泥沼通信

祭りの戦士 @ กลับมาจากกรุงเทพฯ

 

Category: スポンサー広告   Tags: ---

Response: --  

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Category: 記憶の底から   Tags: 思想  芸術  思い出    

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

仄暗い記憶の底から7 アンリ・ベルグソン「創造的進化」を読んだ頃

 10代の後半は僕にとって暗黒の日々だった。特に浪人生として美術研究所に通っていた2年間は友達もいなかったし、将来一体どうやって食っていったらいいのかもわからず焦るばかりであった。同じ美術を志す仲間たちと毎日顔を合わせているのに、一言も口を利かなかった。僕は哲学的な直感とでもいうのか、世界が存在することの驚きを知るところから芸術を捉えるという、実存思想的な考えを抱いていた。このまぎれもない真理の深い意味を気にして絵を描いてる奴など一人もいない。芸術を志す者たちの、この底の浅さは何だろうか? 僕の自負心は肥大化していた。しかし一方で、研究所の学生たちにコンプレックスを抱いてもいた。親離れができず、こうして友達一人できない自分に比べて、そつなく周りの人たちとつきあってゆける他の人たちにがみんな大人に見えた。結局は、周囲と大人の関係を築いてゆける人の方が成功するんじゃないか、いくら内面が豊かでも僕はそれを表現する手立てもないまま失敗し、つぶれてしまうのではないか? 分裂した心を抱え、焦りはつのるばかりであった。
 しかも、芸術の技術という問題も抱え込んでいた。研究所で学んでいるデッサンの技術が、いったい僕の持っている芸術のビジョンとどうつながるのか?このままデッサンを続けて美大に入り絵を描き続ければ、人間存在と絵画の融合する境地にたどり着くのだろうか。
 さらに自分自身の芸術的な感受性にも自信が持てなかった。ピカソ、ブラック、マティスなどの誰もが賞賛する絵を眺めてもまるっきり感じるところがなかった。万事にとろい僕の芸術的感性に欠陥があるとしたら、これはもう芸術家になりたい僕にとっては死活問題なのだ。

 苦しい日々が続いていた。自分で自分が苦しんでいることに気付かないままに。デッサンに行き詰まるとよく学校をさぼって街を歩いたりしていた。そのうち学校の近くにある図書館で夕方のバイトの時間まで過ごすことが多くなった。どういう理由だったか、そこで僕はアンリ・ベルグソンというフランスの哲学者の『創造的進化』という本を読みはじめた。当時僕がよく読んでいた哲学書は、ショーペンハウアーの「意志と表象としての世界」という本だったが、ベルグソンは哲学史上、ショーペンハウアー同様「生の哲学」に分類されるため、なんとなく親しみを覚えてはいた。でも読んでみようと思ったのは、ここには何かがあるに違いない、という漠然とした直感によるものだった。(稲垣足穂という人の小説だったかエッセイだかに『物質と記憶』という不思議なタイトルのベルグソンの哲学書の話題があって、それが心のどこかに引っかかっていたのだと思う。)
 珍しく僕は本気だった。図書館においてあったのは白水社のベルグソン全集であったが、自分で岩波文庫の『創造的進化』を別に用意して、訳文がわかりづらいときは、そちらを参照した。大事なところには傍線を引き、理解できないときは前に戻って読み直した。あれほど一冊の本を熱心に読んだことはなかった。

 面白い本だった。ベルグソン独特の時間論をもとに、進化論を捉え直そうというのがこの本のテーマだ。特に、空間化した物理学的な時間の解釈を、本源的な時間、彼のいうところの純粋持続に置き換える手腕が鮮やかで、目から鱗が落ちるような気がした。僕らは過去の繰り返しではなく、一瞬一瞬が新しい創始的な時間を生きているのだ、ということをはっきり理解した。読後の僕自身のことをいえば、ひとつは芸術の技術の、もうひとつは僕自身の生き方の問題について、ある解答に到達した。
 どのように納得したのかほとんど忘れてしまったが、「技術」を学ぶということはすでに「内容」も学んでいるのだ、という結論をベルグソンから引き出した。美術学校では、表現のための手段、表現のために必要な客観的な技術を学んでいるつもりだった。しかし本当は表現と内容は不可分であって、もし僕が何らかの新しいものを表現しようとするなら、新しい表現の技術を必要とするはずである。したがって学校で学んでいる「技術」にはある内容がすでに含まれているということ………ある価値を、すでに過去のものでしかないアカデミックな価値観を学んでいるのだ。それは常に新しくあろうという芸術家の精神にとって異質な「技術」ではないのか?
 結局この発想は、徐々に僕を「芸術」の「学校」というものはあり得ない、という考えに導いてゆき、美術大学への進学に対する興味を失うことになっていった。
 また、ベルグソンは種の進化について「新しい環境に果敢に挑戦した結果おこった、その環境に適応するための何らかの生物の機能、形態上の変化。」であるという意味のことを言っていた。かれはダーウィンやメンデルの突然変異と自然淘汰の進化論を機械論だといって否定する。エラン・ヴィタル(生の躍動)が環境に力を及ぼそうとした、その働きかけの結果が生物の進化だというのがベルグソンの考えだった。環境の適応に満足した種は、進化の袋小路に陥ったが、新しい環境に果敢に挑んだ種は、その新しい環境に適応するために進化していったと言う彼の言葉を、僕はむしろ人間の生き方について語っているように理解した。つまり一瞬一瞬が新しい環境、状況への挑戦であるような生こそが生命そのもののあり方なのだ、とベルグソンは言っているのだ。
 僕はそれまでの自分の殻の中に閉じこもった生き方を恥じた。もっと積極的に自分のまわりの環境に働きかけて生きなければならない。それは生命に他ならない自分自身が心の奥底で望んでいたことではないのか? だからこそ僕は、周囲の人たちと楽しげにコミュニケーションしながら生きている他の学生たちを一方では軽蔑し、一方では憧れるという分裂した態度をとることになってしまっていたのだ。

 ベルグソンを読んで得ることになったいろいろな観念は、そのすぐ後に、岡本太郎の本を読んだことで決定的に自分の生きる信条にかわった。この頃、(たしか僕は19歳だった)ゆっくりながら何かが動き始めるのを感じていた。自分自身を発見し、おぼつかないながらも自分の足で歩きはじめたのだった。

Comments

06 2017 « »
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
目次

 前衛芸術研究室
 

 セザンヌ講義1@電子書籍

 セザンヌ講義@ニコニコ静画
 おすすめコラム集
 ギャラリー
 シチュアシオニスト文庫
 garage sale
 オンライン読書会
 After the last sky


カテゴリー 累計
全記事一覧
前衛芸術研究室 28
亡霊退治 64
アート・建築・デザイン 29
思想など 144
旅行・タイなど 60
ニュース・時事など 31
フンデルトワッサー 12
中西夏之 3
日記・その他 115
記憶の底から 15
音楽 6
Category: None 22
反芸術研究室 5
最新のコメント
Twitter
タグcloud
アクセスカウンター
   




プロフィール

荒井賢 (Ken Arai)

 住所 埼玉県越谷市
 生年月日 1964年2月15日
 職業 アニメーション背景制作
 連絡先 araiken#mac.com #を@に置き換えてください。



Archive

RSS

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。