泥沼通信

祭りの戦士 @ กลับมาจากกรุงเทพฯ

 
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芸術の脱構築(書きかけ)

われわれが力を尽くすことを望むのは、世界の終焉のペクタクルのためではなく、スペクタクルの世界の終焉のためなのである。  『芸術の消滅の意味』(アンテルナシオナル・シチュアシオニスト第3号)


 問題は、拒否のスペクタクルを作り上げることではなく、スペクタクルを拒否することにばかならない。スペクタクルを破壊する諸要素が、SIの定義した新しい真正な意味で芸術的に練り上げられるためには、それら諸要素はまさしく芸術作品たることをやめねばならない。シチュアシオニスムなるものも、シチュアシオニスト的芸術作品なるものも存在しない。ましてや、スペクタクル的シチュアシオニストなど存在しない。断じて否である。(イェーテボリでのSI第5回大会におけるラウル・ヴァネーゲムによる基調報告


 このシチュアシオニストと芸術の関係を語った言葉は、シチュアシオニストを評価し、インスパイアされた人にもけっこう理解されていないんじゃないか、という疑問をずっと抱き続けている。たとえば、小倉利丸の『アシッド・キャピタリズム』について書いたことがあったが、あのとき僕が問題にしたかったのも、ようするにこのことである。同じような問題意識で書かれているコリン・コバヤシの『新たな状況を構築するアクティヴなアートは可能なのか』や、イルコモンズこと小田マサノリの『〈帝国〉のアートと新たな反資本主義の表現者たち』を読んでますます疑念が膨らむばかりである。上の方々の仕事には、個人的に共感し尊敬もするところなのだが。。。

 民衆芸術のようなものは別にして、昔から人間は「表現(コミュニケーション)」行為の一部分(洗練された表現)を切り取り、それを「所有する」ということをしてきた。近代以前には、おもに権力者が自らの威信の表明としてそれをおこなっていて、表現者はもっぱら権力者に奉仕していた。近代に入るとブルジョワジーが、切り取られた「表現」を商取引のための「商品」として扱うようになる。これが近代「芸術(アート)」の誕生である。かつて権力者に奉仕していた「表現者」は、かくして「商品」の生産者として(売れるものが価値を持つという)資本主義の秩序に隷属するようになった。産業構造の中心が製造業から情報産業に移行した現在では、「芸術=商品」の生産を「コンテンツ」生産と呼ぶようになったが、本質は何も変わっていない。
 しかし、一部には自らの「表現」に価格がつくことに関心を持たない/拒否する表現者が現れた。彼らの「表現」はブルジョワ社会に激しい感情的反発を引き起こし、批判され、黙殺された。だが、当初の過敏な反応が収まるにつれ、資本はこうした「表現」すなわち「前衛」芸術が(叛乱的であるがゆえに)特別な価値を持つ「商品」であることに気づき、システム内部に(高付加価値商品として)回収する方向で対処した。その結果、大部分の叛乱的な表現者は高付加価値商品の生産者に横滑りし、ブルジョワ社会からは成功者として迎えられることになる。
 このとき資本が行ったのは、「芸術」という土俵を徐々に組織して、「叛乱」を囲い込むことだった。19世紀末以来、ありとあらゆるルール無用の「叛乱」が「芸術」の名のもとに行われてきたが、全てが許された、、、土俵そのものを踏み外し、場外乱闘にでもならない限り。むしろファイトの激しさはスペクタクルの価値を高めるものとして歓迎すらされるだろう。このとき「芸術」という土俵は上記の横滑りをスムーズに行うための懐柔装置として資本に利用されているのである。

 このように「芸術(アート)」が「叛乱」の懐柔装置として作動(すなわちスペクタクル化)していることに、シチュアシオニストは「前衛」として我慢がならなかった。それゆえ彼らは、レトリスト、コブラといったシュルレアリスム左派系の芸術運動を出自としているにもかかわらず、「芸術」表現を一切断つという選択をする。そしてスペクタクルに覆われた日常生活に裂け目を入れる叛乱的な集団による介入を活動の中心に置いた。つまりまさに場外乱闘することが、シチュアシオニストの意図するところであったわけだ。芸術表現に関しては「ゼロ」であるという、この一見ストイックな「沈黙」によって、シチュアシオニストが懐柔装置と化している「芸術(アート)」から距離をとろうとしていることは明らかである。おそらくここでの彼らの関心の中心は、個々の芸術作品が体制迎合的であるからダメだとか、批判的だからいい、といったことではなく、「芸術」という土俵そのものを解体すること、すなわち「芸術」を脱構築することであったと思われる。
 なるほど、シチュアシオニストの活動はアートとアクティヴィズムの間でなされていると言える。だがアートとアクティヴィズムのあわいに存在するというと(例えば、コリン・コバヤシ氏や小田マサノリ氏が紹介している例などが典型的だが)、政治的(反資本主義的)問題意識を持ったアーティスト(ハンス・ハーケなど)とか、逆に芸術的な表現のセンスを持つアクティヴィスト、あたりを思い浮かべるが、シチュアシオニストがユニークなのは、彼らの活動がそのようなアートとアクティヴィズムのノリで貼りあわせたような加算的な関係によって特徴付けることができないことである。まず芸術表現の面でシチュアシオニストが標榜するのは「沈黙」すること、「無=nothing 」であることがそもそもアノマリーである。それは上でも述べたようにスペクタクル批判と結びついているが、同様の問題意識が叛乱的な社会への介入というアクティヴィスト的な側面をも動機付けている。すなわちシチュアシオニストにおけるアートとアクティヴィズムの関係は、決して加算的ではなく、スペクタクルの批判という一本の筋に貫かれた(紙の表と裏のように)不可分な全体をなしているのである。
 しかしながらシチュアシオニストの「芸術の脱構築」の面に注目できている人はけっこう少ないんじゃないかという気がするのだ。たとえばコリン・コバヤシ氏の論考では、「現代において、シチュアシオニストが試みたような、状況を構築するアクティヴなアートは可能だろうか。」という問題設定において、シチュアシオニスト以降のアーティストやムーヴメントが紹介しているのだが、これは誤解に基づく奇妙な設問だと言わざるをえない。ここを見誤ると、シチュアシオニストは単に政治意識の強いパフォーマンスアート集団である、というような平板な理解が生まれてしまう。ここは是非ともはっきりさせなければならないが、状況を構築する(叛乱の)実践はそもそも「アート」ではないはずである。なぜなら上でも述べたとおり、「アート」は「叛乱」を非介入的なスペクタクルへと回収する装置だというのがシチュアシオニストの主張だからである。
 それに小田マサノリ氏の言っていることもよくわかるのだが、「ポスト<帝国>」の「叛乱」と「拒否」は、これも「アート」ではないと思う。何でも小田氏は、「美術家を廃業したアーティスト」を名乗っているらしいが、「アーティストを廃業した前衛」を名乗るべきだと思う。

(つづく、、、、かもしれない)



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プロフィール

荒井賢 (Ken Arai)

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