泥沼通信

祭りの戦士 @ กลับมาจากกรุงเทพฯ

 

Category: 思想など   Tags: Thought  

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 首筋に何かがくっついていた。取ってみるとケムシだった。指の力のせいでちょっとつぶれて体液が出ていた。隣の家のなんかの植物に同じ種類の毛虫が何匹かたかっていた。何かの拍子に僕の体にくっついたらしい。植物は無惨にも食い荒らされ、わずかに茎だけが残されている。鮮やかなオレンジ色の毛虫が這い回っている姿はギョッとさせるものがある。
 それにしても、僕らの身の回りから虫は姿を消してしまった。都会に暮らす人なんか特にそうかもしれないが、家の中に虫が侵入するとビックリして大騒ぎするんじゃないだろうか? ラジオなんか聴いてると女性だけではなく男でも虫が嫌いでさわれない、なんて奴がいるみたいだ。誰だって虫の湧いた部屋で生活したいなんて思っちゃいないし、確かにゴキブリのシャカシャカした素早い動きとかはあまり気持ちのいいものじゃないが………。
 
 たぶん徹底した清潔への志向、近代的な衛生の観念が、僕らの生活の場から虫や微生物、病原菌などをおぞましく不潔な「異物」として排除し続けたのだろう。その結果、清潔な部屋に突然虫が現れると、僕らはビックリしてしまうのだ。排除したものの唐突な出現………その光景に僕らはまるでシュルレアリスムの芸術作品を見たかのように「痙攣的」に驚愕してしまうのだ。

 タイの田舎で結婚式を挙げた。東京に住む僕のいとこの一家が、観光がてら結婚式に参加してくれた。
 若い東京育ちの女の子たちは、食べ物を目指して飛んでくるハエを振り払うのに忙しくて食事もままならなかった。夕方になると開け放った窓から部屋の明かり目指して、ありとあらゆるムシたちが飛び込んできた。蚊、蛾、コオロギ、オケラ、カナブンなどなど。よく見ると虫たちを狙ってヤモリなんかも天井にくっついてたりする。
 ムシが来るたび悲鳴を上げる日本人が面白くて、タイの子供たちが捕まえたムシを女の子たちの顔に近づけてからかいはじめる有り様だった。

 普段身近に虫がいっぱいいるタイ人にとって、虫は「異物」ではない。したがって虫たちは嫌悪や恐怖の対象になっていないのだ。虫たちを前にしたヒステリックな反応を、僕はどうかと思っている。過度な衛生への志向は、かえって人間を弱くさせ、せせこましいものにさせ、環境との自然で気安い関係を失わせているのじゃないかと思うのだ。
 僕はおバカな女房にさんざん手を焼いている。でも数少ない良いところは、部屋にゴキブリが出現しても平然としてたたき殺せることだ。夏の終わりにジジジといいながら地面に落ちたセミを拾っておいしそうだ、なんて言ってニヤニヤしているのは笑える。

 さあ、またセミのうるさい季節の到来だ。

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プロフィール

荒井賢 (Ken Arai)

 住所 埼玉県越谷市
 生年月日 1964年2月15日
 職業 アニメーション背景制作
 連絡先 araiken#mac.com #を@に置き換えてください。



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