泥沼通信

祭りの戦士 @ กลับมาจากกรุงเทพฯ

 

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モダニズムの退潮

 コンパニョンはボードレールがギース論で論究している「現代性」の作品の特徴を五つ抽出している(Compagnon 1990 p.34f/53頁以下)。それらは、そのままボードレール以降の芸術の現代性そのものを表す指標として理解してもさしつかいないだろう。それはすなわち(1)未完成(non-fini)(2)断片性(le fragmentaire)(3)無意味(insignifiance)ないし意味の喪失、あるいは有機的な統一や全体性の拒否(4)自律性(autonomie)、批評意識である。ここにあげられた項目は、かなり広い射程で歴史的なモダニズム芸術の特徴を言い当ててもいる。われわれが典型的なモダニズムの作品の特質として想起するのは、例えば絵画におけるリアリズムからの離脱(印象主義)、抽象化と表層化(キュビズム、抽象絵画、表現主義)、文学にみられる作品の本質的な未完結性(カフカの三大長編はいずれも未完である)、通常の物語の語りの解体(ジョイス)あるいは通常の時間意識の解体(フォークナーの『響きと怒り』)、本質的な不在性(『ゴドーを待ちながら』のゴドーの不在)、創作過程への言及や作品の円環的な構造(プルースト)、作品が同時に自己批評であること(T・Sエリオットの『荒地』に付された詳細な注)、また音楽においては調性からの離脱(シェーンベルク)などであるが、それらは上記のボードレールに見られる四項目とかなり重なり合う。さらにもう一つ大きな特徴としては、モダニストたちが共通にもっていた(5)大衆文化とキッチュへの敵意をあげることができる。ボードレールに始まりアヴァンギャルドの運動を経て1960年代には完全に退潮に入ったモダニズムを、単に歴史化するのではなく、今日にとっても意味あるものとして理論化するには何を述べればよいだろうか。
「モダニズム」の後の「ポストモダン」 田辺秋守



 上で言われているモダニズム芸術の特徴とやらは、(5)の「大衆文化とキッチュへの敵意」を除いて、アートワールドによってでっち上げられたものである。(1)未完成(2)断片性(3)無意味ないし意味の喪失、あるいは有機的な統一や全体性の拒否のような作品の特徴は、「芸術」の外から芸術の世界に侵入してきたアヴァンギャルドの「生きられる文化」としてのあり方が、結果的に残すことになった特徴に過ぎないのに、あたかもある時期からそうした特徴を、(4)「自律性、批評意識」を持って目指すようになったかのように、「芸術」の歴史的展開の物語に書き変えるという簒奪行為をやらかしているのである。
 例えば、キュビズムのモダニズム流解説に「多視点性」という言葉が登場する。ピカソなんかの正面向きの顔の中に横から見た鼻がくっついているパースペクティブを無視した絵について、「多視点性=遠近法に則った1つの視点から見た光景だけでなく、多数の視点から見た光景を1つの画面に共存させる技法」がキュビストたちによって編み出されることで可能になった、みたいなことが言われるわけだ。が、それはキュビストが多視点を統合した絵を指向したというより、1視点から描かれる遠近法による空間の再現にキュビストが興味を失ったことで、結果的に現れてきた特徴だと考えたほうが腑に落ちないだろうか。絵を描く上で遠近法に従うことはルネサンス以降の西洋美術にだけに特徴的な性質であって、特別な訓練を経なければとそうした見方はできない。むしろ多視点的な見方のほうが人間にとって自然で、そうした絵に回帰しただけの話ではないのだろうか。また、「デフォルマシオン」についても全く事情は同じで、モダニズムでそれは、描く対象の特徴を誇張し変形させるテクニックだとされているが、実際には西洋美術特有の写実主義の追求への関心の消滅が、結果的にもたらしたものなのである。グリーンバーグの有名な「平面への還元」物語も同じやり口ででっち上げられている。
 上で田辺秋守氏が述べているモダニズム芸術の特徴のうちで正鵠を射ているのは、(5)の「大衆文化とキッチュへの敵意」だけである。高級文化である「芸術」は、何らかの「低級な」文化に対立し、卓越・優越するすることで成り立つという身振りを持っているからである。

ボードレールに始まりアヴァンギャルドの運動を経て1960年代には完全に退潮に入ったモダニズムを、単に歴史化するのではなく、今日にとっても意味あるものとして理論化するには何を述べればよいだろうか。



 退潮に入った??? いわゆるポスト・モダニズムの登場によるモダニズムの規範の衰退のことを言っているのだろうが、「生きられる文化」を隠蔽するモダニズム(スペクタクル)のペテンは、ブレることなく作動しているのではないか?(つづく)

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