泥沼通信

祭りの戦士 @ กลับมาจากกรุงเทพฯ

 

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カリネスクのアヴァンギャルド論より

英米の芸術批評では(グリーンバーグに典型的だが)モダニズムとアヴァンギャルドは同一視されている。

 アヴァンギャルドという用語の旧大陸的な用法に慣れ親しんでいる批評家には、この同一視は驚くべきもの、不可解なものでさえある。フランス、イタリア、スペイン、そして他のヨーロッパ諸国では、アヴァンギャルドは、そのさまざまな、ときに矛盾する主張にもかかわらず、芸術的否定主義──芸術そのものがまず最初に犠牲となる──のもっとも過激な形態と見なされる傾向にあった。モダ二ズムにかんしていえば、異なる言語、異なる作家にとってその特殊な意味がなんであれ、それは、アヴァンギャルドに特徴的な普遍的かつヒステリカルな否定感覚を意味するものではない。モダ二ズムの反伝統主義は、しばしば徴妙に伝統的なのだ。だから、ヨーロッパ人の視点からは、プルースト、ジョイス、カフカ、トーマス・マン、T・S・エリオットあるいはエズラ・パウンドをアヴァンギャルドの代表と考えることが難しいのである。これらの作家と、未来主義、ダダイスム、あるいはシュルレアリスムといった典型的なアヴァンギャルド運動に共通するものは、たとえあるにしてもごく僅かである。そこで、もしわれわれがモダ二ズムの概念を一貫して機能させようとするならば(そして前述の作家たちにそれを当てはめようとするならば)、モダ二ズムとアヴァンギャルド(新旧双方の)を区別しなければならない。「みずからに抵抗する伝統」として定義されたモダンがアヴァンギャルドを可能にしたことは事実である。しかし、アヴァンギャルドの否定的な過激主義と体系的な反美学主義が、偉大なモダ二ストたちによって試みられた世界の芸術的再構築に対する余地を残さないことも、同様に事実なのである。
 モダ二ズムとアヴァンギャルドとの奇妙な関係(相互依存であり相互排除でもある関係)をさらによく理解するには、アヴァンギャルドを、なによりも、モダンじたいの意図的、自意識的なパロディーと考えるのが妥当であろう。パロディーの地位はひとが思う以上に曖昧である。表面的には、パロディーは、しばしば強調を通じて、その霊感の元である原典の隠れた欠点や矛盾を揶揄するものである。しかし、さらに深いレヴェルでは、パロディーの実践者は、じぶんの揶揄する作品を密かに賞賛することもありうる。原著者に対するいくばくかの賞賛は、パロディーの実践者には必須でさえある。まったく意味も価値もないと信じるものを、いったいだれがパロディーの対象としよう。さらに、質の高いパロディーは、原典に対する批評とともに、原典の字句と精神に対するある程度の忠実さ、ある程度の類似性を暗示しなければならない。理想的には、パロディーは、パロディーに見えると同時に、原典じたいと取り違えられる可能性をももっていなければならない。モダンのパロディーとして見ると、アヴァンギャルドはこれらすべての曖昧さを例証する。それは、一方で(ほとんどのじっさいのパロディーがそうであるように)しばしば粗雑で未熟だが、ときとしてそのモデルと取り違えられかねないほどそれに接近する。


アヴァンギャルドの「パロディー=転用、流用」的な性格を押さえておくことが肝心。ただ大陸的なモダニズムとアヴァンギャルドの峻別もどこか曖昧、、、「否定的な過激主義と体系的な反美学主義」すなわち「反芸術」とかビュルガー流の「生活実践」という観念だけでは、モダニズムとアヴァンギャルドのどこが違うのかはっきりしない。資本主義近代下の疎外の克服=実験(試みとしての生)の手段としてのパロディ(あるいはブリコラージュ)という視点を落としてはいけない。

例えばバタイユはマネの絵画をそのパロディ性において、すなわちマネをアヴァンギャルドとして分析している(一方フーコーはマネをモダニストとして分析している。)。セザンヌの絵画もこれまで一般的になされてきたようにモダニズム絵画として解釈するのではなく、伝統的な絵画の「パロディー=転用、流用」として、またセザンヌの生を疎外に抗する実験として理解しなければならない。

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