泥沼通信

祭りの戦士 @ กลับมาจากกรุงเทพฯ

 
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これはパフォーマンスではない その2

 シチュアシオニストにはいわゆる「除名」問題というのがあって、これがどことなく社会主義政権内部の粛清を思い起こさせるため嫌悪され、ドゥボールが組織内で強い権力を持っているとか、その教条主義的な横暴さが噂に上ったりもしている。たとえば上野俊哉氏も「ドゥボールの教条的な身ぶりにうんざり」だとか「ドゥボール流の古典的な「政治と美学」の二項対立」といった苦言を呈し、除名組のメンバーやシチュアシオニストに干された周辺の運動の方にむしろ共感を示している(『シチュアシオニストを斜めから見ること』)。私は別にドゥボール主義者というわけではない。ただ、こういった上野氏のようなある種の寛容さは、一見知的誠実さのようにも見えて、実はシチュアシオニストの活動のラジカルさや「スペクタクル」という概念への理解の浅さ、に由来するのではないかと疑っている。

 私はホントに音楽的なセンスや情報がなくて、一部左翼の間で流布されている、パンクムーブメントが少なからずシチュアシオニストの影響を受けたとされることに関しても詳細について何も知らない。きっと左翼の人たちを惹きつけるほど激しく掟破りの音楽ムーブメントなんだろうと想像するだけなのだが、そのいわゆる影響関係の中身については、はっきり言って「怪しい」と思っている。パンクが他の流派とどう違うのか知らないけど、結局「音楽」じゃん、「アート」じゃん、「シチュアシオニストの影響を受けたアート」という言い方自体語義矛盾じゃん、と単純に思うわけだ。
 何度も書いているように、シチュアシオニストの活動は「アート」の解体(脱構築)であって、「アート」ではない。ある種の政治的主張が文化的表現(アート)を纏っている場合、「アート」や「政治」の従来のカテゴリーは維持されたまま結びついている──すなわちポジティヴな関係が成り立ってる。一方、シチュアシオニストと「アート」の関係はあくまでもネガティヴである。パンクがいかに衝撃的な表現をとったとしてもそれが「アート」である以上、シチュアシオニストの活動とは根本的に異質であり、そこにあった影響関係は誤解に基づいている、と言わざるをえないのではないか。
 また、シチュアシオニストの除名組の中でもメジャーな人物、コンスタント(今でも彼の「ニュー・バビロン」プロジェクトは建築プロパーでは注目されている)のその後について上野氏は報告している。その中でSIを除名されたことについてインタヴューし、「除名はドゥボールによる一方的な決定であったこと、自分は決して社会変革を軽視し芸術至上主義に走ったつもりはない」という答えをもらったことが書かれている。だが、この率直な返答には図らずも、「社会変革」と「芸術」がコンスタントのなかで外的かつポジティヴに結合していたことが見え隠れしていないだろうか。私は上野氏とは逆に、コンスタントがシチュアシオニストの活動をどこまで「芸術」の解体(脱構築)であると理解していたか、むしろ疑いを強くしてしまった。
 さらにアートとアクティヴィズムのあいだに展開する今日的な運動形態のルーツとして「プロヴォ」や「ビートニクス」、さらに「ヒッピー・ムーブメント」などがよく取り上げられることが多い。確かに、面白い面もあるなと思いつつ、やはりカルチャー(アート)とポリティクスは外的に結合していて、「アート」のカテゴリーは壊されていないという意味では、シチュアシオニストによる「アート」の脱構築というネガティヴな実践とは全く別モノである。

 私が言いたいのは、こうした「カルチュラル・アクティヴィズム」流の運動は、政治的主張と文化的表現(アート)の結合が外的でポジティヴな関係だからダメで意味が無い、というようなではない。シチュアシオニストの活動が、一見同じように見えるが、「カルチュラル・アクティヴィズム」とは水準を異にする、より根源的な批判の射程を持った運動であり、上野俊哉氏が行っているような、ドゥボールが教条的であるとか、ドゥボールには古典的な「政治と美学」の二項対立が顕著であるとかいう批判は、むしろ2つの異質な運動スタイルを混同しているから生まれてきているのではないか、ということだ。
 シチュアシオニストの用いるスペクタクルという概念は、戦前の前衛芸術の潮流が、とりわけ社会に介入する革命的な政治スタイルを発明したはずのシュルレアリスムが体制に絡め取られていく事態を批判的に総括することによって抽出されたものであり、「芸術(アート)」のカテゴリーそのものを叛乱の回収装置として捉えなおしているところがミソである。それゆえ高度消費社会化した資本主義=スペクタクル社会批判の戦術には「芸術(アート)」から極力距離を取る=「アート」の脱構築のロジックが不可避の契機として含まれることになったわけである。
 それだけにスペクタクル社会を批判するシチュアシオニストにとっては、商業主義的な芸術のみならず「カルチュラル・アクティヴィズム」流の社会運動と結びついた芸術表現もいささかナイーブ過ぎるものに映らざるをえない。というか、そうした表現を認めること自体、自らの主張を裏切り、運動を退嬰化させることにつながってしまう。したがってこうした「カルチュラル・アクティヴィズム」流の社会運動は、シチュアシオニストにとってもはや生理的に受け入れがたく、連帯のようなこともありえなかったであろう。
 おそらく初期のシチュアシオニストにはこうした理論に関してまだ曖昧なところがあったが、集団内の不純な要素をパージする過程が、同時に自らの主張や理論を純化してゆく過程でもあり、前衛であり続けようとする集団にとって「除名」は必須の作業だったに違いない。
 シチュアシオニストが他の諸運動と異質なスタイルを持つことを理解すれば、非常に評判の悪いシチュアシオニストの「除名」問題の真実が、運動が生み出す必然によるものであって、ドゥボールの教条主義的な偏狭さなどという説明に求める必要もなくなるわけである。また当然「除名」や厳しい批判行為はそれを受けたものを抹殺しようとするものではない。除名されたメンバーや批判された外部の運動もあくまでも資本主義の軛から人間の解放を目指す同志である。そうした同志たちのさらなる覚醒を促し、より問題を先鋭にあぶり出すため、シチュアシオニストは一見教条主義的にすら見える厳しさを自他に課していた、と理解すべきだと思う。

 シチュアシオニストの活動のラディカルさ、ユニークさは、現在どこまでちゃんと理解されているんだろう? 左翼系の論者においても前述の上野氏や高祖岩三郎氏(シチュアシオニストが「パフォーマンス的状況操作」や「スペクタクル的戦術」を意識的に実践していたというトンチンカンなことを書いている『アートとアクティヴィズムのあいだ』)のようにシチュアシオニストを「カルチュラル・アクティヴィズム」の潮流と混同し、平板化してその中に含めてしまうような理解が主流なのではないだろうか? 「カルチュラル・アクティヴィズム」の流れを引くパブリック・アートが権力に組み込まれる危険性を持つという問題意識から、小倉利丸氏は「アート」の死滅という方向へ議論を転回させていたが(『都市空間に介入する文化のアクティビスト』)、それとて昨日今日に発見されたことではなく、第二次大戦後、早々とシチュアシオニストによって指摘され、乗り越えを図ろうとしてきたことだったはずだ。それが全く視界に入っていないということは、一体これら左翼の人たちがどれだけラディカルであったのか、また何度も口にしているだろう「スペクタクル」という概念の射程をどれだけ掴みとっていたのか、どうも「怪しい」のである。
 とはいうものの、じゃあ、「カルチュラル・アクティヴィズム」と「アート」の脱構築はどこがどう違うの? 『これはパフォーマンスではない』というプラカードを掲げてデモをしていたホームレスのアクションだって、結局1つのパフォーマンスではないの? ドゥボールは映画を作ったし、シチュアシオニストにはり立派なな機関紙があるけど、あれは「作品」ではないの? だったらシチュアシオニストの活動がパフォーマンスと理解されるのは当然なんじゃないの? ──というごもっともな疑問もあると思う。次にここのところを考えたい。
(つづく)


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