泥沼通信

祭りの戦士 @ กลับมาจากกรุงเทพฯ

 
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祭りのあと6

第6節 新しい祭り


 私たちはこれまでアバンギャルド芸術とは何であったかを、そしてその運動がどのように終ったかを、また、その運動の亡霊が未だ徘徊していることをも見てきた。
 アバンギャルド芸術とは至高性の、祭りの精神の近代における発現の形態である。それは「反芸術」という名の解体の祭りであった。そしてその祭りはダダにおいて意識化され、芸術とは「アクション」なのだという終局的な表現を得た。その時点でアバンギャルド芸術という祭りは終わったのだが、ダダの運動を引き継ぐ形でシュルレアリスムは新しい祭りの形態を産み出そうとしていた。その新しい祭りとは、近代社会のシステムを否定するという芸術の枠を超えたプログラムであった。しかし第二次世界大戦以降のモダンアートは、シュルレアリスムの意義を理解できずに乗り越えたはずの芸術の枠の中に引き戻ってしまい、芸術商品を生産し、シュルレアリストとは逆に近代社会のシステムに順応し、それを強化する役割すら果たしているのである。人間の至高性、祭りの精神の追求したアバンギャルドの立場からすると、それはペテンにも等しい行為である。彼らの言葉を聞く限り、おそらく戦後のアーティストたちも至高な生への想いを抱いているのはわかる。が、それは芸術の枠の中で暴れることでは実現不可能なことなのだ。彼らの試みというのは、 アバンギャルド芸術の亡霊に取り憑かれ、滑稽で無気味なダンスを踊らされているようなものである。
 私たちは一刻も早く亡霊退治をしなければならない。そのためになさねばならないこと、それは新しい祭りを創出し、その輝きで亡霊の浮かび上がる闇を打ち消してしまうことである。それには中途半端に終わってしまったシュルレアリスムの試みを換骨奪胎し、精製純化した新しい課題を提出することからはじめるべきであろう。

 芸術の枠組みを乗り越える、と何度も言ってきた。だがそのためには、芸術の枠組み、すなわちアバンギャルドが乗り越えようとしてきた近代芸術の枠組みがどのようなものであるのかを分析しておかねばなるまい。
 作品中心主義が近代芸術の特徴である。芸術の原初には制作の祝祭的状態が価値であったが、時代が下るにしたがい作品そのものが商品として価値を持つようになった。アバンギャルドが奪回しようと思っていたのは、原初的、祝祭的な芸術のあり方だったのであり、彼らが作品からアクションへ、至高な生の瞬間へと芸術の価値の重心をずらそうとしたのはそのためであった。
 ダダイストは確かにそのアバンギャルドの課題を徹底的に突き詰め、芸術をアクションへと還元した。だが実を言うとダダイストがなしたことは、「アクション」という作品を作った、ということにすぎなかった。つまり作品という芸術の枠組みそのものは解体されていなかった、といえる。
 シュルレアリスムはその芸術の枠を越え、社会へ介入しようとする意図を持っていた。それによって近代社会を否定し、新しい祭りを組織しようとしていたのだ。しかし彼らの試みが不徹底だったのは、乗り越えるべき芸術の枠組みの分析を欠いていたからではないだろうか。そのためシュルレアリスム革命は、否定するはずであった近代社会に逆に取り込まれる形に終わり、シュルレアリスムの試みを継承したはずの戦後のモダンアートもしっかりと芸術の枠組みの中へと回帰して、芸術商品の生産者として、近代資本主義社会のシステムを強化、補完するという滑稽な役回りを演じることになってしまったのだ。

 ではさっそく芸術の枠組みを分析してみよう。
 まず、芸術の枠組みをアーティストの生活という視点から見ると、アーティストは、おそらく高度の緊張を必要とする作品を制作する時間、という日常生活から切り離された特殊な時間を持っていることがわかる。つまり、制作/日常生活、という具合に時間が二分割されているのである。彼にとって制作の時間はホンチャンの時間であり、そして制作以外の時間は、いわゆる消費生活であり、家族や友人とのくつろぎの時間であったり、日常生活、経済学で言うところの労働力の再生産過程なのである。要するに、制作/日常生活、と言う分離は、まじめな労働時間/息抜きの時間、すなわち、労働/労働力の再生産という資本主義的な労働のカテゴリーとパラレルなのである。
 このことが意味するのは、作品を作ると言う芸術の活動を、あたりまえに聞こえるかもしれないが、生産労働として理解することが可能だということであり、会社員、公務員、自営業者などと同様に、アーティストを一つの職業としてとらえることができるということなのである。

 また、逆に芸術の枠組みを表現の面からながめると、「作品」そのものもある特殊な時空として、日常の現実から切り離されている。その本質をフィクション(虚構)という言葉がよく示していると思うが、アーティストは何らかの虚構的な時空を構築し、それによって見るものにメッセージを発信する。それはどのようなジャンルの芸術作品にもあてはまる手続きである。
 たとえば極端な例として、路上でのイヴェント、ハプニング、パフォーマンス・アートなどを考えてみよう。これは、ダダイズムのアクションのコンセプトを極限まで拡張したものであり、モノとして残る形での作品はもはや消滅している。アクションの一回性、生の一回性が象徴的に表現されるのだ。しかし、これもやはり芸術の枠組みにしっかり則った試みといえる。なぜならイヴェントが始まる時間と、そしてそれが終了する時間とにはさまれた、すなわち、ある一定の時空が、日常的現実のパブリックな時空から切り離されて組織されているのだ。それは歌手のコンサートや様々なエンターテイメントのイヴェント、ショーなどと全く同じ、ある虚構的な時空の構築であり、まさに「作品」なのである。
 さらに「作品」のもう一つの特徴は、それが基本的にはメッセージの発信者から、鑑賞者への一方向的なコミュニケーションである、ということだ。アーティストそのものへのフィードバックということはあり得るだろうが、鑑賞者が作品に働きかけ、それに変化を加えるということはほとんどないだろう。つまり鑑賞者は受動的な観客という立場にあるということだ。
 このように作品表現の手続きを分析してみると、日常の現実/虚構、そして、表現者/観客、という二つの分離があることがわかる。

 以上のように近代芸術の制度、枠組みを検討してみてわかるのは、この制度、枠組みが、全て「作品」という形態を中心にして組織されているということ。芸術を「作品」として捕らえようとする視線そのものが、近代芸術の枠組みであるということ。そして、近代芸術の制度、枠組みが、芸術活動を労働として、また同時にアーティストを一つの職業として解釈しようという装置である、ということだ。つまり近代資本主義社会のシステムの利潤追求のメカニズムの中のひとつの構成要素として、芸術作品の制作という労働にいそしむこと、それがアーティストの役割である……と理解させようというのが、近代芸術の枠組みの働きなのだ。
 近代芸術の枠組みの下での芸術は、フィクションとしてどんなジャンルの芸術であろうとも「作品」の形態をとってきた。それはダダ以後、戦後のモダンアートにおいても変化することなく、常に全ては「作品」の枠内で動いてきたといえる。作品という形態をとることによって、芸術活動は資本主義の流通のシステムに乗ることが可能となる。至高性という、とらえどころのないものである芸術が計量可能なものに、つまり値段が付き、商品になることが可能になるのだ。その結果、芸術は資産となり、投機の対象となり、アーティストの思惑を越えて富の増殖のみを目的とした資本主義経済の渦のなかに呑み込まれてゆくのである。
 加えて、芸術を鑑賞する側も、近代芸術の枠組みをを、すなわち、日常/虚構、表現者/観客という分離を受け入れることで、芸術へのアクセスの仕方が、本来の祝祭的な交流の状態から、代金を支払って受動的に鑑賞する(サービスを受ける)という資本主義的な「消費」という形態に変化することが可能になるのである。

 事実、アーティストが商品を生産し、芸術が消費されるという事態は、今現在、現実におこっているのだ、ということは前節で述べた通りである。私は芸術は祭りであると、至高な生の追求なのだと何度も述べてきた。それは利潤の追求を旨とする資本主義社会の原理、すなわち生き延びの原理と正反対のものだ。われわれの時代の芸術に起こっているこの滑稽な事態を乗り越えるには、たった今分析した芸術の枠組み、すなわち日常生活/作品、そして、表現者/観客という分離を無効にする必要がある。
 シュルレアリスムにとっては生そのものが変革の対象であった。したがって変革のエネルギーが作品制作の中にのみ集約されるのはおかしい。制作時間以外の日常生活こそ変革されなければならないと彼らも考えていたはずである。なぜなら作品の中の世界がフィクションに過ぎないのに対して、日常生活こそアーティストの生の条件であり、現実であるはずだからである。シュルレアリストは偶然性を作品に取り込む技法を探究してきた。偶然性が近代的な価値観を打ち砕き、近代性が排除してきた無意識に潜む欲望を解放する形で、祝祭への道を開くからだ。
 シュルレアリストは結局のところこの方向性を掘り下げることができなかったように思う。この偶然性にまつわる技法を日常生活に適用してみるべきだ。驚異の生がそこに出現するのではないだろうか? シュルレアリストが何よりも深く求めていた驚異が、絵画や詩などの作品世界を飛び出し、生活の中にあふれだすのではないだろうか。作品の虚構の中にのみ閉じ込められていたドラマチックな世界を日常の中に解放するのだ。『われわれは日常生活をワクワクするものにしたいのだ。』と、シチュアシオニストたちは語っている。シュルレアリストたちがなし得なかった試みに彼らは果敢にアタックしていたわけだが、例えば彼らの提唱する「漂流」という技法は、まさに偶然性を日常生活に組み込む実践に他ならない。そこでは作品と日常生活の分離は止揚され、生そのものがドラマであり詩となるのだ。
 また、それは同時にアーティストを取り巻く社会や人間関係に介入してゆくことを意味する。全ての表現は社会性を持っている。しかし芸術の枠の中でなされていたのは、表現者/観客という分離をもとにしたコミュニケーションであり、その枠組みが芸術を生産労働として解釈することを可能にしていた。だからこそこの分離を無効にすることが芸術の枠組みをこえるための課題となるのである。アーティストは芸術にふれるものを観客という受動的な立場から引きずり出し、彼の芸術の祝祭的状況の中に観客を巻き込み、反対にアーティスト自身もまた、そこに生まれた祭りの渦に呑み込まれ新しい運命を開いてゆく、という相互的なレスポンスの場を作り出すのだ。ここに生まれた「場」は、もはや芸術という言葉では理解できないものかもしれない。しかしこの場こそが、近代芸術の枠を越え、日常生活/作品、表現者/観客という二分法を止揚した、ダイレクトなコミュニケーションの場、まさしく新しい祭りなのである。この祭りの「場」の構築、つまりシチュアシオニストが「シチュアシオン(状況)」の構築と言っていたものこそ、アーティストの新しい役割となるであろう。
 結論を言えば、アバンギャルド芸術という祭りのあとの虚しさをうめる祭りの新しい形態は、このような祝祭的なコミュニケーションの「場」の構築だ、ということになる。(具体的な例として、『1968年パリ5月革命』をあげておきたい。)

 ただ気をつけなくてはならないが、この祭りの中では、資本主義的な労働のカテゴリーは無効になる。アーティストである、芸術家である、ということは、芸術活動を職業にしているということを意味しない。芸術が労働であってはならない。絶対に勘違いしてはいけないのだ。芸術とは生き方であり、至高性の追求である。逆に、ある人間が祭りの精神を持ち、至高な生の追求の闘いの中にあるならば、その人は食ってゆくためにどんな職業についていようと、アーティストなのだ、といいたい。そして個人の枠を超えて、社会の中に祝祭の渦が広がりゆくとすれば、祭りの中に生きる全ての人は、みなアーティストなのである。

 近代芸術の枠組みとは「作品」という手続きそのものであった。それゆえ至高な生を、アバンギャルド芸術という祭りが終わった今追求せんとすれば、作品という手続きは一切放棄するべきだと思う。だが私は作品という芸術のあり方を全く否定してしまうつもりはない。結果としての作品というのはあり得るだろう。私が言いたいのは、まずアーティストの中に 祭りの精神が息づいていなければ、作品は商品としてしか意味がないということなのだ。
 アーティストの生は、マテリアルとしての世界の中をかいくぐり、流星のように燃焼する。その燃焼の軌跡が、何らかの形態、色、音、言葉として残ることは間違いない。それを作品としてとらえることは可能だ。だがそれはアーティストにとってどうでもいいことなのだ。彼の活動の結果が作品として扱われようが扱われまいが、どうぞご勝手に、である。問題なのは彼の生が至高なものであるか、なのだから。だからこそ作品を目的として活動するアーティストなど問題にならないのである。職業としてのアーティストなんて無意味な、矛盾した概念ではないか。
 このように芸術を労働のカテゴリーに取り込んで理解しようとするのは、近代資本主義的な精神による観念の転倒である。もう一度繰り返すが、芸術は祭りであり、至高な生の追求なのだ。それは資本主義の精神とは完全に相容れないもの、むしろ正反対な精神の働きだ。だからこそアーティストは私たちの属する、今まさにその中で呼吸しているところの社会体制と対立せざるを得ず、その生は闘いの生とならざるを得ないのである。
 逆にアーティストがその内面に祭りの精神を秘めているのなら、近代社会のシステムに反抗し、対決することで、自らの祭りの精神を証明しなければならない。アバンギャルド芸術というムーブメントが終息し、その亡霊が事態を混乱させ、至高な生の追求を妨げている今、私たちのとるべき道は、近代芸術のシステムを超えてのアクションという方向、新しい祭りの場の創出なのである。私たちは、反抗の対象である近代社会のシステムのカテゴリーから逸脱した地点で新たな祭りへの闘争を開始しなければならない。だからそれは作品を作らないという立場に立つはずである。繰り返すが、「作品」こそが近代芸術の枠組みそのものだからである。
 
 以上が私の考える、アバンギャルド芸術運動の跡を継ぐ新しい祭りのイメージである。驚くべきことに、 作品の制作を拒否する芸術運動、新しい祭りの創出をもくろむ運動が既に存在していた。何度も名前を出してきたが、フランスを中心に第二次世界大戦後、当時の前衛芸術家たちが集まって組織された『シチュアシオニスト・インターナショナル』である。あまり一般に知られることのなかった、アンダーグラウウンドのこの運動については、第二部『タコ部屋の青春』で詳しく語ろうと思っている。





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荒井賢 (Ken Arai)

 住所 埼玉県越谷市
 生年月日 1964年2月15日
 職業 アニメーション背景制作
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