泥沼通信

祭りの戦士 @ กลับมาจากกรุงเทพฯ

 

Category: 思想など   Tags: Thought  

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試論 供儀論におけるアクションとリアクション

『道徳の系譜』第1論文においてニーチェは、善悪の価値評価の起源に二種類の手続きをがあることを見ている。
 一つは、まず悪(敵)があって、それに対するものとして、自分(たち)を善と捉えるというやり方。
 二つ目は、自らの力の充実から、自分自身を善(よいもの)と感じ取り、それ以外の存在を劣悪なものとして捉えるというやり方である。

 一つ目はニーチェの言うところの奴隷道徳的な価値判断、生理的な不満足、ルサンチマン(怨恨)の感情から生じる価値評価である。ひとことでいえばこれはリアクションによる価値評価の方法だといっていいだろう。抑圧された民族(奴隷階級)が支配者を「悪」と措定することから翻って被支配者である自分自身に「善」という属性を派生させるという手続き………例えばキリスト教徒の善悪の価値判断をニーチェは繰り返し批判している。
 当然ながらニーチェは高貴な、貴族的価値判断として、二つ目のやり方を称揚している。

 ニーチェはこう述べる。
 『全ての貴族道徳は自己自身に対する勝ち誇れる肯定から生まれでるのに反し、奴隷道徳は初めからして<外のもの>・<他のもの>・<自己ならぬもの>に対して否と言う。つまりこの否定こそが、それの創造的行為なのだ。価値を定める眼差しのこの逆転こそが、まさにルサンチマン特有のものである。すなわち奴隷道徳は、それが成り立つためには、いつもまず一つの対立的な外界を必要とする。生理学的に言えば、それは一般に働きだすための外的刺激を必要とする、………それの活動は根本的に反動である。貴族的評価法にあっては、事情はその逆である。これは自発的に働きだし成長する。これが自らの対立物を求めるのは、さらにいっそうの感謝の念をもち歓声をあげて自己自身に然りと言わんがためにほかならない。』
 貴族とか奴隷というニーチェ流の概念は誤解を招きやすいが、とにかく自己肯定的な価値判断と、反動的、つまりリアクションによる価値判断が存在するとニーチェは言っているのだ。


 ところでこないだのサッカー・アジアカップで、中国人の反日感情が吹き出したことは記憶に新しい。かつての侵略者である日本人への怒りはまだ消えていないのだ。が、そこに中国の国内事情を絡めて考える見かたが一般的だった。
 たとえば石原東京都知事は「独裁政権というものは外に敵がいないと成り立たないから……」というようなことを言っていた。つまり、中国という巨大国家の意思統一のために、かつての侵略者である日本人をスケープゴートとして利用するという愛国教育政策が、結果的にあのような激しい反日感情に結びついたのではないかという分析である。現実はそう簡単に割り切れるものではないということを承知の上だとしても、中国社会の内部で、日本人の排除による秩序の生成が行われているのは間違いがないだろう。
 が、もちろんこのような排除のメカニズムは、中国社会に限ったものではない。他ならぬ僕らの日本社会だって間違いなく持っている構造なのだ。わかりやすい例をあげるなら、太平洋戦争中の日本人は、アメリカ人などを同じようにスケープゴートとしていた。「小日本」どころではない。僕らは彼らを「鬼畜米英」などと呼んでいた。
 つまりある共同体が、共同体であるためには、一つの暴力的な排除が必要である、ということ。共同体の秩序を安定させ、意思統一を行うために、混乱した共同体の内部の暴力を一定の方向へ吸い上げるために、スケープ・ゴート(生贄)が必要なのだ。
 安っぽいSF映画なんかでよくあるだろう。宇宙人が地球に侵略してきたときに、今まで行われていた地球上の国と国の争いが姿を消して、一致団結して共通の敵(宇宙人)に立ち向かうという構図…………あれである。

 『あらゆる秩序の起源には、秘められた一つの死の風景が横たわっている。原初における供儀、または秩序創出のメカニズム。共同体は<異人>という内なる他者を殺害することにおいて、共同体であることへ自分自身を差し向ける。言葉をかえれば、私たちは<異人>の殺害という現実の、または象徴劇の中に内面化された共同行為を媒介として、みずからをかれらとは異なるわれらへと自己同一化するのである。』(赤坂憲雄『排除の現象学』)
 『文化秩序の起源には常に人間の死があり、その決定的な死は、その共同体の成員の死である。』(ルネ・ジラール『暴力と聖なるもの』)

 もちろんここでは、実際に人間を殺しているわけではない。中国人が内面化している日本人を、また日本人が内面化したアメリカ人を象徴的に生贄に祭り上げている。それによって、中国あるいは日本という共同体の意思統一を図っているのだ。
 しかしなにかいたたまれないような、すっきりしない気持が残る。なるほど共同体が一つの秩序をもつためには一つの供儀が必要だ。だが今こうしている時も僕らは何らかの共同体に属し、アイデンティファイしている。僕は近代人であり、日本人であり………ってな具合に。ということは今僕ら自身が、まさに一つの供儀、一つの暴力的な排除に加担しているということである。赤坂憲雄は『排除の現象学』のラストを次のベンヤミンの言葉で締めくくっている。

 『だが、われわれの都市のすべての地点は、犯行現場ではないのか? そこを通行するすべてのものは、加害者ではないのか?』

 僕らは罪深き血塗られた暴力の共犯者なのだ。少なくとも僕はそのように学んできた。しかしそれは仕方がないことだと赤坂やジラールは言っているのか? 仮にそうだとして、ではどうすればいいのだろうか?


 ところで、赤坂憲雄やルネ・ジラールが述べている文化秩序のメカニズムは、明らかにリアクションに基づいている。まず悪(敵)を生贄として排除的に分離し、対立的な外部を措定することによって共同体内部に秩序を生成させるという手続きは、ニーチェの言うところの「奴隷的」な価値判断のそれである。
 どうなのだろう。つまり赤坂憲雄やルネ・ジラールの文化秩序生成の図式は、あくまでもリアクション、反動的に形作られた秩序について語っているだけであって、実はすべてを説明していないのではないだろうか。もう一つ肯定的な、ニーチェの言うところの「貴族的」な秩序生成の手続きがあるということは考えられないだろうか?

 古代メキシコのアステカ族の社会は人身御供の社会であった。近隣諸部族との戦争で捉えた捕虜をピラミッドの上で殺害し、太陽の神にわしづかみにした捕虜の心臓を捧げた。宇宙の秩序を維持するためには、人間の血を絶えず太陽の神に捧げる必要がある、とアステカの人々は考えていた。アステカ人にとって太陽は人間の血を与えなければその運行を停止してしまうというものだったのだ。
 なるほどまさに図式通りの供儀がここにはある。バタイユは『呪われた部分』の中で、歴史家サアグンによるメキシコ先住民の生活の報告を長々と引用しているが、それにしても残忍なこの社会の奇妙ににギラギラした陽気さはなんだろう。この社会がジラールの言うようなリアクションによってのみ形成されたものなのだろうか?
 リアクションによって形作られた共同体の秩序にはなにかうしろめたい、怨念のような暗さがつきまとっている。学校の教室で繰り広げられるいじめ、かつての学生運動での内ゲバ、関東大震災の時の朝鮮人の虐殺、社会主義国家で行われた粛正、キリスト教会での異端の排除、近代の黎明にヨーロッパ中に吹き荒れた魔女狩りなど。すべて何らかの共同体の秩序の安定のために生贄の殺害がなされている。そしてこの共同体の成員は秩序の安定と引き換えにうしろめたい罪の感情を共有している。
 アステカの社会も同じメカニズムによって成り立っているのだろうか。そうだと言えるかもしれないが、僕にはこの残酷で罪深いアステカ社会の習俗になにか無垢なものを感じてしまうのだ。やはり、供儀のメカニズムの中にも、リアクションによるものと、純粋なアクションからのものと2つの位相があると考えてしかるべきだろう。 截然と2つの位相を分離することはできないかもしれないが………。

 例えばニーチェは『悲劇の誕生』の序文で悲劇の起源についてこんなことを述べている。
 『ペシミズムや悲劇的神話、生存の根底にあるすべての恐ろしいもの・邪悪なもの・謎めいたもの・破壊的なもの・不吉なものの姿かたちに対して、古代ギリシア人は激しい好意をよせているが、それはなぜかということ、………つまり、悲劇はどこから発生せざるをえなかったのか? ひょっとしたら、悲劇は快感から生まれたのではないか? 力から、みちあふれるような健康から、ありあまる充実から発生したのではないか? また悲劇芸術も喜劇芸術もそこから発生したあの狂気、ディオニュソス的狂気は、生理学的に言って、どういう意味を持つのか? どうだろう、たぶん狂気はかならずしも退化・下降・末期的文化の徴候とはかぎらないのではあるまいか? これは精神病医の問題だが、ひょっとしたら健康からくるノイローゼといったものがあるのではないだろうか? 民族の青春と若々しさからくる神経病といったものが? …………』
 ニーチェの愛した悲劇時代の古代ギリシアについて述べられたものである。あふれるような健康から狂気や悲劇への偏愛が生まれるということがあるのではないか、というニーチェの思想はむしろアステカの社会にこそ当てはまるような気がする。

 生贄の殺害という演じられたのではない現実の悲劇の中に生きたアステカ人………。生贄にされたのは愛くるしい子供や若い娘であったり、近隣の諸民族との戦争(これを「花の戦争」という)でアステカの戦士たちが血を流し、大きな犠牲を払いながら捕らえてきた敵の捕虜だったりした。アステカの神話はアステカ人に悲劇を強いるシステムであった。
 それら供儀の悲劇が意味するのは、宇宙の「秩序」を維持するためにアステカという共同体が自らの大切な財産(血、生命)を太陽に贈与する行為なのである。しかもこの「秩序」という言葉に注意して欲しいのだが、リアクション的な手続きによる供儀のメカニズムにおいて「秩序」といわれているものは、共同体の成員の平和や安全、安定という「生き延び」の秩序の色彩が濃いのに対して、アステカ人にとっての宇宙の秩序とは、死にまでいたる、極限までドラマチックな緊張によって貫かれた祝祭的な民族の生のことだ。この社会で供儀のメカニズムが促すのは「生き延び」ではなく、「死」と死に対面することで生まれる栄光である。生贄にする捕虜を捕らえるためにアステカの男たちは戦士として血を流し、戦場に散るのである。アステカ人にとってただ生き延びているだけの生、たんなる長寿は無意味であった。太陽のために血を流し、命を失ったものにのみ死後の幸福が約束されていたという。
 したがって、アステカの供儀は「身代わりの山羊」(スケープゴート)を血祭りに上げることで、共同体のの内部の暴力を吸い上げるリアクションのメカニズムを示してはいない。彼らの行った供儀は原則的には「自己毀損」にあたると解釈するべきだと思うのだ。
 スペインの侵略者たちがメキシコに到着したとき、アステカ族の社会はその栄光の絶頂期にあったという。僕ら近代人にとって気違いじみたものに思えるこの世界観は、アステカ族のみちあふれる健康と充実から生まれた血なまぐさい悲劇であり狂気であったのであり、それが求めていたのは個人の生存よりも民族の栄光であって、バタイユが考えていたように宇宙との交歓(コミュニケーション)だったと考えるべきではないだろうか。

 もしニーチェが言うところの「貴族的」な秩序の生成というものがあるとすれば、それは共同体の成員が危険から守られ、安定的に生き延びるために、共同体内の異人を排除し、身代わりとして殺害するというリアクションの手続きではなく、自分自身が血を流し、傷つき、自らを生贄に差し出すという「自己毀損」の手続きをとるのではないだろうか? そして、そうすることで得られる秩序は、個人の生存ではなく世界の栄光(僕の言うところの「祭り」)なのである。それこそは最高の自己肯定であり、罪を背負った共犯者としての生を逃れ、存在の無垢へいたる道なのではないだろうか。
 おそらくルネ・ジラールや赤坂憲雄はバタイユの供儀論の中にも見られる、このような肯定的な贈与行為としての供儀、世界に「祭り」の緊張と危険を導入するための「自己毀損」としての供儀のメカニズムを理解できなかったのではないだろうか。そしてリアクションとしての供儀のメカニズムをもってすべてとしてしまったのではないだろうか………。


 今、僕は試論としてこれを書いてみた。ルネ・ジラールの本もろくに読んでいないのが実情なのだ。しかし直感的に、供儀のメカニズムには2つの位相があるのじゃないかと確信している。アクションとしての供儀とリアクションとしての供儀と………。この点について述べている人を今のところ僕は知らない。バタイユの『呪われた部分』という普遍経済学を標榜した書物は、贈与論そして供儀論として読むことができる。ニーチェの弟子を自称するバタイユは当然アクションとしての供儀について語っている。しかしジラール(今村仁司はルネ・ジラールをバタイユの供儀論の正当な後継者だとしている。だだ問題なのはジラールが『呪われた部分』を読み得ていないことだ、とも述べている。しかしどんな権利があって、バタイユの思想の要である著作を読めていない人を後継者なんてものにできるのだろうと僕は思う。)は、まったく違う面から供儀を解釈してしまったということだと思うのだ。………これからこの辺の検証作業をしたいと思っている。そしてこれはいずれ僕の『新・異人論序説』を補足するものになるだろう。

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荒井賢 (Ken Arai)

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