泥沼通信

祭りの戦士 @ กลับมาจากกรุงเทพฯ

 

Category: ニュース・時事など   Tags: 原発  

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神というより犬

 文化の領域における政治性については、いままでずっとこのブログでも綴ってきたところでもあり、しっかり認識してきたつもりだが、科学(者)はやはりニュートラルなスタンスにいるんだろうなと、どこかで思い込んでいた。山下俊一という学者は「私は、みなさんの基準を作る人間ではありません。みなさんへ基準を提示したのは国です。私は日本国民の一人として国の指針に従う義務があります。」と述べ100ミリシーベルト以下は安全だと福島でふれ回っているという。もうこの知識人の犬ぶりには吐き気をもよおす。

「神になった人たちのリスト」

 これ、神じゃなくて犬。放射能のように目にみえない権力の犬になっているんだ。福島の子どもを守るために闘っている人たちが、いまいちばん人間らしい顔をしているように見える。

Category: 日記・その他   Tags: タイ  

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ウキーーーーッ!

雨季入りしたんだろう。バンコクでは激しい雨が降っている。
そしてしみじみ思う。
タイで暮らしていることが、自分のガキの将来にマイナスになっているんじゃないか、と最近思うようになった。

空中分解した国、子供を被曝させる

しかし唯一自分のガキにラッキーを与えてやれたな、と思うのは、今日本にいない、ということだ。

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憂国

 反原発を主張する『世界』掲載の論文や小出裕章氏とか広瀬隆氏とかの所論はどれも力をこめて何年にもわたり原発否定の科学的根拠を提示しつづけて来た人々の努力の結晶なので、その内容には説得力があり、事故が起こってしまった今、なにびとも簡単に反論できないリアリティがある。例えば教授ポストを捨てて生涯を危険の警告に生きた小出氏などは、話し方にもパトスがあり、人生に謙虚で真実味があり、原子力安全・保安院長のあの人格のお粗末ぶりとは違って、説得力にも雲泥の差があるともいえるだろう。

西尾幹二氏が脱原発の立場を鮮明化



 脱原発派で、原子力産業をめぐる利権構造を批判し、内部被曝の危険性や核廃棄物への憂慮を口にして、福島の学童疎開を主張するナショナリストと、廃棄物の最後の捨て場を引き受けてくれる自治体はあるのかという質問に答えて、「お金ですよ。最後はお金です。ダメといわれたら二倍にすればよい。それでもダメなら、結局はお金ですから、五倍にして、否という人はひとりもいません。」と言い放つでたらめ科学者と、どっちが好き? 

う~ん、、、どっちもヤダ。

あえて選ぶとすれば?

う~ん、、、やっぱ、どっちもヤダ。 target=

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岡本太郎は芸術の終わりなき脱構築の実践者である その2

 岡本太郎はアンドレ・マルローとの対談の中でこんな発言をしている。

 「だけど、芸術家が、もし真に”自由”であるなら、なにも無理して絵を描く必要もないんじゃありませんか。」
 「それにしても、なぜ芸術家が商品をつくらなければならないのか。それが現代の一番の問題だとおもいますよ。」
 「芸術家にとっては、自分の死後、自分の作品が残るのこらないはどうでもいいことじゃありませんか。むしろ残さないという意志も芸術家にはあるのですよ。芸術が残っていてどういう意味があるのだろう。作者がそのとき、現時点においてつくったということが絶対の時間、瞬間なのであって、 作品が残る残らないは、作者が考えるべきことではないと思う。」


 芸術作品の価値を擁護するマルローに対して、岡本太郎は作品的に「無」であることの意義を執拗に主張し、噛み付いている。岡本太郎のイメージは、一般的にはストレートにポジティヴな芸術の礼賛者であり、非常に生産的な芸術家だと思われているのではないかと思うが、意外なことに作品的には「無」であることを意識的に選択したシチュアシオニストのような発言をしているのである。(とくに『曼荼羅頌』というエッセイでは、太郎の芸術に対する距離感がまざまざと表明されている)また逆に、そんなこというなら何で岡本太郎は絵や彫刻をせっせと作ってたわけ? という疑問も出てくるかもしれない。

 芸術家の両親を持ち、本場フランスで自分を磨こうとしていた岡本太郎にとって芸術は彼の全てであったはずであり、だからこそその意味についても悩んでいた。前衛芸術の仲間たちや知識人たちと交わり、触発され、前述のパリの暗い映画館での決意──安全な道と危険な道の岐路に立たされた場合、危険な道を選ぶ──に至るのだが、おそらくそのとき太郎は自分が「芸術」といかに関わるかについて一定の解を得たのではないかと思う。
 そのとき岡本太郎はスペクタクル化装置としての「芸術」──成功と失敗、作品につけられた値段の序列が織り成す、ブルジョワジー(資本)によってアレンジされ始めた価値の空間──の外部にはっきりと立ったのだ。危険な道を選ぶのであれば、成功や喝采は(ましてや金は)追求すべきものではないだろうし、あえて失敗することを望むかもしれない。それどころか「作品」を作らないことすら意志することもありうるだろう。この地点において太郎は「芸術」を自分から突き放すことに成功し、以降「芸術=作品」は、彼にとって自ら「危険な道」を歩むための手段としてのみ是認されるものになったのではないかと私は想像する。
 つまりこの危険な道を選ぶという岡本太郎の実践は、同時に「芸術」(のスペクタクル)の解体(=脱構築)の一面を持っているということだ。これはシチュアシオニストの「状況の構築」の実践が、同時に芸術の脱構築でもあることとまったく同じである。ということはシチュアシオニストにとって「状況の構築」に奉仕する作品は「転用」と呼ばれたように、岡本太郎の「芸術」は、実は「芸術」の「転用」──スペクタクル化した「芸術」の、「危険な道」を歩むための手段への「転用」なのである。こんなことは誰も言ったことがないかもしれないが、有名な太郎の絵画「森の掟」や「明日の神話」は「転用」絵画である。ドゥボールの映画が「転用」映画であるように、「太陽の塔」は「転用」モニュメントであって、「芸術」ではないのである。もちろん岡本太郎は「転用」という言葉を用いず、あくまでも「芸術」という言葉で自分の活動を表現しようとしていた。それで彼は「芸術」という言葉の定義のほうを変えて、「芸術ではない」芸術(太郎の言葉を借りれば「絵でない絵」)という言い方をしなければならなかったのだ。

 近頃、アンチ資本主義的な文化的アクティヴィズムのなかで岡本太郎が最評価されている。芸術の商品化が問題になったのは今に始まったことではない。が、金融資本主義のカネ余りの投資先としての「芸術(アート)」がクローズアップされているなんていう悲惨な時代において、芸術の無償性を主張し続けていた太郎を評価する理由は痛いほどよくわかる。
 繰り返すがそのような岡本太郎の理解は間違いではない。しかしそこから浮かび上がってくる太郎のイメージには、どうも気の抜けた炭酸飲料を飲まされているような甘ったるい物足りなさを感じてならないのだ。岡本太郎には一筋縄ではいかない、容易に舌が受け付けられぬ「苦さ」があって、そういう苦味がどこかに飛んでしまっているのだ。この飛んでしまった部分とは、「芸術」への斥力であり、「芸術」を「脱構築」しようとすればほとんど生理的に生じてくる「芸術」への距離感である。
 それはシチュアシオニストの理解に関しても言える。シチュアシオニストを反体制的パフォーマンス・アート集団であるかのようにみなして、例えばフルクサスなんかと並べて論じたりしているのを目にするのだが、これもまったく同様の取り違えに基づくものだ。シチュアシオニストが運動の内外に対して結構なビター風味だったのは御存知の通りで、「状況の構築=芸術の脱構築」という運動の方針を理解しない者には、内部からは除名という形で、外部に対しては類似の文化的アクティヴィズム(プロヴォやパンクなど)への批判という形で、厳しく対処していた。
 一般に反資本主義の文化的アクティヴィズムは「芸術」との関係ではオプティミカルであり、運動の手段として「芸術」をポジティヴに活用している。定式化すれば「運動+芸術(アート)」という形になるだろう。一方、岡本太郎やシチュアシオニストは「芸術」への絶望──「芸術」そのものがスペクタクル化の装置になってしまっていることへの絶望──からスタートしていて、「芸術」から距離を取ろうとするネガティヴな「脱構築」のベクトルに貫かれている。このような差異はたぶんスペクタクルという概念の理解の差異に関わっていると思われる。木下誠氏によると

「スペクタクル」とは、単に権力やマスメディアが大衆に与える政治的-社会的イヴェントとしての「見せ物(スペクタクル)」とか、スターや人気商品を情報や広告・宣伝を大量に用いてこの社会での生き方のモデルとして提示する「イメージの大量伝播技術」といった狭い意味に限られたものではない。「スペクタクル」とは、政治や経済、生産や消費から個人の生活や趣味、人間関係に至るまで、すべてのものを動かす仕組みとして、「表象」に支配された「近代」社会を根底的に支える本質的構成原理である。


 ……ということで、スペクタクルの原理は資本主義社会の上に「イメージの大量伝播技術」として覆い被さっているようなものではなく、想像以上に私たちの生活の奥深くまで食い込み、ほとんど資本主義そのものの謂となっているのである。そこから、岡本太郎やシチュアシオニストは「スペクタクル化装置となってしまった芸術はもはや資本主義批判に使えない」という絶望的な認識を引き出しているのである。つまり彼らにとっては「運動+芸術(アート)」という定式はナンセンスであり、「運動=芸術の脱構築」という定式にとって変えられねばならない。そしてもしこの定式の中に「作品」が入り込むとすれば、それは「転用」作品なのであり、「芸術」ではない。しかしその差を見抜けるのは、「スペクタクル」という概念の深い意味をを見抜ける、前述の「目利き」だけでなのだ。

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僕の chim↑pom が、、、怒ってます!

 東京・JR渋谷駅構内に展示されている画家、故岡本太郎氏の壁画「明日の神話」に、アート集団「Chim↑Pom」(チンポム)が、東京電力福島第1原発事故を思わせるベニヤ板張りの絵を張り付けたことを明らかにした問題で、警視庁渋谷署は19日、軽犯罪法違反容疑などでメンバーから事情を聴く方針を固めた。

壁画落書き アート集団聴取へ



怒ってます!



 岡本太郎の壁画に福島第一の原子炉建屋の落書きがされて話題になっていたことは知ってるね。僕も画像を見て思わずニヤッとしてしまったよ。あれは chim↑pom というアーティスト集団の手になるものだった。chim↑pom については僕はそれほど評価する気はないのだが、軽犯罪法違反容疑なんてことになってくると擁護しないわけにはいかないだろう。
 まずもって岡本太郎の絵はすべて悪質な落書きみたいなものだし、彼の存在そのものがほとんど犯罪的だったんだ。天才だか狂人だかわからないような芸術家やその作品も、本人が亡くなってその瘴気も半減期とともに薄れてくると、もう守るべき文化財ということになってしまうらしいね。みんなも知ってるかもしれないけど、岡本太郎にとっては作品を作っている時の情熱が全てであって、作り終わったものに関してはどーでもよかったんだよ。太陽の塔に反体制の学生が登って大騒ぎになったことがあったけど、太郎はそれを逆に面白がって自らカメラに収めていたんだ。だからこの程度の落書きに過剰に反応する必要は全くないよ。第一、メンバーから事情を聞く方針って、何を聞くって言うんだい? あの原子炉建屋がすべて語ってくれている。野暮な話じゃないか。
 それ以上に気になるのは警察のゼロ・トレランスな捜査のほうだ。以前にもこんな事件があったけど、本当に社会空間に開かれた裂け目、いわゆる「割れ窓」を取り締まることには異常なほどご熱心だ。まるで戦時中の憲兵みたいだよ。こうした管理が作り出している、何とも古臭くて偏狭な道徳によって締め上げられた社会というものに果たして健全さなんてものがあるのかな? 警察の方々もそんなつまらない捜査なんかやめて、世界的に環境を汚染している非常に迷惑千万な発電所を国民をだまくらかして作ったり運転したりしてきた悪人や、福島の子供たちを安全デマで危険に追いやっている犯罪者たちを取り締まったほうがいいと思うのだが、どうだろう?

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岡本太郎は芸術の終わりなき脱構築の実践者である その1

 岡本太郎が亡くなってもう20年近くになるだろうか。彼の活動はいろいろな面から検証されている。前衛芸術家としての、フランス仕込みの思想家、著述家としての、また人類学、民族学者としての、そして人間としての岡本太郎。どんな面においても、彼の活動から面白い問題を提起できるだろう。が、私はもうひとつ、シチュアシオニストとしての岡本太郎という一面を浮き彫りにしたいと思う。
 もちろん実際には岡本太郎とシチュアシオニストの間に接点はない。そのうえ一般に「芸術家」としてカテゴライズされ、生涯エネルギッシュに芸術作品を創り続けた太郎と、スペクタクル化した「芸術」を徹底的に批判し、「作品」の製作そのものを戒めていたシチュアシオニストとの間には、対立点こそあれ、共通点など見出すことができないようにも思える。
 が、岡本太郎の言明によ~く耳を傾ければ、彼が常にシチュアシオニスト同様の芸術の「脱構築」の実践者であったことがわかるはずだ。太郎を好意的に解釈する人でも、この点に注目した例は私の知るところほとんどいない。岡本太郎がたんなるエキセントリックな爆発親父として解釈されて終わりになってしまわないように、私は彼の突出した活動を今日のアクティヴィズムの平面に着地させたいとずっと思ってきた。この論考もまたその試みである。

 シチュアシオニストは左翼の社会運動であるが、その特徴を一口で言えば「スペクタクル社会の批判とその乗り越え」ということになるだろう。スペクタクル社会とは、社会において少数の特権的でアクティヴな情報の発信者と受動的な観客への分離が生じ、権力が大多数の大衆に(主として視覚的テクノロジーを駆使して)社会への不介入を刷り込み、生を剥奪するという支配の構造のことである。シチュアシオニストの活動のスキームはその前身であるシュルレアリスム同様、芸術と政治の統合にあったが、その運動は「芸術」の枠組みそのものが、生や運動をスペクタクル化する働きにフォーカスし、シュルレアリスムも根本からそうした「作品」中心主義的なスペクタクルの原理に汚されていることを厳しく批判するところから立ち上がってきている。そうしたシュルレアリスムの轍を踏まぬよう、シチュアシオニストのスペクタクル批判は、同時に「芸術」から距離をとる=「芸術の脱構築」の面を必然的に持っていた。そのため彼らは運動の内外に対して、自分たちの運動が「芸術」運動と混同されないように注意を払っていた。シチュアシオニストに狭量な印象を与えている「除名」の厳しさはこの点に由来している。
 が、実際にはシチュアシオニストのメンバーも多くの「作品」を作っている。ドゥボールの映画、ヨルンの絵画、ベルンシュタインの小説などがそうだが、それらはあくまで社会状況への介入に奉仕するための手段である限り認められる「転用」作品だった。つまりスペクタクル化装置となった「芸術」を「転用=最領有」するものとしてのみ「作品」は認められたのであり、あくまでもシチュアシオニストの活動の重心は「状況の構築」という介入の実践にあった。

 ところで岡本太郎であるが、ご存知「芸術は爆発だ!」など、常々「芸術」について語り、病に倒れる直前まで絵画や彫刻の「作品」を作り続けていたわけで、文字通り「芸術家」だったと言って差し支えないように見える。しかし太郎はパリで抽象絵画を描いていた頃から「芸術」と距離をとろうとするような発言や行動をしていることに注目したい。
 パリで岡本太郎が参加していた「アブストラクシオン・クレアシオン」という抽象絵画の国際グループの画集に若き日の太郎の言葉が載っている。私の記憶に間違いがなければそれは「……まさに形でない形、色でない色を求めるべきだ。」というものだ。他では「絵でない絵」という言い方をよくしているが、いずれにしろ少々謎めいた言葉だ。
 これは「絵(=売ることを目的とした商品としての絵)ではない絵」、つまり太郎もよく言っている「無償の」絵を描くべきだという、芸術の無償性についての言明だと一般的には捉えられているし、私もそう思ってきた。この理解自体間違いではないと思うが、もうひとつの重要な論点が潜んでいる、というか、色々な著作や発言を検討してみれば、これは「芸術の脱構築」についての言明ではないかと思うのだ。それはほとんどシチュアシオニスト的な問題意識と重なっているのだが、ここをしっかり見抜けるのはかなりの「目利き」だけだ、と言っておきたい。

 岡本太郎はパリ時代、絵を描くことの意味にずいぶん深く悩んでいだ。ソルボンヌで哲学や民族学に打ち込み、一時は絵を描くことをやめてしまった、とも言っている。人に好かれるような(売り物としての)絵を描くなんて卑しい、しかし、では何を描くべきなのか? 岡本太郎は、戦後より明確になってくる前衛芸術の商品としての回収に、戦前の段階ですでに敏感に反応し嫌悪を抱いていたのだ。
 描くことの意味はシュルレアリストやバタイユのグループとの付き合いの中で追求されていった。そうした追求の結果であろう、自伝の中で岡本太郎はパリでのこんなエピソードを書いている。「ある日、真っ暗な映画館の中で自問自答していた。自分の目の前には2つの道があり、一方は安全な道、もう一方は危険な道である。人間は瞬間瞬間にこの2つの道の岐路に立たされている。暗闇の中で私は決意した。そうした岐路に立たされたとき、必ず危険な道を選択することを……。」
 このとき以来太郎はこの決意を貫き通しているという。これは芸術上の信念ということではなく、日常の生活のあらゆる面で、恋愛とか、45歳になってから始めたスキーの中にも貫かれている決意だと語っている。あまりにシンプルな言葉で表現された「思想」であるが、ここからはいろいろな問題が展開できる。

 「危険」を選択するという思想が意味することは、まず、「安全」な道という「維持」「獲得」「蓄積」などのタームに親和性を持つ自己保存の原理に対して、自分の存在を実験に供する「贈与」の意味を持っている。究極の「贈与」は自己の死ということになってしまうので、「可能な限り」という但し書きがつくはずであるが。また、「獲得」を放棄するということは「力(権力・権威・経済力など)」を求めず、むしろ「無力」であることをすら求めるという意志がこの選択の中には含まれている。太郎は「人生は積み重ねではなく、積み減らしだ」と言っているが、この意味で理解すべきだろう。もちろん、生とはそもそも「力」であり、究極の「無力」は自己の死を意味する以上、実際には、太郎の決意は「無力」を意志する「力」でありたい、ということにほかならない。
 また他者論の観点からも見ることもできる。岡本太郎自身は「他者」という言葉は使っていないが、よく「運命」という言い方をしている。生まれた時からわれわれに襲いかかってくる「運命」とはすなわち「自己」にあらざる「他者」以外の何物ではない。この「運命」を「愛する人を迎え入れるように」受け止めると太郎は言っている。いわゆる「歓待」の哲学であるが、「必ず危険な道を選択する」という彼の決意からは歓待などという生易しいものではなく、徹底的に他者によって自己を踏みつけ、蹂躙させることによってしか自己を維持できない、と言っているような印象すら受ける。
 このような極端な受動性の哲学はすでにシュルレアリスムの中に現れ始めていた(オートマティスムは受動性を極限化する方法である)が、それをより純化して極限的な哲学に作り替えている、という意味では岡本太郎とシチュアシオニストは共通している。例えばシチュアシオニストの「状況の構築」はメンバーたちの実験的、贈与的(シチュアシオニストの前身のレトリスト・インターナショナルの機関紙の名前は『ポトラッチ』だった)な都市空間への介入という方法をとっているが、それは介入することでつくり出した状況に自分自身が巻き込まれるという受動性に付きまとわれてもいるのだ。
 シチュアシオニストの「状況の構築」は、権力や権力に同調する建築家が、神の如き俯瞰的地点から都市を改良しようとする垂直的、戦略的(ド・セルトー)な「都市計画」と真っ向から対立するものであった。逆に「状況の構築」における介入は、「無力=受動的」であり、水平的かつ他者と対面的であることを方法的に選択している。ド・セルトーは「戦術」という言葉を「民衆(弱者・無力な者)のもののやり方」であると定義したが、シチュアシオニストの活動は明らかに「戦術」的である。これは岡本太郎の活動にもそのまま当てはまるだろう。
 両者の活動がシュルレアリスムの批判的乗り越えという面を共有するなら、こうした類似は合点の行くことである。そして当然ながら岡本太郎とシチュアシオニストの「芸術」に対するスタンスも、(一見共通点などないように見えて)実によく似ているのである。(つづく)

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あの日、オマエとベッドの上でギシギシと激しい縦揺れと横揺れを経験し、その後巨大な快楽の波に弄ばれ、、、、爆発して放出しちゃったのよ

いろいろ考えさせるインタヴュー


 私は昔からテレビを観ない人でしたが、ニュースはやはりテレビや新聞などのマスメディァの世話になっていた。しかしあの日以来、すっかりインターネットの独立系の報道やフリーのジャーナリスト(岩上安身とか神保哲生とか上杉隆とか)、twitterなんかで情報を収集するようになってしまったよ。

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あゝ、溶ける~ 堕ちる~

すいませ~ん。1号機メルトダウンしてましたあ~。てへへ、、、

ったく、な~にをいまさら。もうオメーらの言うことは何も信じてねーよ。。

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私を弟子にしてください。お望みとあらば私のアナルも捧げますから。

「私もシニア決死隊の一人です。」 小出裕章

 師匠! あなたをこれから師匠と呼ばせてください。周りの人には「危険だ」と警告を発しながら、師匠自身は危険な前線に飛び込む志願をしているという。本来はもっと別に行くべき人がいるのではないかとも思わないでもないのですが。
 それに比べてこちらは「安全だ」「影響はない」といいながら異様にガードが硬いのですが、恥ずかしくないんすかね。


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5.7 原発やめろデモ!!!!!!!

バルタンさんが言ってたのはこれかな?



El pueblo unido jamas sera vencido だけじゃなく、ビクトル・ハラ「平和に生きる権利(El derecho de vivir en paz)」 来たねえ~! なんか日本語の歌詞が変だけど、なんか涙。



 そもそもこれはベトナム戦争へのプロテストソングで歌詞の中に「ホーおじさん」とか「インドシナはナパーム弾の花開く地」みたいな言葉があるんがけど、お、オレいま一応インドシナ半島にいるぞ! と思ったり。ベトナム戦争当時のタイには米軍基地があって、ここから爆撃機が飛び立ち、米軍兵たちの命の洗濯のために作られたのが、女と酒とヘロインの楽園、パタヤだったという話は有名。



おまけ。宮台さんはあまり好きくないのですが、仲間ということで。

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あゝ、また濃いのが、濃いのが出ちゃう~

『このままいくと8日にも高濃度の放出が行われる。』河野太郎公式ブログ

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怒ってます!

ネット上に反原発“バイブル”拡散 専門家「不安あおっているだけ」 

 東日本大震災に伴う東京電力福島第1原子力発電所の事故を機に、原発をめぐる特定の文書がインターネット上に拡散している。原発の元技術者が危険性を訴えた講演をまとめた文書で、事故後、ブログへの転載が急増した。さながら反原発の“バイブル”と化しているが、原発に詳しい専門家らは「一見して正確性に欠ける。不安をあおっているだけ」と批判、正しい情報の選別を訴えている。
 文書のタイトルは「原発がどんなものか知ってほしい」。昭和40~60年代に一級配管技能士として原発で勤務経験があり、各地の原発運転差し止め訴訟にもかかわった故・平井憲夫さん(平成9年死去)が行った講演を市民団体がまとめた。A4版23枚、約2万字にも及ぶ。7年の出版後、少なくとも12年ごろにはネット上に流出したという。
 文書は20章から成り、いずれも原発の危険性を誇張した内容が目立つ。事実と異なる情報も多く、《素人が造る原発》という章では「事故の怖さを知らない全くの素人を経験不問という形で募集している」と記述。《放射能垂れ流しの海》との章では「海に放射能を含んだ水が何十トンも流れてしまうのです。(中略)日本列島で取れる海で、安心して食べられる魚はほとんどありません」との内容になっている。
 文書は原発事故前から原発反対派の間では必読書だった。19年の新潟県中越沖地震で2~4号機が停止している東京電力柏崎刈羽原発(同県柏崎市、刈羽村)は今も再開中止を求める反対運動が根強いが、市周辺では、文書が掲載された雑誌が一般の医院にも置かれ、広く読まれていたという。
 今回の事故を受けて、明確な原発反対派だけではなく、漠然と原発を危険に思う一般の人々の間でも急速に広まり、新たに約8000のブログで紹介された。農業関係者や育児中の母親など特に放射能汚染に敏感な人々が多く、今もブログへの転載は増え続けている。
 一方、多くの原発専門家らは文書の信頼性に疑問符をつける。《素人が造る原発》について、電力会社の関係者は「配管をつなぐだけでも経験は必要。素人に重要機器の設置分解など任せられない。少し考えればわかること」と指摘。《放射能垂れ流しの海》についても、各地の原発では放水口の放射能数値が公開されており、実際に垂れ流されていれば専門家でなくても一目で分かるという。
 ネット情報に詳しい京都大大学院情報学研究科の山本祐輔特定助教(社会情報学)は「放射能に敏感で専門知識には乏しいネット利用者の場合、『原発は危ない』という表層的な情報に飛びついてしまう。自分はその情報を知っているという優越感からブログに転載し、連鎖していく」と話す。
 事故後、福島第1原発の周辺で調査を行い、冷静な対応を呼びかけている札幌医科大の高田純教授(放射線防護学)は「今回の文書のように、いたずらに不安をあおる不正確な情報が出回ることは原発の推進、反対のどちらにとっても迷惑な話。マスコミが政府の発表内容をしっかりと検証した上で報道し、正しい情報・知識を国民に伝えてほしい」と話している。



というわけでご紹介。原発がどんなものか知ってほしい(全) 平井憲夫


怒ってます!


 しかしこの専門家とやらの言い方がイヤラシイね。

「放射能に敏感で専門知識には乏しいネット利用者の場合、『原発は危ない』という表層的な情報に飛びついてしまう。自分はその情報を知っているという優越感からブログに転載し、連鎖していく」

って、一体何様のつもりなんだい。まるで自分だけは事態を客観的にジャッジできると言わんばかりじゃないか。
 たしかに僕らには専門的知識なんてないから、平井憲夫氏の文書を検討することなんて無理。でも今までさんざん圧倒的な金と権力をバックボーンにした推進派の『安全・クリーン・絶対必要』のデマを(デマなんだろ?)、僕らは刷り込まれてきたんだ。いや、こんな事故が起きてからでさえ、非対称的なスペクタクルに取り囲まれている状況はまったく変わっていないのに、「マスコミが政府の発表内容をしっかりと検証した上で報道し、正しい情報・知識を国民に伝えてほしい」みたいな寝言はもう勘弁してほしいね。マスコミや政府が決して中立な存在ではないことは、今まさに白日のもとに晒されてるところじゃないか。かりに平井氏の情報に不正確な点があったとしても、産・官・学ぐるみでなされてきた巨大な嘘をしっかり検証する事のほうがずっとプライオリティの高い課題のはずだよ。「原発の推進、反対のどちらにとっても迷惑な話」なんていう対等な関係なんかそもそもどこにあるのかな? こういうフェアを装ったアンフェアにこそ気をつけなければいけないね。それに国民には冷静な対応を、なんて言ってるけど、本当に僕らは冷静にしてていいのかも疑問だよ。相手チームのストライカーがゴールに迫ってる時に「冷静に」なんて諭されることのほうがよっぽど迷惑な話だよ。そういうときはファウルを犯してでも止めに行くものだろう。冷静さは大事だが、ほんとうに危険が迫っているときには、研ぎ澄まされた野生の勘を信じたほうがいい場合だってあるんだから。
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亡霊退治 67
アート・建築・デザイン 29
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旅行・タイなど 60
ニュース・時事など 31
フンデルトワッサー 12
中西夏之 3
日記・その他 117
記憶の底から 15
音楽 6
Category: None 23
反芸術研究室 6
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プロフィール

荒井賢 (Ken Arai)

 住所 埼玉県越谷市
 生年月日 1964年2月15日
 職業 アニメーション背景制作
 連絡先 araiken#mac.com #を@に置き換えてください。



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