泥沼通信

祭りの戦士 @ กลับมาจากกรุงเทพฯ

 
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生きられる文化

 人間文化には、根源の時代から、儀式があり、祭りがあった。そこには歌もあれば踊りもある。食事も、性の営みも、労働も、戦争も、その他もろもろの行為があった。そのどれが重く、どれが軽いとはいえない。全体がからみあって生活のシスティム、1つの有機体となっている。物として残されたもの、色とか形は、その生きた全体の一部であったのだ。
岡本太郎 『美の呪力』


 ここで岡本太郎は言っているのはバフチンがカーニヴァルについて語ったような「生きられる文化=ディオニュソス的な陶酔の文化」であり、生の全体と分離することのできない文化のあり方である。このような根源的な文化のあり方の上に、権力によって組織された「芸術」という特異な文化形態(アポロン的文化)が生まれた。権力に奉仕し隷属する一方、洗練された技術(職人芸)を持った表現の専門家としての「芸術家」は、その腕前を評価されて権力のヒエラルキーの中で高貴な地位を得ていた。つまり芸術家は卓越を求められ、そのタスクをこなすことで自ら権力の紡ぎだしたヒエラルキーの中で卓越した地位を得るのである。つまり「芸術家」の活動は当初から「生きられる文化」に特有の生活的な全体性から疎外され、(権力のための)「労働」という烙印を押されてもいたわけである。このように「芸術」は「生きられる文化」の分離解体であったが、権力の中に、あるいは権力に組織された民族の中に、また芸術家自身のなかにディオニュソス的なエモーションが息づいていたために、権力の文化も強烈な表現になり得たのである。むしろ「生きられる文化」の解体の最終段階は、王権が衰退しブルジョジーが権力を手にした時代の芸術にこそがあらわれている。というのもブルジョワ精神にとってディオニュソス的陶酔などナンセンスでしかないのであって、その結果「芸術」はエモーションを失い、純粋な表現技術でしかなくなってしまった。アカデミズムという官僚化された芸術の虚しさは繰り返し告発されてきたが、ある意味それは「アポロン的なもの」の究極的な姿なのかもしれない。多くの知識人がそれでも「芸術」を語り「芸術」に希望を持ったのは、アカデミズムの惨めさに対して湧き上がったアヴァンギャルド運動を、近代における芸術の再生のように感じたからだろう。しかし私の見るところ、再生したのは「芸術」ではなくて「生きられる文化」の方であって、ディオニュソス的な破壊と陶酔のエネルギーが、近代芸術の諸制度の中に忍び込み、巧妙に諸制度を流用し噴出したものである。ダダやシュルレアリスムのマニュフェストを読めば、それがブルジョワ精神を否定し生の全体を疎外から解放しようとしていたことがよくわかるはずだ。しかしアヴァンギャルドたち自身や知識人たちは、アヴァンギャルド運動を「芸術」として理解し、疎外=権力への隷属からの解放というモメントを逸してしまった。モダニズム的なアヴァンギャルド理解はその典型である。大戦後のネオアヴァンギャルド(戦後のモダンアート)はこの逸失からスタートし、迷走しながら、芸術作品は商品であるという自覚のもと、消費領域に消えてゆこうとしているようにみえる。「芸術」の中に希望を求めても仕方がない。「芸術」はスペクタクルであり、結局現代においても「芸術」は権力に奉仕するものなのだ。


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プロフィール

荒井賢 (Ken Arai)

 住所 埼玉県越谷市
 生年月日 1964年2月15日
 職業 アニメーション背景制作
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