泥沼通信

祭りの戦士 @ กลับมาจากกรุงเทพฯ

 

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新・異人論序説 第2節 

-2-


 私たちの近代社会は赤坂憲雄が『排除の現象学』で描き出しているように「異質なもの」を徹底的に排除したことで成立し、また排除した「異質なもの」との交通も遮断されている狭量な社会だといえる。そしてその「異質なもの」との交通の遮断が近代社会の人間的な貧しさの原因なのだ、というモチーフが彼のテクストの中に通奏低音のように流れている。しかし赤坂はそこで論の歩みを止めてしまう。近代社会が人間的に貧しいのだとすれば、どのようにしてそれを人間的な豊かさの方向へと転換させてゆくのかが次の課題として登場してくるはずである。
 言ってみれば赤坂が為したのは近代社会の病理の分析であり診断である。次にくる作業は処方箋を示すことであろう。しかし赤坂のテクストは近代の日常生活の分析に終始して、不思議なことにいかにその病理を乗り越えてゆくべきなのかを示す言葉が、彼のテクストの中にはまったく見当たらない。まるで注意深くその問題には触れないようにしているかのようなのである。彼の知性と幅広い学識を持ってすれば処方箋の提示は決して難しいことではなかったと思うのだが………。

 ともあれひとつ言えることは、赤坂の近代社会への批判的な視線のよりどころになっているのは、近代以前の社会、共同体のあり方だということ………近代以前の社会における内部と外部のコミュニケーション(交通)のあり方への憧憬が、彼の近代批判のベースになっているということである。
 赤坂憲雄が近代社会と近代以前の社会の違いをどのように捉えているかは前節でも簡単にふれておいたが、さらに詳しく見ていく必要がある。彼はこんなことを述べている。

 『古代の人々や未開人は、外から訪れる<異人>を野蛮で悪霊的な存在と恐れるが、他方、彼らを手厚く饗応・歓待する。そうした習俗は異人歓待 hospitality として知られる。
 (中略)…………このような異人歓待の風習からすると、<異人>表象の底を流れる心性は、たんなる恐怖心ではなく、神秘性をおびたものへの畏敬の念がふくまれていたと見なすほうが自然である。いまだ知られざる者としての<異人>は、恵みをあたえる超自然的な力と呪いの力を兼ねそなえ、神聖視されるとともに危険視されたのである。
 <異人>の神秘性の由来は、彼らが混沌の中からの訪れ人であり、また、秩序と混沌を媒介する両義的存在と信じられていることにある。無定形の混沌(カオス)は、崩壊もしくは危険の象徴であるばかりでなく、創造もしくは能力(ちから)の象徴でもある。混沌に内在する正と負の両義性といってもよい。混沌(カオス)を背負った<異人>は、そうして正・負に引き裂かれた神秘性を身にまとうことになる。』
(『異人論序説』)

 外部の存在である「異人」や「異質なもの」を神聖視するとともに危険視するというアンビヴァレンツな態度は、共同体の内部と外部の交通の基本的なあり方である。そのような感情をもたらす「異人」の例として、外来の商人、遊牧民、漂泊民、芸能民、遊女、乞食、不具者、ハンセン病者、狂人、などがあげられる。彼らは忌避・排除され共同体の外部の空間へと、森や山の中へと追放され、諸共同体のあわいを都市から村落へ、また村落から都市へと渡り歩いて生きざるを得ない存在であった。
 しかしながら、共同体にとっての非日常的な時空において彼ら「異人」は劇的に神聖な存在に変貌するのだ。例えば、諸共同体の境界において催される「市」や、季節ごとにめぐり来る「祭り」において………。

 『日を決めて立つ市は、近郷在住の顔見知りの人たちが交換し、交換する場であると同時に、異人と、彼らがもたらす胸のときめくような品々にめぐりあう場でもあった。だから市のハレの性格は、元来、外なる者の到来を迎える興奮と、内なる者同士の交わりの更新が生む熱との、交錯の上に成り立っていたといえる。』(川田順造『サバンナの手帖』)

 『祭りの庭にはどこからともしれず、乞食をはじめとする異形の「まれびと」たちが集いくるものであった。十七世紀の初頭のある祭礼の場には、乞食・非人・鉢たたき・唱聞師・猿つかい・盲人・いざり・腰ひき・おし・えた・皮剥ぎ・勧進の聖そのほか異形異類の者たちが数知れず、馳せあつまったという。たとえそれが、上層階級の者からは二千匹と数えられ、卑賤視される人々であったとしても、彼らは零落した神々の末裔の資格をもって訪れきたる「まれびと」であった。すくなくとも、かれら異形異類の者たちが、祭儀の時空を活性化させる<道化>にも似た役割を果たしていることは間違いないし、「祭り」という象徴劇の欠かしえぬ登場人物でもあったのである。』(『異人論序説』)

 歴史や文化人類学の成果をひもといてみれば、共同体から排除された異人とのさまざまなコミュニケーションの形を知ることができるだろう。このように共同体が祝祭的な非日常のコンテクストにあるとき、「異人」は忌み嫌われる存在から神聖で心をときめかすような存在へと変貌し、退屈な共同体の日常を活性化するために不可欠な役割を果たしていたのである。
 共同体がその外部と交流する非日常的な時空の存在こそが、赤坂憲雄が憧憬する近代以前の社会の外部と内部のコミュニケーションのあり方の特徴である。しかしこの共同体の内部と外部との弁証法………それは近代社会においては崩れてしまったといっていいだろう。その結果「異人」は、例えば狂気が病気に貶められ精神病院の壁の中に囲い込まれていったように、ハレの空間における神聖な性格を失い、その存在意義とともに社会の中での居場所をも失っていった。例えばかつての乞食はたんに家々を訪れて食べ物を乞うていただけではなく、縁起の良い「寿詞」をのべて訪れた家に治病や家内安全などをあたえる呪術師的な役割をもっていた。食べ物を施す家の人も、その「寿詞」ありがたがったという。哀れな乞食ではあったがそこには立派な互酬的な関係があり、その呪術的な力は共同体と外部のカオスとを媒介する彼らの独特なポジションから得ていたのである。しかし近代社会における乞食にはもはやそのような神秘性はなく、誰に食べ物を乞うこともなくまた誰も施すものはないという、共同体との関係性を断絶された社会の敗北者という風情である。都会の地下道などで冬の寒い日に誰にも知られることもなく死んでゆく浮浪者………それがかつて零落した神々の末裔の資格をもって訪れきたる「まれびと」であった乞食の成れの果てである。
 つまり近代社会にあるのは「異人」や「異質なもの」の一方的な排除だけであり、赤坂も語っていたホスピタリティの習俗は基本的に失われてしまったのである。
 なぜそうなってしまったのか。それはつまり近代とはなにか、を問うことであるのだが、この問いかけが赤坂にはない。したがってここからは自分の足で歩まなければならない。

 問題なのは明らかに社会の産業化(資本主義化)である。近代社会とは資本主義社会である。資本主義社会の本質は際限のない利潤、富の追求であり、その社会の秩序は徹底的に「生産」に向けて組織されている。もちろん近代以前の社会も生産を行い、富を追求してきた。しかし近代社会との大きな違いをあげるとすれば、富の余剰の処理という点においてだということになる。
 近代以前の社会においては、富の余剰は例えば「祭り」において非生産的な形で消費された。しかし資本主義社会では、富の余剰は生産を拡大するための投資にまわされるのが基本である。したがって近代社会には「祭り」の存在は許されないであろう。なぜなら非生産的な消費とは利潤の無制限な拡大がその原理である資本主義社会においてはたんなる<浪費>でしかないからである。

 近代社会にに限らずとも、共同体の日常の秩序とは「生産」に向けて組織されていた。私たちが生存するために生産が必要なのであり、そのために私たちは<労働>するのである。<労働>するということは、自分の身体を生産のための<道具>とすることを自らに強制することである。したがって私たちは、自らの持つ気まぐれでときに暴力的ですらある<欲望>を抑圧し排除しなければならない。
 共同体の成員たちの安定した生存のために、共同体は生産に向けて組織された一定の秩序(規範)を保持するのである。規範を受け入れることで安定した生存を保証された共同体の日常とはしかし、無彩色で退屈なものだといえるだろう。それは欲望を抑圧し、私たち自身道具化した、ある意味奴隷的で屈辱的な生活を強いられているためである。

 『毎日仕事に明け暮れる、規則的で平穏な生活。禁止の体系の枠に組み込まれ、万事が慎重さそのものの生活。「静して動さず」の格言が世の秩序を維持しているこうした生活の対極にあるのが、祭りの興奮である。』(ロジェ・カイヨワ『人間と聖なるもの』)

 近代以前の社会においては、そのような日常生活の規範から脱し、抑圧した欲望を解放することのできる時間が社会の中に構造的に組み込まれていた。「祭り」とは、共同体の日常の秩序の反転であり、日常の規範すなわち「生産」に向けて組織された道具化した生からの解放である。したがって「祭り」の時間において関心の的になるのは、非生産的な富の<浪費>である。「祭り」の浪費的な性格をカイヨワはこんなふうに述べている。

 『…………祭りは数週間、時には数ヶ月間も続き、途中に時々四、五日の中休みがあるだけであった。それに必要な大量の食料や富を蓄えるためには数年を要することがしばしばで、そうして蓄えられたものは、この時とばかりに飲み食いされ、消費されてしまうばかりか、何の理由もなくただ単に破壊され、無駄使いされてしまう。というのも、行き過ぎの一形態である破壊と浪費とは、祭りにおける当然の権利としてその本質に含まれているからである。』(同上)

 このような秩序の反転、生産と浪費の……繰り返し訪れる「労働」と「祭り」のサイクルが近代以前の社会の特徴をなすものだった。しかし資本主義の誕生がそのサイクルを破壊した。

 無制限の利潤の追求を旨とする資本主義の精神にとって、<浪費>は罪にも等しい許されざる行為である。資本主義下の人間は生産に向けられた禁欲的で勤勉な労働倫理を内面化し、生産に支配された日常の秩序からはみだす<浪費>的な活動に対しては、いかがわしさすら感じるようになる。したがって「祭り」は、その存在理由を疑われ、衰退する運命にあったわけである。つまり資本主義をその原理とする近代社会には、「祭り」のような<浪費>を原理とする反秩序的な時空は存在しないということであり、そこから私たち近代人の「異人」や「異質なもの」に対する態度が決定づけられたと言えるのである。
 「異人」とは共同体から排除され、その秩序(規範)の周縁に位置するゆえに、「祭り」の非日常的な混沌と密接に関わり、秩序の外部への道を体現する存在であった。その非日常性ゆえに「異人」は忌避され不安をもたらすものであるとともに神聖でもあり、おぞましいものでありながら心をときめかせ、退屈な日常を活性化させるという両義的な存在であったわけだ。ところが社会の近代化によって「祭り」の浪費が断罪されるとともに、「異人」のもっているいわゆる浄/不浄という二項対立として表される両義性のうち浄の面、すなわち神聖で、心をときめかせる正の属性を持つ一面は次第に消失し、忌避され不安をもたらす負の属性である不浄の面のみが残ることになった。
 その結果、赤坂憲雄も述べていたとおり、狂人は病者として精神病院の壁の中に押し込められ、また乞食は不潔で怠惰な浮浪者へと転落していった。彼らがまとっていたはずの超自然的な力は不可解な迷妄と化し、負の属性のみがかれらを不気味な存在として立ちあらわしているのだ。彼らは近代の影としてのみ存在していると言えるだろうか。
 とにかく資本主義社会は利潤を生み出す生産活動以外の活動様式には価値をおかないのである。生産のために役立つ道具としてしか人間を了解できないのだ。かつて不具者は共同体から外部に追放される運命にあった。社会から人間扱いされない残酷な運命を背負い「異人」として諸共同体のあわいに生きていた。しかし繰り返すが、排除されたゆえにかれらはまた神聖な存在でもあったのだ。ところが近代社会において正の属性の消失した不具者は、もはや生産の役には立たない壊れた部品としてしか認識されないのだ。近代はヒューマニズム、人権という観念を勝ち取った………身体障害者を差別するようなことがあってはならないのだ………と言いながらもかれらの存在をどう理解したものかと頭を悩ませているというのが近代社会の本音なのではないだろうか。

 このような資本主義社会の体質、無制限な富の増殖への志向にこそ近代以前の社会がいきいきと保っていた「異人」との、そして「異人」を媒介としての共同体の外部とのコミュニケーションが遮断された原因があるのだ。赤坂憲雄が憧憬した近代以前の社会のあり方は資本主義の原理によって破壊されたのだ。その結果、私たちの前に姿を現しているのは近代社会の「多様性つまり混沌を排除した均質的空間である」(『排除の現象学』)。その底の浅い非人間的な空間に対する赤坂の冷ややかな怒り………それはしかし反システム的な闘争へ転換することはなかった。赤坂はアカデミシャンの道を選び、消え行く近代化以前の世界観の遺骨を収集し整理している。自動車を駆って東北を巡り、老人の人生を聞き書きしている赤坂はどこか楽しげでもある。しかしその姿は後ろ向きなのだと言いたい。だから私は前を向きたいと思う。確かに私たちの前にあるのはのっぺりとして貧相な近代の均質空間である。過去に立ち戻ることなどできないし、このシステムが易々とひっくり返るとも思えない。しかしその外部を持たない均質的な空間に新しい多様性をもりこむこと。混沌への新しい通路を切り開くこと。そして日常と非日常の間にかつてとは異なる形の境界をひき直すこと。それによって近代社会にまったく新しい形の「祭り」を………「生命の絶頂期といった様相を呈し、日常生活の煩わしさとはまるで対照的な存在」(ロジェ・カイヨワ)であるところの「祭り」を導入し、平板で貧相な日常を活性化させ、近代社会という「タコ部屋」に青春を呼び込むことはできるはずだ。それを行うことが、近代社会における「異人」であり、神聖さをまとった新しいカオスとの媒介である「祭りの精神」の持ち主の仕事なのである。

   


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荒井賢 (Ken Arai)

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