泥沼通信

祭りの戦士 @ กลับมาจากกรุงเทพฯ

 

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一発目

 21歳の冬のことだ。もう時効だろうと思うので書いてみようと思う。、、、私の一発目の相手は台湾の女性だった。

 二十代前半、私は浦安のネズミーランド(仮名)というテーマパークで清掃のアルバイトをして生活していた。冬のネズミーランドには休園日があって、従業員の慰安旅行なども催され、アルバイトも私を含め5人ほど旅行に誘われた。行き先はCMでおなじみの伊東のハトヤホテル。夢と魔法の王国のアメリカナイズされた職場のレクリエーションも、結局は日本の会社らしく宴会旅行だった。
 バスの中では同い年くらいの若手社員たちが酒に酔って手のつけられない悪ガキぶりを発揮している中、バイトの私は小さく隅のほうに座っていた。夜、ホテルに着いて、宴会場で社員たちの余興を眺めながら飯を口に運んだ。やれやれ、こんな旅行について来るんじゃなかった。まるで社員たちの盛り立て役に、おまけとして連れてこられたかのようなもんじゃないか。ちょっとした屈辱感と惨めさが混じった私の顔を見て、社員の一人は「来るんじゃなかったと思ってんでしょ、荒井さん。」とせせら笑った。チッ、無神経でいやなやつだ。

 バイトたちに割り当てられた部屋に帰ってぼんやりしていると、上司の社員が入ってきて「おい、荒井、ストリップ見に行くぞ。すぐ用意しろ!」と声をかけられた。予想もしなかった言葉に驚くとともに、うれしさがこみあげてきた。いやいや、ストリップに行けることがうれしかったのではなく、このつまらない旅行に感じていた惨めな疎外感が、温泉場のストリップ小屋に出かけるという、せこくてうしろめたい行為に参加できるってことで、パッと消滅したのだ。いつもみんなにバカにされている、軽くてお調子者のこの上司が、この日はとても有難い人に思えた。手早く浴衣を脱いで、出かける支度を済ませたので、バイトの仲間たちに「どうしたのけんちゃんーはやいじゃーん。」とひやかされた。フン、笑いたきゃ笑え、と思った。
 
 結局アルバイト5人と社員3人という面子でタクシーに分乗した。タクシーの運転手に「いいところに案内して下さいよ。」と上司が念を押すと、運転手も事情を心得てるとばかりうなずいて、「確かに東京のストリップはすばらしい。だけど一度はこういう地方のストリップを見ておかなくっちゃ。」などとのたまいながら夜の伊東の街に車を走らせた。
 ほどなくタクシーはストリップ小屋に到着、私たちは中に入ったが、それはもうひどいものだった。年くったおばさんの体の線の崩れきった裸や芸を見ることになるとは思ってもみなかった。「ほら、見たいんでしょ。」と、おばさんが股間を私の目の前に突き出してくる。終始仏頂面したおばさんストリッパーが筆をあそこに挟んで色紙に字を書く。その色紙に金を払ってありがたそうに受け取っている常連客らしい禿のオヤジがいる。。。なにか悪い夢を見ているかのような時間が過ぎていった。タクシーの運ちゃんはこんなものを見ておくべきだと言ったのだろうか。

 悪夢のようなストリップの上演が終わると、上司が今度はストリップ小屋の経営者らしきオヤジと何か交渉している。「8人いるんですよ。」「いや、これ以上はまけられない。」「病気のほうは大丈夫でしょうね。」「いや、そのへんはしっかりやってるから大丈夫。」、、、呆然と眺めてはいたが、事態はあきらかだ。女を買わないかとストリップ小屋の経営者に持ちかけられ、代金の交渉をしているのだ。どうやら本命はストリップにあったわけじゃなかったようだ。なんと、上司は2万円の言い値を1万2千円まで値切ってしまった。
 手回しのいいことに店の外にはすでにワゴン車が待っていた。いざ車に乗り込もうとすると、仲のいいバイトの友人が「オレやだあ。」と、女など買いたくない旨を私に訴えた。無理もないことだ。私自身も含めて、みなろくに女性経験のない連中だった。なんの経験も心の準備もないまま、これから見も知らぬ商売女と一戦を交えなければならないというのだから。同時に執拗にまとわりついてくる買春の不道徳さという観念や性病への不安などが心の中に渦巻き、私の心臓も高鳴っていた。
 だがむしろこれはチャンスだ、という気持ちが私の中で勝っていた。童貞を捨てるチャンスなのだ。何でもいい、とにかく女を抱いてみたい、、、バクバク鳴っている心臓の鼓動には、これから起こるであろうことへの期待も含まれていたかもしれない。

 私は「いまさら何言ってんですか。」と友人をワゴン車に押し込み(笑)、この状況に身を任せた。運命の場所は普通の民家のようなところだったと記憶している。掘りごたつのある部屋に案内され、じゃんけんで順番を決めた。私は2番手で、自分の順番がくると女の部屋に連れて行かれた。若くてちょっと小柄な女が待っていた。少なくともストリップ小屋で見たようなおばさんを抱く必要はないようだ。
 行為はそのものはたかだか5分ぐらいで終わったのではないかと思う。私は途中、とても緊張していたので「怖いなー。」ともらすと、彼女は「何が怖いの?」と微笑みながら聞いてきた。優しそうな女だ。だが、言葉の発音が少しおかしかったので、外国人かと思って聞き返すと、台湾人だということだった。
 私は無我夢中でがんばっていたが完全に空回りという感じで、これでは終わらないのではないかと焦った。彼女と目が合ったとき、ふと「キスしてもいいの?」と聞いた。すると返事を聞く前に、彼女の唇が私の唇に触れてきた。、、、その感触はとても甘く、柔らかだった。その柔らかさが何かに火をつけたのか、ほどなく事を終えた。よかったというより、ホッとした。
 
 服を着て部屋を出るとき一言何か言わなくっちゃと振り向いたが、彼女はすでに鏡に向かって化粧を直し、すぐ次に来る客を迎える準備をしていた。短時間に数人の男の相手をしなければならないのだ。ふすまの外にはスーツを着た怖い男が、こちらですと私の前に慇懃に手を差し伸べている。ヤクザだ。。。緊張でふわふわしながら靴を履いて外に出てると、黒塗りのベンツが停車していて、先に済ませた社員やアルバイト仲間が大人しく座席に座って待っていた。このままコンクリート詰めにされて東京湾に捨てられてしまう、というバカなストーリーを頭の中に描いているうちにハトヤホテルに戻ってきた。ここまで来て、やっとすべての緊張から開放された。

部屋に戻るとすぐ友達と浴場へ行って、性病の感染を防ごうとモノをごしごしと洗った。まあ、そんなことしたって感染防止にはならないのだが、そんな知識は持ってなかったのだ。風呂を出てくつろいでいても、しばらくは頭はぼーっとしたままだったが、徐々に自分が今しがた体験したことを噛み締めるだけの余裕が出てきた。とにかく私は女を知ったのだ。10分間1万2千円という価格をどう考えるかは微妙だが、童貞を捨ててしまえたのだ。少しずつ、じわじわと自分の中に誇らしい気持ちが広がっていった。
 あとで聞いたとこによると、一緒に出かけたアルバイト5人のうち、私ともう一人以外の3人は、緊張や時間制限のせいでフィニッシュまでいけなかったらしい。延長しますかと言われてあきらめてきたらしいのである。気の毒だと気遣いはしたものの、私は心の中でべーっと舌を出していた。

 私の二十歳頃までの女性経験は貧しいものだった。もちろん性欲はあったし、女とつきあってみたいとも思っていた。しかし私はオヤジ顔でほとんど女にもてなかったし、いろいろ心の問題を抱えていたせいで、女と関係を持つなんてことは想像も出来ないことだった。成人を迎えるころに心の問題に整理がついて、改めて女への興味が目覚めたところだった。だがこうして意外にも早くチャンスは訪れ、ひとつの課題はいとも簡単にクリアされることになったわけだ。しかし、そのあと数年は女性経験の貧困が舞い戻って、女の肌に触れる機会を持つことが出来ず、この台湾女性との無我夢中の一発目だけが、大きく私の心の中を占め続けることになってしまった。
 実はいまだにそうなのだが、あの柔らかい唇が、、、私の唇に触れてきてくれたあの女の記憶が、心から離れない。柔らかい唇に触れたとき、あんなあわただしい瞬間であるにもかかわらず、彼女は私を受け入れてくれた、、、今までどんな女も相手にしてくれなかったこの私を、あさましい欲望ともども優しく受け入れてくれたに違いない、という(ほとんど妄想に違いない)喜びが私を支配してしまったのだ。あれはきっと男に対する女の優しさだったのだと。。。
 こうした思い込みを抱いてしまうのも女性経験の貧困さゆえだろうが、柔らかな唇の感触は私の精液を発射させただけでなく、いろいろなものを私の心に植えつけた。
 まず、売春婦という存在への愛着が私の中に生まれた。それまでダーティなイメージででしか見てなかった売春婦が急に等身大の存在に思えてきた。とくに当時ジャパゆきさんとよばれていたアジアからの売春婦は、さまざまな危険を覚悟で身体ひとつで働きに来ているヒロインにすら見えてきた。まあ、それはそれでひとつのセンチメンタルな妄想だったりするのだが。。。
 また、私のアジアへの関心も甘く柔らかな唇の感触とつながっている。日本では女にまったく相手にされないが、アジアのどこかに私のやるせない想いや欲望を受け入れてくれる優しい女が待っているんじゃないのか、という妄想チックな予感に、このとき以降徐々にとり憑かれて行くのだ。

 ところであの台湾の女性は今も元気だろうか。たくさん金を稼いで無事国へ帰って行ったのだろうか。きっともう母親だったりするんだろうなあ。
 
 とにかく、こうして20年以上前のネズミーランドの宴会旅行は、来るんじゃなかったという後悔から、記念すべき思い出へと変貌した。今でもあの旅行に参加してよかったと思っている。また、思わぬ出費のせいで消えてしまった、旅行に来なかったバイト仲間へのお土産代を貸してくれた、そして童貞喪失の貴重な機会を与えてくれたお調子者の上司にはいまでも心から感謝している。

Comments
朕と金 
へええ、って、色々とびっくりしました。集団で「買う」という、うちのカイシャの連中が頻繁にする、この「最も私的な部分まで精神的に共有する」という行為、私は、ホント嫌で嫌で。私は、この手の店にお付き合いで仕方なく入っても、相手の体ひとつ触れずに金だけ払って出てくるって、ある意味非常に失礼な奴です。そんで、そんで、今度、荒井師匠と私とで、フニャコさんあたりにも来てもらって、はやしさんや永遠小僧さん達なんかも連れだって、「山中温泉ツアー」でも行きませんか? 俺は、入り口で待ってますけど。「お供はすれど、御門まで」ってやつですが。師匠は朕(ちん)で、私は金(きん)ってところですかなあ。
 
かなり意味不明なコメント書いてすいませんでした。ストレートに言うと、どういう心境の変化から、なまなましい初体験の話をエントリにあげる気になられたのか、まあその辺を知りたくて、ちょっと打診してみようかと思って書いみたら、なんかこんなふうになってしまいました。すいませんでした。
兄貴、どもどもです。 
特に理由はないんですが、なんつーか、こんなエントリーもいいかなと思いまして。ハイ。このブログはじめたときはこういう回想みたいなのをもっぱら書いてたもんです。ただそれをいつものテーマにこじつけることはできるのではないかという下心もないわけではありません。芸術や哲学について書いているのも、女を買うのも同じ一人の人間ですから(笑)。
でも、集団で女遊びをする会社人間という、傍目にはさえない行為のひとコマも、よくよく見ればてんでバラバラな、精神的共有というようなものと程遠いものだったりするんじゃないですか? それに対して私は兄貴ほど頑なな拒否感はないかな、と思います。もちろん私のほうは今、怖い女房のいる状況でそのような遊びをするのは命とりなので、すぐ近くに世界的歓楽街があるにもかかわらず、すべてのお誘いに断りをいれてますが(涙)。
 
なるほど、深い意味なしで、まあこういうのもいいかなということですか。
私もこういうのも読むのが好きです。
売春と貨幣は、資本主義が成立する以前の太古の時代から存在するもので、別にこれをなくすべきとか、つゆにも思わず、また、太古からあるものが無くなるわけもないと思っています。
ただ、カイシャの連中の奇行とは、個人単独でなく必ず集団で買春することであり、それが、私にすれば不思議極まりないんですね。師匠の「祭り」とは全く別の意味での、まあ彼らなりの「お祭り」なのかなあと思っています。
ところで、性倒錯に寛容なフランス哲学かぶれしているがゆえに、まあ、性倒錯に特段偏見はないつもりなのですが、いざ、ホモの人やSMの人とセックスしろと言われても、私がひたすら逃げるしかないのと同じ意味で、私は買春が嫌いなんだと思います。つまり、頭でそういうことが理解できても、生理的に嫌悪感をもってしまうってやつでしょうね。性の世界って、ほんと理論や理屈ぬきで生理的な世界ですからね。
売春に、悪いも良いもないだろう ってのが私の本音かもしれません。
ただ、日本で、売春が禁止されているなんて大嘘で、ソープランド街なんて、昔の遊郭以外の何でもないですし、ソープ嬢からは税務当局も所得税を取らないという不文律があるらしく、まあ、つまり国家から仕事として認定されてないようですね。
セックスワーカーじゃない人が、あれは立派な仕事だのなんのといっていたら、当のソープ嬢から 「大きなお世話だ。体売って、所得税とられんのなんか御免だ」って、そのうち文句が来ると思います。もし、ソープ嬢で「立派な仕事」って主張する人がいるなら、サラリーマンは所得税をがっぽりもっていかれているという事実を完全に忘れておられるのであり、所得税免除という非常な特典の放棄とセットですね、っていうとおそらく ほとんど皆沈黙されるとおもいます。
売春に、仕事だのへちまもないだろう というのが これまた 私の本音かもしれません。
売春は、良い悪いの外にあるし、また売春は、仕事、非仕事の外にあるんじゃないかなと なーーんとなく思います。あまり、考えがまとまってなくて恐縮であります。
豚朕貫兄貴 
セックスワーカーはソープ嬢だけでなく、フリーでやってる人もいるわけで、そういう人たちはイリーガルな状態でいつ検挙されるかわからないまま働いています。例えばそのようなセックスワーカーに悪質な客がついて、何らかの暴力などの被害を受けた場合でも、悪いのは法を犯して働くセックスワーカーのほうだ、ということになってしまう。また、そのような不安定で危険なな状況下で働かねばならないセックスワーカーが身を守るため、暴力団などの力に頼らざるを得ないことにもつながってくる。もし、売春が悪ではないというのであれば、このようなことが起こしてしまう法律のあり方は筋違いでしょう。売春が立派な職業だと主張することは、売春が合法化され、セックスワーカーが他の仕事をいている人たちと同様、堂々と働く権利は認めらる方向にとりあえず事態を改善すべきだという一面も含んでいます。
 
ですから近代以前のことは知りませんが、現在の売春は職業(性的サービス業)だと認めるべきだと私は考えてますね。
で、風俗嬢の所得税について私は何も知らないのですが、自営業者にあたるようで、
http://www.asiandrug.jp/event/news/archives/2006/12/post_3.html
ちゃんと払ってるみたいですよ。
http://ameblo.jp/yarippanashi/entry-10018383509.html
 
なかなか、また、ちょっと意味のくみにくい文章を書いてすいませんでした。
最近、あまり書かないものですから、恥ずかしながらちょっと自分でも勘が鈍っているなあと思います。
戦後、売春の非合法化をやらかしたのは市川房江ですが、これは私も愚行以外の何物でもないし、売春を地下に潜らせただけだと思います。市川が愚かだったのは、禁止すりゃなくなると考え、女性の人権が保たれると錯覚したこと。太古からあるものを単純に法で禁止しただけでなくなるわけないですよね。
私が、仕事・非仕事の外にある 良い悪いもない と述べたのは、金儲けの手段として当然ながら合法化すべきだとは思うのですが、私の頭の中での仕事とは、GDPを押し上げる押し上げないに関係なく仕事というものは定義されてしかるべきという感覚があり、一般に言われる仕事とはGDPを押し上げるものしか仕事としない という暗黙の了解みたなものを感じますので、それは、ちょっと変だなという違和感からきています。
課税云々というのは、勿論、彼女たちが、GDPを押し上げているから書いたとご理解ください。
荒井師匠が、岡本太郎ばりの作品に日々挑戦していても、それは、他人にマーケットで売却され金銭に変換されない限りGDPを押し上げないし、そういうこととの因果で、地道な芸術家や、はやしさんが目指す基礎研究者というのは、ほとんど職業扱いされていないという悲しい日本の現実があります。だから、そういうことの中で、凄くGDPを押し上げている売春婦というのを職業と認めるも何もないだろうということを書かせていただいたまでのこととご理解ください。
師匠の言う、売春婦を職業として認めるというのは、彼女たちの人権を守る上で大切なことだと思います。
ただ、どうも、師匠の話から完全に離れたレベルで、売春は立派な職業 と 世間が言うとき、GDPを実質的に押し上げているから という理由が前面に出ていることが多く、彼女たちの人権を守るためというのが、いまいち強調されていない気がします。
蛇足ながら、宮本さんの推定に反して、私はBIに実は賛成である というのは、上の内容からも 汲み取っていただけたかと思います。
市場価値、つまり、いくらで金銭に変換されるかで、仕事か仕事でないかを判別する風潮にも、BIを導入すれば決別できると思いますしね。
ほんと、金銭のことなんか気にせずに、師匠には芸術に打ち込んでもらいたいし、はやしさんには研究に没頭してもらいたいと思います。
 
よーし、では次の赤裸々なエロネタに打ち込むことにしましょう
 
売春ではなくて買春ですよね。私が思いついたことではないですが。あきらかにあらいさんが買っているという視線での話なんだから。それに市川房枝をここでごった煮に論じるのはちょいと強引な話ではないですか? 彼女の功績はそんなところじゃないでしょう。
 
買春の話から売春の話に至るのは わたくし的には自然な流れかとは思うのですが、とはいえ「思いつかれたご本人」さんが、市川氏に関する私の書き込みに対して違和感を持たれたのは私の書き方の悪さによるところが大きく、至極ごもっともなことだと思います。これはほんとすいませんとしかいいようがないです。私は市川氏の活動については戦前を中心に非常に高い評価をしています。いずれにせよ、売春防止法というのは、「今の時代において」公娼と人身売買の問題からも、今一度議論されなおされてしかるべきものであると思っています。公娼については その存在の是非から、ソープランドや飛田新地や五条川原町付近をどう認識すれば良いのかという細部の問題まで至るまで、そして(実質的な)人身売買についてはほとんどの場合借金がらみ(サラ金、そしてなによりも商工ローン)が多いのですがそれをどうすればいいか、その辺をほんと一度きっちり整理しないと、議論がぐちゃぐちゃになるんじゃないかと思います。荒井さんにご迷惑をおかけしたくないので、私はこれにて失礼します。この問題を「ご本人」さんがおやりになりたいなら、「ご本人」さんがホストの上で別のところでお願いします。もし時間があれば、私も議論に入らせていただいと思います。
 
わざわざコメントを返してくれるとは思いませんで、すいません。たしかに、あらいさんには、迷惑をかけっぱなしなのでここではこれ以上やらないことにします。私とあらいさんの過去のことを知っている方には説明不要と思われますから。
 
いやいや、私のことはあまり気にしないでください。過去のこともどうってことはないですし。

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プロフィール

荒井賢 (Ken Arai)

 住所 埼玉県越谷市
 生年月日 1964年2月15日
 職業 アニメーション背景制作
 連絡先 araiken#mac.com #を@に置き換えてください。



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