泥沼通信

祭りの戦士 @ กลับมาจากกรุงเทพฯ

 

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...,or do you want to change the world?

スティーブ・ジョブズ は、ペプシコーラの取締役ジョン・スカリーをアップルコンピューターに引き抜くとき「このまま一生、砂糖水を売りつづけるのか、それとも世界を変えたいとは思わないのか。」(Do you want to sell sugar water for the rest of your life, or do you want to change the world?)と言って口説いたという。う~ん、かっこいいなあ。一度でいいからこんなしゃれた言葉を吐いてみたいもんだ、というわけで、、、

 夜、家族で外食してアパートに戻る途中、女房が「ちょっと用事があるから先に帰ってて」と言って、義姉のアパートに向かった。私のほうはガキ2人を連れて部屋に戻った。仕事を会社から持ち帰っていたので、早く赤ん坊を寝付かせようとミルクを飲ませたが、、、眠らない。水気の多いウンコをしたらしく、赤ん坊のズボンが濡れていて臭い。、、、女房のやつ、帰ってこない。私はたらいで赤ん坊のお尻と体を洗って、タイ人がやるようにベビーパウダーを大量にまぶして新しい服を着せた。赤ん坊を抱え、ちょっと外を散歩してから部屋に戻り、もう一度ミルクを飲ませ寝付かせようとした。が、上のガキがうるさくしているせいで、一本ミルクを飲み終わっても眠るどころか、ベットの上に立ち上がり両手を上下にばたばたさせ、「カカ、カカ」と奇声を上げてはしゃいでいる。、、、弱ったなあ、これじゃ仕事ができないよ。それにしても女房は何をやってるんだ? もう一時間近く赤ん坊をほっぽらかして、帰ってこない。俺だって疲れているし、仕事もしなきゃいけないのに。ひょっとして、、、と、だんだん腹が立ってきて、赤ん坊を抱えて義姉のアパートへと向かった。
 義姉の小学生の子供がいたので、女房はどこにいるんだと聞くと、「ぼくが呼んで来てあげる。ケンは来なくていいから。」と言って女房の妹の部屋に向かっていった。来るなと言われて行かない訳がないだろう。私がついてきたので、鍵のかかった部屋の前で小学生はちょっと困った顔をしながら女房を呼んだ(なに子供に口止めなんかさせてるんだよ)。ドアが開くと、案の定だ。女房や兄弟たちでトランプ賭博の真っ最中。私が来たので兄弟たちもちょっとバツの悪そうな顔をしている。女房の賭博狂いのせいで、私がどれだけ苦労しているか、これまで兄弟たちに訴えてきた。しかし、そんな訴えが底なし沼に杭を打ち込むがごとき無意味な行いであることを、こういう時あらためて悟らされるのだ。頼みの綱の兄弟たちも基本的には女房と同じ穴の何とかってやつなのだ。
 いや、もしかすると金がないといつもぼやいている兄弟たちのほうが、女房を賭博に誘ってるのではないのか? 彼らにとって稼ぎのいい(人もいい)日本人の夫を持つ女房の懐は垂涎の的なのではないだろうか。「ケンのことを気の毒に思ってる。」なんて口では言ってたけど、ちゃっかりしたタイ人気質を鑑みるに、どうもそんな気がしてならない。女房の損失は、兄弟やゲームの相手の懐を暖め、タイにおける(会社の若いタイ人のスタッフが搾取されることでそれが可能になっているところの)私の高給は、他のタイ人に再配分される仕組みになっているのだ。
 もちろんこれは私の妄想でないとは言い切れないが、だからといってそのことをタイ人に問いただしたところで認めるはずもないし、真実を明かしてくれる人もいないのだ。悲しいかな、結局のところ私は利用されているよそ者に過ぎない。ま、私もタイを利用しているわけではあるが、、、

 『それにしても兄弟そろって皆さん、お好きですなあ。そんなに楽しいのですかねえ、トランプ賭博ってやつは(それしかやることないの?)。遊び慣れしてないので、私には何が面白いのか、ちっともわからないのですよ。そりゃ働かずに金が手に入れば誰だってうれしいにきまってます。でも世の中にそんなオイシイ話があるわけがない、ちょっと考えればわかりそうなものじゃないですか。え? わからない? そうですか、、、。ま、だからこそ熱心に賭け事に打ち込めるのでしょうが。。。
 合意の上でなされているとはいえ、賭けに勝って儲けるということは、誰かの敗北(損失)を前提にしているわけです。そんな勝負に勝ったところでうれしいもんなんでしょか。それに、賭けに負けてあなたたちが苦しむのは勝手ですが、あなたの家族を巻き込んでしまってはいけません。周囲の人の生活をも困難に陥れ、教育費用を散財して子供の未来を剥奪する権利があなたたちにはあるのですか? それが平気でできるというのは、あなたが自分のサヌック(楽しみ)のことしか考えていない(考えられない)エゴイストだからではないのですか。ひょっとして、エゴイストだけが賭け事に夢中になれるのではないのですか。
 金がない、金が欲しい、将来のため貯金がしたい、とあなたたちはおっしゃる。しかし金を得るためには本来働くべきではないのですか。そのための手段を賭け事や宝くじに求めるのはそもそもが間違いなのです。勘違いしないでほしいのですが、別に道徳や倫理としてそう言いたいのではなく、賭博や宝くじは遊ぶ人に利益をもたらすような仕組みを持っていない、という単純な事実をわかってほしいのですよ。
 (現行体制の下では)何も持たないあなたたちが貯金をし、豊かさへのテイクオフをはたすためには、粘り強く勤勉に働き、倹約すること、自ら苦しい本源的蓄積を行ってゆくことがどうしても必要です。それが果たしてあなたたちにできますか? サバーイ(快適)がモットーのタイ人のあなたたちには文字どうり不可能なことで、いきおい短絡的な方法=賭け事や宝くじの幸運や、あるいはタクシン氏の神通力におすがりする、ということになってしまうのではないでしょうか。そして何もかもうまくいかないとなると、必殺!タンブン(功徳)大作戦が決行される。お寺にお布施をすれば、幸運が還ってくるとの根拠なき計算により不可解な出費が更に増えていくのだ。しかしそれは結果的に生活を豊かにするどころか、貧しく不毛なものにしてしまう。賭け事は富(豊かさ)への志向を利用して、その反対の経済的な不毛さへ、また(エゴとエゴのぶつかり合いという)精神的不毛さの中に留め置くための装置なのですよおおお(お願いですから、賭博に勝てないのはお布施が足りないからだなんて発想はもうやめにしてください)。』

 怠惰、嘘つき、わがまま、間抜け、ガッカリするほどの底の浅さ、、、タイ人はバカすぎる、サルだ。タイ人と付き合って感じる不条理を、そう言って納得してしまうのが一番楽なのかもしれない、と正直思う。しかしそうするとき、私もサルである。
 そんな短絡的な思考を逃れるためには、もし仮に私がタイの田舎の貧しい家に生まれていたなら? と考えるだけで十分である。想像力はたちまち限界に突き当たる。教育を受ける機会もろくになく、読書の習慣など持たず(タイの農家には本なんて一冊も置いてないよ)、私が日本で空気のように吸ってこれたような芸術や文化に触れる機会やモチベーションすら持つことなく、楽しみと言えばセックスと賭博くらいしかないような環境に育ったとしたら、、、きっと私も女房や兄弟たちのような世界に生きていたに違いない。タイの貧しい農村に生まれるとは、彼らのように生きることなのだ。私が女房たちに見ているのは、自分がそうであったかもしれない可能性である。(タイ人に限らず、他者とはおしなべてそういう存在であるわけだが)逆に、日本に生まれた私だって、日本という環境のプラスの面と同時に、自分には見えないマイナス面も間違いなく背負っているはずだ、と思う。そのようなマイナス面は私たち自身には見えないものだ。

 しかし、それでも私自身はタイ人になれないし、タイ人のように生きる気にはどうしてもならない。では、私にできることはなんだろう? 上にだらだらと書いてきたようなことを彼らに吹き込み、勤勉な働き手へと教育するべきなのかもしれない。とりあえず金が欲しいというのなら、そうアドバイスするしかないだろう。しかしなんだって祭りの戦士が、経営コンサルタントみたいなことしなければならないのか? 皮肉な話である。親から子へと受け継がれるこの貧困の文化 のサイクルを断ち切ってしまわないことには、この人たちが「豊かさ」を手にする道はない、という指摘は尤もだと思うが、そういうことはブルジョワ社会政策家にでもお任せすべきことだと思う。
 祭りの戦士には、愚直にもたったひとつの必殺技があるに過ぎない。私がすべきは、女房たちに向かってジョブズのごとく「このまま一生、薄暗い部屋で不毛なトランプ賭博をつづけるのか、それとも世界を変えたいとは思わないのか。」と問いかけることだ。前にも書いたことだが、「世界を変える」ことほど、第一級の面白さを持った遊び(賭け)が他にあるだろうか? どんな大金をつぎ込んだ賭けも「世界を変える」ことの面白さの前で色褪せてしまう。

 『みなさん、鍵をかけた部屋でこそこそとつまらぬ遊びに夢中になってる場合ではありませんよ、あなたのすぐ横で金色に髪を逆立て、燃え上がる炎のようなオーラを発し、生命を肯定するために磨きぬかれた剣を振るって、世界を変える戦いを続けている伝説の戦士が見えないのですか? よっぽどそっちのほうが心を震わせる面白さを持っているとは思いませんか? ちょっと、奥さん、夕べもあなたとベッドの上でくんずほぐれつ粘膜を擦り合わせたはずですが、旦那の発する炎のような戦士のオーラに気がつかなかったんですか(私の股間に忍ばせてあるもう一つの剣のほうは、随分ご堪能なさっていたようですが)?』

、、、、、、当然だが、もう全く、気づかないのである(苦笑)。
Comments
つらいですなあ、これは、ほんと、ほんと 
10年一昔 と よくいいますが、10年前の出来事(タイから始まったアジア危機)のことを、このエントリーを読ませて頂いて、タイの人より私のほうが余程よく覚えているのではなかろうかと、ちょっと不遜にも思ってしまいました。
ほんと、(実物)投資に必要な貯蓄は国内で 賄わないと どういうことになるか もっとも身をもって知っておられる方々であるはずなのにと。
もっとも、一家計という単位でみるに、荒井師匠が、皆さんにとって「国内」であるところが、師匠にとってはつらいものがありますね。
外国からの借り入れじゃなくて国内で賄えるなら、やろうと思えば永遠を続けられますからね。

もともと、私の場合、投資投機の類を始めたのが、この物入りな家族を賄うに、とてもじゃないけど、中長期では、会社の給料では追いつかないと判断したからこそでした。

結局、家族を、人として再教育するのに、そうですね15年はかかったように、思います。

師匠の場合、もともと言語も文化の違うご家族をお持ちなのできっと私以上に大変でしょう。ご心中お察し申し上げます。
兄貴! 
どうもです。貯蓄率の高い国に生まれ、つつましく生きてきた私からすると、彼らの経済行動はホント宇宙人なみに理解しがたいものです。だいたいが、彼らの経済行動は先進資本主義国的な、個人という経済主体に根ざしているわけではなく、家族、親類、友人などの漠然とした共同体を中心に動いています。おそらくそのあたりが自己責任とかいう言葉に慣れた私たちに理解できない経済行動を生む原因かと思います。

とにかく女房子供には日本で生活してもらわなければならないのですから、現実問題として一人の経済主体として自立する教育が必要なのは間違いないのですが、、、、資質にもよるとはいえ、私の残りの人生では足りないほどの時間が必要でしょう。

ですが、実はもっと簡単な方法があります。私がタイ人になってしまえばよいのです。身も心もそうなるのは不可能なんでしょうが、、、、

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プロフィール

荒井賢 (Ken Arai)

 住所 埼玉県越谷市
 生年月日 1964年2月15日
 職業 アニメーション背景制作
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