泥沼通信

祭りの戦士 @ กลับมาจากกรุงเทพฯ

 

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こらえきれずオマエの中に高濃度の汚染水を大量放出! 「もしもの時は責任とってよね!」と、怒るオマエ。平謝りするオレ。でも、ただちに人体には影響はありません。

 ねえ、やっぱりちゃんとつけてよ~。いや、君のありのままを感じたいんだ。でも怖いし~。ホント、だいじょうぶだって。ホントなの? 全然問題ないから安心してよ。あああ生は最高だよ、、、



稲博士の「まったく問題ありません! どうぞ安心して頑張ってください!」のエールを受けてオレもハッスルハッスル! ところが、未曾有の快感にオレの燃料棒がこらえきれずに水素爆発!



今思えばこれがオレの人生最大のシビアアクシデント(苛酷事故)! たしかに直ちに影響はなかったが、10ヶ月後生まれてきたガキのために奴隷のように働く毎日だよ。稲博士の嘘つき! あれっ? 何の話だっけ。

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燃え上がるオマエの情欲の炎を、オレの制御棒で冷温停止!

 保安院「冷温停止できなかったら日本は終わり」との公式見解

、、、ということですが、最近暑くなって寝苦しいせいかよく夢を見る。福島原発がさい臨界を起こした夢とか、また大きな地震が来てガキを抱えて逃げる夢とか。これは予知夢? いやいや、おそらく私の隠された願望が夢になっているのかと。。。

 朝まで生テレビ!「原発」第1弾!1988年7月 

 私はほとんどテレビ観ないので初めて観ましたが、嫌な感じがするのは、石川迪夫という人の権力をバックにした物腰の柔らかさ、かな。ただまあ、あくまでも事故が起こってしまった今だからこそ原発推進派が悪者に見えちゃってるけど、広瀬隆の本を何の先入観もなしに読んだら、やはり煽りだって思っちゃうんだろうな。あと西部邁とか栗本慎一郎の「文明論」みたいのが(何言ってるのかよくわからないけど)カチンと来る。それと大島渚がまともな人だと知った。

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左翼コスプレ

 古臭い左翼のスタイルみたいのがあって、──ヘルメットやマスク、ゲバ棒といった闘争スタイルとか、アジ演説の独特の調子、横断幕や看板に描かれている左翼文字、さらに「自己批判」とか「総括」とかいうあの肩がこりそうな言葉遣いなど──その没個性的な感じが私は昔から嫌いだった。
 80年代以降すっかりそういうのは流行らなくなってしまったわけだが、『アンテルナシオナル・シチュアシオニスト』なんかを読んでると、やはりそういった古臭い左翼臭が多分に鼻につく。たとえば「9月25日、第1回会議は、まず、重要さの異なる17件の議題からなる議事日程の採択について討議し、その中から、最終的に、3件が切り離され、SIの別の審議に付託された。アスガー・ヨルンが、会議の議長に選出され、今大会のすべての議事で議長を務めることになった(『ロンドンでのSI第4回大会』より)」なんてのを読むといかにも堅苦しい会議をやっているように見えてくる。私自身は前衛芸術への関心からシチュアシオニストに興味を持ったので、そういう左翼臭さにちょっと面食らった。60年代という時代のせいなのかな、と思ったりした。そういう左翼的な堅苦しさの極めつけが、評判の悪いシチュアシオニストの「除名」行為である。これがスターリンの粛清や連合赤軍事件などの陰惨な排除を連想させるため、左翼の中でもシチュアシオニストの活動がこうした隘路に陥ったのではないかと見る人もいる。
 しかし、そうした類似からシチュアシオニストやその中心人物ドゥボールのスターリン的な教条主義を結論づけるのは早計だと思う。ひとつには彼らの「除名」行為はシチュアシオニストの理論的純粋さを保つために行われたもので、極めて正当である。例えばコンスタントの除名は象徴的なエピソードだが、シチュアシオニストは「状況の構築」という実験的な生に自らを投げ入れるとともに、制作的な態度からは極力距離をとろうとしていた(芸術を脱構築しようとしていた)。それに対してコンスタンスは自らの実験都市の構想を制作的に実現しようと考えていたふしがあり、それはむしろ結果的にシチュアシオニストの批判する都市計画に近づいてしまうものだったのである。彼らは常々シチュアシオニストは大衆的組織ではないと述べ、エッヂの効いた妥協なき前衛であり続けたいという意志を持っていた。誤解してはならないのは、「除名」は決定的な「批判」であって、除名された人物を認めないとか「抹殺」することを意味しない。あくまでもシチュアシオニストという前衛組織にはそぐわないという判断にすぎないのであって、これをシチュアシオニストやドゥボールの人間的な狭量さに還元することは、むしろそうした解釈をする人の視野狭窄、前衛の精神に対する無理解によるものと考えるべきだろう。
 というのもおそらくシチュアシオニストは、こうした古臭く、堅苦しい左翼スタイルを意図的に纏っていた、と思われるからである。木下誠氏の解説によると、、、

 彼らは最初からこうした本質的にいかがわしい集団として姿を現した。このいかがわしさを、その後もSIは一貫してその身に担っていくが、それは芸術運動と政治運動両方の否定、「作品」と「芸術家」の拒否、形あるものを何も生み出さないSIの活動形態にもまして、彼らの組織論そのものが、歴史上のさまざまな試みを組替えた「転用」の技術によって成り立っていたことから来ている。SIが60年代に入って、<社会主義か野蛮か>グループなどとの接触のなかでその組織論の前面に押し出していった「評議会」運動の理論と言葉も、そうした転用の例として理解しなければならない。SIは「評議会」という語を使いながらも、ロシア革命の初期の評議会、ドイツの20年代と30年代の評議会などを自由に転用し、それらを全く新たに組み替えて用いた。SIの評議会は、代理(ルプザンタシオン)に支配されたスペクタクル社会の統一的批判として徹底した直接民主主義を実行する母体という以上に、労働と遊び、芸術活動と日常生活、生の舞台装置としての統一的都市計画の実行の場、さらには、それらを通しての「新しい欲望」を創出する実験社会の場として考えられていた。この具体的な「場」を、彼らは「状況」と呼んだ。支配社会の最先端の技術と思想を転用し、アレンジし直す闘争の場、「転用」としての闘争の場を「構築」すること、それは解体と構築が一つの同じ過程であるような終わりなき脱構築のプロセスであるだろう。『「転用」としての闘争──シチュアシオニストと68年



 、、、ということなのだが、つまりシチュアシオニストは左翼スタイルを意図的に「転用」しているということだろう。もちろんシュルレアリスムを乗り越えて前衛芸術の流れの最前線に立っていると自負する彼らは、端から古臭い左翼スタイルなど軽蔑し嘲笑していたはずだ。しかし彼らは敢えてそのダサさを身に纏って面白がっていた。恋人や愛人にセーラー服やナース服を着せてセックスを楽しむように、シチュアシオニストは左翼プレイを楽しんでいたのである。しかしこれはたんにお遊びでやっているわけではなく、(セーラー服をきたまま馬乗りになって腰を振り、我を忘れて男を味わっている娘の姿が、学生という(神聖な)社会的人格を踏みにじるという意味を持っているのと同様)カビ臭い左翼の政治のスタイルをコケにし、踏みにじる方法でもあっただろう。したがってシチュアシオニストのこの左翼スタイルを真に受けるのは、少々浅はかである。さらにこの左翼プレイは、シチュアシオニストの活動を理解できる者、できない者を判別する試金石にもなっている。木下氏が述べる通り、シチュアシオニストはいかがわしく意地悪なのだ。
 だから評判の悪い「除名」行為も、気難しい顔をした教条主義者ドゥボールによる権力の乱用である、などとナイーブな見方をしてはいけない。大真面目な顔でゴリゴリの紋切り型左翼知識人を演じながら、後ろ向いて目を三日月型にして舌をチロッと出している。少なくともシチュアシオニストの思想を理解する限り、私にはそのような解釈しかできないのである。
 前衛はコスプレを欲する。あるいはニーチェ流に「仮面を欲する」、といってもいいかもしれない。都市の日常への介入による「状況」の構築がシチュアシオニストの課題であったが、彼らは形あるものを何も生み出さないその実践を、少々大げさに古臭い左翼のコスチュームを身につけて行った。だが、その面白さを一体どれだけの人が理解できただろう? 文化研究なんかやってる人でも真に受けちゃってこの有様なのである。

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五重の防御を破って破廉恥に露出するオレの核燃料棒をオマエの口で(舌も使って)ベントしてくれ!

 福島の原発事故の報道(マスメディアのではなく、インターネットからの情報)を見ていて驚いたことは、まず原子力発電の設計や管理のずさんさを示す事態が次から次へと明らかになっていったこと。安全だ安全だと言われてきたので、信じていたわけではないが、なんとなくだいじょうぶなんだろうと思っていたし、チェルノブイリのことがあったとしても、あれは(落陽の社会主義国家)ソ連の原発だから起きた事故なのであって、ハイテク技術国家日本の原発は安全性のクオリティが違うはずだと、なんの根拠なく思い込んでいた。さらに原発労働者の問題なんかを知るに至って、原発は私の中でクリーンどころかすっかりダークな存在になってしまった。
 それ以上に驚いたのは政府や官僚の不可解な動き方だった。突然の出来事に混乱していたのは仕方ないにしても、放射線に関する情報を出さず、「直ちに健康に影響はない」と言い続け、事故現場近隣住民の避難範囲を徐々に広げてゆくという対応には、とにかく事故を小さく見せようという意図が感じられ(いまだに続いているが)、それは国民の生命や健康よりも優先して守らねばならないものが政府にはあるだろうことを推測させる。まあ、政府が守ろうとしたものは「産業」、とくに「原子力産業」であったことは間違いないだろう。まあ、政治権力が資本の意思を代理するものである以上、こうした政府の動きは合点が行くものであるとはいえるが、国民の生命への配慮の乏しさは犯罪的であり許しがたい。
 日本の経済の長期停滞や閉塞感の原因として、旧来の支配層が既得権益を独占し続けているということ、そしてそのしわ寄せを貧困層や社会に新規参入してくる若者が負わされているという構図の話をよく耳にする。そもそも現政権は、このような閉塞感を打破し、チェンジするものとして登場してきた筈だった。しかし原発事故の混乱はそうした上っ面のベールをはぎ取り、政治と官僚とエネルギー産業、さらに学界とマスメディアを含む原子力をめぐる利権(既得権)の構造をそれこそX線撮影によるかのように透かし見せてくれた。つまり現政権そのものがチェンジどころか利権(既得権)でガチガチに固まっていたわけだ。
 芸術や文化をめぐるスペクタクルにはけっこう敏感だったつもりだが、エネルギー産業(原子力)をめぐるスペクタクルには私もやられてたんだな、と少々悔しく、期待してたわけではないが現政権にも、何か裏切られたような気分が残った。

田中優さん緊急講演会


 夢のある話にジーン。原発事故の影響によって、重たい利権のモンスターに大きな傷口ができ、その骨格や内臓がわれわれの目にさらされ、その向こうに風通しの良い未来が透けて見えている。われわれの為すべきは「復興」の美名のもとにモンスターの修復を行うことではない。むしろ更に傷口をさらに縦横に引き裂いて未来への扉を押し開くことだろう。

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El pueblo unido jamas sera vencido

昨日の反原発デモ、盛り上がったみたいだね。参加者1万5000人! みんな危機感をいだいているということだろう。



ちょっと驚いたのは、チンドン屋さんとかマーチングバンドが、チリの抵抗歌「El pueblo unido jamas sera vencido(団結する人民は敗北することはない)」を演奏してること。これ聴くと熱くなっちゃうのよ。


これね。

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想定外に怒張した核燃料棒が私のバージンを!


出不精なので、今までデモなんか参加したことなかったけど、さすがにこれは行ってみたいと思った。
というわけで、4月10日早朝、全日空961便で早朝羽田に到着、そのまま高円寺へ向かいます! 4月10日はオレのデモバージン喪失記念日だ!(嘘だよ、金なくて行けるわけないじゃん。)

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オレの硬い核燃料棒が熱く再臨界!

 小出裕章さんによる原発事故の解説をいつも聞いているのだが、ひょっとすると再臨界を起こしてるのかもしれない、という話をしている。

福島第一原発事故:再臨界:小出裕章 2011.4.5
福島第一原発事故:小出裕章 2011.4.6

 最悪の場合、炉心が溶けて水蒸気爆発が起こり、大量に放射性物質が環境に放出されることになりうるらしい。そうした毒物を子供たちが体内に取り込むことを考えると、大変なことにならないで欲しいと思う。

 が、その一方、この期に及んで、まだ原発推進とか言ってる人を見ると、「こいつらがぐうの音も出ないように、お前の本当の恐ろしさを見せてやれ!」と福島原発にハッパを掛けたくなる黒い自分がいることに気づく。
 たとえば首都圏に高濃度の放射性物質が大量に降ったら、家は? 仕事は? と、不安に思うが、もともと私などほとんど無産者なので、たいして失うものもない。ガキにはタイ人になってもらって、自分はバンコクの街角で女房と一緒に屋台でソムタムでも売って暮らしたとしても、今と大して変わりがなかったりする。いや、むしろそのほうが逆に幸せだったりするのじゃないのか? なんて思ってる嫌な自分がいる。
 つまり私の中にもカタストロフを熱望する「ハルマゲドン君」や「リセット君」がいるのだ。審判の日を待ちわびる正義の仮面をかぶったルサンチマンが私の中に潜んでいるんだ、としみじみ思う。

こういう危険な感情には、早いとこ制御棒を挿入して冷温停止せよ!


 ところで小出裕章さんて、話し方から冷徹でシニカルな人かと思ったけど、80年代の映像を見ると、

放射能を噛みしめながら

若々しくてずいぶん印象が違う。

 ついでに、田中三彦さんと広瀬隆さんの若い頃が見れる。

わかりやすい「原発」の話


いまとなっては、原発の安全性や日本の技術がアメリカやロシアのそれに比べて優位を持っているという物言いが痛々しい。

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「無私」の精神伝統

なにこれ、気持ちわりい。

大いなる宇宙・自然を受け止める精神伝統


、、、よく言うよ。
いや、女川町の佐藤さんは立派な方ですよ、もちろん。

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タイから日本へ



バードことトンチャイ・メークインタイというと、僕が初めてタイに来た20年前、イケメン歌手としてヒットを飛ばしていた。ゲイのアイドルでもあったとか。もういい歳のはずだが、、、ほんと日本は厳しい状況ですが、ありがとう。がんばります。
そういえば、カラバオの「TUNAMI」を訳してみたことがあったなあ。


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……

 お恥ずかしながら原発とか放射能についてろくすっぽ考えたこともなかったので、こんなのを見て毎日ビビっているしだいであります。




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プロフィール

荒井賢 (Ken Arai)

 住所 埼玉県越谷市
 生年月日 1964年2月15日
 職業 アニメーション背景制作
 連絡先 araiken#mac.com #を@に置き換えてください。



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