泥沼通信

祭りの戦士 @ กลับมาจากกรุงเทพฯ

 

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竹島問題について

 ………僕に言えることなんて何もない。日本の領土か、韓国の領土かって、そんなの知らないし、どうしたらいいのかもわからない。せいぜい、国家なんてものがなくなっちゃえば、領土問題なんか自動的に消滅するはずだ、って事ぐらいしか言えない。

 それにしてもテレビで反日のデモの映像なんか見ると、どうしてあんなに彼ら熱くなってるんだ? って思う人が多いと思う。確かに植民地時代の遺恨とか色々なしがらみがあるのはわかる、しかしあそこまでするか? って……。国旗を燃やしたり、指を詰めたりとギョッとするような過激さで主張する韓国人…… (韓国人だけじゃなく中国人なんかも同じかもしれないけど)。

 歴史とか、国内事情とか、そういうファクターはとりあえずわきに置いといて考えてみるんだけど、ああいう激しさで自己主張するのは韓国人の気質に負うものが多いと思う。彼らは、別に日本人に対してだけじゃなく、アメリカに対しても、「北」に対しても、また韓国人同士でも、激しく自己主張し、ぶつかり合っている。僕の知るかぎりでも、韓国人はしょっちゅう喧嘩しているように見える。キムチパワーなのか、火を吐くように怒鳴り合っている。とにかく内にある感情はすべて外に吐き出さねば気が済まない、といった風情なのだ。

 それに較べると、日本人は自己主張しない民族だ。よく言うけど、「和」を大切にして、出過ぎず、分をわきまえ、波風立てず、他人に迷惑をかけず、なのである。やたらと自己主張するのは、単純に言って礼儀に反する行いだ。われわれは基本的に、感情をあらわにしない/できない文化の中に生きている。
 逆に韓国では、言いたい事も言えない奴は蔑みの対象だし、感情は実にダイレクトに放出される。「アイゴー!アイゴー!」と家族の死に慟哭する韓国人の姿をどこかで見た事がないだろうか。そこまで泣き叫ぶか? と、まるで演技してるかのような悲しみ方だ。
 むしろ日本人なら、感情を抑えて、それでも抑えきれないものが吹き出す姿の方に悲しみのリアリティを感じると思う。隣の国であるにもかかわらず、韓国はまったく違う世界なのだ。

 だから、二国間のコミュニケーションは、どこかズレたまま進行せざるを得ない(まあ、どこの国とだってそうなんだけど)。彼らは彼らの流儀で主張しているのだと思う。言うべき事をはっきり、強く激しく主張する。これは彼らにはあたりまえの事なのだ。たとえば、韓国国内の、市民運動や労働運動の激しさといったら、それはそれはすごいものだ。
 ところが、われわれ日本人にとっては、そのような激しい自己主張はあってはならないというか、礼を欠いた姿に映ってしまう。なんだこいつらは!……ところかまわず、状況もわきまえず、激昂し紅潮させた顔をさらして怒鳴り立てやがって! ………それはまるで、怒張した陰部を顔の前に突きつけられるような、破廉恥なものに感じられてしまうのではないか?(これが欧米人のする事なら、白人コンプレックスの日本人は「白人は我が強いから……。」と言って終わらせてしまうが、韓国人相手だと同じアジア人だけに妙に腹が立ったりする。)
 また、韓国人のほうは、デモに対する日本人の反応が、なんだか煮え切らないものに感じられているのかもしれない。彼らはデモをすることで「日本人よ、さあ撃ち返して来い!」と言いたいのかもしれない。なのに日本人の反応は、はっきりしない、なんだか相手にされているのかどうなのかわからないような、宙ぶらりんな気持にさせるような、そんな反応に思えるのかもしれない。(当然、植民地時代の経験が韓国人に日本コンプレックスをもたらし、感情をさらに複雑なものにさせているはずだ。)

 いや、だからって「竹島は日本の領土だ!」って言い返せばいいっていうのではないんだろうけど、僕が言いたいのは、そのような感覚のズレが、二国間相互に不信感を………つまり、日本人にとっては、「何で韓国人はあんなにカッカしてるんだ?」とその異様な激しさに不快感を抱き、逆に韓国人は、「一体、日本人はわれわれと正面を向いて話し合う気があるんだろうか?」と本心をつかみかね、日本は何か信用できない国だ、という不信感を抱かせてしまうんじゃないだろうか? ってことだ。

 まあ、今言った事が日韓のギクシャクした関係の原因のすべてだなんて言う気はない。ただ、個人の感情は理屈では説明のつかないもので、共同体のシステムとのかかわり抜きには語る事ができないと思う。妙な差別感情や排他的な感情をもたないニュートラルな位置から隣国と付き合いたいと考えている人でも、すでにこのような根本的な下地の部分において苦々しい異文化体験を迫られるというわけだ。もっともそのズレを好意的にとれるときもある。そのとき異文化は不思議な魅力を持って目の前に現れるのだ。ヨン様の微笑みは、もしかすると、日韓の相互的な不信感の裏面なのかもしれない。

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