泥沼通信

祭りの戦士 @ กลับมาจากกรุงเทพฯ

 

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公式文化(卓越の文化)と非公式文化(生きられる文化)の差異は

意外なところに現れている。

「芸術と人類学の再構成」という副題をもつ論集『The Traffic in Culture: 文化における交通』(1995, University of California Press)の中で、編者のジョージ・E・マーカスとフレッド・R・マイヤーズは、従来の芸術研究と人類学的研究の領域が相互に混じり合い、区別がつけられなくなっているという状況を指摘している。
 従来の西洋美術において、非西洋の各地域における工芸、装飾、画像等々(とりあえず非西洋的アートと呼んでおこう)は民族学的研究の対象として芸術の領域の外側に置かれていた。それらは近代に成立した文化表象の殿堂であるミュージアムの中でも歴史博物館や民俗誌博物館に展示されるべきものであって、美術館に並べられることはけっしてなかった。ミュージアムは近代の国民国家の自己イメージを作り出す鏡であると同時に、その外部にある他の文明を他者として規定する役割を果たしてきたのであり、美術館が西欧の偉大な芸術の伝統に属するものである以上、そこに「野蛮な」民族芸術が配置されたりすることはなかったわけである。また、民俗誌博物館とは基本的に帝国が支配する地域から収奪したコレクションによって成り立っているものであり、それは、ヤン・ニーダーフェーン・ピータースが指摘しているように、「帝国のヒエラルキーが展示される権力のパノラマを提示していた」のである。
 それに対して美術館、とりわけ「近代美術館」は自律的な芸術を展示するという独特の役割をもっていた。それは、ビクトリア朝的な文化の定義 ── すなわち、「歴史においてこれまで思考され言表され表象されたもののうち最良のもの」 ── にしたがって、(当然のことながら)西ヨーロッパの諸国の巨匠たちの作品が展示されるべき場所であり、そこに他の「文化的に遅れた地域」のものが展示されたりすることはけっしてなかった。それらはジャポニズムやプリミティヴィズム、あるいはサイードの言うような一般化された「オリエンタリズム」の形で他者化されることなしに、文化的近代の内部に入り込んでくることはなかったのである。『ワールドアートと美学── <芸術>の多元的状況をめぐって』 室井尚



 室井尚氏は、ミュージアムという権力装置に収集される文化的産物のうちで、美術館に収集されるものと、歴史・人類学・民俗学博物館に収集されるものがあるとして、その違いを「西洋/非西洋」という切り口で解釈している。が、この解釈はどうもアヤシイ。なぜなら例えば中世ヨーロッパの民衆文化の痕跡(カーニヴァルの衣装、仮面、祭儀に使われた文物など)は、西洋のものでありながら美術館ではなく、民俗博物館あたりに収集されるだろうし、西洋以外の地域でも(たとえば日本のように)近代化すれば西洋諸国を模倣してミュージアムが造られ、自らの文化の歴史を高級な文化である「芸術」と野蛮な(プリミティブな)民衆文化に分けて、それぞれ美術館と歴史民俗博物館に展示するだろう。つまり美術館と歴史民俗博物館に収集展示されるものの違いは、「西洋/非西洋」という対立軸ではなく、「高級文化/低級文化」すなわち公式文化(卓越の文化)と非公式文化(生きられる文化)という2つの文化形態の分節をめぐって生まれていると考えたほうが筋が通るのではないだろうか。その文化が西洋のものであろうとなかろうと、権力が「美」として認めたものが「芸術(オフィシャルな文化)」として「美術館」に入り、「美」と呼ぶには値しない(野蛮)として排除された文化の文物がアンオフィシャルな文化として「歴史民俗博物館」に収集されるということだろう。

 ところが、ごく近年になってこうした状況は大きく変化してきた。つまり、民俗誌博物館や人類学博物館が単なるエグゾチックな他者の文明を、支配者の立場から分類し整理し、表象するための場所でなくなったと同じように、美術館もまた西ヨーロッパの伝統に所属する美術作品だけを展示する場所ではなくなってきているのである。そこでは非ヨーロッパ圏のアートにますます照明が当てられるようになってきており、アートにおける西洋中心主義に対する批判的な視点が現れるようになってきた。そればかりではなく、文化研究者や美術研究者、美術史学者、キューレータ、人類学者たちの間で、非西洋的アートの意味と表象に関する関心は急速に高まってきている。
 こうした動きはおそらく直接的にはポストコロニアリズムとマルチカルチュラリズムという時代を画する2つの潮流に影響を受けてきたものである。ポストコロニアリズム以降、西洋の勝利を示す進歩の達成の生き生きとした証明を提示するというミュージアムの機能は縮小されるようになり、人類学や民族学といった他者を超越的な立場から対象化する言説自体の危機をもたらした。また、マルチカルチュラリズムは、ピータースも指摘しているように、「国民史博物館やモダニズム美術館といった古い市民的礼拝所の蝶番を外し」、「征服された知の反乱とインターカルチャー的な翻訳や文化混交といった、文化の流れの新しい領域を開いた」のである。


 「西洋/非西洋」という切り口で2つの文化形態を解釈する室井氏は、この分節が曖昧になってきた近年の傾向として非西洋的アートへの関心が高まって、アートの世界にワールドアートともいうべき多元的状況が生まれていること、また、こうした多元的状況を肯定的に捉えるべきだと言っているのだが、これは冒頭の「芸術研究と人類学的研究の領域が相互に混じり合い、区別がつけられなくなっているという状況」から引き出すべき結論ではないだろう。
 室井氏の言うところの「多元的状況」は、「アート(芸術)」という公式文化(卓越の文化=スペクタクル)内の多様性でしかない。スペクタクルが多様に繰り広げられるほど権力が演出する疎外された世界の一元性は堅固さを増すばかりである。私たちが疎外から自律しようとするとき、権力の紡ぎだしているスペクタクルの裂け目を生きようするとき、私たちは生きられる「文化」そのものである。そうした生のあり方に立って初めて、「アート(芸術)」外の広大な(非公式)文化の多元性を想像することもできるし、いかに芸術の世界がガラクタによって構成された見世物であるかも理解できるのだ。
 室井氏のような見方が横行してしまうのは、文化を考えるときに「アート(芸術)」以外の文化が見えていないことによるのだと思う。おそらく美術館と歴史・人類学・民俗学博物館のあり方に差がなくなってきたこともそれにリンクした事態である。
 ピカソがトロカデロ民族誌博物館でアフリカ黒人の彫刻や仮面を見て衝撃を受け、「アヴィニョンの娘たち」を描き近代芸術の新しい領域を開いたといわれるエピソードは、西洋がいままで野蛮と見なしていた非西洋の文化と、まさにポストコロニアルチックに正面から他者と向き合った事件として解釈されるのが通例である。だが私は異なる解釈をすべきだと思う。ピカソが黒人彫刻に見出したのは、ヨーロッパにはない美のカノンや新しい表現言語などではなく、芸術(卓越の文化)とは別の型の文化(生きられる文化)だったのではないか。ピカソをはじめとするアヴァンギャルドたちは、ブルジョワ社会に取り込まれた芸術の世界(アカデミズム)の平板さに飽き飽きしていた人たちで、そもそも拡大してゆく資本主義、人々に浸透してゆくブルジョワ精神とその疎外に違和感を抱いていた(この点がシュルレアリスムに至るまで曖昧なままに終わってしまったのだが、、、)。彼らの実践は、クラシックな規範の支配する芸術の領域(アートワールド)を乗っ取り、カーニヴァル的な「生きられる文化」の場、疎外の乗り越えの場へと転換してしまうことだったのだ。これは芸術という領域の実践というよりも、ブルジョワ社会における生の実験だったのだ。
 しかしアヴァンギャルド自身の曖昧さと、アヴァンギャルドの実践を「アート(芸術)」の自己批判、芸術の近代的な展開という芸術の領域内のイノベーションとして解釈するモダニズム理論は、生の実験という「生きられる文化」の性格を抹消し、その成果を簒奪して、アカデミズムの中で死に瀕していた芸術をモダンアートとして延命させてしまった。
 アヴァンギャルドとともに再評価されるようになった民族誌博物館などに収集された「野蛮な」生きられる文化の痕跡も、この時プリミティブな「アート(芸術)」として解釈されるようになったのである。モダニズムのフォーマリスティックな理論は、非公式文化(生きられる文化)の性格や文脈を捨象して、伝統的な西洋芸術をそうしたように「素材×アクション(表現行為)」へと解体し、(名も無き個人の)稚拙な「芸術作品」へと還元してしまった。この還元によって美術館に収集されるものと、歴史・人類学・民俗学博物館に収集されるものは、同じプラットフォームで鑑賞することができるようになり、芸術研究と人類学的研究の領域が相互に混じり合い、区別がつけられなくなっている状況も生まれたわけだが、同時に「生きられる文化」の痕跡たちからはその「生」が抜き取られることにもなったのである。
Comments
 
ご無沙汰しております。
室井さんの論考はご紹介の引用部分しか知らないのでハズしているかもしれませんが、「博物学(博物館)」と「民俗学(民俗資料館)」の概念の混同があるように見えてしまいます。
博物学はプレ近代の資本と同期した外からの収奪(収集)と事物の言語的分節化(分類)であるのに対し、狭義の民俗学(フォークロアは言語(方言)、伝承(怪異譚)、習俗、信仰など無形の「文化」が対象で本来有形のものは含まない(民具、衣類、古文書などを除く)内に向かっての収集、分類で、日本において柳田国男や南方熊楠が反対した明治国家による神社の統廃合に見られる様な近代化により蚕食、解体され失われつつあるものの「想像的な回復」であると同時に、本家のドイツと同様に完全な人工物である本来無根拠な「国民(フォルクス)国家」のルーツ探しといういかがわしさと無縁ではないと思います。
バルタンさん 
ご無沙汰です。書き込みありがとうございます。
想像の共同体である近代国民国家の生成とともに、野蛮として、またノスタルジックに排除されてゆく過去の歴史と文化を収集し展示するミュージアムにも、「博物学(博物館)」と「民俗学(民俗資料館)」という外と内をそれぞれ担当する2つの装置で成り立っている、ということでしょうか。
なるほど。
それとは別に、それこそ資本と同期した美術館(アートワールド)という存在が、この想像の共同体を自己肯定するスペクタクルを公式の「文化」として、それ以外の文化を野蛮として排除することによって、その境界線を定めています。この境界線が大きく動いたのは、19世紀中から20世紀前半のアヴァンギャルドの時代で、この境界の移動を私はアートワールドによるアヴァンギャルド(非公式文化)の簒奪として告発したいと思ってます。
室井さんをはじめ美学とか芸術批評の論考をそのためのたたき台として利用させてもらってます。

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プロフィール

荒井賢 (Ken Arai)

 住所 埼玉県越谷市
 生年月日 1964年2月15日
 職業 アニメーション背景制作
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