泥沼通信

祭りの戦士 @ กลับมาจากกรุงเทพฯ

 

Category: 旅行・タイなど   Tags: Thai  

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バンコク炎上 2010

 ここしばらくそれなりの関心を持って眺めてきたタイの混乱だが、アビシット首相の事態収束の宣言も出され、バンコクにはいつもの日常が戻ってきた。赤服デモ隊のバンコク中心部の占拠が引き起こす混乱によって、タイの経済界(富裕層)の利害を代弁する現政権には強い圧力がかかり、軍を大規模に投入したデモ隊の強制排除が実施された。その結果、死者は100人近くにのぼり、その十倍以上の負傷者が出た。街のインフラの破壊を含め、近年のタイにおいてはまれに見る惨事となった。衝突内部には赤服タカ派幹部の狙撃による死亡など、ダーティな面が露出しているが、いまだ真実は明らかになっていない。おそらくデモの幹部や暴徒化した一部のデモ隊は、身柄を拘束、現権力の監視下に置かれ、それなりの裁きを受けることになるんだろう。赤服側も勝算があって(勝てば官軍だったはず)賭けに出たのだろうが、劇的なปฎิวัฅิ(パティワット=タクシンの復権?)には結びつかなかった。とはいえ、タイ社会の問題(巨大な貧富の差)を内外に向けて可視化し(日本でも連日報道されただろう)、現政権に解散総選挙の実施、貧富の格差の解消など、政策の転換を迫った点では一定の意味があったと思われる。


 ところで僕自身が赤服の闘争をどう考えているのかといえば、基本的に僕は左派として、女房やその兄弟たちも含まれている貧困層の側に立っている。が、今回の赤服デモはずっと醒めた目で見ていた。まず、貧困層の人たちの、タクシンLOVEには少々ゲンナリである(女房のせいでもあるが)。問題なのは貧困層の利害がタクシンの名前とガッツリ結びついていてしまって、他の選択肢がないことなんだと思う。

 タクシン元首相については御存知の通り評価が分かれるところで、その強権、金権体質(汚職、親族の重要な政治ポストへの配置、報道の統制、アメリカの顔色をうかがったとされる悪名高い麻薬一掃作戦や南部イスラム問題への強攻策など)にもかかわらず、主に北部、東北部の貧農に肩入れした再分配政策は画期的であり、それまで政治の蚊帳の外に置かれてきた、タイの人口の半分を占める貧困層のハートをゲットすることになった。
 この農村優遇策そのものはバラマキだと評価されもするが、悪いことでもなんでもないと思う。ただ、これらがタクシン氏の純粋な社会的公正への意志のようなものから発したものであるかどうかは、彼の権力や金への執着から推し量ると、やはり疑問符がつかざるをえない。こう言うと赤服派の人は否定するのだろうが、富裕層の中でも新興の勢力であったタクシンが、自らの権力の基盤固めに貧困層の支持をバラマキによってとりつけたという、ポピュリズムの側面が強いことは否めないと思う。
 今回の赤服デモも、富裕層内部の権力争いに、貧困層が動員されているだけではないのか?という疑惑が生じてくる。 もっとも現実は複雑であり、デモ参加者個々の動機も多様であるだろう。だからまあ「貧困層がタクシン及びタクシン派幹部たちに扇動され、危険な賭けにつり出され、利用された」という言葉ですべてが言い尽くされてしまうとは思わないものの、どれだけタクシン元首相たちに「民主主義」や「貧困解消」への関心があったのかは、正直疑問である。タクシン氏は海外の滞在先からいまも「全世界は民主主義を要求する者達に同情的であり、決して意気消沈するべきでは無い」というメッセージをタイの貧困層へ向けて発し続けているが、文字通りにこの言葉を受け取る気にはなれない。

 軍による弾圧が人命の甚大な被害をもたらしたためか、赤服派のみならず、タクシン元首相の政治を再評価する論調が目立つが、やはり僕はタクシン氏自身は食わせ物だと思っているし、たぶん権力の座に返り咲くことももうないだろうと思う。かといって一方のアビシット政権もクーデターと、その後に行われた(民主的な)選挙結果を支配層がまぜっかえして成立した胡散臭い体制である。赤服が要求していた解散総選挙を実施すると、おそらくはこれまで通り数では圧倒する貧困層の票を得て、タクシン派の政権が誕生する可能性が強いと言われている。そのため現政権はデモ隊に対して強硬な排除に乗り出すことも、赤服の要求を飲むこともできず、ジリジリと危うい均衡の中で動いてきたのではないかと想像する。進むも地獄、下がるも地獄であり、文字通り身動きがとれないまま、現在に至っている。

 つまりこれは伝統的にタイの政治を仕切ってきたタイの富裕層にとって、貧しい農民層の存在は無視できない状況になっているということ意味している。今まで、存在していたにもかかわらずろくに関心を払ったことのない田舎の貧農や都市下層民たちが、否応なしに富裕層の視野の中に入り込んできたのだ。おそらくこれからも当面、政治権力につく人物は富裕層の中から出てくるのだろうが、権力の獲得のためには貧困層の合意を取り付ける努力が必要になり、富裕層が自分たちの内部だけで権力を奪いあったり、弄んだりすることはもうできなくなったわけである。
 これまでもタイには流血の政治抗争は何度かあったが、あくまでも富裕層内部の権力争いに過ぎなかった。タクシン元首相について言えば、はからずも富裕層VS貧困層という新しい対立構造をタイ政治に導入するきっかけを作ってしまったところに、その革新があった、と考えておくのが良いのかもしれない。

 それにしても問題なのは、ここまで現政権の正当性が乏しいものであるとすると、今後もタイ政局の混乱は続くだろうということだ。そんな中アビシット政権は、国民和解へのロードマップなるものを発表している。なんでも、社会的不平等や格差の解消がひとつの課題となっていて、相続税や固定資産税の導入を検討すると公言しているとのことだ。僕は知らなかったのだが、タイには相続税や固定資産税がないらしいのである。つまり、タイの税制は累進的ではなく、既得の経済格差を維持、ないしは拡大するような形態になっているわけだ。話によると、これまでも相続税や固定資産税の導入は検討されたことがあるようだが、富裕層の強固な反対にあって、計画はすべて流れてきたらしい。

 こんな新聞記事が出ている。

 、、、、これに対し、都心部の住人であるバンコクのエリート層は嫌悪感をあらわにした。最大のビジネス街シーロム通り入り口で、タイヤと竹で築いたUDD のバリケードに対峙(たいじ)した地元市民グループは、UDDの人々に向かって「クワーイ(水牛)!」と叫び挑発し続けた。「学のない田舎者」「間抜け」 といったあざけりの意味だ。この国を支配してきた都市エリートは、地方の貧しい農民をそう呼び、「彼ら(農民)はカネ次第で誰にでも投票する。選挙権を与 える必要はない」と言い切る人すらいる。(「タイ首都占拠の元首相派排除」西尾英之 毎日新聞

 昔からバンコクの金持ちにとって地方の農民、ことにイサーンの住人は野卑な異民族としてもっぱら軽蔑の対象であった。さらに今後、市場経済の浸透につれて、農村部の貧困層の一部はいわゆるアンダークラスとして、「怠惰」であるとか(その都市への流入の増大が)社会不安の元凶であるかのように表象されるようになってゆくのだと想像される。なるほど彼らは「学のない田舎者」であり、「カネ次第で誰にでも投票する」人たちであるのもその通りだろう。そしてアンダークラスを排除する原理はお馴染みの自己責任論へと収斂されて、「お前たちが貧しく学がないのは、お前たちが馬鹿だからだ」というトートロジーに行き着くのだろう。
 しかし、貧者には「学」に接する機会などなかったわけだし、選挙やら民主主義がなんであるかを知る機会も剥奪されている。都市の富裕層が知的に高いレベルにあることができるのは、それなりの教育を受ける機会を持ち、農村では享受することができない富や文化資本にアクセスすることができる幸運によるものである。こうした富裕層はその幸運が、格安の労働力を提供している貧困層を富裕層が利用することによってもたらされていること、社会制度も格差を温存し、富裕層を利するようにしかできていないこと、すなわち自分たちがアドバンテージを持っていること、しかもそのアドバンテージは貧困層を踏み台にして得ているということを見ようともせず犠牲者非難に至りがちである。

 このような無神経なエゴイズムはもう許されない、ということを赤服の蜂起は(たとえそれがタクシンの名で歪められていても)富裕層に突きつけている。学と力を持つ富裕層が為すべきことは「クワーイには選挙権などいらない」などと嘲ることではない。少なくとも国民の和解と民主主義を本当に欲するなら、税制を改革し、それを財源に農村や都市貧困層の医療、社会福祉、そして教育を手厚くし、より豊かに生きられるような「機会」をすべてのタイ国民に対してまず創りだされねばならないだろう。そうしないとまたあの四角い顔をしたポピュリズムの妖怪が、バンコクの街を徘徊することを許し、血の雨を降らせることになってしまうかもしれないのだ。
 アビシット首相の手は、血まみれになってしまった。その責任も追求され始めている。このような状況のもと現政権がどこまで生き延びることができるのか、はなはだ怪しいものではあるが、なんとしてもこうした貧者との関係改善のためのメッセージを具体化し(富裕層の反発は必至だといわれる)このタイ国民の和解への計画を実現して欲しい。それが今回の衝突で死んだ人たちへの弔いなのだと思う。
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プロフィール

荒井賢 (Ken Arai)

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