泥沼通信

祭りの戦士 @ กลับมาจากกรุงเทพฯ

 

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「ロックを芸術に高めた」

2016年のノーベル文学賞にディラン氏が選ばれたと発表されたのは、2016年10月13日20時過ぎ(日本時間)のこと。いまネットで物議を醸している日経新聞の記事は、発表からわずか十数分後に日経電子版で配信された。
「ロックを芸術に高めた ボブ・ディラン氏ノーベル賞」。こんな見出しを掲げた記事の内容は、ミュージシャンとして初めての偉業を成し遂げたディラン氏を称えるもの。その足跡を「詩人」という視点から辿りつつ、「ロックに言葉を与え、ロックを芸術のひとつに高めた。その功績を含めての文学賞といっていいだろう」とまとめている。この記事は翌14日の朝刊2面にも「ロックを芸術に昇華」という見出しで掲載された。
だが、ディラン氏の受賞決定を祝福したこの記事に対し、一部の音楽ファンの間で「意外な反発」が生まれた。見出しにある「ロックを芸術に高めた(昇華)」という表現をめぐり、ツイッターやネット掲示板に、

「意味が分からん。ロックは別に芸術の下にあるもんとちゃう」
「『高めた』という表現の時点で間違っているし、ロックを舐めている」
「アカデミズムの優位性を前提とした物言いがいらつく」
「潜在意識レベルで『文学はロックより高等な芸術』みたいに思ってる」

といった批判的な投稿が数多く寄せられたのだ。
なかでも、ポピュラー音楽研究を専門とする大阪市立大文学部の増田聡准教授は13日のツイッターで、「ディランにしろジョンレノンにしろ『ロックは芸術の域に達した。すばらしい』とか言いたがる連中とこそ闘ってきたわけです。それくらい常識で知っとけよ...」と、別の評価をしている。
「ロックを舐めている」 ボブ・ディラン日経記事が大物議



 私は、ボブ・ディランのことは何も知らないのだが、興味を惹かれたのはむしろ日経の記者さんの言葉に見え隠れする「アートワールド」特有の身振りである。この記者さんがどれほどの文化通なのか知らないが、褒め言葉として書いた記事だったのに、ディランのコアなファンにその鼻持ちならない「上から目線」を指摘される結果になってしまった、ということらしい。実は、これと同じことが、1984年に、ニューヨーク近代美術館(MOMA)においてウィリアム・ルービン企画の「20世紀美術におけるプリミティヴィズム―『部族的』なるものと『モダン』なるものとの親縁性」展で起こっている。
 この企画展でルービンは、ピカソなどの前衛絵画とアフリカ、オセアニアの美術を並べて展示し、最もモダンな西洋美術が意外にも未開部族の表現と似てるじゃないか、ということを示し、かつて野蛮な文化と看做されていた『部族的』な表現も立派な「芸術」なのだと主張したのだが、ジェームズ・クリフォードという文化人類学者によって、西洋の芸術とは文脈の違う未開部族の文物を「芸術作品」として解釈してしまっている西洋中心主義的な美術館の権力性(上から目線)を批判されることになった。まあ、ごもっともな批判といえるだろう。
 「芸術」においては常に「卓越(優越)」が問題になっていて、高級文化としての「芸術」は、なんらかの低級な文化という対立項を前提として、それに優越することで成立している。つまり「ロックを芸術に高めた(昇華)」という言い方に見え隠れする「上から目線」は「芸術」に本質的な身振りである。「芸術」はもともとヨーロッパの支配階級(宮廷、教会)の文化であり、民衆の生活文化(祝祭、行事、風俗)に対する優越という起源をもっているが、宮廷権力が力を失ったブルジョワ社会においてもそうした身振りは生き続けているわけである。
 ブルジョワ社会における文化的権威(アートワールド)は、植民地主義の拡大とともにヨーロッパの視野に入ってきたオリエントや未開の文化も、基本的には低級な文化(野蛮)として扱っていた。だが、逆に20世紀のアヴァンギャルド(=「芸術」とは異質な「生きられる文化」が「芸術」の世界に侵入したもの)は、自らと同質な「生きられる文化」である未開社会の文化に共感を示していた。20世紀初期のアートワールドは枯渇した西洋アカデミズム美術を刷新するためアヴァンギャルドを「モダニズム運動」へと作り変えて「芸術」に吸収するとともに、未開美術もフォーマリスティックに解釈し直され、「野蛮」から「芸術」へと昇華させられることになった。
 こうしてアートワールドは「美」の定義を変えながら、西洋のローカルな文化的権威から、モダンでグローバルな文化的権威へと脱却していった。かつて野蛮視されていた未開文化が「芸術」の対立項でなくなってゆくにつれて、アートワールドは新しい対立項を創り出した。「芸術(卓越の文化)」である以上、それはやはり「低級」な文化に対立させることで自らを成り立たせるという身振りは変わらないからである。モダニズム理論が芸術思潮の中心を占めるようになった20世紀中盤から目立つようになったのは、大衆文化(ポピュラーカルチャー)に対して「芸術」の純粋性を卓越・優位の指標にする身振りである。商業主義的な大衆文化も一種の卓越の文化であるが、消費されることだけを目的に制作されるため「キッチュ(まがい物)」とか「文化産業」という言葉で軽蔑される。「芸術」であるためには「売れる/売れない」という問題よりも、自律的、自己批判的なモダニズムの歴史に新しい1ページを書き加えるモメントを持たなければならない。そうした「芸術」特有の課題を引き受けていなければ、それは芸術のまがい物でしかないといわけである。
 曲がりなりにもアートワールドの一角を占めているであろう日経の記者さんにとって、ロックはそうしたまがい物だったということだろう。私自身の考えを付け加えるなら、「芸術」も「大衆文化」も卓越の文化である以上、同じようなものじゃないかと思う。むしろ卓越の文化の突出によって見えなくなっている「生きられる文化」をこそ求めなけれなならない。 それはアヴァンギャルドがそうだったように、「芸術」の中に、また大衆文化の中にこっそり侵入しているかもしれないが、むしろ路上とか散文的な日常生活のなかにこそ見出されなければならない、と思っている。

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現代芸術という問題を考える前に、、、

 、、、まず芸術とは何を意味しているのか考えてみましょう。様々なものが芸術と呼ばれています。私たちの前には芸術という膨大な資料体の蓄積があります。
 芸術と呼ばれるものたちの間に、何か共通の特性はあるでしょうか? それらは、何らかの本質によって結ばれているでしょうか?
 ラスコーの壁画と、モナリザと、織部の茶碗と、デュシャンの便器と、村上隆のフィギュアのあいだに、いったいいかなる共通点があるのでしょうか?
 それはたんに、芸術とは広く多義的な概念である、といったことではありません。そんな気楽な話ではない。
 テレビのグルメ番組でレポーターが「これはもう、料理というより芸術の域に達してます。」などと誉める。なぜこれが、誉めたことになるのか? 料理人は、そんなわけの分からんもんと一緒にせんといてくれ!と、なぜ怒らないのですか?
 芸術というのは、自明な概念ではない。それ一種の、「上から目線」なんです。問題は、この目線の主体は何か、誰が芸術をオーソライズしているのかということです。そして、どうすればそれを奪取できるか?について考えること。
 芸術をオーソライズしているのは、もちろん芸術学の教授ではありません。かつては、アカデミーや文化的な軌範が大きな権威を持っていました。
 しかし現代では、国家と、国家を絡めとるグローバル資本主義の容赦のない運動を抜きにしては、芸術について考えることは出来ない
 芸術、美的なものによる支配は、政治や教育による支配よりも身体の深くまで浸透します。私たちは、自らがコミットしている芸術活動や領域について悪く言われることに耐えられません。
新幹線の車中からTwitterでおこなわれた美学者吉岡洋氏による同志社大学「現代芸術論」講義と反応



 このツイートによる講義の問いかけに対して吉岡氏がどんな答えを用意しているのか知らないが、面白いので私なりに反応してみたい。
 「これはもう、料理というより芸術の域に達してます。」という言い方から、「芸術」においては「卓越」が問題になっていることがわかる。料理人は自分の料理の出来が「卓越」したものであることを指摘されたわけで、当然怒るわけないだろう。「芸術」という文化においては「芸術家」はまず能動的な表現者(創造者・生産者)として、文化を消費するだけの受動的な一般人=観客に対して「卓越」する。また他の芸術家達との競争、自分の仕事がより価値のあるものであることを示す競争の中で、さらなる「卓越」の極みを目指す。
 またこうした「卓越」の追求は「個人」という単位による活動を前提としている。コラボレーション(共同作業)という言葉をよく聞くが、これは「個人」の集合による活動と考えるべきで、「個人」の枠を越えるものではない。したがって「芸術」においては(レオナルド・ダ・ヴィンチとかベートーベンとかドストエフスキーとかいった)個人の名前が一つの焦点としてクローズアップされる。
 「卓越」は、自分以外の誰か(他者)の評価(承認)を必要とする。市場における商品のように命がけのジャンプによって表現行為は「芸術」となる。自称「芸術家」は承認されていない以上、「卓越」しているとはいるとは言えないし、その表現行為はモノローグにすぎず「芸術」とは看做されない。つまり「芸術家」本人以外に「芸術」と「芸術」でないもの(モノローグ)の間の境界線を引く視線、まさに芸術をオーソライズしている視線が存在しているということである。
 「表現行為=作品」は、普通の商品のように「売れる」ことだけでは「承認」されたことにはならない。例えば、大衆によく売れる「作品」をキッチュとか文化産業と呼び、真性の「芸術」、真の「卓越」と区別し、売れることを芸術失格のスティグマと見做す人すらいる。つまり表現活動は、一般的な商品の市場で売れる、売れないという形の承認とは別に、ある権威ある視線に認められないと「芸術」になれないのである。これは19世紀後半以降のモダンアートに特有の現象であるが、資本主義システムの中に一般的な商品の市場とは異なる独特の場、「アートワールド」が形成され、そこにエントリーし、その権威ある視線に承認されることで、ある表現行為が「卓越」したもの、すなわち「芸術」になるのだ。つまり「上から目線」、芸術をオーソライズしている視線の正体はこの「アートワールド」だということになる。
 自動車産業が自動車を核として、スポーツ産業が、野球やサッカーを核として、原子力村が原子力発電を核として、産・官・学を巻き込んで一大スペクタクルを作り上げているように、「アートワールド」も芸術家、画商、美術館、劇場、マスメディア、芸術評論、学校教育、芸術大学、さらに国家や行政機関などの様々な利害が絡み合いながら「芸術」というスペクタクル(疎外)の核を形作り維持するとともに、このスペクタクルの威光にによってこれら「アートワールド」を支える人々の生活を維持しているのである。
 吉岡氏は、芸術をオーソライズしているのは、もちろん芸術学の教授ではありませんと言っているが、芸術学や美学といったアカデミズムも当然「アートワールド」の一角を占め、芸術のオーソライズに加担しているはずである。
 吉岡氏の意図は、何が「芸術」であるのかを決定している力(上から目線)を、(上ではない)自分たちが奪取すべきだ、というところにあるようだ。つまり「芸術」をなにがしかのエリート、エスタブリッシュメント、グローバル資本主義の権力といったものから、われわれの手に奪い取るべきだ、と言っているようにみえる。
 だが取り戻すべきは「卓越」の文化であるところの「芸術」ではなく、「生きられる文化」である。これはバフチンによる中世、ルネサンスの研究における、支配階級の文化である「芸術=公式文化」に対する、(カーニヴァルに代表される)「民衆文化=非公式文化」のことである。同じ「文化」という言葉が使われてはいるが、この非公式文化の性格は「芸術」と大きく異なっている。専門の表現者と観客へと分離し、前者によって演じられる支配階級の文化である「芸術」と異なり、カーニヴァルにおける 生のように全ての民衆によって直接「生きられる」ことを特徴とする。
 押さえておかねばならないことは、個人を単位とした活動である「卓越」の文化である「芸術」は、支配階級(権力)に組織された文化であり、現行の秩序を肯定し賛美するスペクタクルであるということだ。「芸術」は、権力が己の力の威光と永続を「下=民衆」に対して示すという「卓越」の欲求に貫かれている。また、支配階級のお眼鏡にかなって(承認されて)徴用された芸術家たちも、権力の紡ぎ出しているヒエラルキーのなかで卓越した経済的、精神的地位を得ている。その意味で「芸術」は上下方向(垂直)のステイタスの闘争という性格を持っている。
 それに対して祝祭(カーニヴァル)の空間の特徴は、支配的な秩序の崩壊、反転であり、ヒエラルキーに基づいた個人のステイタスの「卓越」は無効になるところにある。バフチンに先立ってニーチェは、「公式文化/非公式文化」という2つの文化の区別を、「アポロン的文化/ディオニュソス的文化」という概念で示していた。彼は(垂直的な)秩序の美であるアポロン的文化に対して、ディオニュソス的文化の特徴を個人の枠を越えた陶酔の美と特徴づけた。ディオニュソス的祝祭においては、個人間の境界が失われ、陶酔(水平)的な交流が広がり、個を前提にした上下方向(垂直)のステイタスは意味を失効する。
 こうした「生きられる文化」が「芸術」というグローバル資本主義のスペクタクルの突出によって見えなくなってしまっていることが、今日的な問題である。瞬間の中に消えてゆくカーニヴァル的な陶酔は、永続を志向する(石や金属など劣化しにくい素材の使用や、文化財の保存のテクノロジーや努力によった)権力の文化のように(芸術という膨大な資料体の蓄積)は。われわれの目に止まらず、さらに伝統的な祝祭自体が衰退し消滅しようとしている。とりわけ、19世紀後半から100年にわたって「生きられる文化」が「アートワールド」を乗っ取って展開したアヴァンギャルド運動を、「アートワールド」はモダニズム言説を駆使して横領し、「芸術(スペクタクル)」の威光を高めるために利用することに成功したため、「生きられる文化」の可能性、面白さは隠蔽され「芸術」だけが「文化」のような顔をしているのだ。
 「芸術、美的なものによる支配は、政治や教育による支配よりも身体の深くまで浸透します。」と吉岡氏は言っているが、私たちは、根源的な「生=表現(生きられる文化)」を表現者と観客に分離(疎外)させる「芸術(スペクタクル)」の身体の深くまで浸透する支配のもとで、創造しているつもりがシステムを賛美する太鼓持ちへと陥っている芸術家か、芸術家の創り出したスペクタクルを受動的に受け取るだけの観客、という「生からの疎外」のどちらかの形を選択することを迫られているのである。だから、文化という言葉の意味を噛み締め、生を豊かに彩りたいと思うのであれば、私たちの為すべきは、グローバル資本主義から「芸術」を奪取することではなく、「生きられる文化」を取り戻し=疎外から自律し、「芸術(スペクタクル)」そのものから脱出することでなければならない。

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アヴァンギャルド(前衛)という言葉

 19世紀後半に始まったとされる西洋「モダニズム」は、その名の示す通り、古き過去から決別して現代的な新たな価値を探求し標榜する潮流であり、20世紀前半に多発したアヴァンギャルドの諸運動は、このモダニズムの先鋭部隊であったはずだ。(『20世紀アヴァンギャルド文学・芸術におけるプリミティヴィズムーブレーズ・サンドラールを中心に』 西村靖敬)


フ~ン、モダニズムとアヴァンギャルドの関係をこのように理解する人もいるのか。こうなると、モダニズムはアヴァンギャルド(前衛)に対する「中衛」といったところなのだろうか。グリーンバーグはアヴァンギャルド(前衛)に対する「後衛」をキッチュと呼んだわけだが。
もちろん私はこうした通俗的な理解には反対で、何度も述べているように、「芸術(スペクタクル)」外の「生きられる文化」が「芸術場(アートワールド)」を乗っ取り、占拠したものをアヴァンギャルドと定義し、権力(アートワールド)がそうした外部由来の文化を簒奪し、「芸術(スペクタクル)」をテコ入れするためにでっち上げたものがモダニズムの言説だと考えている。ただご存知のようにアヴァンギャルド(前衛)という言葉はもともと軍事用語で、後衛に対する前衛として「比較」され「卓越」するという「生きられる文化」にはふさわしくないイメージを含んでいるので、本当は別の言葉を考えるべきなのだが、、、

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アヴァンギャルドとモダニズムという言葉が同じものを意味するのか否か

、、、これは論者によって様々である。19世紀後半から現れてきたオルテガ言うところの「非人間的芸術=わからない芸術」をひとまとめに同じ意味で「アヴァンギャルド芸術(前衛芸術)」または「モダニズム芸術」と呼ぶ人もいるし、一方、「芸術のための芸術」「自律的芸術」を「モダニズム」と呼び、その秘教的な閉鎖性に対してダダ・シュルレアリスムの反芸術的な生活実践を「アヴァンギャルド」と分けて論じる人もいる。
 私はといえば、両者は基本的には同じものだと考えている。オルテガ言うところの「非人間的芸術=わからない芸術」はすべてアヴァンギャルドと言っていいと思う。ただし、アヴァンギャルドとはそもそも公式文化=スペクタクルであるところの「芸術」ではなく、「芸術」の世界に侵入し、アートワールドを乗っ取った、芸術外の非公式文化=「生きられる文化」のことである。また一方の「モダニズム」はというと、ブルジョワ権力=アートワールドによってでっち上げられたものであり、(侵入者である)アヴァンギャルド運動を自らに引きつけて解釈した「物語」である。この「モダニズム物語」の骨子は、「(美的)伝統の(自己)批判」という筋書きからなり、古典古代からルネサンスを経て現代まで連なる芸術の歴史の延長線上に展開するイノベーション(変革)こそが、アヴァンギャルド芸術だったというものだ。有名なニューヨーク近代美術館初代館長のアルフレッド・バーによるモダンアートの系譜図に表現された、芸術(美術)の自己批判、自己検証による線的進化の流れによってこの「物語」をイメージすることができるだろう。


アルフレッド・バーによるモダンアートの系譜図

 困ったことは、このもっともらしい「物語」をほとんどの芸術家や芸術批評などが「実在」するものだと勘違いして、この「物語」を前提に制作したり、芸術論を展開したりしてしまっていることだ。アヴァンギャルドに胸を打たれた人が自らもアヴァンギャルドたろうとしても、「モダニズム物語」に惑わされ、この「物語」にエントリーすること、この「物語」に新しい1ページを付け加えることが自分の進む道だと勘違いしてしまう。その結果、若い新世代のアヴァンギャルドは、自分の思惑に反して権力のスペクタクルをより豊かにするために働かされることになってしまうのだ。「生きられる文化」は、カーニバルのように瞬間のうちに燃焼する生のことであって、歴史的に展開してゆくものではない。上のような図があらわれたらまず疑いにかかったほうがいいだろう。意識の中に侵入してくる寄生虫のようなモダニズムの「物語」を駆逐しなければならない。

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トリスタン・ツァラはいわゆるプリミティブ芸術についてこんなことを述べている。

 芸術を人間の多かれ少なかれ意図的な、人間の内奥の本性からいわば切り離せる所産と見なしたアポリネールの美学的関心に対して、ダダはより広い概念を対置した。すなわち、プリミティヴな民族の芸術は社会的、宗教的機能と絡み合って、彼らの生の表現そのものとして現れていたと考えたのである。「ダダ的自発性」を称揚していたダダは、詩を知性と意志の副次的な表現というよりも、1つの生き方とすることを欲していた。ダダにとって、芸術とは、その深い根が感情生活の根源的構造と一体となるあの詩的活動の万人に共通の形態の1つだった。ダダは即興のダンスと音楽の黒人の夜会を催して、黒人の、アフリカの、オセアニアの芸術を、現代人の精神生活とその直接的表現に結び付けるこの理論を実践しようと試みたのであった。ダダにとっては、意識の奥底に詩的機能の沸き立つような源泉を見出すことが重要であった。(西村靖敬『20世紀アヴァンギャルド文学・芸術におけるプリミティヴィズムーブレーズ・サンドラールを中心に』より)


 ツァラが黒人文化に見出したものは、「生=表現」、生きることがそのまま表現である根源的な文化のあり方、すなわち「生きられる文化」であることは間違いない。これに対して「芸術」は、ツァラによると「意図的で、人間の内奥の本性からいわば切り離せる所産」とされているが、私流に言い直すなら、「制作される「作品」に価値を置き、制作行為を「表現=創造」とするとともに、それ以外の活動を無表現(モノローグ)、非創造として格下げする分離(切り離し)の所産」ということになるだろう。こうなってくるとプリミティブ文化のように「詩を知性と意志の副次的な表現というよりも、1つの生き方とする」ことを志向したダダは、「芸術」ではなくて「生きられる文化」であるとはっきり言うべきであった。
 おそらくツァラだけでなく、アフリカ美術に影響を受けたとさせるピカソのような画家も、単に彫刻や仮面の形態を模倣したり流用したりといった、表面的な(人間の内奥の本性から切り離された)影響を受けたのではなく、彫刻や仮面の中に「芸術」とは異なった「生=表現」の根源的な生と文化の関係を見抜いたのだと考えるべきだろう。同時に彼らは先ほどの「分離(切り離し)」によって成り立っているブルジョワ社会の疎外(一部の専門的な芸術家のみが「表現=創造」するとともに、その他の一般的な民衆は、芸術家の表現行為を消費するだけの「観客」へと格下げされ、生きることから疎外される)にも憤りや違和を感じていたことであろう。
 そうしたツァラやピカソのような人たち(=アヴァンギャルド、無論マネやセザンヌにさかのぼってもよい)の活動の意味を理解するには、彼らが芸術界(アートワールド)という基本的にブルジョワ(資本主義)権力のスペクタクル装置を、どのようにスクウォット(占拠)し、転用し、手玉に取ったのか、、、また彼らが逆に「芸術」に足をさらわれ、モダニズム理論に絡め取られ、ブルジョワ(資本主義)権力のスペクタクルの中へ再吸収されて行ってしまったのかをじっくり見る必要がある。

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プロフィール

荒井賢 (Ken Arai)

 住所 埼玉県越谷市
 生年月日 1964年2月15日
 職業 アニメーション背景制作
 連絡先 araiken#mac.com #を@に置き換えてください。



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