泥沼通信

祭りの戦士 @ กลับมาจากกรุงเทพฯ

 

Category: 日記・その他   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

ピサロの教え

ピサロがセザンヌに教授したことについて、ベームの本により詳しく記されている。

「モチーフを選び、右と左に何かあるのかを確認し、すべてを一度に描く( à tour simultanemént )ように。部分を描いてからまた部分へと描かずに、周囲との関係で色の調子の価を正確に観察し、全体に色を塗りなさい。小さな筆のタッチで描き、あなたの知覚を直ちにしっかり留めようとしなさい。目は、一点に釘づけにならないように、すべてのものを受け取り、その際には周辺のものへの色彩の反射に注意しなければなりません。空、水、木の枝、地面に、並行して取り組みなさい。そして、全体が定まるまで繰り返し高めていくようにしなさい。最初の時点でもカンヴァス全体を覆っていき、もはや付け足すことがなくなるまで制作しなさい。前景から地平線にいたる正確な大気の遠近を、空や木の葉の反射( refier )を観察するように。強い色彩を加えるのを恐れず、制作を少しずつ細やかにしていくように。規則や原則に基づいて進めず、あなたが知覚し感覚するものを描きなさい。素早く躊躇せずに描きなさい。なぜなら、最初の印象( impression )を失わないことが大切だからです。自然の前で臆病になってはいけません! 間違え誤りを犯す危険は覚悟で大胆にならなければなりません。師となるものはただひとつ、自然なのです...」

この教えはセザンヌによってきわめて真剣に、かつ独特な方向に突き詰められていった。

Category: 日記・その他   Tags: ---

Response: Comment: 2  Trackback: 0  

ゴットフリート・ベームのセザンヌ論

を図書館で借りて読む。返さなきゃならないので、ざっと読んだだけ。

セザンヌが自然を見つめるとき行っているのは、現象学で言うところの「エポケー」だという指摘、セザンヌの仕事はマラルメのそれと類縁性があるという指摘などピンとくる内容だった。
とりわけ「近代のよそよそしさ(疎外)に対してセザンヌは絵画を用いて回答した」という意味の言葉に惹かれた。

それにしても未だに理解できないのは有名なセザンヌの言葉が、「自然は球体、円錐体、円筒体として取り扱わなければならない。そのすべてが透視図法(遠近法)に従い、物体と平面の前後左右が中心の1点に集中されるべきである」だ。キュビズムにインスピレーションを与えたというのだが、この言葉をエミール・ベルナールに語った頃のセザンヌの絵は平面的で、球体や円錐形など感じさせる部分は少ないし、ましてや遠近法とは無縁な絵になりつつあった。なんとかこの言葉の納得ゆく謎解きをしたいのだが、、、
05 2014 « »
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
目次
エントリー

カテゴリー 累計
全記事一覧
前衛芸術研究室 28
亡霊退治 65
アート・建築・デザイン 29
思想など 144
旅行・タイなど 60
ニュース・時事など 31
フンデルトワッサー 12
中西夏之 3
日記・その他 116
記憶の底から 15
音楽 6
Category: None 22
反芸術研究室 6
最新のコメント
Twitter
タグcloud
アクセスカウンター
   




プロフィール

荒井賢 (Ken Arai)

 住所 埼玉県越谷市
 生年月日 1964年2月15日
 職業 アニメーション背景制作
 連絡先 araiken#mac.com #を@に置き換えてください。



Archive

RSS