泥沼通信

祭りの戦士 @ กลับมาจากกรุงเทพฯ

 
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シチュアシオニストには芸術派のパージという、左派にも評判の悪い出来事があるのだが

これは擁護されなければならない。このパージを責める人たちは、シチュアシオニストの実践を「芸術と政治」の統合だとか止揚だとかと解釈し、パージ以前の初期の芸術性豊かなシチュアシオニストを評価し、より政治化したとされる後期のシチュアシオニストを運動の後退と見做す傾向がある。だがむしろこのパージによってシチュアシオニストは自分たちの運動が「芸術と政治」の統合などではなく、「生きられる文化」の実践という全く別の文化運動なのだとはっきり自覚したと考えるべきだろう。シチュアシオニストは自分たちの運動が「芸術」ではないということをしきりに主張していたが、この意味をしっかりと捉えられている人は左派にも殆どいない。彼らは自分たちの運動が「芸術」という「卓越」の文化(個体性=個人をもとにした権力の承認に裏付けられた垂直の文化、バフチンの言う公式文化)ではなくて、生きられる文化=カーニヴァル的文化(支配的秩序の反転を特徴とする、陶酔と融合の水平的文化、承認ではなくヒエラルキーに亀裂をもたらす非公式文化)なのだと主張しているのだ。この観点ははシチュアシオニストの前史である「アヴァンギャルド芸術」と呼ばれる100年にわたる文化運動にも適用されるべきである。アヴァンギャルドの失敗だとか、シチュアシオニストの変質だとかシニカルな解釈を振りかざしている中途半端な左翼どもから取り戻すべきは、カーニヴァルであり陶酔と融合をもたらす祭りの太陽である。


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プロフィール

荒井賢 (Ken Arai)

 住所 埼玉県越谷市
 生年月日 1964年2月15日
 職業 アニメーション背景制作
 連絡先 araiken#mac.com #を@に置き換えてください。


 

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