泥沼通信

祭りの戦士 @ กลับมาจากกรุงเทพฯ

 

Category: 日記・その他   Tags: マンガ  

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ピッチ上の哲学者



フリードリッヒ・ニーチャ

 元ドイツブンデスリーガ バーゼル所属の天才ミッドフィルダー。当時バーゼルで監督をしていたリッチェルにその才能を見出され、24歳のときチームの中心選手に抜擢される。広い視野とクレバーなゲームの組み立ては、「ピッチ上の哲学者」の異名をとり多くのファンに愛された。バーゼルの黄金時代は事実上ニーチャの活躍によって牽引されたものと言ってよいだろう。
 しかし30代を前にして、リッチェル監督との戦術上の対立が表面化するようになり、かねてからオファーを受けていたワグネル率いるバイロイトへの移籍に踏み切った。鳴り物入りでバイロイトに迎えられたものの、カリスマ監督ワグネルのチームにニーチャのプレーがフィットすることはなかった。ニーチャ自身憧れたゲルマン的な闘争心を前面に押し出したワグネルの(観客をも熱狂と陶酔へといざなったという)スペクタキュリーな超攻撃的フットボールは、このころ結果だけを求める守備的なものに急速に変貌しつつあったのだ(その失望をプレスに対して「これがバイロイトだったのだよ。」と語ったニーチャの言葉は有名)。折りしもプレー中に前十字靭帯断裂という重大な負傷を受けたことも重なって、翌年チームから戦力外通告を受け取ることになる。
 このとき以降、ニーチャはプロフットボールプレーヤーとしての活躍の第一線を退き、スイスやイタリアの弱小クラブを助っ人外人プレーヤーとして転々とし、選手生活の後半は不遇をかこつことになった。しかしながら、ヨーロッパのトップリーグでプレーする若手のほとんどが、最もリスペクトするプレーヤーの一人にニーチャの名前を挙げていることでもわかるように、彼のプレーのハンマーのごとき影響力は国境を越えて計り知れないものがある。現在、イタリアのトリノ近郊のディオニュソスというチームで自らのフットボール哲学に基づき若い選手を指導しているという情報もあるが、詳細は不明。
 

Comments
いいなあ、これ 
これを原案にまんが描いたら…

売れないかな?
俺は読みたいけど。
是非とも 
そうしたいところですけど、最大のネックは、私がサッカーをよく知らないってことです。学生時代サッカー部だったとか、ゲームを分析できるとか、、、でないとリアリティがでないでしょう、きっと。

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プロフィール

荒井賢 (Ken Arai)

 住所 埼玉県越谷市
 生年月日 1964年2月15日
 職業 アニメーション背景制作
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