泥沼通信

祭りの戦士 @ กลับมาจากกรุงเทพฯ

 

Category: 旅行・タイなど   Tags: 思想  タイ  

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รถไฟฟ้ากรุงเทพฯ

 バンコクでは現在、高架鉄道(BTS)地下鉄(MRT) 、二つの鉄道が運営されている。自動車渋滞の街バンコクの交通の救世主として登場したこれらの鉄道の設備は非常に立派なもので、各駅に車椅子用のスロープやエレベーターなどが設置されたユニヴァーサル・デザイン設計の最新式の都市交通システムである。私もこれらの鉄道を通勤に利用してはや2年になる。運賃はやや高めだが渋滞に煩わされることなく快適に通勤している。
 しかし考えてみると、この車椅子用の立派な設備を使っている障害者をこの2年の間一度も見たことがない。日本でならわりとカジュアルに見ることのできる光景だと思うのだが、バンコクではまったくと言っていいほど見ることがないのである。

 それもそのはずなのだ。駅を出てスロープを降りると、もうそこは凸凹の歩道、、、敷石はめくれ上がり、とこどころ地盤が沈下して穴が開き、車道から20センチの段差があって、車椅子どころか自転車の走行すら困難なのである。犬の糞が無数に転がり、時間によっては屋台すら出現するバンコクの歩道を使って、いったいどのようにして車椅子は駅までたどり着き、この立派な設備を利用するというのか? 私も大通りを自転車で走るときは、歩道ではなく車道を走る。車道の路肩付近は自動車やバイクだけでなく、屋台を引く人やときには象なんかも歩いていたりするので通行自体には問題はないのだろうが、車椅子の人にここを走れとは言えないだろう。
 つまり、この超モダンなバリアフリーの駅の施設は、事実上無用の長物、トマソン 物件になってしまっているのだ。体の不自由な人がこの施設を利用するためには、車椅子ごと自動車で駅の入口まで送ってもらうしかないだろうが、それができるのであればわざわざ公共の交通機関など使わずに車で目的地まで行ってしまったほうがよほど早いし楽だろう。結局このエレベーターを利用しているのは、階段やエスカレーターを利用するのすら億劫な健常者の通勤客のみである。

 そもそもタイでは車椅子そのものを見る機会があまりない。病院の中にはもちろんある。私の勤める会社の近くに富士通のオフィスがあって、そこで車椅子の女性が働いているのを何回か見た。、、、タイでの車椅子の記憶は、思い出してみてもそれぐらいじゃないだろうか? 体の不自由な人はタイにも日本と同じ位の割合で存在するのだろうが、たぶん車椅子は普及しているとは言えないほど、はるかにその絶対数は日本より少ないのだと思う。
 たぶんタイでは体の不自由な人の大部分にとって、車椅子はいまだ贅沢品であると思われる。とくに貧しい庶民階層に属する障害者は車椅子など使わないで、家にじっとしているか、移動の必要があるときは家族の誰かが力を貸し杖となって歩くはずだ。それをするだけのヒマネス(これもいわゆるひとつの「溜め」なんだろう)だけはあふれるほど持っているだろうから。一方、豊かな世帯は移動に自家用車を利用できるだろうから、公共の交通機関はさほど必要としていないだろう。

 まあ、以上は私の想像なのだが、駅の車椅子用の施設がトマソン化している理由はだいたいこんなところだろう。 ようするにバンコク市民の生活の実態からこれらの立派なバリアフリーの設備は完全に浮いたものであり、さながら先進国の福祉思想のトップモードが前近代的な生活感情をいまだ引きずっているバンコク市民の上に降臨した、とでもいった事態になってしまっているということなのだ。土壌が醸成されていないところに立派な施設を接ぎ木しても機能しないのは当然だ。もちろん、ないよりましであるには違いないだろうが。
 それともこのエレベーターは10年後、20年後を見越して造られたもので、バンコクの歩道の整備が進んだ頃にその実力を発揮することになる、とでも言うのだろうか? 私がはじめてバンコクを訪れてからそろそろ20年が経つが、街の様子は中心部のごく一部分をのぞいて変化した様子はないのだが。。。

 しかし、これを見てタイ人らしい間抜けぶりだと笑ってはいけない。なんでも地下鉄(MRT)の建設には、日本政府の円借款 (有償資金援助)が全面的に使われているそうだ。となると、このエレベーターも援助される側のニーズを考えていない悪しきプロジェクトのひとつだ、という面も見えてくる。福祉施設建設のために使われる資金援助であっても、高価なエレベーターシステムを鉄道各駅に設置するよりは、まず歩道の整備を、否、その前に車椅子の普及を、ひょっとするともっと全く別のニーズが、外国人で健常者の私には全く想像もつかないニーズがあって、そちらを満たすのが先決だった、はずなのである。
 だがマーシャルプランまでさかのぼるまでもなくこうした援助は、何らかの善意で為されるのではなくて、援助する側、される側それぞれの体制維持・強化という動機があるわけだろうから、プロジェクトが住民のニーズなどに無神経であるのは不思議でも何でもないと考えるべきだろう。タイの施政者にとっては、なにより見てくれのいい業績が必要であり、日本政府にとってはタイからのキックバックこそ何より重要なのだ。
 だからこのトマソン物件(エレベーター)の滑稽さは、タイ人の間抜けさを表現しているというよりも、政治権力が民衆のニーズを掬い上げず、乖離してしまっているということを表現しているということだ。だとすればこのようなトマソンは世界中で見つけ出せるに違いない。

 、、、と、つまらないことを大げさに書いてしまったかも知れないが、これは私がバンコクの町を自転車で走って見てはじめて気がついたことだ。凸凹の歩道と自転車で格闘する経験がなければ何も見えてこなかったわけで、自分を揺さぶる(おしなべて辛くて苦い)経験がいかに大切かを改めて感じている。
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プロフィール

荒井賢 (Ken Arai)

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