泥沼通信

祭りの戦士 @ กลับมาจากกรุงเทพฯ

 

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メモ 最後の革命? 解題にかえて 松本潤一郎

面白そうなのでこちらからさらに抜粋。

 社会学者と人類学者の相違を,文化人類学者の小田亮は,たとえばホームレスを「調査」するというような場合,人類学者は実際に「住み込み」を行うのに対し,「絶対とは言いませんけれど」と慎重に留保を表明した上で,社会学者は「支援者として「通い」のインタビューに行くという違いが出てくる」というように,説明している。

 訳者は,ここで比喩を通して説明を与えられている「人類学anthropologie」を,小田氏の議論の文脈から切りはなし――したがって以下の議論は訳者の責において為されるものであり,小田氏とは無関係である――,上記のような発言を行う人間が自称する意味における「社会学」をも含めた,広義の「人間(の)学science humaine」に対立する思考として,とらえてみたい。すなわち,産学協同その他の名において人間を,剰余価値を産出する対象または客体と見做してさまざまなかたちで簒奪・消費する,たとえば「安全な場所」から「弱者」に「同情」しているふりをしながらそれらをじぶんの「業績」や「出世」へとカウントしているのは,まさしくこのような「社会学者」をも含めた「人間(の)学」,ときに「人文科学」とも呼ばれる権力ではないだろうか。

 これに対し,小田氏の議論に触発された訳者が少なくともここで提示してみたい「人類学」は,人間を対象=客体に定めて「じぶん」の保身と出世に利用するのではなく,逆に集合的に主体化する実験において,「人類」の新たな経験を創出する,そうした実験を指すだろう。そのかぎりで,小田氏の思惑を裏切ってしまうにせよ,訳者は,バディウ固有の意味での〈マオイスト〉を,この意味での「人類学者」の一形象でありうると,言っておきたい。人間(の)学ではなく,この意味での人類学を! 認識を具体的実践において検証し,翻っては実践から認識を根本的に問いなおし,ふたたび情況を変革するための認識へと鍛えあげつづける螺旋状の活動こそ,人類学の名にふさわしいと,訳者は考えるからである。



私は高卒でフリーターみたいなことしていたのだが、実はある時期「学」の世界を目指そうと大学進学も考えたことがあった。が、経済的な事情もあったが結局「学」の方向へは進まなかった。今思うとここで言われているような「人文科学とも呼ばれる権力」から距離を取り、違う道を歩きたいとぼんやり思っていたのではないかと思う。
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荒井賢 (Ken Arai)

 住所 埼玉県越谷市
 生年月日 1964年2月15日
 職業 アニメーション背景制作
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