泥沼通信

祭りの戦士 @ กลับมาจากกรุงเทพฯ

 

Category: 思想など   Tags: 思想  

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Gilさんのこと

 去年の春、僕は自分のブログで内田樹批判を何かに取り憑かれたように気合いを入れて展開していました。そんな僕のエントリーに、はじめ「外野席より」という名で、のちに「Gil」というハンドルネームでコメントをくれた方がいました。実はその人は和田康さんという人で、フランス文学……とくにジョルジュ・バタイユの研究者でした。
 和田さんは、僕の内田樹批判のエントリーを読んで何か感じるところがあったようで(和田さんは都立大の院生だったのですが、当時内田樹氏は都立大で助手の職にあり、和田さんは内田氏のことをよく知っていたようです。が、当時から内田氏とは話が合わなかったとメールでもらしていました。)、続けて僕のブログのマニュフェストとして書いた『祭りの戦士とは何か?』という文章にも目を通してくれ、この世に自分と同じようなことを考えてる人がいることに驚いた、という内容のメールを僕のもとに送ってくれました。また和田さんは、博士論文をもとに書かれた本を出版しており、その本を送っていただいた上、バタイユについてわからないことがあれば何でも聞いてほしいと申し出てくれました。
 僕の書いたものを読むとピンと来る人もいるかもしれませんが、僕自身たぶんバタイユの思想に大きな影響を受けています。ただ、僕は専門的にバタイユを研究したり読み込んだことはなく、ほとんど直観的な理解で……身体的・肉体的な共感をもってバタイユの言葉を受け止めているに過ぎません。ですから専門の研究者が僕の書いたものを肯定的に受け止めてくれたことは、何はともあれうれしかったし、自信にもなりました。(もっとも和田さん自身よくわかってらっしゃいましたが、バタイユの思想はアカデミックな哲学のテリトリーをはみ出し、踏みにじろうとするものですから、専門の研究者云々という権威を問題にすること自体間違いなのですが……。)

 ところで、メールをくれたあとも和田さんは僕のブログのコメント欄にしばしば登場し、僕のエントリーを補足する書き込みをしてくれました。それは僕自身のモヤモヤした頭の中を整理してうまく言葉にしてくれるような内容でしたので、勉強になったし、どんな補足をしてくれるのかが楽しみでもありました。
 しかし8月の終わりにコメントをいただいたのを最後に、唐突に何の音沙汰もなくなってしまいました。僕が何か気にさわることを書いてしまったのか、それとも僕のブログのレベルの低さに呆れてしまったのかといぶかって、和田さんのコメントを誘うようなエントリーをアップしてみたりしました。が、結局なしのつぶてで何のレスポンスもないまま、そのうちまた来てくれるだろうと思ってこちらからは何も連絡をしませんでした。また、急に僕の身辺が忙しくなってきたこともあり、和田さんのことは忘れかけていました。

 この間、久しぶりに内田樹氏の批判を行うために、「贈与」について和田さんが書いてくれたコメントがあったはずだと昔の記事を読んでみると、あらためてこれは見事な解説だなあと感心し、自分のエントリーにそのまま引用させてもらいました。
 その後、この僕のエントリーを目にされた和田さんの知人の方からメールをいただき、和田さんが亡くなっていたこと、しかも自殺であったことを知らされました。僕のブログに最後にコメントをくれた数日後のことだったようです。……思わぬ形で和田さんの書き込みが唐突に途絶えてしまった理由を知ることになったわけです。

 僕は和田さんがどんな人なのか、どんな生活を送っていたのか知りません。したがって自殺の原因が何であったのかまったくわからないのです。なんでも遺書には「虚無との闘いに疲れた」という内容のことが書かれていたそうで、なにか大きな虚しさと憔悴感を抱きながら死の直前まで僕のブログに書き込みを行ってくれていたことだけは確かなようです。遺書の言葉から想像するに、おそらく和田さん自身の思想と、現実の生活の間のギャップに、自らの生を断たなければならなかったほどの、なにか目には見えない微細なストレスを感じ続けていたのではないかと思います。
 僕自身は脳天気な男なので、生まれてこのかた自殺など考えたことはなく、そのような神経の繊細さも持ち合わせていません。ですから和田さんのような(送っていただいたメールやコメントの文章から推測するに)大人で、頭のいい人を、何がそこまで追いつめるのかいまだに理解できないでいます。
 もちろん和田さんは自分の決断として死を選択したわけですから、その意思は尊重されるべきだし、僕がとやかく言うことなどできない……と思いながらも、やはり一つの知性が失われてしまったことは残念なのです。
 和田さんの書いた本は、「時間」という観点から一貫してバタイユの思想を読み解こうとするもので、素人の僕にはバタイユを理解するためには非常にありがたい本でした。バタイユの思想そのものは決して難解なものだとは思いませんが、例えば『内的体験』のような非常にとっつきにくい著作もあって読みながらため息が出てしまいまうことしばしばです。そのあたり、和田さんは一つの視点からスッキリ解説しているため、改めてバタイユの本を読んでみればきちっと理解できるのではないかと思わせてくれました。ひょっとするとこのような読みの指導を受ける機会をこれからも持てたかもしれないと思うと、やはり勝手ながら和田さんの死は残念に思わざるを得ないのです。

 それにしても「虚無との闘いに疲れた」というのはどういうことなんだろう? バタイユやニーチェの教えとは、僕らの目の前の現実というものはとにもかくにも退屈で、最悪で、サイテーなものなんだという認識であり、またそんなサイテーな生をいかにおもしろく彩り、熱く燃焼させることができるかという生の実験でもありました。突き詰めて考えてゆけば、生きるということは確かに「虚無」であり徒労に過ぎないのかもしれません……しかしそれに対して自殺という回答しかなし得なかったのか……他にもっとおもしろいやり方で生を彩ることはできなかったのだろうか……という疑問が和田さんの死を考えると僕の中に浮かび上がってきます。つまり僕だったらどんな最悪の状況に陥ったとしても、その状況をいかに楽しめるものへと転換するかを考えると思うのです。熱心なバタイユの読者であればみなそう考えるのではないでしょうか?
 確かにバタイユにとって死は生命を燃焼させるための重要なモメントなわけですが、本当に死んでしまったら生命の燃焼を感じることすらできません。死に接近することはより激しく生きるための戦略であり、死そのものは目的ではないはずです。そういえばバタイユは彼が主宰していた秘密結社での儀式の中で自らの生命を生け贄に捧げようとしたとのことですが、熱狂の中で極限に突き進もうとするバタイユの姿と、「疲れた」と漏らす和田さんのそれは異質なもののように思えます。もっとも和田さんにとってはそんなこと先刻ご承知のことでしょうし、死を決意するそれ以上ののっぴきならない理由があったのかもしれません。しかし僕がバタイユから引き出したいのは、死と限りなく接近した熱狂的な「遊び」としての生であって、それは「疲れ」知らずなものではないかと思うのです。少なくとも僕は生きるのに疲れた……と感じたことは生まれてこのかた一度もありません。(もちろん一時的な肉体的・精神的疲れは僕も常日頃感じているわけですが。)

 和田さんの書いたものは僕にはピンとくるし、ひょっとすると実際に僕らは似た者同士だったのかもしれませんが、どうやらこのあたりに大きな違いがあったようです。年下の僕が言うのもなんですが、どう考えてもまだ死ぬのは早すぎたのではないでしょうか。
 和田さんの出版した著作にしても、端正で実直な研究であることは間違いないのですが、これは研究者としても思想家としてもはじめの一歩に過ぎないもので、これからオリジナルな活躍が始まるんだろうなと僕は想像していたのです。これだけ的確にバタイユを読みこなせる人であれば、むしろ研究者の枠をぶち破って、それこそ『戦士』としてアステカの太陽のごとく力強く異様な輝きに満ちて地平線の彼方に姿を現すべきだったのではないでしょうか?

 あくまでも僕は和田さんのことを詳しく知っているわけではないので、まったく的外れなことを書き綴ってしまったかもしれません。また、僕は自殺を考えるほどギリギリの状況まで追いつめられたことがないから安直にこんなことが言えるのかもしれません。確かに自ら命を絶つことも一つの生の選択に違いないのですが、バタイユに私淑する和田さんがどういうわけで疲れてしまい、そのような選択をしたのかを、可能であるなら個人的に問いただしてみたいような気がします。
 とにかく僕のブログに二度とGilさんは訪れてくれないのだというのは確かです。悲しい結末になってしまいましたが、これも何かの縁です。和田さんがその重要性を主張してやまないバタイユを、和田さんのつけてくれた道筋に従ってもう一度時間をかけて読み直してみたいと今思っています。

Comments
 
みなさん書き込みありがとうございます。
ひょっとすると和田さんは、それこそ「差異の消えたのっぺりした世界」のような目に見えない敵と格闘し続けていたのかもしれませんね。そういう厄介な敵への決定打として自死という選択があったということかもしれません。
上で述べたとおり、個人的には自死という選択は考えたことがありませんが、自分で自分の命を断つということは生命を惜しげもなく、また見返りなしに消尽してしまうことには違いありません。まさに和田さんは贈与を実践していたと考えることもできるわけです。kawakitaさんがおっしゃっていた贈与の契機というのは、財の交換や分配……ましてや労働の対価をピンはねされることなんかではなく、(たとえば自殺行為のように)社会や人間の内面に異様で深刻な衝撃を与えるありえないこと=イレギュラーという形をとるものだと私は思うのです。で、それは合理性や計算(レギュラー)が支配する私たちの社会への反抗なのだとあらためて言いたい。和田さんの死もやはり近代資本制社会への反抗であったのだと思います。
 
 私が知らせを受けた直後にも、お伝えしようかどうしようかかなりまよったのですが、結局言いそびれてしまい、お伝えするのがこんなにも遅くなってしまって申し訳ありませんでした。私も、和田さんとは去年交流を再開したばかりだったので、本当に驚きました。
こんばんは 
そうですか、そんなことがあったのですか。残念ですね。
和田さんの事を知らない僕ですが、araiさんの文章から、真面目で一生懸命生きていた方だと感じます。
ご冥福をお祈りいたします。
 
Gilさんのご冥福をお祈りいたします。
・・・ 
ken師匠、ご無沙汰しております。
久し振りのコメントがGILさんのご冥福をお祈り申し上げますなんてコメントだなんて、さみし過ぎます。
まったくもってトンチンカンな私にも判るようにコメントしてくださった方で、そこから滲み出てくる深さといいましょうか、優しさといいましょうか、好きでした。
残念としかコメントできません。。。
 
荒井さん、読ませていただいて思わず涙しました。Gilさんがお亡くなりになる前に私は言葉を交わすこともなくですが、ニアミスをしていますね。それが、浅田彰氏の話や、ドゥルースやガタリのお話でした。「差異の消えたのっぺりした世界」に絶望されたのでしょうか。
自死を考えてそれに及ばなかった私、そして、それを成し遂げられたGilさん。
私のすごく近しき人に、自死を行い、奇跡的に命がある人がいます。
その人は、天が命を落とさせてくれなかったあと数年は「死にたかったのに・・・」でしたが、今は「生きていて良かった」と言っています。
私のように一線は渡らなかった人、一線を渡ったが渡りきれなかった人、そしてGilさんのように一線を渡られて帰らぬ人となられた方・・・・・。
Gilさんに、せめて、もう少しちゃんとした追悼文をそえさせていただきたかったのですが・・・。しかし、しかし・・・。
GILさんのご冥福を心よりお祈り致します。
 
このブログの記事をすべて読んだわけではないのですが内田氏についての記事を書いているとき、「誘惑」で明晰な指摘をしていたGilさんが、ほかの記事でなんの応答もないのは、私も不思議に思っていました。亡くなられていたのですね。驚くばかりです。心中察することなどできようもないので、ただ、残念に思うことしかできませんが。それに、学部は違いますが私と同じ大学出身みたいです。奇縁ですね。
 
chankin さん、きはむさん、コメントありがとうございます。残念なことではありますが、生き続ける私たちにできるのはそれぞれ前に進むことだけです。
ところで、お知らせするのを忘れてましたが、最近あまりにコメントスパムが多いため、管理人の承認後の表示にさせてもらいました。ご了承ください。
 
物事を本当に深く考える人ほど多くを背負ってしまいがちなのでしょうね。。残念です。

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プロフィール

荒井賢 (Ken Arai)

 住所 埼玉県越谷市
 生年月日 1964年2月15日
 職業 アニメーション背景制作
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