泥沼通信

祭りの戦士 @ กลับมาจากกรุงเทพฯ

 
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岡本太郎「曼陀羅頌」を読む2

ー2ー


 『先日、フランスの若い美術批評家、ピエール・レスタニが来て、彼が推す新しい芸術運動、今日の現実にこたえるという、レアリスム・フィギュラティーフのドキュメントを見せてくれた。多種多様、いろいろの試みがある。
 例えば街角にはってあった、なんでもない映画のポスター、美女が微笑んでいるようなのをはがしてきたり、交通標識、ゴミ屑などをそのまま額縁に入れて展示し、これを具象的現実の作品という。中には、ある作家が友達の家に行って、机の上にインク壜とか林檎、コップ、紙きれなどを適当に置いてくる。三日後に行ってみると、それらは依然としてそこにあり、位置がまったく変わっていなかった。それをカラー写真にとったのがある。つまりこれは絶対的な美であるために、三日間そこで生活が行われていたにもかかわらず、誰も手をつけ、動かそうとしなかったのだ、といってこれを証拠に新しいリアリズム実現の方法を主張するのである。
 要するにこれらは抽象芸術に対する強い反抗であり、主観的な美学主義の袋小路をこういう方法でぶち破り、新しい現実を回復しようとしているのだ。現実を奪回しなければならない。だがそれは言うまでもなく、今までの自然主義者のような現実の捕え方ではなく、今日のわれわれの生活、精神状況に見あう現実でなければならない、というのである。
 これは私自身、1930年代、ヨーロッパで最初に組織された抽象芸術運動、アブストラクシオン・クレアシオンの中にあって、すでに指摘し、その後実践してきた問題に通じる。従って彼らの意図していることは理解できる。またこういう試みとしては、すでにダダのオブジェ、シュールレアリスムのデペイズマンなど、それぞれの意図をもって脱出の実験を行った。芯の強い近代芸術の伝統の一つとして、いつでも既成の観念を破り、新しい可能性をうち出そうとするバイタリティー。それは今日に生きる人間の共感をよぶし、小役人的な絵描きやインテリどもが小ざかしい口をさしはさむ余地はないのである。
 しかし私にとって一つの疑問は、それならばそういうものを、わざわざはがして持ってきて、枠の中に入れ、展示しなければならないか、ということである。
 もちろんそれは一つの行動になる。しかしその行動は空虚であり、心底から動かされるにはやはり何か欠けている。
 額縁に入れ、展覧会場にもちこむなんて、つまりは小市民的な遊び、その美感にすぎない。それでは過去の価値、美学を根底から破壊しはしない。悪循環だ。もし日本の若い世代が、またしても影響をうけ、あのようなものをさらに繰りかえすとしたら、不毛である。
 レスタニのように、生活の散文的に崩れた面、残酷なきれっぱしを、抵抗のアクションとして額縁に入れてしまうということは、なるほどいかにもアンチ・ナショナリストのように見える。しかしそれならば、自然主義者がフォンテンブローの森あたりで、美しい景色を切りとってくるのと、どう違うというのか。俗悪な部屋の生活空間の中に、金のフチなどで麗々しく区切った、そこだけ壁をブチぬいて、突然フォンテンブローの森の広大なスペースがひらけているーーー考えてみれば、その方がある意味ではるかに空間的だ、なんていう屁理屈さえ成りたちかねない。
 たしかに、絵画でございますというような作品よりも、腐ったようなゴミ屑や、交通標識をそのまま持ってきて、これが今日の美であり現実であるとつき出した方が、はるかに正しい。ーーー決して逆説ではなく、明らかにそうである。
 しかし、私は彼らのようなコンヴェンショナルな手続きをふむ必要を、みじんも感じないのである。
 私は思うのだ。そのような現実をつきつけるのなら、もっと生活的にオルガナイズすべきだ。そんなにもったいぶって作品の枠にはめ、ただの「美術品」に格下げし、しかもサインまでするなんて、卑しいことは意味がない。純粋ならばーーーただ、さし示せばいい。』


 『ヨーロッパにはイヴ・クライン、マンゾーニなど、密教とは違った手続きから、彼らなりの問題をぶつけていった試みがある。現代芸術が否定を重ねてゆくうちに到達したニヒリスムといっていい。
 たとえばクラインはブルーと金とローズを自分の色と定め、その一色だけを使って絵を描き、パリ画壇にセンセーションをまきおこした。
 その他にも火とか水を使って、根源的な神秘の幻想を利用して、作品を作り上げるなど、何となく密教臭い。さらに、グラマーガールの身体に絵の具を塗りつけ、キャンヴァスにおしつけるなど、儀式的様式をとったりする。しかし、それはきわめて孤独なアクションだ。儀式というより、やはりショーである。
 その空虚はいつでも彼個人にたちもどってくる。彼自身、よく知っていたはずだ。いわゆる絵画の、形式化したぬけがらの美学よりも、この現代人の絶望的なジェスチュア、道化の方が、もちろん私の心を引く。
 しかし、それは空虚である。
 彼らが絶対をもとめ、戦い、アクセクするのはわかる。だが彼らの作品を見れば、やはり感覚の世界におちこみ、耽美的に終わっている。限定された「美」の領域であり、いわば個我の世界だけしかうち出していない。それは見るものにとっても、つまりは空虚感と絶望感なのである。
 彼らの行為が、あくまでも「芸術」という職能的な立場、官能主義の枠をこえていない、越えられないというところに、今日の西欧を中心とした現代芸術の運命があるのだ。
 そこには絶対に参入する手段と、目的との混同がある。結果として悪循環だ。』


 岡本太郎が、戦後のモダンアートに深いいらだちを感じていたのがわかるであろう。レスタニや、イブ・クラインらの試みに対して、共感をいだきながらも、表現としてそれは「空虚」であると批判する。どんなに大がかりで突飛な試みであろうと、誰もやったことのない新趣向であっても、彼らの試みが「芸術」という職能的な立場、官能主義の枠をこえない限り、そのアクションは「空虚」であると。近代芸術のシステムの枠の中で、どんなに激しく暴れたところで、何も破壊することはない。したがってそれは真に創造的なアクションにはなり得ないと岡本太郎は言っているのである。


岡本太郎 『傷ましき腕』

 彼も認めているように、戦後のモダンアートはダダ・シュルレアリスムの流れを受け継いでいる。しかし、すでに戦前の段階で、ダダ的な破壊は頂点に達していたのであり、その意味で芸術のシステムはすでに骨抜きになっていたし、さらにシュルレアリスムの打ち出した課題は、芸術の枠組みを大きくこえるものであった。確かに、そのような破壊は一部の先端的な精神の中でのみおこっていたことであり、アーティストは一般大衆に向かって、くり返しメッセージを発し続けるべきなのかもしれない。だが、発するべきメッセージとは何なのか?芸術というシステムは破壊されねばならない、ということなのか?いや、もちろんそうではないのである。
 アバンギャルド芸術とは、「反芸術」すなわち芸術のシステムの破壊を通じて、至高な生を追求しようという解体の祭りであった。つまり、破壊活動そのものは手段なのであって、問題なのは至高な生の追求なのである。手段と目的の混同と岡本太郎も言っているとうり、戦後のアーティストのほとんどは飽きることなく戦前同様の破壊活動を続けている。すでに芸術は破壊され尽くしているにもかかわらずに、である。そこにわれわれは、絶望感を、虚無感を感じるのではないだろうか? では、至高な生の追求が、新しい祭りの創出が問題なのだとしたら、どうだろう?私たちのなすべきことは何なのだろうか?
 「ただ,さし示せばいい。」と岡本太郎は言う。謎めいた言いかたである。どういうことだろう?まさか、町の人混みのなかで本当に何かをさし示すゼスチュアをしろというわけではあるまい。彼のテキストの前後の文脈から判断すると、岡本太郎の言わんとするところが見えてくる。すこし詳しく見ていこう。

 彼は、戦後のモダンアートの試みを「私は彼らのようなコンベンショナル(慣例的な)な手続きをふむ必要を、みじんも感じない」といって切り捨て、そして「もっと生活的にオルガナイズすべきだ。」と提案する。コンベンショナルな手続きというのは、例えば絵を描き、額縁に入れ、それを展覧会場に持ち込む、といった一連の芸術にまつわる表現のシステム、つまり芸術のシステムそのもののことである。なぜ岡本太郎がそのような手続きを必要と感じないといっているのかを,まず解明しよう。

 芸術=作品であるとわれわれは考える。が、じつはこれは近代的な感受性による偏見である。原初的には、芸術は祭りのなかの至高な生と一体不可分であった。原初的状態においても、造形行為があり、結果として作品は残ったであろう。しかしあくまで作品を作ることは至高な生へのアプローチのための手段であった。至高性の追求があるところに芸術もあった。その意味では万人が芸術家でありえた。しかし、社会が複雑化してゆくにつれ、職業分化がおこり、芸術家も高度に熟練を要する一つの職業になっていった。歴史の中での芸術家の役割は、権力への奉仕,王権や貴族の威光を高めるための作品を,また現在では資本主義的な権力のために芸術作品という名の商品を作るという奉仕、すなわち労働におとしめられていった。そのために、芸術家の役割=作品を作ること、になってしまった。つまり芸術において作品は目的になってしまっていたのだ。
 アバンギャルド芸術のプログラムとは上にも書いたように、そのような芸術のシステムの解体を通じて至高な生を奪回しようという「反芸術」という名の破壊の祭りであった。彼らが破壊しようとした芸術のシステムとは、そのように職業の一つに成り下がり「作品」そのものを目的とした芸術観であった。アバンギャルドが芸術活動をアクションへと還元しようとした様々な試みの意味はここにあるのだ。作品から至高なアクションへ、至高な生こそ追求するべき本来の目的なのだ、というわけである。それは同時に芸術作品というものを、本来の「手段」の位置へと引き戻すものでもあったわけである。だが、岡本太郎のいう「手段と,目的との混同」という問題が、悲劇的、喜劇的に現れてくるのは第二次世界大戦後になってからである。

 ダダの破壊、そしてシュルレアリスムの見据えていた新しい方向性とその意義を、その後継者たちはつかみ取ることができなかったのだ。アバンギャルドの戦略とは、芸術のシステムの破壊を、そのシステムを逆手にとって利用することをもって行うというものだった、したがって破壊者であるダダイストは、作品を作ることをもって破壊/解体を遂行してきた。まさに作品を作ることは手段であったのだ。しかし、芸術活動はアクションなのだという彼らの主張が世の中に受け入れられはじめたとき、彼らは破壊の対象を失ってしまった。そのため破壊の祭りであるアバンギャルド芸術は終わってしまったのだ。なぜならすでに破壊されたものを、いくら壊してもそこに緊張感のあるドラマが生まれるはずはないからである。それでは祭りにならない。危険な前線での闘いこそが至高なのだ。
 ようするに、アバンギャルド芸術の終焉という事実を認識できなかったところに、戦後のモダンアートが空虚でしかなかった原因があるのだ。それは同時にアバンギャルド運動の底に流れる大いなる目的をも認識できていなかったということでもある。それゆえ戦後のモダンアートの試みとは、まさにすでに破壊されたものを、破壊することでしかない。彼らにとっては、作品を作ることこそ目的なのであり、破壊という行為を無意味に繰り返さなければならない運命にある。彼らはアーティストという職業にしがみついていたいのだろう。だからこそ芸術のシステムにこだわるのだ。そうしなければ自分の存在を証明できないのだろうから。だが、そんな彼らが実際に行っていることといえば、本来の目的を見失って、手段のみを振り回している滑稽なゼスチュアでしかないのだ。

 われわれは至高な生の実現(マルローは”自由”という言葉を使っていたが。)のためには、もう芸術の枠を捨て去らなければならない段階にきているのだ。アバンギャルドの用いた「反芸術」という方法は、芸術のシステムは破壊され尽くした以上、もはや手段として利用することはできない。「コンベンショナルな手続き」を逆手にとって利用しようという方法はもう使えないのだ。いったいそんな状況で、「なにも無理して絵を描く必要」があるのだろうかというわけである。
 とすれば、芸術というシステムの枠をこえたところでの至高な生の実現、これがアバンギャルドの後を継ぐ運動のあるべき姿だということになる。そして、これが新しい祭りの形だということになる。しかし具体的には何をすべきなのか?岡本太郎は、「生活的にオルガナイズすべきだ。」と提案していた。次に、この言葉について考えてみよう。

 芸術のシステムとはすなわち、「作品」による表現だと上で書いたが、もう少し詳しく分析してみると、「虚構性」とでも言うべき性質を持っていることがわかる。アーティストは日常の現実に対して、ある特殊な時間と空間を構築し、それをもって外部にメッセージを発する。そこに描かれたものが何であれ、そこに込められたメッセージが何であれ、である。そしてわれわれは、観客としてアーティストの作り上げたフィクショナルな時空に向き合うのである。これが「作品」作ることであり、「作品」を見ることである。このような手続きが芸術のシステムの基礎になっているのである。
 文学作品や、絵画や映画などが虚構であるということは誰でもが認めるだろうが、たとえば極端な例、ハプニングやパフォーマンス・アートのように、アクションそのものを表現として打ち出してきた場合どうであろうか。
 アーティストが何らかのアクションを繰り広げている時間に対して、その前後の時間というものがある。例えば、奇怪なコスチュームで人込みの中を徘徊したり、また、空中に裸でぶら下がったりしている時間の前に、アーティストは中華料理屋でラーメンを食べていたかもしれず、またそのアクションの後には、生活のためのアルバイトが待っているかもしれないし、夜にはガールフレンドとセックスして抱き合ったまま眠るのかもしれない。ハプニングやパフォーマンスもそのようにプライベートな日常生活から区切られた特殊な時間であるとともに、表現者/観客という二分法を構造上持っているわけで、やはりそれは「虚構」であり「作品」なのだといわざるを得ない。
 その虚構は、現在でも一般大衆に大きな衝撃を与えることができるかもしれない。だが,最前線に立つ精神にとっては「空虚」でしかないのである。その過激なアクションも、あくまで芸術のシステムの枠の中で行われているに過ぎないからである。パフォーマンス・アートも、芸術というよりショーにすぎないように見える。それが本当に「見せ物」となるには、商品として値段がつけばよいだけである。芸術のシステムが「作品」という形でそれを可能にするのである。
 何度も繰り返すようだが,芸術というシステムはすでに破壊し尽くされ、われわれは芸術の枠を乗り越えなければならないところにきているのだ。コンベンショナルな手続き、すなわち芸術というシステムの枠、すなわち「作品」、「虚構」によるメッセージの発信という手続きのすべてを乗り越えなければならない。それはつまり、虚構/日常という、また表現者/観客という二分法の止揚でもある。そう、岡本太郎が言っている生活的にオルガナイズすると言う言葉の意味は、この二つの分離の解消ということなのである。

 私も、二十年近く前から芸術を日常生活の中に解消すべきだといってきた。作品表現の枠を取り払い、日常生活に直接的に介入することで自らの生を変革するとともに、社会をも祝祭的に変貌させる。社会への直接的な介入。それによって芸術の「虚構性」を揚棄し、見るものを巻き込み、また自分自身も変化を被るという相互的なレスポンスの状況の中に、生きる手応えを、祝祭的な緊張を作り出したかったのだ。生活的にオルガナイズすべきだというとき、おそらく岡本太郎も同じことを考えているはずだ。いや、私が彼の影響を受けてそう考えるようになった、というのが真実だろうが。


岡本太郎 『樹人』

 だが、芸術のシステムの枠を乗り越えるという課題は、戦後に生まれた全く新しい課題だというわけではない。すでにシュルレアリスムは、芸術の枠を越える方向に歩み始めていた。彼らのもくろみは,アバンギャルド運動と、共産主義革命を弁証法的に綜合するというものであった。アーティスト個々の孤独な探求になりがちな芸術活動を、また、芸術のシステムを破壊し尽くしたことで、その役割を終えようとしているアバンギャルドの運動を社会的な革命の運動へと解放すると同時に、未来の理想の社会の実現のために、現在の瞬間には隷属的な政治行動のみを割り当て、そのためかえって非人間的になってしまっている革命運動に生命を吹き込もうとするものだった。ブルトンの言うことをそのまま受け取るとすれば、それは芸術運動というよりは、社会・文化運動というべきであり、ダダの反芸術、近代芸術の解体の運動を乗り越え、近代そのものを批判、攻撃の対象とした、一皮むけた課題を持った運動だということになる。シュルレアリスムは、ダダの灰の中から解体、破壊の祭りにとってかえて、全く新しい祭りの形態を生み出そうとしていたのだ。
 具体的には、偶然性を利用して日常生活の中で排除され抑圧された無意識の奥底に潜む非合理的な欲望をあらゆる手段を用いて表現し、近代市民社会の道徳、人間観を揺さぶるというものだった。そこでは芸術作品は明確に手段、日常生活に介入し、それをシュルレアリスティックに変貌させるための手段になっている。正しいあり方だと思う。問題は、あくまでも反近代的な新しい生き方、新しい祭りの創出にあるのだから。もしこのように芸術が完全に手段の位置に戻っているなら、そのとき近代芸術の枠組み、すなわち虚構/日常、そして表現者/観客という二分法は、すでに乗り越えられていることになる。
 しかし彼らの試みは戦後になると影が薄くなってしまったように見える。指導者であるブルトンの権威主義的なパーソナリティが運動自体を息苦しいものにしてしまったのか?結局、抜け出そうとしていた芸術の枠の中へ舞い戻ってしまったのだろうか?そこからは祝祭になくてはならない精神の緊張、エネルギー、絶対感、といったものが感じられなくなってしまう。何が足りなかったのだろうか。そのあたりは今後の研究の課題にしたいと思うが、とにかくシュルレアリスムはその運動の持つ広大な可能性をくみ尽くすことができないまま事実上終息してしまった。
 岡本太郎がいらだち、「空虚」だと批判する戦後のモダンアートは、シュルレアリスムの肯定的な意義をつかまえ損なったところから始まっているように思う。この「空虚」は、アンフォルメル、抽象表現主義、ポップアート、ミニマルアート、観念芸術、環境芸術………と現在まで続くモダンアートの全ての流れの中に宿命的に存在している。それが芸術のシステムの枠の中での闘いである限りは「空虚」なのだ。私たちはアバンギャルド運動の真の後継者を全く別の領域に探さなければならない。その運動は芸術の枠を超えている以上、もはや芸術運動とは呼べないかもしれないが。

 シチュアシオニストは、そんなシュルレアリスムの実践上の不徹底を批判する形で登場してきた。何らかの形で前衛芸術にかかわってきた人たちがメンバーであり、また彼らの目標は世界の変革、新しい祝祭を巻き起こすことであった。その点はシュルレアリスムと共通しているが、彼らは作品による表現を捨て、都市環境、社会状況への直接の介入を試みる。(詳しくは第2部を参考にしていただきたい。)そこでは今まで問題になっていた、芸術の枠組み、虚構/日常、表現者/観客の二分法は出発点において乗り越えられている。つまり岡本太郎が語っていた、「コンベンショナルな手続き」をすでに抜け出し、「何も無理して絵を描く必要もないんじゃないか?」そして、「生活的にオルガナイズ」するべきではないか?という提案をまさに実践しているのだ。私はシチュアシオニストの活動の中に、岡本太郎の考える表現の問題の実例を見ることができると思うのだが、どうだろう。
 岡本太郎は絵を描く必要はないといっているが、絵を描くべきではないといっているわけではない。なにしろ彼自身作品を作り続けていた。芸術作品は手段としてあるべきである、そう彼は言いたいのだ。逆にいうと、本当の目的を見失うな、ということである。確かにシュルレアリスムにおいては、作品表現は日常性を揺さぶり、社会に介入するための手段となっていたはずであったが、実際には芸術の枠組みの問題は曖昧なままにとどまっていたし、そのためか戦後のモダンアートはシュルレアリスムの曖昧さを引きずり、結局、手段と目的を混同してしまうことになり、無惨な姿をさらしているのである。
 作品を作らないということを、沈黙がひとつの表現であるように積極的にとらえなければならない。シチュアシオニストは、作品表現を断つことによって、自らの欲望を実現するのに自らの身体のみをもちいた直接的なアクションにのみ頼らなければならないのだが、直接、社会に介入するとともに、虚構/日常、表現者/観客と言う二分法を乗り越えるためにそうするのである。それは、すでに破壊尽くされたが故にいまや全てを許された芸術の枠組から抜け出し、新しい戦場へと自らを追いつめる行為である。己を危険の中へ投げ入れ、闘いの緊張の中に生きること、これこそ至高な生、祭りの精神だとは何度も書いてきたことだ。すなわちシュチュアシオニストのとった作品表現を断つという戦略は、戦後のモダンアートの混乱した状況に対して行われた、岡本太郎の言うところの「さし示す」行為なのである。
 私は、戦後のモダンアートの焦りにも似た様々な試みよりも、むしろ彼らの作品表現を断ち切った潔い態度の方に精神の緊張を感じる。ただ、さし示すと言う単純な行為が、高度な技術や熟練を尽くした表現よりもはるかに力を持つということがあり得るのだ。「さし示す」とは、ある選択をすることだ。単純かつ根源的な、それによって視点を180度反転させ、世界の意味をすっかり読みかえてしまうような一つの選択。作品を作らないというたった一つの選択が、何よりも雄弁に芸術の本質を、アバンギャルドの意味を、そして人間存在のあるべき姿を語り出している。シチュアシオニストの試みを見ると、岡本太郎が「さし示す」という言葉で語りたかったのは、まさにこういうことだったのではないかと私は思うのだ。

   


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プロフィール

荒井賢 (Ken Arai)

 住所 埼玉県越谷市
 生年月日 1964年2月15日
 職業 アニメーション背景制作
 連絡先 araiken#mac.com #を@に置き換えてください。


 

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