泥沼通信

祭りの戦士 @ กลับมาจากกรุงเทพฯ

 
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反教育(反権力)についてのメモ

 反教育(反権力)は、現在における実践(学校的なものに内在する垂直的な権力の作用に対して、水平的な交流を対置すること)としてしかありえない。それは現在の瞬間において問題の回答を与えようとするものであって、将来における教育制度(権力装置)の構想とは、似たもののようでありながら、全く異質な活動である。反教育の実践の傍ら、将来の教育制度を構想することは可能だが、同時的にそれらを追求することはできない。もちろん将来の社会のあり方を構想することは必要であり、その試みは最大限尊重されねばならない。が、ラディカル(反教育)が選択するのは、(将来のある時点においてではなく)いまここで、現行の教育(権力)に対する不服従を、自分自身の生を実験台にして貫くことにある。これは何にもまして現在の生を意義あるものならしめたいという要請に基づいているが、結果的にある効果を未来に対して持つことになるだろう。つまり私たちは、先達が過去の限られた環境の中で自らの生を意義あるものにしようと闘争する姿から抵抗の精神や智慧を学び自己形成してきた。また未来の世代においては彼らなりの新たな闘争が生まれてくるだろう。私たちはそれら受け継いできた精神や智慧を、現在における抵抗の物語という形で更新し未来へ贈り届けるのだ。将来における(教育)制度の構築だけが来たるべき世代へのプレゼントではない。つまり、このような(反教育の)実践は当然、他者への応答=責任として為されるものでもある。しかし、いまこの瞬間を意義あるものへと彩ることに価値をおかない人にとって、反教育の実践は端的に無価値な錯誤であって、未来(他者)への責任の欠如としか映らないだろう。したがって、こういう人たちとの議論はいつまでたっても平行線を辿るだけに終わってしまう。


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プロフィール

荒井賢 (Ken Arai)

 住所 埼玉県越谷市
 生年月日 1964年2月15日
 職業 アニメーション背景制作
 連絡先 araiken#mac.com #を@に置き換えてください。


 

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