泥沼通信

祭りの戦士 @ กลับมาจากกรุงเทพฯ

 
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ポストモダン建築のいやらしさ

 私はいわゆるポストモダン建築が嫌いだ。ずいぶん前からそうだった。私はそれを長いこと(ポストモダン建築を含めたところの)モダニズム建築の美観そのものへの反発感なのだと自分で考えてきた。だが、ここ数年でその感覚の中にある断層に気がつき始めた。つまりモダニズム建築とポストモダン建築、それぞれへの私自身の感じ方が違うのである。
 私は建築に関しては、興味があるもののシロウトである。それでもあえて自分の感覚を分析してみたい。私は、モダニズム建築は評価するが、ポストモダン建築は何か許しがたいものに感じる。とりあえずいまは、ポストモダン建築はモダン建築が堕落し、デカダン化したものだと私は見ている。ちょうどルネサンス美術がマニエリスム美術へと移り変わってゆくのを見ているときのようにいや〜な感じがするのである。、、、まあ、それを堕落や頽廃とだけは言い切れない面もあるわけだろうが。
 ポストモダン建築の定義は」建築界でもはっきりしないようだが、一般的にはここに書かれているように、モダン建築の徹底した機能性、合理性の退屈さに対する批判から生まれたと考えられている。つまりは建築における装飾性の復活ということになるようだ。最近作られた新しい(おもにモニュメンタルな)建築物は、ほとんどこのポストモダン様式で作られている。私の住むバンコクでもポストモダン様式の巨大建造物が目につく。会社のすぐ隣にはヨーロッパの宮廷建築の装飾を随所に取り入れた高級ホテルが建っているし、その隣は屋上にロケットのような円錐形の屋根を頂くSFチックな高層ビルが聳え立っている。バンコク中心部は立派なポストモダン都市である。ポストモダニストによると、世界中のあらゆる時代の建築デザインが装飾として引用すべきものとしてカタログ化されうるものらしい。おしゃれだと思われているのか、よく見かけるのは、ヨーロッパの古典様式を取り入れた建築だったりするのだが、これらすべて私にはどうにもこうにも俗悪に感じられてならない。成金趣味という言葉を思い出してしまう。

 モダ二ズムの機能性、合理性が退屈で味気ないという批判は当然だと思う(だからこそ私もこんな反近代的美学に惹かれる)。しかしそれに対して装飾により多様化を図るという考えはあまりにもイージーではないだろうか。そのようなポストモダン建築に何かモダニズムを超える新しい理念を感じられるだろうか。。。

 モダニズムには明確な理念があった。伝統建築とは断絶した、徹底して合理的、機能的、効率的なデザインは、近代的な生産に見合ったものとして根本から作り直されたものである。また、建築家やデザイナーはそのデザインや都市計画の中に近代の新しい人間の、、、伝統社会の重さを断ち切った明朗さ、身分制度を脱却した平等な近代的人間、、、のあり方を描きこんでいた。そういう意味でモダニズム建築はきわめて革命的だったといえる。ロシアアバンギャルドやコルビジェたちの仕事の中に清々しさを感じるのは、このような前代未聞のプロジェクトに挑戦する意志を感じるからだろう(今日そのデザインの非人間性もあきらかになっている。機能性や効率性を重視した均質なデザインは、人間を生産の道具とみなしているかのようである)。、、、が、そのような理念の革新性は、ポストモダン建築の中にこれっぽちも感じられない。少なくとも私はまったく感じないのである。
 モダニズム建築の理念は勝利した。それは、あたりを見回せばすぐわかることだ。モダニズム建築が街を埋め尽くした今、もはやモダニズムの理念を広める必要性が建築家たちから消え去り、彼らの手元に残ったのは職業としての建築と、商品としての建築物でしかなかった。つまりモダニズム建築家が持っていた革新性、アバンギャルド性が薄れるにつれ、その建築様式の商品としての味気なさだけが浮かび上がってきてしまったのだ。モダニストであることは建築家としても退屈であり、商品としても価値のないものだ、と。そこでその退屈さを埋めるために装飾性が復活し、装飾性によって他の建築物との差異化をはかり、建築商品に付加価値を与えるようになっていったのだろう。ようするにモダニスト建築家は革新的な理念を失う(堕落する)とともにポストモダニストになってゆくのだ。
 そもそも効率性や機能性を原理とし、均質な建築空間を作ってきたモダニズム建築は、アバンギャルド的な革新性とともに、資本主義的な生産の要請に応える一面を持っていた。その傾向は資本主義が高度化するにつれて建築の多様化という形へ、つまり消費される商品としての建築という方向で資本主義の要請に応え続けることになったと考えていいだろう。
 丹下健三というモダニズム建築の巨匠は、ポストモダン建築をして、あんなものは意匠に過ぎないと喝破したそうだ。ごもっともである。しかしその丹下も晩年、東京都庁舎の設計においてポストモダン様式を採用し、周囲から変節ではないかと取沙汰されたとのことだ。しかし丹下をかばうわけではないが、現在ではもうモダニズムとポストモダニズムの間に、はっきり境界線を引くことはできないと私は思う。
 なぜならポストモダン建築は気(革新的な理念性)の抜けたモダニズムに過ぎず、その屋台骨はモダニズム以外の何者でもない。逆にモダニズムはポストモダニズム建築にとってすでに引用されるべき過去の様式のひとつになってしまっている。したがって丹下の「変節」は、変節というより、現在建築家であることは、モダン=ポストモダンという分離しがたい様式の中で仕事をせざるを得ない、ということの実例を示しているに過ぎない。
 
 おそらく、モダニズム建築の孕む負の問題を乗り越えるという課題は随分以前から叫ばれ、議論もされていたはずだ。建築関係者がたんに職業として建築を考えるのではく、アバンギャルドとしての革新性を少しでも持ち合わせているのなら、現在の建築の状況がいかに空しい袋小路にはまり込んでいるかを感じていないはずがない。どう見たって、ポストモダン建築はモダニズムの乗り越えを標榜しながら、結局それを回避しているに過ぎないのだ。建築も美術などと同様、大きな曲がり角に差し掛かっている。それはたんに様式云々の問題ではなく、近代という時代の根本的の表層的な多様性(装飾)の方向へ問題をすりかえてしまったところに私はポストモダンの建築家たちの無神経さを感じるのだ。結果的に出来上がったポストモダン建築はいやらしい働きをする。

格差社会を象徴するものとしてよく引き合いに出される風景、、、真新しい高層建築の足元にあるスラム、テーマパークのように清潔なビル街を徘徊するホームレス。しかし格差が貧者だけの問題ではないように、この社会に生きるすべての人がポストモダンな風景に場違いな疎外感を感じうるものではないだろうか。少なくとも私はずっと反発を感じてきた。
 建築には金がかかる。モニュメンタルな巨大建築ならなおさらだ。したがって建築物は制作のために出資した者の富と力の誇示でもある。過去の権力者たち、王権や宗教の建築はそのようなものとして周囲に威圧感を与えてきた。そして今でもモダン=ポストモダン建築が資本の権力をまざまざと私たちに見せ付けている。
 コンピューターによって設計され、最新の建築素材を駆使し、寸分の狂いもなく作られた、清潔でおしゃれな建築物が私たちをひきつけるとともに値踏みするのだ。お前はこのポストモダン空間になじむ資格のある人間であるか、と。この空間に参入するためには資本の規範と秩序を受け入れなければならない、暗にそう語りかけられているようにも思える。そして受け入れぬものに対しては、この建築は排他的で冷たい、無言の疎外感を放つのである。モダン=ポストモダン建築は(住むという本来の機能のほかに)このような堅固で持続的かつ圧倒的なスペクタクル装置として機能している。
 おかしな話じゃないか、モダニズムの理念は当初、身分制度を脱却した平等の理念に裏打ちされたものではなかったのか? ロシアアバンギャルドはさかんに労働者のための住居や施設、モニュメントなどを作ろうと試みてきたはずなのだ。それはまさしくわれわれの建築であったはずなのに、わらわれが住んだりくつろいだりできる場所であったはずなのに、何ゆえ私たちを値踏みし、疎外感を植えつけるものになってしまったのだろう。

 この建築をめぐる絶望感を乗り越える道はあるのだろうか? 建築のシロウトである私なりの想像をしてみる。そうする権利はあると思う。なぜなら、専門的な建築家が、一方向的に何らかの新しい建築様式を生み出すという形では、モダニズム=ポストモダン建築の乗り越えはないだろうと思うからだ。
 間違いなく近代建築の問題も資本主義という社会体制と深い関わりにあり、それを支える人間関係や労働や余暇のあり方と切り離すことはできない。もし都市の姿が劇的に変貌することがあるとするなら、そのときはおそらく、(だれだれという建築家が、ではなく)すべての人の「住むこと」や「建てること」、すなわち人と環境の関わりかたの実践とでもいうべきものが、人間関係や労働のあり方などとともに問い直され、刷新されるときだろう。そうなってはじめて専門家によって作られる商品としてのスペクタクル建築でおおわれた都市の排他的で息苦しいポストモダン空間が崩れ去るのではないだろうか。もはや建築は建築家だけの問題ではない。そのような分業という前提がまず打ち壊されなければならない。だがそれはまあ、未だ夢の風景だ。でも、その端緒となる小さな実験的な空間を、現在の排他的なポストモダン空間の中に出現させることぐらいはできるだろう。それは現在のアバンギャルドの仕事なのだ。


建築建築においては、装飾を排し(禁欲的な四角い箱)機能主義に基づくモダニズム建築に対する反動として現れた、多様性、装飾性、折衷性、過剰性などを特徴とする建築のこと。1970年代以降、顕著な特徴となってきた。一般に、現代人が外見的に見て奇異な印象をうける建築物
最近、インテリアデザインが静かなブームである。ル・コルビュジェ、ミース・ファン・デル・ローエ、フランク・ロイド・ライト…。彼らはもう亡くなってしまった人ばかりだが、その作品は今も現存し、多くのファンに愛されている。愚生も高校時代に書店でふと建築関係の本...

Comments

はやしさん、Sitaさん
私の久々の渾身のエントリーにさっそくの厳しいご意見ありがとうございます。
本当にシロウトの領域に踏み込んでの発言ですので、私自身の中にいろいろ混乱や偏向もあるとおもわれますが、そのあたりも含めすべて思いの丈をぶちまけてみました。したがって厳しい突っ込み大歓迎です。まずは、二点ほどコメントを、、、
普段アーティストを気取っているものの、実際には皆さんのほうが美術史に詳しかったりするので、迂闊なこと書くとこのありさまです。確かシュルレアリストはマニエリスムの過剰性、奇形性みたいなものを、ルネッサンス美術より評価していた、というようなことを昔どこかで読んだ覚えがあります。そのせいか、ろくに作品も見ずマニエリスムに好感を抱いていました。というかルネサンスには興味はありませんでした。それがどういうわけか最近ではルネッサンスの均衡ある美術のほうに魅力や緊張感を感じています。で、画集でルネサンスからマニエリスムへの移り変わりを見てゆくと、なるほどひとつの文化様式が解体してゆくというのはこういうことかと思ったわけです。(それをポストモダン建築を考えてるときにふっと思い出したのです。)しかし解体はまた次の始まりでもあるわけですし、それを堕落とだけ言い切ってしまう気はないというのは本文でも書いたとおりです。ですから堕落というよりも様式の解体と書いておくべきだったと思います。
あと、「革新」云々については誤解なのではないかと思うのですが。。。だって、はやしさんやSitaさんが言ってること、よくわかるし、そのとおりだと思いますから。「アヴァンギャルドとしての革新性」というものが、いかに資本にとってありがたい「新たな食い扶持」であるか、、って、それは私もそう思いますし、資本の尋常ではない雑食性、その絶望的なほどの出口のなさ、など私もそのとおりだと思います。また、Sitaさんの言ってる「すでに「革新」である事を、論じるだけでなく、自身が「革新」という意を越えた何かを体現する時代に移りつつあるのではないか」ってことだって、当たり前じゃないかと思います。まさに私が考えてることも、「そういう状況下、何ができるのか? それ以前にそもそも、何がどうあるべきなのか?」なんですから。ただ私はそのような問いや実践を「アバンギャルド的革新」という古臭い言葉で表現したということです。まあ、そんな言葉しか思い浮かばなかったということでもありますが。
ですから、「革新」という古臭く、とうに資本の持ち駒になってしまっている言葉を使ったからといって、それだけでナイーブな古臭い戦略の反復だと考えないで欲しいのです。お二人が「革新」とか「アバンギャルド」という言葉で何をイメージしているかわかりませんが、私が意図しているのは、現在的な抵抗の炎によって古臭い概念や戦略に焼きを入れ鍛え直すことです。
よく言われるわけです。例えば「多様性」や「逸脱」という言葉や戦略は、80年代には有効であったが、現在では反動的な役割を果たすだけだ云々と。なるほどそれらの言葉もすでに資本の持ち駒になったということでしょう。資本の貪婪さは恐るべきものです。資本は私たちに寄生して生きているという言葉を思い出します。しかし、だからといって資本に回収されてしまった言葉を使えないわけではないはずで、それを生かすも殺すも私たち次第、私たちの現在的な抵抗が古い言葉に命を与えるのではないでしょうか。その古い言葉や戦略のポジティブな面を救い出すのも私たちの仕事だと思います。もちろんそのためにはそれら資本に取り込まれてしまった言葉や戦略の徹底した批判と分析が必要であることはいうまでもありません。私が考えているのは、そうすることで過去の抵抗や運動と、現在的な抵抗の形との(どちらも生を燃焼させ、世界を彩るものだという)内面的なつながりを意識したいということです。
さて、もう一匹「マニエリスム」に食いつくお魚の登場です。
何をもって「革新」という言葉を定義するかということはこの際無視しますが、ルネッサンスとバロックの狭間においてマニエリストが、その当時のヨーロッパ社会を構築していた神聖ローマ帝国、フランク王国、カトリック教会の
世界では受容されない「隠されたもの」つまり異端や畸形やアンドロギュノスといったセクシャリティなど、社会から排除される諸々を寓意という表現をもって、提示したという点では、単に「マニエラ=手法」といった言葉にすりかえられる分析には納まらないある意味、当時に措いては「アバンギャルド」な潮流であったのではないでしょうか。
最近、思うのですが「革新」なる言葉自体に纏わる諸々に、すでに旧態依然とした古臭さを感じます。「我々」対「権力」といった二分化の対立構造にも少々違和感を感じます。
話はとびますが、「ティファニーで朝食を」の一場面で、オードリー扮する、南部の田舎からNYに逃げてきた主人公に向かって、作家の卵の恋人が言った台詞にこんな言葉がありました。「君は自由を求めるあまり、その「自由」という籠の中から逃れられずにいる」
すでに「革新」である事を、論じるだけでなく、自身が「革新」という意を越えた何かを体現する時代に移りつつあるのではないかと思うのですが、如何なものでしょう。
まあ、言うは易しであるかもしれませんが。
マニエリスムのことが、通りすがりのことでであれ腐されているので、その「擁護者」としては何か言わなならん……ということでもないのですが(ただ、「ルネサンスの堕落形態としてのマニエリスム」という旧套美学的な見方には、さすがに苦笑いを禁じ得ませんでした)、それはさておいても、このエントリで言われていることは、べつだん「モダニズム」だの「ポストモダニズム」だのという区分は関係なく、たんじゅんに建築というものは(もちろん、話を藝術一般に拡げてもいいのですが)、消費資本主義下において、富の収奪と、そしてその収奪の結果を誇示するものとして機能する、ということに過ぎない、と思うんですね。モダニズムの「当初の意図」や、そしてポストモダニズムの「美学的動機」なぞ、はっきり言ってそういう構図にはあまり関係のないことです。
だから、ある意味では荒井さんの分析は当たってないこともないんですが、ただ、そうした批判の要点とは関係ないところで、読み手にはたんに荒井さんの趣味としか思えない視点を正当化しようという身振りがほの見えるところに、荒井さんがポストモダニズムに見出すのとはまた別種の「いやらしさ」を感じてしまったりすることも事実です。そしてそれは、「アヴァンギャルドとしての革新性」というものが、いかに資本にとってありがたい「新たな食い扶持」の生産拠点になるかを度外視したナイーヴさとどこかで通底しているようにも思えます。
資本主義というのは(とあえて雑駁にひとまとめにしてしまいますが)、ちょっと尋常ではない雑食性を有しており、それに立ち向かうのはほとんど絶望的なことです(ドゥボールが自らその生を絶ったのも、そうした絶望のゆえにでしょう)。守旧的なのがダメなのはもちろん(いや、ひそかにそこに突破口はないか、と夢想することもないではないのですが、いまはこの話は措いておきましょう)、「革新」などということも資本の「持ち駒」になって久しい。そういう状況下、何ができるのか? それ以前にそもそも、何がどうあるべきなのか?
色々と苦言を呈したようですが、困難な試みに立ち向かうものへのエールとして受けとってもらえれば、幸いです。
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プロフィール

荒井賢 (Ken Arai)

 住所 埼玉県越谷市
 生年月日 1964年2月15日
 職業 アニメーション背景制作
 連絡先 araiken#mac.com #を@に置き換えてください。


 

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