泥沼通信

祭りの戦士 @ กลับมาจากกรุงเทพฯ

 

Category: 記憶の底から   Tags: 思想  思い出  仕事  

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仄暗い記憶の底から 13 会社を辞めるとき

 僕は仕事(職業)を中心に自分の人生を考えたことはない。僕の人生は若い頃に芸術の神に捧げてしまったからである。それ以降、僕にとって仕事は金のための、または職場の人間関係を楽しむためのものとなってしまった。だから仕事をホンチャンのものと考えたり、仕事を通じて自己を実現する、なんていう不気味な考え方からはオサラバしている。
 肉体労働や単純な労働ならともかく、僕らのような職人的な専門職の場合、このように仕事に対して特別な思い入れをしている人が多い。自らの成し遂げた仕事が評価され何らかの達成感があるとしたら、それはつらい労働であるよりも快楽ですらある。歌手、芸人、スポーツ選手なんかみんなそうじゃないだろうか。気持ちはよくわかる。しかし、だからこそそれは危険な罠なのだ。

 今の仕事(アニメーションの背景描き)をはじめたのは15年前だったが、当時就職していた会社の社長がまさにそのような考えの持ち主だった。なかなか上達しない僕の絵の腕前に社長は、やる気が感じられないと苛立ちを隠さなかった。もちろん給料をもらってる以上、努力して働いてはいた。しかしこの仕事にそれ以上の思い入れを込めろ、といわれてもそれはできない相談だった。やる気を出せといわれたところで、ない袖は振れないのだ。
 社長室に呼ばれよく説教を受けた。若い新人の社員がどんどん力をつけてきているのに、君はずいぶんのんびりしているな。………ハッパをかけようというわけだが、僕には今でもそうだが自分の絵の腕前に対するプライドがない。自分の仕事で自分を支えようなんて発想がないからだ。正直なところ、絵がうまくっても何が偉いのか、と思っている。だからそんな説教は聞き流していた。
 仕事は自己救済なんだ、とよく諭された。やはりこの社長は自分の職業によって、自らのアイディンティティを支えているのだ。だが一人の人間存在の価値が、職業に還元されてしまっていいものだろうか? 一つの仕事をやり抜くなんてのが美談だったりするし、職業を転々とするフリーターのような人は信用されない。結局のところ、ある人間の価値や信用を、職業という社会システム内の位置によってしか判断しようとしない。つまり安定的に作動する社会の部品であることが人間の価値であるという発想がそこにはあるのだ。
 僕だったら、職業で人間の価値を推し量るようなことはしない。その人がどんな生き方をしているか、自由な魂を持っているか、まずそういうことが気になるだろう。
 専門職………プロフェッショナルであること、そして誰もが賞賛する完璧なプロであることは、完璧なる社会の部品であることを意味するのではないだろうか。だからこそシステムは完璧なプロ(例えば、いい仕事をするスポーツ選手やデザイナーといった人たち)に対して高い報酬を授けるのではないだろうか。
 
 社長はいつまでたっても力をつけない僕を疎ましく思い始めていたようだ。ある日、会社で休憩時間に僕が哲学書を読んでいるのを見て社長は呆れ、怒り出した。休憩時間は何のためにあると思ってるんだ。頭を休めて、仕事に集中するためにあるんだ。そんなものを読んでどうするんだ。本を読むのならマンガでも読んでればいいんだ。どうせ君がそんなものを読んだって君の頭では理解できやしないんだ………。
 僕は血の気が引くのを感じた。失礼な言い方はともかく、休憩時間、余暇までもが、仕事のために、労働のためにあるという考えは、僕には到底受け入れられないものだった。週70時間も働いている、そのわずかな余暇すらも、働くために利用しろというのか。その頃ポツリポツリと読み始めていたマルクスのいうところの、労働力の再生産過程、という言葉を思い出した。つまり余暇のことなのだが、余暇を資本主義経済においては、労働力、つまり働く力をまた充電するための過程であると理解する、というわけだ。全ては労働のために、である。僕たちは働くために生きているのだ。
 俺は反体制だと豪語していたあの社長の思考は、まさに資本主義のシステムを体現していた。結局、僕は社長と口喧嘩して会社を辞めた。そのあと建設現場でアルバイトして椎間板ヘルニアを患いながら金を貯め、インドへ旅立った。

 僕らは働かなければ生きられない。システムとどこかで折り合いをつけずには生きていけないのだ。だから働くことを楽しむ努力をするべきだ。しかし、それは働くために生きてるということを意味しないだろう。プロフェッショナルである人は、その特権的な立場故に、ここのところを混同しがちだと思う。労働が生き甲斐だ、という発想、これはやはり倒錯ではないのか? 奴隷が主人によく働くとほめられて喜んでいるようなものではないか? そのとき僕らは完璧なる資本主義社会の部品になっているのじゃないかと思うのだ。

 はじめに僕は自分の人生を芸術の神に捧げた、と述べた。自分にとって、芸術は資本主義社会における唯一の「祭り」………労働と反対の原理である「祭り」であると思ったからだ。もっとも芸術という「祭り」の形は僕の中でたちまち終わってしまった。今現在の僕の考えを言えば、「祭り」は資本主義社会においては、システムへの反抗という形でしかあり得ない、ということになる。だからといって僕は社会を転覆しようなんて大それたことは考えていない。だが、反システム的な生き方は可能だと思うのだ。そういう生き方へ舵を取ることが僕のこの社会に対する責任であり、労働を越えて為すべき仕事なのだ。そして自分という存在に価値とプライドを感じるとすれば、それは「祭り」へ向かう生き方において………なのである。

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プロフィール

荒井賢 (Ken Arai)

 住所 埼玉県越谷市
 生年月日 1964年2月15日
 職業 アニメーション背景制作
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