泥沼通信

祭りの戦士 @ กลับมาจากกรุงเทพฯ

 

Category: 亡霊退治   Tags: 思想  芸術  亡霊退治  

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シチュアシオニストは理解されていない (その1)

と、何度か書いてきたが、左翼知識人たちすらズッコケたシチュアシオニスト理解をしてしまうのは、「芸術、文化、前衛」などの言葉の使い方が混乱してしまっているところに理由の一端がある。小倉利丸氏の労働論は非常に面白いのだが、文化論にはいつも首を傾げたくなる。今日、「文化」というものを論ずるのであれば、前衛=シチュアシオニストの理解は必須──だと私は考えているのだが──これができていない。

社会に介入するアート ──シチュアシオ二ストの実験とボイスの「社会彫刻」 小倉利丸


 そこで、おそらく日本にシチュアシオニストが紹介される以前にしたためられたと思われる(パイオニア的だが、少ない情報の中で書かれたと想像される)このテクストを分析し、問題を炙り出したいと思う。タイトルから明らかなように小倉は、シチュアシオニストをヨゼフ・ボイスと同様の社会に介入するアーティスト集団であると見做している。たしかにどちらも資本主義社会における疎外状況の乗り越えを試みていることは共通している。しかし、ヨゼフ・ボイスについて「社会に介入するアート」という理解は正当だが、シチュアシオニストの活動をいわゆる「芸術と政治の統合」とか「芸術的手段での社会へ介入」と解釈していいのだろうか? そうしたものとは似て非なる「何か」なのではないのだろうか?
 資本主義社会における疎外=意味の搾取を乗り越えのために、ボイスは「芸術の拡張」というコンセプトを提起する。小倉によるとそれは「労働とか生きることそのもの、生活すること、そうした日常的な営みと密接に関わるところで再度芸術という概念を構築しようとする。あるいは、そうした日常的な行為そのものを芸術と呼ぼうとする」ものである。すなわち19世紀後半以降のアヴァンギャルドの自律的な変革のエネルギーを美術館や劇場などブルジョワ芸術の枠組み(制度)から、生活の中へと解き放つことを意図していると言っていいだろう。こうした提起はすでに戦前のシュルレアリスムなどによってなされていて決して新しいものではないのだが、いずれにせよこの主張に耳を傾ける限り、ボイスは芸術の問題というより、むしろ新しい生のあり方、使い方を提起しているように思える。
 にしては、美術館にすっぽり収まるインスタレーション作品を制作したり、フルクサスへの参加以来のパフォーマンス・アートような芸術の枠組み(制度)内での活動に、ボイスはあくまでこだわりを見せている。


ヨゼフ・ボイス 「経済の価値」 1980


 写真だけではよくわからないが、小倉によるとこうした作品には現行システムの不条理さを告発したり、芸術という制度への批判する仕掛けが盛り込まれているらしいのだが、ボイス独特の霊的な気配は感じるが、出がらしのダダイズム作品みたいで、美術館に囲い込まれたモダニズムアートとどこが違うのかイマイチはっきりしない。これが「拡張された芸術」なのだろうか、と正直思うが、むしろボイスの様々な──エコロジー、教育、政治活動などの──アクションをトータルしての社会彫刻であり、拡張された芸術なのであって、芸術表現はそうした政治的アクションの一面として理解されるべきなのだろう。
 「パブロ・ピカソが芸術とは不正や不義や人間の権利の侵害、更には戦争などを阻止するための鋭利な刃物のような武器たらねばならないと言ったけれども、現代芸術はそうした要請を満たしていない」という言葉を読むと、ボイスは社会への介入、いわゆる「アンガージュ」の手段、武器として芸術に積極的な意義を認めていることがわかる。
 ところが、小倉によるとボイスはその一方で「私はじっさい、芸術とは関わりがない──で、これこそがほんとうに、芸術に何らかの貢献をする唯一の方法なんだ。私はいつも、この芸術という概念から逃れようとしてきた。そんなものにはなりたくないんでね。私が求めるのは、それ自体の内的な法則に基づいて生きられるもの。それが出発点。だから、芸術に限られるわけではない。私がいう芸術とは、ブルジョワ芸術の概念以上のもの──1つの科学的なプロセスなんだ」と芸術を拒否する発言をもしている。
 このように見てくると、ボイスの中には芸術を巡って2つの思想が混在していたらしいことが想像できる。「アンガージュ=武器としての芸術」をポジティヴに認め、自ら芸術活動を実践する一方、ブルジョワ的概念である芸術の拒否(=芸術の脱構築)について語っているのである。体制を批判する意図を持った、社会への介入を目的とするアートはブルジョワ芸術と理解されるべきではない、という反論が予想されるが、この点は後ほど詳しく考えるとしよう。
 ボイスが結果的に陥ったジレンマを小倉は「ボイスは、結局、解釈の権力に対抗しきれなかった。彼が、芸術の概念から逃れようとすればするほど、彼の行為は芸術の領域に囲い込まれてしまった。「社会彫刻」という彼のモチーフは、彼個人の行為を離れてはなかなか成立しなかった。実は、ここに、彼の限界があった。ベンヤミンが「社会彫刻」やオルタナティブな社会の構想は、たとえボイスの発想であったとしても、社会の人々が共有しなければ社会的な意味を紡ぎ出せない。」と的確に分析している。「彼がどのような行為をしても、それはアートの文脈でしか解釈されず、ギャラリーやアートイベントでは十分な活動の余地を与えられはしても、それは芸術作品なのであり、それ以外のものではないとみなされてきた。たとえば、先の「経済の価値」のインスタレーションも、それが多元的で矛盾を含んだ諸価値のなかにみるものを投げ込むことによって、鑑賞者を取り巻く社会環境の矛盾への問題提起を意図したものだった。しかし、こうしたインスタレーション自体がボイスの作品として、これらの諸価値に対するメタ・レベルの価値を付与されてしまうと、インスタレーション自体がはらむ矛盾のダイナミクスは、ボイスの芸術という単一の価値に解消されてしまう。こうして、インスタレーションそのものがボイスの作品として、芸術的価値をまとってしまっているために、ボイスの趣旨は実感しづらくなっている。彼は、そうした作品の扱いに苛立ちをおぼえていたことはたしかなようだ。」
 問題なのは芸術作品の意味や意図ではなく、芸術という制度の枠組みそのものだという自覚という点で、ボイスは曖昧だったのだろう。「芸術の拡張=新しい生のあり方」を指向していたボイスにとって本音は芸術の脱構築にあったはずだが、おそらくはそのダブルスタンダードを解消することをしないまま、この世を去ってしまった。彼の言葉には共感を覚えるが、その活動は例えばかつてシュルレアリスムが社会に与えた衝撃を、またそれがブルジョワ芸術へと退行していった運命を、乗り超えるものではなかったと言わざるをえない。

 ヨゼフ・ボイスについての小倉の分析にはさほど異論はない。しかしそれに続くシチュアシオニストの紹介は、最大限好意的な紹介ではあるが、典型的な誤解──芸術の脱構築の重要性についての無理解──が露出し、完全にその活動の意味を取り逃がしてしまっている。
「拒否のスペクタクルを洗練することではなくスペクタクルを拒否することが問題なのだ。ISによって定義された新たな真の意味での芸術的であることに努力を傾げるためには、スペクタクルの破壊の諸要素はまさにアートの諸作品であることをやめねばならない。シチュアシオニズムやシチュアシオニストの芸術作品といったものはあり得ない。これを最後に今後はあり得ない。……我々の位置は2つの世界──我々が認識していない世界と未だに存在していないもう1つの世界の間の戦闘的なものである」という、芸術の拒否、芸術との距離感を示すこのヴァネーゲムの言葉は、驚くほどボイスの本音──「私はいつも、この芸術という概念から逃れようとしてきた。そんなものにはなりたくないんでね。私が求めるのは、それ自体の内的な法則に基づいて生きられるもの……」という言葉と響き合っている。両者とも芸術の脱構築について語っているのは明らかである。「シチュアシオニストの芸術作品」など存在せず、「作品の美」ではなく「状況の美」しかありえないと主張し続けてきたシチュアシオニストにとって芸術の脱構築は、出発点においてすでに活動の中心を占める概念だった。
 にも関わらず小倉はシチュアシオニストを社会に介入する反体制的なアーティスト集団であると断じ、しかもその芸術的側面と政治的側面の統合に失敗していると見做す。「ISが60年代初期までもち続けていた文化・芸術と社会変革という課題が未整理なまま、マルクス主義を大幅に受け入れてしまったために、まさにマルクス主義の最も弱い環である文化に関して状況を十分に自分のものにする機会を逸してしまったのである。」つまり、62年以降のいわゆる「芸術派」のパージを、初期のユニークな可能性を持った社会に介入する芸術的手段の政治──労働評議会主義などシリアスな政治活動への旋回──への従属と解釈している。
 むしろ、こうした芸術と政治の「外的な」融合や統合といった発想を抜け出せないことが、左翼知識人の文化論が最も弱い環になってしまっている大きな原因のひとつだろう。シチュアシオニストを私達は内側から──ボイスも語っていたように「それ自体の内的な法則に基づいて生きられるもの……」を把握しなければならない。そのときシチュアシオニストにとって芸術的手段での社会に介入(アンガージュ)などありえないことや、スペクタクルに抗する生のあり方が、同時に芸術というブルジョワ的概念の脱構築の実践であることをはっきり理解することができるだろう。実は小倉自身も「ボイスがファイン・アートの枠組みのなかに社会的モチーフをもち込み、その意味ではアーティストという立場を堅持しての社会的な介入を試みていたとすれば、ギャラリー/ミュージアムの外部に表現の場所を設定したり、大衆文化の方法を駆使するISなどのアーティストたちは、むしろファイン・アートの枠組みの脱構築を試みてきたといえる。」と、シチュアシオニストの活動を芸術の脱構築であると認めている。しかし「アートを脱構築するアーティスト」という論理矛盾は単に言葉使いの問題として済ますわけにはいかないだろう。作品の商品化を放棄し、美術館や画廊を脱出しストリートに表現の場を求め、大衆文化の表現を流用し、現体制の批判を意図したとしても、必ずしもそれは芸術を脱構築したことにはならない。芸術(ブルジョワ芸術)の制度(枠組み)は、私たちの存在の奥底にまで食い込んでいるのだ。

>つづく

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