泥沼通信

祭りの戦士 @ กลับมาจากกรุงเทพฯ

 

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今まで幾つかのアヴァンギャルド(モダニズム)芸術論を読みかじってきたが

、、、ペーター・ビュルガーの論が一番マトモだと思う。グリーンバーグやアドルノのように、未来派、ダダ、シュルレアリスム、ロシア・アヴァンギャルドなど(ビュルガーのいわゆる「歴史的アヴァンギャルド」)を冷ややかにスルーすることなく、むしろそれらこそが前衛芸術運動の肝だとしているあたりが、ビュルガーのアヴァンギャルド論の特徴だ。おそらくビュルガーはアドルノたちのモダニズム(モデルネ)論には不満をいだいていたことだろう。

まず従来のブルジョワ芸術〔市民芸術〕の芸術作品の生産に対して、アヴァン ギャルドの「生産」は何か新しいのだろうか。自律的なブルジョワ芸術の生産は個人的なものである。生産の担い手である芸術家は個人として生産し、芸術家の「個性」は「ラディカルに特殊なもの」と把握される。つまり「天才」の概念である。 これに対してアヴァンギャルドは「個人の生産」というカテゴリー自体を否定する。 アヴァンギャルドの作品は天才をまったく期待せず、そもそも作品制作に才能を必要としないというメッセージを送っている。たとえば、デュシャンの有名な「泉」は、大量生産品である小使器に署名(偽名)をし、それを美術展に出品することによって、個人的生産ということを無効化する意図をもっていた。ビュルガーによれ ば、デュシャンの行為は作品の質ではなく署名の方が重きをなす芸術市場を挑発したことにとどまらない。個人を芸術作品の創造者であると考える原理が否定されているのである。
 また、アヴァンギャルドは作品の個人的な受容も否定する。ダダのイヴェントはイヴェントにおいて挑発され憤激した観衆がイヴェントの一部に巻き込まれることを 意図している。そもそもアヴァンギャルドは生産者と受容者の区別に異議を唱える。 これが明確に表れているのが、ダダ的な詩を書くためのツァラの教示や自動筆記によるテクストの構成法に関するアンドレ・ブルトンの手引きである。彼らの処方にしたがって人々が書き、実際に生産者になることをアヴァンギャルドは望んでいた。
『モダニズムからアヴァンギャルドへ(ペーター・ビュルガー)』 田辺秋守



 ここでビュルガーが見抜いているのは、明らかにアヴァンギャルドの「生きられる文化」としての性格である。「卓越の文化」という性格を持つ「芸術」のベースになっているのは「個」であり、ある「個人」が「表現者(演者)」として、「観客」に対して卓越することで成り立っている。また「卓越(優越)」には、卓越を評価する物差し(ヒエラルキー)と視線(権威)がつきまとっている。「天才」とか「個性」「独創性」のような言葉はそうした物差しと視線(疎外)のもとでのみ意味のある言葉なのである。一方、「生きられる文化」とはそのような物差しと視線が無効になった瞬間の生(自律した生)のことである。したがって「生きられる文化」は「芸術」とは全く異なる、「芸術」外部の「生=文化」のあり方である。ビュルガーは、「芸術」の領域(アートワールド)に外から侵入した「生きられる文化」(生の演者と観客への分離(疎外)からの自律)を歴史的アヴァンギャルドの中に活動の中に嗅ぎつけたようにみえる。

ビュルガーによれば、〈芸術のための芸術〉(I'art pour l'art)をモットーとする唯美主義(デカダン派、象徴主義など)は、ブルジョワ芸術が[自己批判の段階]に到達した芸術である。その意味で、唯美主義の態度はアヴァンギャルドの必然的な前提になっている。唯美主義は芸術家の実生活と作品の内容とのあいたに距離を設け、作品に社会的な生活実践のかかわりを持ち込むことを退けた。ここにおいて芸術は文字通り自己目的化する。唯美主義が引き合いに出し否定する生活実践とは、日常的な市民生活のなかの目的合理的な連関である。多くの場合それは中産階級に特有な「卑俗な世界観、功利主義的な偏見、凡庸な順応主義、趣味の低劣さ」(カリネスク)といった諸特徴と結びついている。もちろんアヴァンギャルドの芸術家たちは、目的合理的な秩序を拒絶することを唯美主義者だちと共有する。しかし彼らを唯美主義者から分かつのは、芸術に基礎を置いた新たな生活実践を構築しようという試みである。つまり、市民社会の目的合理的な秩序の対極にあるものを生活の構成原理にするという試みである。こうしたアヴァンギャルドの志向は、アンドレ・ブルトンの有名なスローガンに要約されている。「〈世界を変えよ!〉とマルクスは言った。それに対して〈生活を変えよ!〉とランボーは言う。この2つの標語は、我々にとって同じことを意味しているのだ](1935年[文化防衛のための作家会議J)。それをビュルガーの言葉でいいかえれば、「生活実践のなかで芸術を止揚する」ということになる。(同上)


 ビュルガーのアヴァンギャルド論の特徴は、ブルジョワ芸術の自己批判である自律的芸術(モダニズム)の段階がまずあって、それに対するアンチテーゼとして歴史的アヴァンギャルドの生活実践の試みが生まれた、という二段構えのアヴァンギャルド論になっているところだ。ビュルガーによると、唯美主義­­=自律的芸術(モダニズム)もアヴァンギャルドも、中産階級に特有な「卑俗な世界観、功利主義的な偏見、凡庸な順応主義、趣味の低劣さ」を否定する実践だという。これは資本主義社会における生のあり方(すなわち疎外)こそが問題にしているのであり、アヴァンギャルドは「芸術」の領域を越えた「生(生活)」全体の課題を解決する実践である、とビュルガーが考えていることは明白である。つまりアヴァンギャルドの運動の原点にあるのは、モダニストがいう「美的伝統の否定」ではなく、「ブルジョワ(資本主義)社会の疎外の否定」だということである。(はたしてモダニズム段階とアヴァンギャルド段階なんてものを設定する必要があったのか疑問だが)この点のビュルガーには大賛成だ。最大の問題は、フェイクとしてであっても、自律的芸術なんていうおとぎ話を実在とみなしてしまったこと、そしてこうしたアヴァンギャルドの生活実践が、「芸術」の内部から歴史的展開とともに出現してきたと考えているところだろう。言い方を変えれば、ビュルガーには「芸術」外の文化が目に入っていないということである。
 ビュルガーのいう「非・個人的生産、受容」という生活実践の特徴を、支配階級の文化の流れをくむ「卓越の文化」である「芸術」の歴史から引き出してくるのは難しいだろう。むしろそれは(祝祭を中心とした)民衆の生活文化である「生きられる文化」の特徴なのである。さらに「生きられる文化」は非個人的であるとともに、非歴史的である。アヴァンギャルドたちが未開部族のプリミティヴな文化にインスピレーションを受けていたことは、当然ビュルガーもよく知っているだろうが、あくまでそれは外的な影響(きっかけ)としてであって、アヴァンギャルドそのものが「生きられる文化」であり、だからこそ彼らはプリミティヴな文化に同質の文化のあり方を見出して熱狂したのだ、とまでは思っていなかっただろう。

 アヴァンギャルドは、芸術を生活実践の場に移行させ、そこで芸術を解消するという意味において、「芸術の自律性の止揚」を目論んだ。この目論みは完全に挫折した。こうしたアヴァンギャルドの運動の挫折の意味を良く見積もれば、その結果は「作品」カテゴリーが回復され、アヴァンギャルドによって「反芸術」を意図して実践された手法(たとえばコラージュ、オブジェ、レディ・メイド、デペイズマン、オートマティズム、イヴェント等)が、あらたな作品制作に貢献する手法の一つとして制度〈芸術〉に回収されたということになろう。 50年代以後のネオ・アヴァンギャルドはこれらを「反芸術」としてではなく、再び「芸術」として実践した。「ネオアヴァンギャルドは芸術としてのアヴァンギャルドを制度化し、これによって真にアヴァンギャルド的な志向性を否定する。
 また、挫折の意味を悪く見積もれば、市民社会のなかで「自律的な芸術の偽りの止揚」(ibid. p.72f./77頁)という結果をもたらしたと考えられる。そうした偽りの止揚として、ビュルガーは娯楽文学と商品美学が隆盛となる傾向を指摘している。娯楽文学と商品美学は典型的に「他律的な芸術」である。他律的な芸術とは、社会からの相対的な自律性を得ることができなくなった芸術であり、作品が制度〈芸術〉以外の諸制度の何らかの目的のために役立つように生産され、受容されるような芸術である。娯楽文学と商品美学を受容するには、消費的態度をとらざるをえない。作品を消費することによって受容することは、モダニズムが作品の受容者に作品の批判的な受容を求めたのとまったく対極にある。だが、それはまたファシズムによって強制された「生活の美学化」とも異なった「強制」のもとにある。ここでは芸術の自律性の解消は、芸術をめぐる市場社会の他律性(Heteronomie)の強化に直結しているのである。モダニズムとアヴァンギャルドを含めた広い意味でのモダンの芸術の行程は、こうして「自律性」、「反自律性」、「他律性の強化」の軌道上を進行していた。(同上)


 その結果、ビュルガーは「個人的生産、受容」という卓越の文化の特徴が復活し、文化産業(娯楽文学と商品美学)と見分けがつかなくなってしまった第二次大戦後のネオ・アヴァンギャルドを目にして、「アヴァンギャルドの挫折」などと絶望感を露わにするのだが、たまたまある一時期「芸術」という制度の中に忍び込んだ「生きられる文化」が、またどこかに去っていっただけのことなのに、それを「芸術」の歴史の後退だと嘆いているのである。

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荒井賢 (Ken Arai)

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 職業 アニメーション背景制作
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