泥沼通信

祭りの戦士 @ กลับมาจากกรุงเทพฯ

 
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タコ部屋の青春 3

第3節 世界の変革と自己の変革


 私たちの近代資本主義社会は「タコ部屋」である。私たちはタコ部屋のなかで働くために生きているのだ。利潤の追求のため、生産活動にのみ意義を見いだす資本主義社会における私たちの毎日は、生産のための生産であり、生産活動によって蓄積された富を私たち自身の生存を越えた目的のために享受することは許されないのである。
 このような家畜小屋のなかの動物のような隷属的な生からの覚醒……そのためには「祭り」の精神を奪回することが必要なのだ、と前節までで述べてきたところだ。そこで次に私たちは「祭り」の精神の奪回への近代社会における新しい試みについて考えてみたい。

 近代社会とそれ以前の社会を大きく分け隔てている特徴は、「祭り」の至高な価値が近代以前の社会においては中心をなすものであったのに対し、近代社会では生産がすべてであり、「祭り」の原理は衰退してしまっていて、その中で生きている近代人にとっても「祭り」というものの意味が理解されなくなってしまっている、というところであった。
 近代以前の社会において祝祭性が発現していた諸局面、王権、宗教、伝統的な祝祭、戦争などは、私たちにとっては滑稽な過去の遺物であるか、まるで違った意味合いをもった行事や活動へと変質してしまっている。

 王権は市民革命によってすでに葬り去られてしまっている。制度として王制が残存しているとしても、現実的な権力が失われているのは明らかである。王族、貴族などの神聖で豪華な生活は、富の蕩尽として祝祭的な性格をもっていたのだが、それは民衆を搾取することで成り立っていたわけで、個人の尊厳、万人の平等を唱える市民革命によって否定されたのちには、その存在理由がなくなってしまっている。私たちにとっての王権とはすでに近代国家の装飾的な役割、せいぜい過ぎ去った時代のノスタルジーでしかない。
 かつて人々の生活を内部から律していた宗教もまたその力を失った。宗教の教義自体、自然科学の発達とともにリアリティを失ってしまったし、生産に価値をおく近代社会において、限りなく無為な時間をもつ僧侶の存在、また彼らを養うためのお布施や寄進といった行為は、全く無駄で無意味なものに、さらにはいかがわしいものにすらなってしまった。「神は死んだ」と言うが、あまりにも科学と経済によって割り切られて索漠として無味乾燥な近代社会を、潤いや癒しを与えることで補完することが、宗教に与えられた最後の役割だということになるだろう。
 世界中に広がるさまざまな民族の伝統的な祭りもその深い意味を喪失しようとしている。現在の祭りは、蓄積されたエネルギーを放出、享受するという祭り本来のあり方を離れ、王権や宗教が権力を保持していた時代の名残である建築物や風俗とともに観光の目玉として、商業的なイベントの意味合いを強めている。つまり全く正反対の生産労働としてのみ意味を与えられているといっていいだろう。
 また、私たちの近代においては、王権、宗教とともに、戦争は錯誤、人権を踏みにじる許されざる錯誤であるわけだが、個人の生よりも民族、国家といった共同体の栄光が価値とされた近代以前の社会においては、戦争による富の浪費は、至高性の表現であった。戦いを遂行する王や戦士たちは、死と隣り合わせの危険をくぐり抜けた栄光のオーラをまとっていた。だが、近代に入ると、共同体の栄光より、個人の尊厳が価値を持つようになり、また領土の拡大などの経済的な配慮が戦争の動機として大きくなるにつれて戦争の意味も変化してしまった。近代兵器の開発とともに能力や勇気、決断といった個人の資質によっていた戦士は姿を消し、規律正しい行動を期待される兵隊へと取って代わられた。兵隊にとっては民族や国家の栄光は戦争遂行のモチベーションにはなりえない。結局、戦争もまた祝祭性を失い、労働へと変化したのだ。核兵器、化学兵器の存在は、戦争のナンセンスな戯画でしかない。

 以上のように近代以前の社会において「祭り」の原理への道であった活動のさまざまな形態は、近代においては原型を想像することができないほど変形させられ、無惨にも打ち砕かれてしまった。旧い祭りの形態は、生産労働を補完するものへ、また労働そのものへと変形してしまったのだ。
 近代資本主義社会は生産労働にしか価値をおかない……私たち自身蓄積した富を享受することのできない社会であることは今まで語ってきた通りである。つまり私たちは生き延びを越えた、至高な、人間的な「祭り」の生へのチャンネルを制度としては失ってしまったのである。
 タコ部屋の中で、働くために家畜のごとく生きている、それがやはり私たちの姿なのだろうか? 私たちには「祭り」の、至高な生へアクセスする手立ては全くないというのだろうか?

 いや、「祭り」の精神は近代社会にも生き続けている。だが、それはかつての社会におけるそれと比べて全く新しい形態においてそうなのである。それは近代以前の社会でのように制度として社会に組み込まれているのではなく、反制度、反体制という形態でしかあり得ないだろう。つまりシステムへの反抗こそが近代における「祭り」のあり方なのだ。なぜなら「祭り」の原理は近代資本主義の本質である「生き延び」の原理と真っ向から対立するものだからである。
 具体的にいえばそれは二つの、全く異質な形の試みとして(アンドレ・ブルトンは後にこれをそれぞれ世界の変革と自己の変革として捉えるだろう)……、一つは共産主義運動という政治的な活動として、もう一つはアバンギャルド芸術運動という形で展開されてきた。


 共産主義の運動は、ある意味決定的な形で「祭り」へのアプローチを目指すものだったといっていいだろう。なぜならそれは「生き延び」の原理を体現している資本主義社会を転覆させることを目的にしているのだから。そして、資本主義社会が転覆された暁には、すべての人が労働し蓄えた富を平等に享受できる社会が建設されるはずである。おそらくマルクスの頭の中には祝祭性が組み込まれた平等な社会がユートピアとしてイメージされていたのではないだろうか。
 しかし、その社会の実現のためには政治的な行動が必要となる。ブルジョアジーからの政権の奪取、プロレタリアートによる独裁を実現するための明確に目的的な理性的な行動が必要なのである。
 「祭り」の実現、それは人間的な欲望の実現であるが、その実現のために経なければならない様々な政治的活動、無目的な欲望の爆発の瞬間を組織するために通らなければならない回り道……、すなわち欲望の実現のための迂回……、それは定義からして「労働」だ、ということになるであろう。
 つまり、共産主義運動においては、「祭り」の実現と、その実現のための手段との間に時間的なズレができてしまっている、ということだ。もし、私たちが迅速に資本主義体制を転覆しようとするなら、より効率的な転覆のための努力(労働)が必要だ。プロレタリアートによる一糸乱れぬ目的的な行動なくして、堅固なブルジョワ体制が崩れることはないのだから。そしてこの活動の目的と、目的実現のための手段における時間的な「ズレ」が共産主義運動がゆきづまり、革命によって誕生した社会主義国家群(それは共産主義社会の前段階をなすものであるはずだった)が息苦しい強制収容所へ変質してしまう原因となってゆくのだ。
 一糸乱れぬ目的的な行動は、結局のところ全体主義に行き着かざるを得なかった。共産党による独裁/中央集権化はその内部において異端思想を排除/粛正し、個人の自由すら圧殺することになるとともに、社会主義国家の建設とそして将来実現するはずの世界革命の準備のための労働、蓄積への努力が人民の肩の上に重くのしかかることになる。こうして結局、この社会主義国家という名の強制労働キャンプが、マルクスのユートピアの現実的な終着点となってしまったのである。

 一方、もうひとつの「祭り」へのアプローチとしてあげておいたアバンギャルド芸術には、政治活動のように、欲望の実現とそのための手段の間に時間的なズレは存在しない、と言っていいだろう。なぜなら芸術はそもそも「労働」ではなく「祭り」の側にあったものだからである。
 芸術は、色、形、音、言葉、そして動き、あらゆる表現方法を用いてエネルギーを噴出させてきた。古代、そして中世の社会における建築や美術、祝祭における歌や踊りなど、上で述べておいた近代以前の社会における祝祭性が発現された諸局面……王権や宗教などと絡まりあいながら、芸術は人類の歴史のはじめから生と世界に彩りをもたらしてきたのだ。それは労働によって蓄積された富の消費/享受であった。もっとも近代以前の身分社会で富を消費/享受できたのはもっぱら特権階級であったわけだが。
 しかし近代に入り、ブルジョワ体制のもと、芸術のあり方も変質していかざるを得なかった。ブルジョワジー(資本主義の精神)は、生産にのみ関心を持ち、富の浪費でしかない芸術活動を了解するチャンネルを持たず、芸術作品を虚飾として、また資産として所有することにのみ意味を見いだすことになった。
 また、アーティストの側からすると、芸術活動とは芸術作品という商品の生産であるという意味合いで理解されるようになった。ようするに芸術活動もまた「労働」へと変質したのである。

 アバンギャルド(前衛)芸術運動が巻き起こったのは、そのような芸術の状況に対する異議申し立てとしてであった。商品としての芸術作品の生産、すなわち「労働」と化してしまった芸術のあり方を拒否し、近代芸術の枠組みを巧妙に利用しながら「祭り」を近代社会に導入しようというのがアバンギャルド芸術運動の課題なのだ、と現在の私たちのいる地点からは見なすことができるであろう。
 アバンギャルド芸術に関して詳しいことは『祭りのあと』のなかで述べておいたので省略するが、まずその運動は、アーティスト個人の自律的な美(欲望)の追求という形で進められた。そしてその追求は結果的に伝統的な美のコード(規範)の破壊へとつながってゆく。例えば美術において、印象派からセザンヌ、キュビズム、アブストラクトへと連なるコードの破壊の流れは、究極的にはダダイズムにおいて「芸術とはアクション(行為)である」という命題にまで行き着くのである。
 そしてこの伝統的的な美の規範や芸術の制度の破壊であったアバンギャルド芸術運動のエネルギッシュな破壊活動の盛り上がりは、まさに近代社会における「祭り」の実現であった。すべての活動(共産主義運動までも)が、計算や駆け引き、功利的、効率的に生産と蓄積へ向けて組織されている資本主義近代において、アバンギャルド芸術の破壊活動だけが、単なる「生き延び」を越えた生の可能性を表現していた。アーティストたちは自らの試みが世間に理解されることがないことを知りつつ、またその結果である経済的な苦境や精神的な孤独を友としながら「祭り」を支え続けたのである。

 しかしながら、アーティストたちによる孤独な闘いの背後には常に資本の影が迫っていた。破壊の祝祭であるアバンギャルド芸術の作品を資本は商品化し、「祭り」を資本主義社会の利潤追求のサイクルの中へと回収するのである。
 「祭り」の奪回を求めて創り出された作品は、発表された当初こそコードの破壊におけるその激しい反システム的な表情ゆえに商品になり得なかった。しかし時代はアーティストに追いつき、その活動の結果である作品を商品化してゆく。しまいには、資本はアーティストの先回りをして、アバンギャルド芸術の反システム的な性格を骨抜きにしようとするだろう。
 例えば、芸術大学における前衛芸術に関する講義(芸術は教えられない!)や、美術館への前衛芸術作品の収容=浄化作業を通じてアバンギャルド芸術の反システム的な激しさは、過去の歴史におけるやんちゃな行為として資本によって理解/咀嚼され、牙を抜かれて商品に……そのやんちゃな性格ゆえに希少価値として高額な商品へと仕立て上げられるのである。さらに現在では行政による若手前衛アーティストへの資金援助のプロジェクトまで存在するのである。資本や行政がシステムへの反抗を援助することは基本的にあり得ないことを考えれば、これが前衛芸術の資本主義生産システムへの回収活動であることは明らかであろう。こうしてアバンギャルド芸術という「祭り」は、しっかりとシステムに寄り添い、その「祭り」たる所以を失って、前衛芸術=商品の製作という「労働」へと堕落してゆくのである。


 さて、私たちはここまで近代社会に「祭り」を奪回するための試みとして、「共産主義運動」と「アバンギャルド芸術」の二つについて考察してきた。どちらも近代資本主義社会から失われてしまっていた「祭り」の精神、至高な生の在り方を取り戻すための試みだったはずだが、一方は「祭り」の実現と、その実現のための手段に時間的なズレができてしまったために、目的の共産主義社会とは似ても似つかぬ、強制労働キャンプのような社会を作り上げてしまうという皮肉な結果に終わっている。
 もう一方はアーティストたちの孤独な試みであったとしても、確かに「祭り」を実現した、といえるかもしれない。が、その背後から資本の影が忍び寄り、システムへの反抗であったはずの彼らの「祭り」を「労働」へと回収してしまうのである。
 そんなわけで、私たちはここで新しい形の「祭り」を提案しなくてはならない。資本による「祭り」の回収に対抗し、「労働」の秩序に組み込まれることから逃走するために、新しい「祭り」の形態を創出するべきではないのだろうか。
 そしてその新しい「祭り」の形態はすでに存在していてるのだ。それは「共産主義運動「と「アバンギャルド芸術」の課題をを止揚した運動であり、先ほど名前を出したアンドレ・ブルトンが中心となって展開されたシュルレアリスムにおいて展開され始めていた。

   


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荒井賢 (Ken Arai)

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 生年月日 1964年2月15日
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