泥沼通信

祭りの戦士 @ กลับมาจากกรุงเทพฯ

 

Category: 思想など   Tags: マンガ  

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

祭りの戦士Z 第1話<帝国>の黄昏────スーパー祭りの戦士降臨!



まあその、、、祭りの戦士ってのは、なんぼスーパーになったからといって、「無力を意志する力」なわけで、ホント苦悩が絶えないわけですね。

Category: 日記・その他   Tags: タイ  経済  

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

寝苦しい夜

 日本はまだ寒いようですが、暑くて寝苦しい夜が、増えてきました。季節は確実に移り変わってゆくのですね。熟れたマンゴーが道端で売っていましたが、これからドリアンなどの南国フルーツを味わえる季節です。ドリアンにむしゃぶりつけるのが、ここでの暮らしの数少ない楽しみの1つです。

 ところでまもなく私の47回目の誕生日、、、うわあ、、オヤジだ! 私の親父が他界したのは49歳のときで、その年齢に自分も近付いている事実に愕然、である。


 こちらから孫引き

宇沢 実は、1973年9月11日、私はシカゴにいました。あるパーティに出ていましたが、アジェンデ虐殺のニュースが入ったとき、フリードマンの流れをくんだ市場原理主義者たちが歓声を上げたのです。私は以後一切シカゴ大学とは関係しないと心に固く決めました。

宇沢 いまの経済学は、これまでのケインズとも違うし、あるいはマルクス経済学とも違う。経済学の原点を忘れて、その時々の権力に迎合するような考え方を使っていて、その根本にあるのが、やはり市場原理主義というか、儲けることを人生最大の目的にして、倫理的、社会的、あるいは文化的な、人間的な側面は無視してもいいという考え方がフリードマン以来大きな流れになっている。
 その考え方がどういう性格を持っているかというと、私のシカゴ大学の後任者にB教授という人がいるのですが、彼はフリードマンの思想を極端な形でつないでいった人です。その1週間ほど前、家に帰ると奥さんが13階の屋上から飛び降り自殺して雪の上に横たわっていた。まだ温かかった、と。それで彼は次にこう言ったんですね。「今度自分は自殺の経済学をやりたい」。彼の理論──それはフリードマンの理論でもあるのですが──ですと、奥さんは彼と一緒に生活する時の苦痛と飛び降り自殺した時の痛みを比較して、自殺したほうが痛みが少ないから合理的に自殺を選択した、と。さすがのフリードマンも、その時はじっと黙ったままでした。



げろスゲー話。こういうときマンガだと、少々困惑したミルトン・フリードマン教授の顔に汗を描き入れて、小さなフキダシに「……」なんで書いとくもんですが。

あと、ラテンアメリカの人達にとって9・11とは、73年のチリのクーデターの日のことだというウンチク、、、つか常識か、、、

02 2011 « »
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 - - - - -
目次

カテゴリー 累計
全記事一覧
前衛芸術研究室 28
亡霊退治 65
アート・建築・デザイン 29
思想など 144
旅行・タイなど 60
ニュース・時事など 31
フンデルトワッサー 12
中西夏之 3
日記・その他 116
記憶の底から 15
音楽 6
Category: None 22
反芸術研究室 6
最新のコメント
Twitter
タグcloud
アクセスカウンター
   




プロフィール

荒井賢 (Ken Arai)

 住所 埼玉県越谷市
 生年月日 1964年2月15日
 職業 アニメーション背景制作
 連絡先 araiken#mac.com #を@に置き換えてください。



Archive

RSS