。僕自身、反資本主義の立場にある者として、こうした試みを基本的には支持しているし、もっと広がるべきだと思っている。例えば村上隆 のような商売人の活動が、「我こそ現代日本最先端の文化シーンでござい」みたいな面をしてのさばっているのを見ると、ますますそう思う。しかし内部批判として言わせてもらえば、彼らには芸術(アート)の手続きそのものが回収装置として資本主義(スペクタクル)社会と密通している、という認識がたぶん欠落している。それゆえ彼らのアクションは、芸術(アート)とアクティヴィズム(政治)が外的、加算的に併置されるだけで終わってしまい(=芸術の脱構築に成功していないため)、資本主義に対するラディカルな抵抗のアクションにはなり得ていないと思うのだ。
 正直なところ僕は白川昌生氏やヨゼフ・ボイスについて詳しく知っているわけじゃないので、かなり直観的な意見としてこれを書いている。この点については、今後よく調べてみたいと思う。
 
 ただ、強調しておきたいのは、アート(芸術)とアクティヴィズム(政治)の間の異種交配というとき、そこで生まれているのは、従来の芸術と政治を加算的にノリで貼りあわせたようなものではない「何か」である、ということだ。例えば、シアトル闘争以来、政治運動がカーニバルのような外観をまとうようになり、その様子がアート(芸術)とアクティヴィズム(政治)の間の異種交配の象徴的なイメージになっている。そのように表象されること自体に間違いはない。が、気をつけなければいけないのは、異種交配の核心で起きている事態は、デモ行進(政治)にチンドン屋的な装飾(芸術)をほどこしたといった類の外的な融合ではない、ということである。


*1 この件に関して、岡本太郎を実例としていずれ論じる予定。
*2 シチュアシオニスト内部の「除名」の問題に関しては、いろいろな噂がある。例えばドゥボールの独裁的な権力によるものだ、など。もちろん僕は真実を知る由もない。しかし、この「芸術派」の除名は組織の根本理念に関わっているがゆえ、至極正当なものであろう。





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プロフィール

荒井賢 (Ken Arai)

 住所 埼玉県越谷市
 生年月日 1964年2月15日
 職業 アニメーション背景制作
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