泥沼通信

祭りの戦士 @ กลับมาจากกรุงเทพฯ

 

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これはもはやアート(芸術)である。

 、、、なんて言い方がよくされるよね。このとき思い浮かべられているイメージが一般的、通俗的に了解されている「アート(芸術)」概念なんだろうと思う。
 たぶんそれは常人が日常的な生活を送っている分には成し得ない表現・制作活動であり、その表現・制作活動の中には並々ならぬ洗練された技術や、集中力、センス、大胆さや繊細さなどの感性や精神性や知性が宿っていて、それゆえにその表現・制作活動や表現の結実した作品は鑑賞する価値がある、、、ときには対価を支払ってまで礼拝する(消費する)価値を持っている、、、そのような作品やアクションを「アート(芸術)」と呼んでいるのだろう。
 金を払って前衛的なアートに接してみたものの、さっぱりわからなくて、なんじゃこりゃ、金返せ! いや、でも評論家は絶賛してたし、、きっと私には理解できないすごい価値があるのかもしれない、、、なんて思ったりする。が、ここではアートの価値がマネーという等価物で比較されることを問題にしたいわけではない。
 このような「アート(芸術)」の了解の内にちらついているのは、アートは常人による日常の活動より「お高い」文化活動であり、その「高さ」がアートを鑑賞する人にとって価値となっていること。また表現する側(アーティスト)も自分の表現・制作活動、作品が一般人の平均的な活動から上方へ距離をとっているほど価値があるし、同時にその距離感は自分自身のアーティストとしての存在意義を高めるものだと思っている。
 高級文化(ハイカルチャー)という言葉があるが、「アート(芸術)」のアイデンティティは基本的に民衆・大衆的なもの(低級文化=ロウカルチャー)から距離をとることで成り立っている面がある。これは「アート(芸術)」がヨーロッパの宮廷(王権・貴族)や教会などのエリート(権力者)の文化を起源にしたその末裔(成れの果て)であることによっている。
 権力者の文化は臣民に対して自らの力や正統性を誇示し、民衆を魅惑しひれ伏させるような一面を発展させた。そのために金に糸目をつけず、選りすぐられた芸術家・職人によって、規模の大きい手の込んだ文化的な洗練の極みが追求された。
 現在の「アートにはなにがしかの常人離れした技巧なり精神性なりが宿っていなければならない」という通俗的な了解には「アート(芸術)」の起源がエリート文化だという事実がこだまのように鳴り響いているのだ。
 このようなエリートの文化である「アート(芸術)」に対して、私たちは民衆・大衆の習俗や風俗や未開部族の生活全体をも文化と呼んでいる。例えばバフチンの言っている中世の「民衆文化」もそうだろう。季節ごとにに巡る来るカーニヴァルなどの祝祭、、、労働の規範が支配する日常からの開放、民衆の生命の爆発の時間、、、それはエリートの高級文化とは別の意味での富の蕩尽であり、そこには「アート(芸術)」のように洗練された形ではないが、彩りがあり歌があり踊りもあったはずである。
 ただしこの2つの文化の形態には大きな違いが存在する。バフチンの言葉を借りると、カーニヴァルは「演技者と観客との区別もない」パフォーマンスであり、誰もが、観客として見物などせず、「すべての者が積極的な参加者」として「カー二ヴァル劇に加わる」。「厳密にいうなら、カーニヴァルは、演ずるものでさえない。そのなかで生きるものだ」ということだ。一方、「アート(芸術)」にはこの演技者と観客との区別が明確に存在している。というのも先程述べたように権力が民衆に対峙するときの構えが、なにがしかの常人離れした技巧なり精神性を持った専門家(アクター=概して個人)が、観客に向かって表現活動を行うという表現形態の一方向性を生み出しているからである。
 つまり一口に文化と言っても、エリートの高級文化(バフチンは公式文化と呼ぶ)、、、コミュニケーションのあり方が表現の専門家(個人)/観客に分裂した「アート(芸術)」と、集団的な生そのものであるカーニヴァル的な民衆文化(非公式文化)の2つの全く異質な形態があったのだ、ということをまず押さえておこう。
(つづく)

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荒井賢 (Ken Arai)

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