泥沼通信

祭りの戦士 @ กลับมาจากกรุงเทพฯ

 

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最近、文化論みたいのをやってるが、なんでかというと、

ひとつには芸術(高級文化)/文化産業・キッチュ(低級文化)みたいな二項対立で文化について考えるのは不毛だと言いたいからだ。そもそもが商品であり資本の論理で割り切れてしまう文化産業から逃れているのが芸術という領域だということで、この手の論者(例えばアドルノ)は芸術の純粋性を持ち上げると同時に、文化産業(ポップカルチャーなど)を蔑む傾向にある。実際には芸術という制度(アートワールド)が資本制システム(権力)の自己肯定装置として働いている以上、芸術だってクロなのだし、この対立そのものがニセモノなのである。
 こうした混乱の原因はアヴァンギャルド(前衛)の理解の仕方にある。私の見る限りほとんどの芸術家や知識人はアヴァンギャルドを芸術という領域の内部で展開した(自己批判的な)運動だと考えているようだが、実はこれ、芸術という領域の外部から侵入した「生きられる文化」が芸術の制度をブリコラージュ的に転用しつつ大暴れしたものだった、と理解すべきものなのだ。つまりこの過激で痛快な運動が近代のある時期に花開くことができたのは、芸術外の(カーニヴァル的な)エモーションによっていたのもかかわらず、まるで芸術のお手柄によるものであるかのように解釈してしまったことが味噌のつき始めなのだ。モダニズム流のアヴァンギャルド解釈はその典型だろう。グリーンバーグはアヴァンギャルドをまさに芸術の自己批判だと言ってなかっただろうか? モダニズムの言説とは、はっきり言って横領であり偽造であって訴追されるべき犯罪行為である。いいかげんアヴァンギャルドのきらびやかな成果は返すべきところに返してあげなければならない。アドルノがすべきだったのは、文化産業をこき下ろすことではなく、文化そのものを発見することだった。アヴァンギャルドが芸術ではなくて、芸術の外部の(そして芸術をも下から支えていた)「生きられる文化」であることを見抜くことだったのだ。
 ほんとうの意味での文化の敵は資本主義のメンタリティなのだ。吝嗇かつ冷徹に蓄積のみを追求するブルジョワ精神は、浪費や祝祭や陶酔などといった文化的事象を排除することによって立ち上がるものだから、文化そのものを根こそぎにする性格を宿命的に持っている。ブルジョワジーが権力を持つにいたる以前の民衆文化は、資本主義のメンタリティに侵され消費の領域へと解体されていった。同時に支配階級の文化である「芸術」も、王権や宗教の衰退とともに中身を失った戯絵と化してゆく。芸術には権力を自己肯定するという役割だけが残され、資本制のイデオロギー装置へと純化されていった。
 資本主義近代という私たちの時代は、文化そのものにとって危機の時代なのだ。文化産業やキッチュに対してオレこそが本物だみたいな発想は無意味である。敵は文化からの疎外を促し続けている資本主義のメンタリティであって、これと闘うこと、、、「生きられる文化」は今日、資本から「生」を奪回することでしか生み出すことができない。アヴァンギャルドの実践の意味は、芸術の自己批判なんてものではなくて、資本制下の疎外から「生」を奪回する試みだったのだ。実際にはアヴァンギャルドたちも自分たちの試みを「芸術」の枠内で考えていて、そのために試みそのものを見失ってしまうことにもなったが、アヴァンギャルドの心を打つ面白さはモダニズム流の解釈では何ひとつ説明されないだろう。
 フーコーが『マネの絵画』という講演でマネのモダニズム流の分析を披露しているが、結局これも「芸術」に花を持たせる分析になってしまっている。「オランピア」や「草上の昼食」の衝撃は、「芸術」というシステムのイデオロギー装置(アカデミズム)の中に亀裂を入れて侵入してきた生々しい「生」の形象が引き起こしたのであって、画面の平面化とか遠近法の消滅とかはどちらかと言うと瑣末なことに過ぎず、問題とすべきはマネの「生」でなければならない。

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プロフィール

荒井賢 (Ken Arai)

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